001:ヤンチャな皇子
001:ヤンチャな皇子
大和帝国の皇帝、そして皇族が住む場所。
それが皇居である。
一般市民からしたら、1歩でも入る事を許されない場所こそが皇居だ。
品のある雰囲気があり、威厳が建物中から感じる。
ここで仕事をしている人間たちも、歩く仕草さえも高貴なオーラが漂っている。
そんな皇居の庭に、上半身裸で汗だくになりながら木刀を振っている10歳の少年が素振りしていた。
確かに爽やかな感じがする。
しかし高貴な皇居の雰囲気からしたら異質だ。
「為臣さま! ここにいらっしゃったんですか、武芸のお稽古の時間ですよ」
この汗だく少年こそが、大和帝国の皇子で現皇帝の四男であられる《為臣》さまだ。
為臣殿下を探して皇居を走り回っていたこの男は、為臣殿下の身の回りの世話をしていたり、護衛の役目も担っている《三ツ矢 春雷》陸軍中将だ。
苗字からも分かるように、大東京事変に勝利し日本を新たな国に作り変えた英雄《三ツ矢 春蘭》帝威大将軍の子供で次男である。
幼い為臣殿下の側に付けさせた。
いずれはもっと大きな役職に就かせようと春蘭帝威大将軍は考えている。
「舞など、何が楽しくてやるのじゃ! そんなものより武士道というのを学んだ方が有意義じゃ!」
「殿下、いけません! 皇族としての立ち居振る舞いを学んでいただくべく講師の皆さまが来て頂いているんです」
「皇族って言ったってな、四男じゃあ王位継承権が回ってくる事も無いしな。春雷なら次男だし、回ってくる可能性も高いだろ?」
「それは確かにそうですが、何があるか分かりません! なので是非とも殿下には、準備をしておいて頂きたい!」
自分は四男だから王位継承権は回って来ないと、為臣殿下は卑屈になりかけている。
立ち居振る舞いよりも武士道とかの方が楽しい。
そう思っている為臣殿下に、春雷中将は皇族として何があるかは分からないから準備しておくのだと説得する。
しかし10歳の為臣殿下には理解できない。
春雷中将が油断していると悟った為臣殿下は、スッと走り出し逃亡を計るのである。
これに「殿下!」と春雷中将は急いで追いかける。
「鬼ごっこは得意なんじゃ! 春雷には捕まらんぞ!」
「殿下! 走っては危険です!」
転んで怪我なんてしたら、自分の首がヤバいと春雷は必死になって追いかける。
しかし服装が軽装では無いので大変だ。
それに為臣殿下は鬼ごっこが昔から得意。
2つの要素が相まって為臣殿下を捕まえる事ができず、次第に為臣殿下は追いかけっこを楽しんでいる。
すると為臣殿下の体がスイッと浮かんだ。
何が起きたのかと思ったら、為臣殿下は誰かに持ち上げられていたのである。
自分を抱え上げたのは誰かと為臣殿下は顔を確認する。
その人間は、この国の英雄である春蘭帝威大将軍だ。
「春蘭殿っ!? どうしてこんなところに……というか、離して下され! このままじゃあ春雷に捕まってしまう!」
「はははは、殿下は本当にヤンチャですな。しかしヤンチャも程々にしておいて下さいね」
満面の笑みを浮かべながら捕まえた為臣殿下を、顔の正面に持ってきてヤンチャが過ぎると優しく注意する。
ジタバタして逃れようとするが、春蘭帝威大将軍の力に勝てずに諦め、持ち上げられた猫のように手足がプラーンッとなっている。
そこに息を切らした春雷中将がやって来た。
すると春蘭帝威大将軍は、キッと春雷中将を睨む。
「春雷っ! お前は殿下から目を離して何をやっているんだ! 殿下に何かあれば、お前の首だけでは済まなくなるんだぞ!」
「も 申し訳ありません! 以後、気をつけます!」
油断して為臣殿下を1人にした事への叱責を飛ばす。
実の父親であり、この国の英雄である春蘭帝威大将軍に叱責された春雷中将はピシッと背筋を伸ばし謝罪する。
その姿勢は、まさしく軍人や武士の姿だ。
キチンと理解したであろうと理解した上で、春蘭帝威大将軍は視線を為臣殿下の方に向ける。
そして優しく微笑んだ。
春雷中将が叱られた事で、為臣殿下もピシッとなる。
「良いですか? 殿下が面倒だからや好きじゃないからといった理由で稽古を怠れば、それは皇族の皆々様の名誉に関わって来るのです!」
「た 確かに春蘭殿の言う通り……分かった、素直に稽古を受けるよ。春雷も迷惑をかけて申し訳なかった」
「い いえ! 自分は大丈夫です!」
皇族としての立ち居振る舞いを、真剣に春蘭帝威大将軍は為臣殿下に諭す。
このまま駄々を捏ねたところで、状況は悪化するだけだと瞬時に為臣殿下は悟ったのだ。
素直に稽古を受けると春蘭帝威大将軍に約束する。
そして振り返って春雷中将に、わがままを言った事を素直に謝罪したのである。
その姿を見て春雷中将は両手を振って、自分は気にしていないと言ってくれた。
「殿下、それではこれで失礼いたします。春雷、引き続き殿下を頼んだぞ」
「はっ! 父上もお気をつけて!」
全てが丸く収まったと春蘭帝威大将軍は、為臣殿下に挨拶をしてから春雷に仕事をキッチリとするように促す。
またピシッと背筋を伸ばしてから春蘭帝威大将軍に挨拶をして見送るのである。
「それじゃあ行きましょうか」
「あぁ……そうだね」
為臣殿下は春雷中将に手を繋いで貰って、舞の稽古を行なう為に神楽殿に向かう。
敷地内といっても少し離れているので、それなりに歩いて時間がかかった。
そして神楽殿の中に入ると、中央に綺麗な服を着た30代前半くらいのイケ男が座っている。
「あの者が舞の講師か?」
「はい! 皇帝陛下に何代にも渡って仕えている一族の末裔で、今は釧路県白糠郡長を務められている《戸谷 晴久》殿です」
この時代の北海道は10個の県に別れていた。
そんな北の地の釧路県白糠郡で、郡長を務めている《戸谷 晴久》が舞の先生である。
戸谷郡長は自分の紹介を受けた瞬間、ゆっくりと正座の状態から立ち上がった。
「ご紹介に預かりました、白糠郡長を任せて頂いている戸谷に申します! どうぞ、よろしくお願いします!」
「為臣だ、よろしく頼む!」
「それでは私は殿の外で見張りをしていますので、何かありましたらお声がけ下さい」
何とも綺麗なお辞儀だ。
さすがは舞や身の回りの所作を教える先生。
2人の顔合わせが終わったところで、春雷中将はお辞儀をしてから外の見張りに向かった。
神楽殿には為臣殿下と戸谷郡長の2人だけになる。
「戸谷殿、何代にも渡って皇族に仕えて来た一族の末裔だと言っていたが本当なのか?」
「本当にございます! 郡長である私並びに、釧路県知事である《米多 欣也》もそうでございます」
「それがどうして釧路県のような田舎にいる? 普通なら東京府で近くにいるべきだろ」
「私の口からは何とも言えません、申し訳ありません」
稽古を始める前に、何代にも渡って仕えて来たのは本当なのかと質問をした。
その質問に頭を下げながら戸谷郡長は答える。
しかし事実である事を確認してから為臣殿下は、どうして側近であろう一族の末裔が、釧路県のような遥か彼方に飛ばされているのかを聞いた。
これには色々な事情があるのだろう。
戸谷郡長は答えられず、回答を差し控えた。
「それでは稽古を始めさせて頂きます。まずは皇族として必須な豊穣の舞からです」
為臣殿下の稽古が始まった。
小さな体を必死に動かしている感じが、どうにも小動物を感じざるを得ない。
穏やかな時間が流れている。
しかしこの日から2ヶ月半後、一族だけではなく国まで失う出来事が起きる。
まだこの段階では予期もしていない。




