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006:逃避行

006:逃避行

 為臣殿下は戸谷郡長の案内と護衛で、一応の安全地帯であろう釧路県に向かう。

 突如として現れた春雷中将と戦ってから、反乱軍側の追っ手に遭遇する事なく帝都を脱出する事ができた。

 それは勝利し皇居を落とした反乱軍だが、周りの県が討伐軍を結成し襲いかかって来たからだ。

 殿下を狙う暇など無い。



「春雷さま! 宇都宮県が討伐軍を挙兵し、その数1万に上るとの事です!」


「1万か……例の件はどうなっている!」


「はい! 千葉県並びに神奈川県が、春雷さまの下に着くとの事です!」


「そうか! その2つの県が味方になれば、1万4000にはなるだろうな!」



 討伐軍が向かってくる中で、関東の宇都宮県を除く2つの県が反乱軍の軍門に降った。

 そんな忙しい時に殿下を探す暇など無かった。

 あんなに幼い皇子ならば、自分たちの脅威にならないと思ったからである。

 しかし後に反乱軍の最も脅威となるのは、その脅威にならないと思った為臣殿下、その人である。


 帝都を脱出した殿下たちは、経由地である宇都宮県多賀郡日立村に向かった。

 東京府から日立村までは3日かかる。

 その間、ずっと黙っているわけにはいかないので、普通に殿下と戸谷郡長は雑談をしながら進んでいく。

 緊張しっぱなしなら幼い殿下の体に悪いと思ったから。



「そうだ! 殿下は、どうして春蘭帝威大将軍が自らが王にならず、陛下を立てか知っていますか?」


「いや、知らない。どうしてなんだ?」


「国民の英雄とまで言われていた春蘭大将軍なんですが、30歳までは無名の兵士だったんですよ」



 話題として戸谷郡長は、どうして春蘭帝威大将軍は国民からの支持を受けていたのに、自らが国王にならなかったのかという事だ。

 殿下が生まれる前だったので、もちろん知らない。

 戸谷郡長はゴホンッと咳き込んでから、春蘭帝威大将軍は30歳になる頃まで無名の兵士に過ぎなかったと話す。

 そんなまさかと為臣殿下は口を大きく開けて驚く。


 普通の中級家系に生まれた春蘭大将軍は、16歳の時に兵士に志願し入隊する。

 しかし他の兵士に比べ秀でているところは少なかった。

 少ないというよりも無いと言った方が良いかも……。

 だが唯一、他の組織よりも秀でているものがあった。

 それは誰よりも正義感が強いという事だ。



「そんなに正義感が強かったのか?」


「えぇそれはそれは周りが引くレベルで」


「そうなのか……さすがは英雄と呼ばれるだけはあるな」



 正義感が強いから何なのかの言われてしまったら、何とも言えないところはある。

 だが春蘭大将軍は上司や同期の不正が、どうして許せずに直談判を繰り返していた。

 したとしても腐っている政府に握りつぶされる。

 そしてバラしたからと当の本人はボコボコにやられ、やり返す事もできずにやられてしまう。

 最後には別のところに飛ばされる。

 それを繰り返すような辛く苦しい日々だったが、何回目かの異動で皇居の雑用を任されるようになった。


 やはりそこでも腐っている政府は、腐っている人間を排出し、疫病が蔓延しているように広がっていた。

 それが春蘭大将軍には許せなかった。

 また同じように直談判し、その張本人たちを裁くように頼んだが受け入れられず。

 いつものように仕返しを受けていた。

 そんな時、その現場に陛下が現れたのだ。



「何をやっておるのだ! その者は、どうしてそんなにも傷を負わされておるのだ!」


「こ これはこの者が……」


「陛下っ! 聞いて下さい!」


「こ この!」



 止めに入った陛下に、何と説明したら良いのかと文官たちは慌てていた。

 その隙を狙って春蘭大将軍は全てを暴露した。

 直ぐに春蘭大将軍の口を止めようと文官はしたが「その者から離れよ!」と叫んで鎮圧する。



「……という事がありまして、私はどうしても許す事ができなかったのです!」


「それが誠なら許し難い所業だ。お前たち、何か言い分でもあるのか? あるなら聞かせてみよ!」


「失礼致します! そんなの全くもっての事実無根にございます、この者が妬んでホラを吹いているのです!」


「証拠なら、こちらにあります! これをご覧になれば確実に、この者たちが不正を働いていたと分かるはず!」



 必死に春蘭大将軍の口を止めようとしたところで、春蘭大将軍は証拠があるから見て欲しいと頼む。

 事実確認する為に、その証拠を見せてみろと言う。

 言われた通りに集めていた証拠を陛下に献上し、その内容を確認して貰った。



「確かにこれは信じるに値する証拠だ。これからこの件に関わった人間を処罰する!」


「は はい!」



 数日のうちに汚職に関わった人間を、全て皇居から排除し処分したのである。

 そして今回の件に大きく貢献した春蘭大将軍。

 今までの経緯を全て知った陛下は、その正義感を讃えて自分の側近に抜擢したのである。

 春蘭大将軍からしたら、まさしく青天の霹靂。

 そう言えるのでは無いだろうか。



「春蘭将軍は、父上に恩義を感じていた。だから皇帝になるとしたら自分ではなく、父上だと思った……そういう事だったのか」


「はい、春蘭大将軍は陛下に最高の恩返しをしたんです」


「素晴らしい忠誠心だ。だけどその息子に……王座を奪われるとは思ってもいなかっただろうな」



 皇帝陛下と春蘭大将軍の間に、多くの事があったのだと理解して面白いと思った。

 しかしそれと同時に忠義を尽くした息子に、作り上げた玉座を壊されたなんて悲劇も良いところだ。

 だからこの戦いは勝たなければいけない。

 為臣殿下は強く感じたのである。

 すると戸谷郡長は「あっ!」と言って、殿下たちが目指している方向を指差す。

 どうしたのかと思って殿下は前を見る。



「あの村が日立村です! とりあえずのゴールです、あそこで休みましょう」



 ようやく3日かけて殿下たちは、最初の目的地である日立村に到着した。

 ここでなら少しは休めると殿下に伝える。

 それを聞けて殿下は「ふぅ……」と溜息を溢した。

 さすがに10歳の子供が、3日間も馬に揺られていれば疲れるのは必然だろう。

 やっと休めると安心して村に入る。



「どこかの宿に入って休みましょう」


「そうだな、そこで少し休んでから先に進もう」



 戸谷郡長が先頭に立って、休む為の宿を探しにいく。

 やはり日本時代は栄えていたところなので、それなりに宿がたくさんある。

 宿が少なかったら止まっている人間が目立ってしまう。

 だが、これなら殿下の存在を埋められるだろう。

 とりあえず適当なところに入って、戸谷郡長が父親で殿下を息子という風に偽って宿を取った。

 なるべく怪しいと思われないように、自然な笑顔を戸谷郡長は作って部屋に案内して貰う。



「殿下、護衛の為にも同じ部屋にさせて貰いましたが、よろしかったでしょうか?」


「あぁ全くもって構わない。今の俺は皇族ですら無いのだからな、同じ部屋で構わないさ」


「ありがたき幸せ!」



 自分と同じ部屋で申し訳ないと謝罪したが、殿下は気にしているわけが無かった。

 今の自分は戸谷郡長がいなければ生きてはいけないような、か弱い存在なのだから。

 それを聞いて戸谷郡長は深々と頭を下げる。

 その姿があまりにも虚しく、どうにも戸谷郡長の胸がギュッと締め付けられた。

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