005:一騎討ち
005:一騎討ち
どうしてここに春雷中将がいるのか。
どうして満面の笑みで刀を握っているのか。
色々と気になるところはあるが、為臣殿下はとりあえず自分の居場所がどうして分かったのかを聞く。
殿下の質問に春雷中将は両手を広げて言った。
「そんなの長い付き合いだからに決まっているじゃありませんか! 殿下が、こんなに小さい時から私はお世話をしていたんですよ? どこにいるかなんて、手に取るように分かりますとも!」
あまりにも不気味な回答に、殿下はまた鳥肌が立つ。
理由を説明している時も終始、笑顔で不気味さが拭えないほどに出ている。
殿下が知っている春雷中将は、こんな人間では無い。
もっと規律を重んじ、笑みを溢す事はあっても、こんな風に無作法な笑い方はしなかった。
つまり今までの春雷中将が作られた存在だったのだ。
今、殿下が目の当たりにしている春雷中将こそが本来の彼の姿と言って良いだろう。
「殿下っ! 後ろにお下がり下さい! この男は明らかに危ない人間です!」
「あぁ見て分かる……こんな奴じゃ無かったんだけどな」
危険だと察知した戸谷郡長は、殿下の前に馬を走らせ殿下と春雷中将の中間にやって入る。
この2人は、そこまで関係があるわけでは無い。
その為、春雷中将は元からこんな人間であると思った。
「ん? お前は確か……殿下の舞の指導をしていた者か? そうか、お前がここまで逃げるように手引きしたんだな」
「だったら何だと言うのだ! ここまで来たのは褒めてやっても良いが、この先に来ようと言うのならば……それなりの覚悟をして貰おうか!」
「はははは……面白い事を言うじゃないか、そこから先に入ったらどうなると言うのだ? お前なんぞに、この私が止められると思っているのか?」
「あぁ殿下をお守りする為ならば、お前と差し違っても討ち取ってやるぞ!」
戸谷郡長の存在を忘れている春雷中将は、ここまで殿下を逃した人間を発見し、口角を上げてニチャッと笑う。
これに戸谷郡長は殿下を守ると刀を抜いた。
面白そうだと春雷中将は、戸谷郡長に向かって馬を突進させるのである。
ほんの少し遅れながら戸谷郡長も馬を走らせる。
2人の刀は衝突しバチンッと火花を散らせた。
一瞬で終わると思っていた春雷中将からしたら、受け止められて驚愕である。
「ほぉ? この私の攻撃を止めるとは、全くもって予想してなかったぞ!」
「殿下をお守りするんだ、それなりに武力が無ければ守れないだろ! 逆にこっちは、ガッカリだな」
「ガッカリだと? どういう事だ」
「あぁ英雄の息子だと聞いているのに、こんなもんかって拍子抜けなんだよ! 英雄の息子なら、もっと来いよ!」
明らかに挑発である。
冷静に考えたら英雄の息子という言葉を何度も使っているので、春雷中将を煽っているのは確実だ。
落ち着いて対応したい。
しかし春雷中将は笑みを保ちながらも額には、分かりやすくピキッていた。
それを少し離れたところから見ている為臣殿下は、ゴクンッと固唾を呑んだ。
「そうかそうか、こんなものかと思ったか……ここから地獄を見せてやる。殿下の前に、お前の首を父上のところに送ってやるわ!」
「やれるものならやってみろ!」
明らかにブチギレている春雷中将は、戸谷郡長に向かって馬を走らせる。
この気迫は本物だ。
明らかに英雄の息子というのが、一目瞭然と言ったくらいのオーラを醸し出している。
これには戸谷郡長も冷や汗を垂らしながら迎え撃つ。
さすがは28歳という若さで陸軍の中将になっただけあって、コネだけで役職に就いたわけじゃないと分かる。
それくらい太刀筋は綺麗なものだ。
文官気質である戸谷郡長の剣技は、まだまだ武士に毛が生えたようなもので圧倒されている。
「どうした! こんなレベルで、私の実力を分かったつもりでいたのか!」
「さすがは中将だ、ここまで強いとは……」
「もっと手を出さないと、その首が飛んでいくぞ!」
押せ押せムードで春雷中将は前に出る。
これに戸谷郡長は逆に押され後ろに下がる。
戦いの決着は素人が見ても、きっと春雷中将が勝つだろうと分かるくらいの差があった。
自分が勝っていると感じた春雷中将の顔に笑みが戻る。
「貰った! これで終わりだぁ!」
一気に詰め寄ったところで戸谷郡長の刀が上に弾けた。
この隙に貰ったと春雷中将は、刀を振り上げトドメを刺そうとする。
その瞬間、戸谷郡長はニッと歯を出して笑う。
笑っているのが見えた為臣殿下は「?」となった。
そして戸谷郡長は「甘いな……」と呟いてから、口の中に空気を吸い込んで春雷中将の顔面に吹きかけた。
戸谷郡長の口から出たのは空気だけではなく、謎の液体も一緒に噴き出たのである。
「うっ!? な 何だよ、これ!?」
「これは日本時代のプロレスっていう競技で、悪役が使っていた毒霧だ!」
「き 汚いぞ! そんなの使って勝って嬉しいか!」
「陛下を助ける為なら汚い手でも使う……それが俺たち、家臣ができる唯一の仕事だろうが!」
春雷中将が喰らったのは毒霧だった。
日本時代に流行ったプロレスのヒールが使っていたとされるもので、相手の顔に吹きかける。
それにより相手の視界を妨げるのだ。
まんまと喰らった春雷中将は、目が開けられずに「うぅ……」と唸りながら狡いと叫ぶ。
しかしこうなってしまったら狡いも良いも無い。
隙が生まれている春雷中将は、刀を振るって胸を一文字に斬るのである。
斬られた春雷中将は「うっ!?」と言って、馬から落馬し仰向けで地面に倒れた。
「殿下っ! 早く馬を走らせましょう! 春雷が部下たちを呼んでいるかもしれません!」
「あぁそうだな、よくやってくれた! 先を急ごう!」
倒れて死んだと確信した戸谷郡長は、この場から一刻も早く離れようと殿下にいう。
もしかしたら部下が大勢でやってくるかもしれない。
殿下は春雷中将を倒した戸谷郡長を、よくやったと褒めてから馬の向きを後ろに向かせ走り出す。
少しでも早く戸谷郡長が納めている地に到着したい。
とりあえずそこに着けば、どうにか仕切り直せる。
殿下は新しいところでやり直せる事を期待し、生まれてから出た事が無い帝都を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
殿下と戸谷郡長が、春雷中将との戦いが終わって立ち去ってから5分が経った。
倒れている春雷中将のところに「春雷さま!」と名前が呼ぶ声が近づいて来る。
「あっ、こんなところに居た……何してるんすか?」
「ようやく皇居を落とせたのに、総大将がこんなところで何やってんすか?」
2人の男は倒れている春雷中将の傍によると、頭をコンコンッとノックして何をやっているのかを聞く。
死んでいる人間に声をかけている構図だ。
まだ死んでいる事に気がついていないのだろうか。
すると死んだはずの春雷中将の目がキッと開いて、上半身がグイッと起き上がった。
「おぉ〜、死んだかと思った」
「本当に何やってんすか? こんなところで?」
「殿下を発見したら、戦おうと思ったんだけどな。側近の男と一騎討ちして負けたんだわ」
「春雷さまが負けたんですか? そりゃあ凄い手練れだ。とりあえず終わったなら戻って来て貰えますか?」
死んだと思った春雷中将は、周りをキョロキョロして生きている事を確認した。
そして駆けつけた2人の男は、春雷中将が一騎打ちで負けた事に衝撃を覚える。
とりあえず早く戦線に戻って来てくれと起こしあげる。
今から追ったとしても間に合わないからと、春雷中将は追うのを止めて陣営に戻って行った。




