16:殺し合いですわ!
長いですわ! お覚悟を!
「そぉいッ!!!」
力に任せ敵を吹き飛ばしながら、“標的”へと向かいます。
ワタクシの力は大多数の敵を相手した時、あまり相性が良くありません。無論1対1で勝負し続けるのであれば永遠に負ける気はしませんが、これが1対1000くらいに成って来ると数の差で圧倒され始めてしまいます。故に単身で敵軍に突っ込む、いくら事前に吹き飛ばしたとしても15000以上の軍と相対するのは少々無謀なのですが……。
(それを恐怖で覆す。)
この身が防壁から降り立った瞬間、選んだのは全力の跳躍。上に飛ぶのではなく、横に飛ぶ。
つまり極大の加速です。相手からすれば、人が壁から飛び降りたかと思えば目の前に高貴なるこの玉体が現れたかのように見えたことでしょう。そしてそれが、最後に見たもの。自身が選択するのは、加速に身を任せた両足。全体重を掛けたドロップキックです。無論ただの兵にそんなもの耐えきれるわけがなく、爆散。後ろにいた数十人を巻き込んで大いに吹き飛んでもらいました。
そして隣、周囲にいた敵兵からすれば味方が急に消し炭になったのです。
いくら戦場と言えど……、恐怖しかないでしょう?
「後は簡単追い立てるだけ、ってね! あ、ごめん遊ばせ!」
「ひぃッ!?」
近くにいた敵の手をそのまま握り、ヌンチャクのようにしてスイング。魔力を無理矢理流すことで“硬化”させたことで、彼の背丈の分。周囲を綺麗に吹き飛ばしてくださいます。後はその魔力を“破裂”に切り替えながら、遠くに投擲。
最後のお役目として十数m先で爆散するのを横目で見届けながら、どんどんと前へと進んで行きます。
「ば、ばけものだっ!」
「お、おたしゅッ!?!?」
「に、逃げるな! はやく槍を構えろ! 囲めばどんな相手、ッ!?」
無論この恐怖を乗り越え部隊の士気を保とうとする部隊長らしき人もいますが……。
逃げようとした敵が落とした武器を、そのまま投擲。魔力を込めずとも、直撃した瞬間に消し飛ぶ彼。ちょうど腰から上が無くなったソレが、ゆったりと地面に崩れ落ちていきます。あとはにっこり見せつける笑顔。より恐怖が伝播するよう“一部敢えて見逃し”ながら、どんどんと前に進んで行くことにいたしましょう。
自分の武器は使わず敵が落としたものや、敵そのものを武器として戦う。見た目が非常に悪くジェーンなら『悪鬼羅刹』とか言いそうなものですが……。今のワタクシは王女ではなく、流れの傭兵。この身を縛る身分などなく、考えなくてはいけない背後のこともないのです。
故にただひたすら、暴力を振るえる。
「ちょーっと気持ちいいかもしれませんねぇ?」
「ッ! 死ねェい、悪魔めっ!!!」
そんなことを口にしていると、突っ込んでくる敵。
装備の質から兵士よりも上、どこぞの貴族の子飼いか貴族そのもの。多少の魔力も感じられるので所謂“騎士”に分類される蛮勇サマがやってきますが……。
相手の槍を最小限の動きで交わしながら、柄をキャッチ。強く握りしめているであろう彼を槍ごと振り回し、地面に叩きつけ吹き飛ばします。あら汚い血飛沫。
「レディにそんなこと言うなんてひどい人。あぁ、あと。多分悪魔よりワタクシの方が強いですわ。そんな雑魚と勘違い為されぬよう。……にしてもこれ、いい奴ですわね。」
もう召されたであろう彼にそんなこと言いながら、地面に落ちていた敵の剣を蹴り上げ、そのまま足で投擲。背中を見せ逃げようとする一団を吹き飛ばしながら、手に納まっていた槍を軽く振るいます。
……おそらく家宝級の一品なのでしょう。かなり質のいい木材と鉄。それを限界まで鍛え上げたことが見受けられる手触り。魔力の通りも粗悪品と比べれば天と地の差。まるで腕の延長として戦える非常に良い槍と言えるでしょう。
このまま自身の武器として頂いちゃってもいいのですが……。ふふ、もっといい方法を思いついちゃいました。
「よっと!」
ここまで“近づけ”ば、嫌でも理解できます。
今は傭兵、冒険者と身元不明の荒くれ者に身を落していますが、この身は王家のもの。元々島の統一、そして大陸への進出を前提に動いていたため、この時代の“軍”に関することは大体頭に入れました。無論王がすべての指揮を執る必要はないのですが、知っていた方が何か起きた時に後悔せずに済むでしょう? まぁ、それゆえに……。相手の本陣がどのあたりにあるかも、理解できるのです。
防壁の上にいたころは距離の為かまだ正確な識別が付かず、適当にばら撒いていましたが……。
今ならば、消し飛ばせます。
「もういっちょ、“グングニル”ッ!!!!!」
魔力を流し充填させ、投げ槍の要領で“その辺り”に向かって投擲を決めます。
先程までのグングニルとは違い、そもそもの品がいいのです。流し溜め込めた魔力もかなり多く、その分だけ綺麗な花火を上げてくれることでしょう。少しずれたとしても、その周辺丸ごと消し飛ばしてくれるのです。上手く行けば総大将やその取り巻き全部キル出来るでしょうし、外れたとしても部隊運用に必要な副官あたりを丸ごと消せるはず。組織的侵攻は不可能な状況に成る事でしょう。
そしてここから投射し、思いっきり“目立て”ば。
「ふふ、お待ちしておりましたよ?」
聞こえてくる蹄の音。
そして感じる強大な魔力。
ようやくメインディッシュのご登場です。
全く、来るのが遅いんですのよ。
「暇で暇で仕方が無かったから……、はしたなく食い散らかしてしまったではないですかッ!」
「問答無用ッ!!!」
馬上から振り下ろされる彼の槍と、地面から這い上がるように振り上げられるワタクシの剣。
正直、大体の敵が一撃で消えてしまうのはつまらないのです。最近ジェーンという良いサンドバックを見つけたのは確かですが、彼女ですら本気で殴れば消し飛んでしまうでしょう。それは欠片も望んでいませんし、訓練と言えど“いつものじゃれ合い”の延長上。真に力を出し切り殺し合うわけではありませんでした。
そしてそれは、“国”でも同じ。
全力を出しても消し飛ばない相手は今日この日までついぞ現れることはありませんでした。
けれど目の前に、ようやく壊れない相手がいる。
しかも今は“王女”として振舞わなくてもよい。
一人の武人として、これほど心躍るものはありません。
「さぁ、踊り狂いましょうッ!」
◇◆◇◆◇
「あぁッ! 楽しくて楽しくて仕方がないッ! 貴方もそうでしょうッ!」
「ッ! 悪魔めッ!!!」
「それ流行ってるのかしらッ!」
振り下ろしてくる槍を幾重も弾きカチ上げていく。
“私”の心の中に生じるのは、歓喜。
王女でも何でもない、前世から続くこの人格に宿る感情は、ただそれのみ。
打ち合えば打ち合うほどに理解できる。この眼前の存在、『英雄』と呼ばれる存在は、タダ酷く強い。そもそもこの身と打ち合えているだけで異常なのです。そんな高みに至るまでどれだけの鍛錬を積んだのでしょうか。言葉にして語り合いたい気持ちも確かにありますが、そんな面倒なことをするくらいならば剣と槍を併せていた方が存分に理解できます。
暴力とは何て素晴らしいコミュニケーションツールなのでしょう。その一撃一撃から彼の来歴、その多くが漏れ出てきます。
(力を持ち過ぎると“寂しく”なりますものねェ!)
ワタクシには家族がいましたし、友と呼べるような人も、背中を預けられる部下も。沢山の人が周囲にいました。
寂しさとは無縁でしたし、心に何かしらを抱いたこともございません。何せ前世クソゴミでしたからね。それと比べれば超ハッピー。けれどやはり、何処か『本気で殴り合える奴』を求めていたのは確か。
国から逃げたとはいえジェーンの前では“王女”としてのそれを崩すわけにはいきません。ベルカを始めとした雇った兵士の前では、長としての姿を見せねばなりません。それが“ワタクシ”であり、この世における唯一の生き方。人の上に立つ者の責務。
……けれど何度も言うように、この今。戦場にそんな余計なものはないのです。
確かにあの防壁の上から彼女たちは見ているでしょうが、距離ゆえにそう細かなとこまで判別できないでしょう。つまりワタクシは。いえ“私”は。今世で初めてかもしれない自由な時間を手にしている。それを謳歌しようとしている。
そんなクソ楽しい時に、喧嘩仲間に成りうる強者があちらから来てくれれば……、楽しくなるでしょう?
「あはっー! たのしッ!!! 貴方も! 貴方もそうなのでしょう!? 見るからにお馬さんしかお友達がいなかったんですよねぇ! 寂しかったんですのよねぇ! 解るわ! とても解る! だって“槍”がそう言ってるんですもの! ならその寂しさを消し飛ばすくらい沢山遊んであげる! だから早く私の玩具に成れッ!!!」
「ぐッッ! 世迷言ォをッ!!!」
叫びながら、槍を振り下ろす彼。
そしてこれまで同様に、剣で迎撃するのではなく……。
流す。
振り上げた剣から力を抜き、インパクトの瞬間をずらす。そして相手の槍が剣の上を滑り地面に突き刺さるよう誘導する。これまで幾重にも交わされた攻撃の中で、初めての“崩し”。
(単なる力任せだとは思わないで欲しいですわねぇ?)
まぁ確かにお口の方が凄いことになっているというか、感情が駄々洩れなのは認めざるを得ませんが……。それは単なる“お口”の話。すべてが暴走しているわけではありません。脳はしっかりと切り離されていますし、冷静さを保っています。勝利を手繰り寄せるために手段を尽くす。それが前世から続く“私”であり、今世にて確立された“ワタクシ”。二つ合わせて最強完璧なアデライード様ってわけですわ! 素敵でしょう?
そんな口から発する言葉と、冷静さを保ち陥れようとする実際の動き。そんなこの身は彼にとって予想外だったのでしょう。初めてその重心をずらし、騎乗の肉体を前へと揺らします。
(そこッ!!!)
即座に地面を蹴りつけ、狙うのは首。
騎兵対歩兵。私達のような化け物同士の戦いでも、“高さ”というのは無視できるものではありません。無論跳躍を持って位置を合わせ、そのまま打ち合うことも不可能ではありません。けれどそれでは踏ん張ることが難しく、吹き飛ばされやすいという欠点が出てきます。確かにこの身は色々と理を無視している気がしますが、この世界でも一応物理法則は無視できないのです。
けれど、あちらから頭を垂れてくれるのであれば。その高さを捨ててくれるのであれば、話は別。
これまでの旅路と、先ほどまでの打ち合い。全ての刃がこぼれてしまい、半ば鈍器となった長剣をソコ目掛けて振るいますが……。
「ッ!」
「……へぇ。」
即座に、反転。
騎乗の彼の判断ではなく、彼が駆る馬の独自判断。まるで輓馬かと錯覚する様な
巨体が地面を蹴りつけ、このワタクシから一気に距離を取ります。……品種としてはこの世界で一般的な馬なのでしょうが、余りにも外れ値。お馬さんの方も英雄級、頂点に近しい存在の様で。
……普段ならば“頂く”ことも考えるでしょうが、その理性ある目からして今の主人以外には従わないタイプでしょう。その価値を考えれば失うのは痛いですが、ソレはソレ。距離も出来たことですし、“口”を使うとしますか。
「……にしてもまぁ、セヌリア王国というのはお馬鹿さんの集まりみたいですわねぇ?」
「ッ! 何を!」
「何を? 自分がよく解ってるでしょうに。」
数度武器を打ち合わせただけで理解できる、相手の来歴。
咄嗟の動きや小さな体さばきだけでも、見えてくるものはあるのです。
その見た目からして、少々若め。母国にいたころから英雄と呼ばれるような強者の情報は出来るだけ集める様にしていたのですが、彼のような存在を聞いたことが無かったことから、此度の戦が初。太刀筋に甘さが見えたことからもそう間違ったものではないでしょう。
そして……
確かに彼は英雄と呼ばれるだけの力、人類の頂点に近しい力はあります。ワタクシには劣れど強大な膂力と、天性の騎乗戦闘スキル。まさに人馬一体と言える連携は数万の兵士と比べても厄介な相手。
けれど、それだけです。
「“寂しかった”のでしょう?」
そう、深みがない。
本来人間である限り必ず生じる、他者からの介入。武器の振り方ひとつとっても、眼前の相手がより良い振り方をするのならば取り入れるのが人間というモノです。しかしながら彼には、その痕跡が一切ない。ただ独学で行きついてしまい、その力故か教わる様な相手もいない。
周囲が恐怖故に近づかなかったのか、もしくは彼がその必要性を感じず独自の世界に籠ったのか。……お馬さんとの仲は良さそうですので、お友達がソレだけでよかったのかもしれませんわね?
「ふふ、可哀想。……あぁでも、安心すると良いですわ。貴方は今日ここでワタクシの為に死ねるのです。それだけでとても、素晴らしことでしょう?」
「ッ! 抜かせッ!!!」
そう叫ぶと、感情を露わにしながら馬と共に突撃へと入っていく彼。
何かしら当たっていたのでしょうが、特にそれが今後に影響するわけではありません。相手の行動が荒く成ってくれれば御の字。そう考えながら、自身も対抗するように地面を蹴りつけます。
先程も言いましたが、彼は警戒すべき深みがありません。確かに騎乗という高さを持った攻撃は多少厄介ですが、それだけ。何より騎馬突撃という最大級の攻撃を、単なる歩兵でしかない私に止められいるのです。
単純な力比べも、技術の差も。ワタクシの方が圧倒的に上。多少お馬さんとの連携が厄介なくらい。
(けれどせっかくの機会、永遠に楽しみたいところですが……。)
時間は有限です。
先程一般兵たちを吹き飛ばし恐怖を植え付けましたが、時間経過で薄れるのが感情というもの。一度冷静になり戻って来られると手間が増えます。
そして敵本陣を吹き飛ばしたとしても、そもそもの指揮系統が整然としているのならば既に次席指揮官が出てきていてもおかしくはありません。この時代にそんなものあるかと突っ込みたくなる気持ちはありますが、何事も最悪を考え最善を選ぶのがこの身です。
殺せるのならば、殺す。それが最善。
(……そこッ!)
剣を振るい、狙うのは一点。
上から叩き落される槍の内側。敵の腕と馬の間に滑り込み、振り上げる一閃。脇から腕を両断し、その首ごと斬る抜けるルート。決まれば確殺、決まらすとも利き手を奪える一手。
通ると判じ、全力で振り抜けようとしますが……
体が、止まる。
(動かな……、氷ッ!?)
振り抜けようとした腕、そして足。
その違和感へと視線を向けてみれば、先端から急速に固まり始めたソレ。
氷の魔法。
外部から横やり、いや違う。
魔力の発生は、眼前の彼。しかしこれまでこいつは体内で回すことしか……。
「ちッ!!!」
視界の端に映る、此方に向かって来る槍。
それまでの思考を叩き折り、即座に全身に血と魔力を流しパンプアップ。両足と地面を繋ぐ氷だけを砕し、地面を転がることで相手のキルゾーンから抜け出します。
そして即座に行う、自己診断。
……無理矢理氷を砕いたせいか、足の肉が一部砕け崩れかけている。骨までは達していないが、治療が必要。剣を握っていた腕は氷が肉まで浸食してしまっており、真っ白。余計な衝撃を喰らえば武器ごと砕けてしまいそうなほどに。
「……ふッ! これぐらい屁でもありませんわッ!」
即座に心臓の鼓動に合わせ、魔力を循環。同時に全身に“点火”を施すことで失った熱を無理矢理溶かしていきます。そして巡らせた魔力を回復へと転用。戦闘中なため身体強化を切ることはできませんが、その余剰分を何とか回復へと使用していきます。急ごしらえには成りますが、何もしないよりはマシでしょう。
そして同時に、見つめるのは彼の様子。
突撃後はそのまま走り去り、騎馬突撃に必要な距離を稼いでいたのでしょう。既に反転し、十分な勢いをつけながらこちらに向かって来る騎馬が一つ。それを受け止めるためこちらも武器を構えながら、見つめるのはより詳しい魔力の流れ。
(……成程、馬ですが。よほど仲がいいようで。)
先程までの彼は、ワタクシの身体強化と同じ。延々とその魔力を体内で回し続けていました。
一般的な強化であり、魔力の総量にかまけたもの。ワタクシの操作技術と比べれば赤ん坊のような者ですが、英雄と言ってもおかしくないレベルの総量です。魔力は使えば使うほどにその効果は大きくなる。故に雑でもその効能は確かでした。
けれどその雑さの裏で……、ほんの少しだけ見える、下への流れ。
そう、彼の愛馬に流れる魔力です。少量ずつですがしっかりと蓄積し、馬にも宿る極大の魔力。騎上の彼自身の魔力が大きいせいか覆いかぶさる形で隠れていましたが、先程の氷のリソースはそこから捻出したのでしょう。
(厄介。)
槍の雑さと深みのなさ、これまで魔力を身体能力の強化にしか使ってこなかったので“それしか出来ない”と勝手に判断していましたが、とんだ伏兵を用意していたようで。嫌になっちゃいますわね。……もしかすると、彼だけでなく馬すらも“起動”が出来るのやもしれません。
そうなると、魔法使用者は彼と馬の2者。実質2対1です。彼らよりワタクシの方が強いとはいえ、決して油断できる相手ではない。
なら、先んじて潰すのは。
「あはッ! もっと楽しくなってきましたねぇッ!!!」
「ッ! 化け物がッ!!!」
一気に全身へと“放火”し、この身を纏う魔法の炎。
相手が氷を使うのならば、火を使えばいい。
この身を薪へとくべたことで熱や痛み。そのすべてがこの身に降りかかって来ますが、凍らされ足を止めるよりも幾分かマシです。人からも馬からも魔法発しこちらの動きを止めてくるのであれば、そもそも凍らなければいい話。そしてこの身は酷く頑丈で、回復も可能。
なら、これが最適解。
「ワタクシが化け物なら、貴方も化け物でしょうに!」
「私は貴様とは違うッ!」
「でしょうねぇぇぇ!!!!!」
騎馬が最高速に乗り、此方へと突っ込んでくる彼。
それに合わすように、私も剣を振るいます。
けれどさっきの巻き直しでは駄目。
故に変えるのは、一つだけ。
両者の武器がぶつかる瞬間に起こす、より大きな発火。
つまり。
(目くらましですわ~ッ!)
ワタクシを中心に巻き起こる莫大な熱と光。
彼だけでなく、馬の視界も思考も埋め尽くす極大の炎。けれどそれは“彼ら”だけのこと。明確な隙を晒した敵とは違い、爆心地にあるこの身は完全なるフリー。確かに全身が焼き焦げ変色し、指の先端の感触が完全に消え失せますがそんなもの些細なこと。
ただ狙うのは、彼の“足”。
全力で獲物を振るえば、彼の愛馬の胸に突き刺さる半ば鈍器の刃。しかし既に切れ味は0に近しいソレでも、相手の勢いと我が筋力があれば話は別。力のままに振り切り、生じる断裂。さらに魔法によって生じた熱と全身の力をその一点に集中させることで、巨大な馬体を横へ一気に引き裂いて行きます。そして振り抜けば、嫌な臭いと崩れる剣。
残るのは、慣性のままに後ろへと倒れていく彼らのみ。
「なッ!?!?!?」
「あはー! そんなに大事なら箱に詰めておきなさいなッ!」
大事な馬を一瞬のうちに馬刺しに変えられ、思わず声を上げる彼。
そんな敵をあざ笑いながらも、一気に距離を取り呼吸を整え始めます。
先程の攻撃で厄介な足、そしてもう一つの“頭”を消すことが出来ましたが、払った代償も相応のモノ。真っ黒に変色し焼け焦げたせいか、動かしにくくなったこの両腕がその証拠です。時間をかけじっくりと休みながら魔力を回復に回せば元通りには出来るでしょうが戦闘中には不可能。出来たとしてもせいぜい骨とその周辺の肉をわずかに蘇らせる程度。……今後を考えるのならば、腕は使わない方がいいでしょう。
そして武器も、お陀仏です。これまで無理矢理酷使していましたが、先ほどの攻撃で限界が来たのか、完全に刀身が砕け柄だけに成ってしまっています。腕を使わないのであればもう必要ないため捨ててよいのですが、刃のない武器ではブラフにすらできません。それは少し、残念かも。
(けれど足ならまだいける。それを万全に保ちながら戦えば十分に。……本音を言えば、これで帰って欲しいんだけど。)
そう考えながら彼に視線を送りますが……。ワタクシが行きを整えている間に、自身の相棒が死んだことを受け入れてしまったのでしょう。地面に落されていたその身を立ち上がらせながら、憎悪に染まった目を此方に向けてきます。
……厄介ですわねぇ?
「……よくも! よくもネーヴをッ!!!」
「それがお馬さんの? いい名前ですわねぇ。ちゃんとお墓に刻んであげますわ。勿論貴方の名前と一緒に。まぁでも、名乗られてないからこのままじゃ名無しですけどねぇ!!!」
「ほざけッ!」
あらあら、本気でキレてますわねコレ。マジで唯一のお友達だったんでしょうか?
……というかここまでして名乗らないってのはちょっとアレですわね。魔力を持つということは貴族の血は流れているんでしょうけど、その在り方が貴族ではない気がします。もしかするとワタクシが最初に使った言い訳。村に寄った貴族の御落胤といかいう“アレ”のパターンでしょうか。
ま、戦場ではどうでもいい話ですか。
(さぁて、どうしましょうかねぇ?)
槍を取り絶えず憎しみの視線を向けてくる彼を鼻で笑いながら、脳では絶えず冷静に策を組み立てていきます。
既に武器はなく、真面に仕えそうなのは足だけ。徒手空拳は納めていますし、足技も前世の知識のおかげで幾分か豊富。昔見たアニメや漫画の動きを魔力による強化を持って再現することが出来るわけですから、そう変なことには成らないでしょう。そこは問題ありません。
しかしながら……、敵の動きが少々予想しにくい。
(この身は、騎乗の彼しか知りません。ないとは思いますが、騎乗よりも地上戦闘の方が得意な可能性も。)
そうなるとちょっと不味いですが……。まぁなるようになるの精神でヤるしかないでしょう。こちらは自傷ダメージと腕半壊、相手は先ほどの爆発に巻き込まれた火傷程度。馬という足を潰せたとはいえ、不利なのは確か。しかしコレぐらいひっくり繰り返すのがワタクシというもの。
んじゃ、始めましょうか。
「ッ!」
全力で地面を蹴り、疑似的な瞬間移動。彼の眼前に移動しながら、全力でその頭目掛けて足を振り抜きます。
けれどあちらも強者。ギリギリ反応し、その槍で防御。
……けれどそれだけで理解できる、浅さ。どうやら運はよりこちらに向いたようで。
「まだまだァ!」
即座にその槍へと足を絡め、体重をかけながら行うのは、彼の巨体を利用した蹴り。ポールダンスのように槍を使い、もう片方の踵をその頬へと叩き込みます。けれど帰ってきた感触は、弱め。骨が砕ける音が響けど、その意識を刈り取れるほどではない。
そして相手から帰って来る、反撃。
この身に槍を利用されると判断し、彼が選択したのは拳。片方の手で強く槍を握りながら引き寄せ、その先で振り抜かんとする拳で貫く。既に私の重心が崩れ、胴に叩き込まれようとしますが……。
ただ、それだけ。
「理術を学んだことはなくて?」
行うのは、消力。
コミックでしかその理屈を知らなかったがゆえに、此方で無理矢理に再構築した技法。敵の拳が自身の腹に接着する瞬間、前進から力を抜き、無力化するもの。戦場どころか武を持って行う他者との交流すらしてこなかったであろう彼です。直撃したというのに、感触がない。それによって生じる“虚”は大きく、生み出してしまった“勢い”もまた同様。
即座に相手の力を利用し、その腕に再度自身の足を巻きつけます。
これで固定は完了。
そして先ほどの槍よりも、近い。
後は、蹴り抜くだけ。
「ごがッ!?」
首の根元を狙うように放った足。彼がもがいたせいで少し狙いがズレましたが、確実にその顎を横へと吹き飛ばします。そして更なる追撃として、その心臓に叩き込むもう片方の足。
心の臓を叩き潰す出力で踏み込み、彼の巨体を吹き飛ばしながら、同時に此方も距離を取ります。
「……きっつ、どんだけ耐久あるんですの。」
若干震える足を魔力で押さえつけながら、漏れ出る言葉。
顎は吹き飛ばしましたし、心臓に一撃入れました。
けれど帰ってきた感触は、肋骨の破壊まで。
貫けた感覚はありませんでしたし、殺し切れた感覚も無し。結構本気というか、ガチでやったんですけどそれでも壊れないとか何なんでしょう。自分で言うのもアレですが、ワタクシの力ってほんとに規格外なんですよ? 頑丈過ぎませんかその体。
……はぁ。真面な武器があれば行けたでしょうが、無いものを嘆いても仕方ありません。
「まぁでも、もう一発ぐらい叩き込めば……。あら?」
全力で魔力を回しながら、追撃のため吹き飛んで行った彼を追いかけようとしますが……。
鼓膜を震わす、ラッパの音。
その音の方へと視線を向けてみれば、確かグングニルで吹き飛ばした本陣の当たりが出所。すわ総攻撃の合図かと身構えてみれば、我先にと情けなく逃げていく敵兵たちの姿が。
……あぁ撤退でしたか。
「ふぃぃぃ、終わりですか。いやはや、疲れましたねぇ。心残りはありますが、十分以上の成果は上げれたことでしょう。これで満足しておくとしましょうか。……あ、やば。ちょっとマジでお風呂入りたい。どっかに穴掘ってお湯ぶち込むか……」
「ま、までッ!!!」
「…………あら。」
そう言いながら帰ろうとすれば、後ろから声。
すると視界に映る、血まみれの大男。なんともまぁボロボロになってしまったのでしょう。しかも顎が無くなったせいで随分としゃべりにくそうですわねぇ? 可哀想、誰にやられたの? あ、私か! あはー!!!
「聞こえませんでした? 撤退みたいですわよ? 今回のお仕事は“防衛”です。攻めて来るながら仕留めますが、逃げようとする“未来の民”まで殺すなどしませんとも。だから帰った帰った。もう疲れましたし休ませてくださいな。」
「なに、を……、ッ!?」
彼が言葉を紡ごうとした瞬間、本気の殺気を叩き込みます。
なんとか立ち上がれてはいるようですが、本当にそれだけ。顎部の出血を止めねば死の危険性があるでしょうし、胸部のダメージも深刻。これまで通りの戦闘を続けることはほぼ不可能でしょう。私も傷を負っていますが、戦闘続行は十二分に可能。
故に続けた場合、死ぬのは彼です。
(まぁ殺した方が今後楽にはなるかもですが……。)
折角素晴らしいサンドバックに出会えたのです。自然発生でしか入手できないものですし、相手が撤退し戦が終わったのであれば、“必要性”が無くなり殺す意味も消えます。そこにこの身の思惑が入っていることは否定しませんが、『ここで確実に殺さなければならない』理由は先ほどのラッパで消え去ったのです。
そしてそもそもこの身は“王女”。意味のない殺しをすればただの虐殺者ではないですか。ワタクシそこまで無慈悲ではありませんことよ~!!!
「ま、そういうことです。帰るなりそこで野垂れ死ぬなり。その辺りは貴方の自由なのですから好きになさい。じゃ、そういうわけで。」
「……ッ!!!」
そう口にしながら背を向ければ……、何かを握り締める音。
彼もその辺りは理解しているのでしょう。戦争初心者のようですから細かいことは解っていないかもですが、これ以上戦えば勝敗がどうなるかは自明の理。凡人であれば“友”を失ったがゆえに感情を抑えきれない可能性もありましたが……。どうやら、違うようで。
故に響くのは、覚悟の言葉。
「我が名は! 我が名はジョン・ド・ヴェルグラス! 貴様を殺す者の名前だ! 決して忘れるなッ! その首、必ず叩き切ってやる!!!」
「あらようやく名乗りましたか。ふふ、良いでしょう。……アデライード。“今は”ただのアデライードです。ま、楽しみにしてますわ。」
次の“デート”は、もっと魅力的にしてくださいね?
〇ブベルジュ防衛戦(13○○)
ブベルジュ防衛戦は、13○○年に城塞都市ブベルジュにおいて行われた会戦であり、ドンエーニュ王国とセヌリア王国の間で勃発した“アルク戦争”の一戦である。圧倒的兵力差のもとで行われた防衛戦であったが、ドンエーニュ王国軍が勝利したとされる。
・概要
本戦闘はリーアン王国との戦争によって大きな損害を受け、王権の影響力が低下していたドンエーニュ王国に対し、セヌリア王国が領土拡張を目的として侵攻を開始したことに端を発する。戦場となったブベルジュは防備に優れた城塞都市であり、ドンエーニュ王国軍はここで防衛戦の準備を進めていた。
しかしセヌリア王国軍は既に侵攻準備を整えており、ドンエーニュ側の体制が整う前に攻勢を開始、戦闘が勃発した。
・兵力
ドンエーニュ王国軍:約2,000
セヌリア王国軍:約20,000
・戦闘経過
戦闘は圧倒的な兵力差のもとで始まり、当初はセヌリア王国軍が優勢と見られていた。しかしドンエーニュ王国側の指揮を執っていたアデライードは、『グングニル』と呼ばれる兵器を投入し、セヌリア軍の本陣に対して大規模な打撃を与えた。この攻撃により、セヌリア軍は約5,000の兵を失ったとされる。
その後セヌリア王国側の将であり、後に「顎無の英雄」と称されるジャンが出陣し、アデライードとの一騎打ちが行われた。当時まだ顎を失っていなかったジャンは一騎当千の武勇を誇っていたが、この戦いにおいて敗北し、顎および愛馬を失う重傷を負ったと伝えられている。
本陣の壊滅と主力指揮官の敗北により、セヌリア王国軍は戦意を喪失し、撤退を決定。その後の敗走の過程で混乱が広がり、さらなる損害を出した。
・損害
ドンエーニュ王国軍:不明(記録上はほぼ無傷とされる)
セヌリア王国軍:約8,000
・影響
本戦闘の結果セヌリア王国はドンエーニュ王国への侵攻を一時的に中止し、両国は停戦には至らなかったものの以後は睨み合いの状態に入った。
また戦前には低下していたドンエーニュ王の権威は、この勝利によって回復したとされる。特に戦功を挙げたアデライードは当時の王によって貴族に列せられ、以後ドンエーニュ王国の中枢に関わる人物となった。
・評価
本戦闘はその戦果や記録の特異性から、史実としての信憑性が議論されている戦いの一つである。現在の調査においても戦場とされる地域から大規模戦闘に相当する遺骸は確認されておらず、またアデライードが使用したとされる「グングニル」の詳細も不明である。
このため一部の研究者は本戦闘をドンエーニュ王国による戦時プロパガンダ、あるいは王権回復を目的として誇張・創作された記録である可能性を指摘している。
一方で本戦闘には後に大きな歴史的影響力を持つ人物が関与していた点も注目される。すなわちセヌリア王国において王の直臣として活躍し、後世「顎無の英雄」と称されるジャンの初陣であること。ならびに後にドンエーニュ王国を滅ぼし、エンラード王国の女王となるアデライードが登場する戦いであることから、完全な虚構と断ずるには慎重な見方も存在する。
しかしながらアデライードがこの時期に大陸へ渡ったことを示す同時代史料は確認されておらず、当時の詳細な世界情勢を記す『アデライード女王記』にも記載が存在しないため、本戦闘の実在性については懐疑的な意見が主流である。
・余談
なお本戦闘の戦場とされる地域からは多数のガラス片や高熱によって瞬時に焼成されたとみられる痕跡が発見されている。これを受け当時歴史学者であったホラフキー教授は、「グングニルとは極めて高エネルギーを伴う兵器であり、分裂的に拡散する性質を持つ」とする仮説を提唱したが、当時の技術水準から確実に不可能であったため、学界からは否定された。
さらに同教授は翌日、「当該現象は魔法によるものである」とする内容の論文を再提出したがこれも受理されず、個人の空想を実際の歴史のように扱ったとして学界からの追放処分を受けている。
誤字報告大変ありがとうございます。
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