002:武人の片鱗
002:武人の片鱗
為臣殿下は前よりかは舞の稽古や、皇族としてのマナー講座に出るように、確かになった。
しかしそれを受けている時の顔は、この世の終わり。
我慢しているのヒシヒシと伝わるが、明らかに嫌々なのが一目瞭然だ。
それでも出るようになったので文句は言えない。
これに対し剣術や武士道に関する勉強や稽古は、まだやりたいというくらいに前のめりである。
「で 殿下、本当によろしいのですか?」
「あぁ! 毎日、木刀を振るってるんだ。どれだけ自分が強くなったのか、知りたいんだ!」
「は はぁ……分かりました」
武道の稽古をしても、実践でやっていないのでイマイチ実感を感じられていなかった。
そこで兵士の1人に相手を頼む。
兵士と言っても一兵卒から、まだ兵士としては経験が少ないような兵士だ。
それでも10歳の少年が戦うには十分過ぎる相手。
誰もがそう思っている。
戦う兵士も、まだまだ先輩方には敵わないが、為臣殿下には負けないだろうと思っていた。
目配せで上官の方を見る。
もちろん手加減をして、少し耐えてからやられるように上官は目配せを送った。
分かっていると兵士は頷く。
そして見届け人である春雷中将が、2人の中間地点に立って構えを確認する。
もちろん真剣では無いが、木刀でもクリーンヒットすれば息ができないくらいに痛い。
だから兵士は力加減を間違えないように緊張している。
それに対して為臣殿下は、ギュッと木刀を握ると目の前にいる兵士を、ジッと見たまま目を離さない。
少しの緊張で唇が乾いた為臣殿下は、ペロッと舌で舐めて唇を潤す。
2人の準備が整ったのを、春雷中将は確認した。
右手を天高く挙げ「よーい!」と叫び、少しの間を置いてから勢いよく下げ「はじめ!」と合図を出す。
兵士は為臣殿下の動きを見る為、動かずに観察する。
どんな動きをするのだろうと、兵士はゴクンッと生唾を飲み込んで瞬きをした。
そして目を開けた瞬間、目の前に為臣殿下が居ない。
いきなりの事だったので兵士は「え!? 消え……」と驚きながら首を振って周りを確認。
すると兵士の左側に回り込んでいるのを見つけた。
この段階では体が小さいが故に、ここまでのすばしっこさがあるのかと思っていた。
もちろんそれもある。
しかし為臣殿下は違う。
「おぉ! 殿下の方から仕掛けたぞ!」
「あんな目の前にいるのに、殿下を見失ったのか!?」
周りで見ている人間たちとしては、動き出しも見えているので、兵士が見失った事に驚く。
足運びが異常なまでに滑らかなのだ。
無駄な踏み込みがなく、移動の最適解を見抜いているかのように動き出した。
これにより上手く兵士の視界から消える事ができた。
それだけじゃない普通は辛い、低い姿勢を保ちながら兵士に切り掛かっていく。
姿勢が低い事によってスピードが上がっている。
為臣殿下を発見した兵士は、想定したよりも遥かに間合いが詰まっている事に驚く。
そして自分に向かって来る為臣殿下の目がマジだった。
獲物のガゼルを見つけた時のライオンのように、これから仕留めるという殺気、オーラのようなモノが出ていた。
これに兵士は経験の少なさが出て本気になってしまう。
そりゃあそうだ。
ただの遊びだと思って油断していたところを、いきなり死地に引き摺り込まれたのだから。
「おいおい! あの新人、本気で振り下ろそうとしてないか!?」
「新兵といえど、あの体格差で攻撃を貰ったら大怪我は免られないぞ!」
「中将はどうして止めないんだ!?」
周りの人間たちは兵士が、木刀を本気で振り下ろそうとしている事に気がつく。
新兵の一撃とはいえども、この体格差でモロに攻撃を喰らったら大怪我は避けられない。
あまりにも危険だ。
それなのにどうして見届け人の春雷中将は、兵士の事を止めないのかとザワザワする。
そんなの尻目に為臣殿下は、躊躇する事なく突っ込む。
兵士は狙いを定めて木刀を振り下ろす。
危ないと誰もが思った。
その瞬間、為臣殿下はサッカーのスライディングのように地面を滑って兵士の木刀を避ける。
さらに避けるだけじゃなく、背後に回り込むのと同時に兵士の脛に木刀を叩きつけた。
脛を狙われた兵士は「痛!?」とやられた方の足の膝を地面に着けたのである。
そして立ち上がる勢いを利用して為臣殿下は、木刀を兵士の背中に振るった。
兵士はバタンッと地面に倒れる。
「どうだ、春雷! これは俺の勝ちか?」
「はい、殿下。殿下の完勝でございます」
自分が勝ったのかと、見届け人である春雷中将に聞く。
聞かれた春雷はニカッと笑って、この模擬戦は為臣殿下の圧勝であると宣言した。
周りで見ている兵士や皇帝陛下の側近たちは、あまりの衝撃に言葉を失っている。
しかし春雷中将の勝利宣言を受け、嵐のような拍手が為臣殿下に降り注がれた。
「新兵を相手にしているとはいえ、あそこまで……」
「武人の片鱗が見えましたな! 陛下はお喜びになるだろうな!」
「この国は安泰だ!」
為臣殿下の強さに国の人間たちは喜ぶ。
そんな評価に興味がない為臣殿下は、木刀を春雷中将に渡し、代わりにタオルを受け取った。
顔や体を拭き拭きしていると為臣殿下のところに、2人の少年が近寄って来る。
「見てたぞ、凄いじゃないか! なぁ泰臣!」
「はい、兄上! 凄く勉強になりました!」
「貴臣兄様、泰臣兄様っ! 見ていらっしゃったんですか!」
やって来たのは皇子であり為臣殿下の兄である次男《貴臣》殿下と、三男《泰臣》殿下だ。
春雷中将は頭を下げて数歩後ろに下がる。
自分の戦いを見ていたのかと、2人に駆け寄る。
「為臣が戦うって聞いたら、心配になって見に来たんだ」
「新兵と言えども、大人の男と戦うのは心配だからな」
「お優しいですね! さすがは兄上たちです!」
大人と戦うというのを聞いた2人は、心配になって見に来たのだと教えた。
2人は本当に優しいと為臣殿下は笑みを溢す。
しかし2人は他の皇子たちに比べて優し過ぎるのだ。
王宮内では2代目皇帝の派閥争いが激化しており、やはり長男が有力視されている。
長男である《清臣》殿下は、武芸に関しては秀でているものの政治に関してはからっきしだ。
それに対し次男と三男は政治に関しては秀でているものの武芸に関しては皆無と言っても良い。
そこに無理だと思っていた四男の為臣殿下が、文官たちの中で評価が急上昇する事になった。
確かに政治力も大切だが、ぶっちゃけた事を言えば政治は文官や大臣たちに任せれば良い。
皇帝に求められるのは支持される素質。
現在でいうところの春蘭帝威大将軍のような者。
そんな人間を皇帝の座は求められている。
この為臣殿下をも巻き込む王宮内の後継問題が、少し苛烈になり始めたタイミング。
京都府で反乱が起きた。
首謀者は現皇帝の弟《実清》親王殿下。
自分の方が現皇帝よりも皇帝に相応しいと、京都府で兵士を集めて挙兵したのだ。
こんな事が許されるわけが無い。
この事態に皇帝陛下は鎮圧軍を集め、その軍の総大将に春蘭帝威大将軍が選出された。
副将に三ツ矢家の長男で、春雷の兄である《三ツ矢 春洞》大将軍が選ばれる。
国民の期待を背負って鎮圧軍は東京府を出陣。
だが東京府を出陣してから56日後、鎮圧軍は大敗し総大将と副将が戦死するという歴史的大敗を喫した。
総大将と副将が戦死したという事は、この国の英雄である春蘭帝威大将軍と、その嫡男が死んだのだ。
とてつもない衝撃的な事件である。




