015:広がる海原
逆川港湾長との模擬戦で気を失っていた為臣殿下は、パッと瞼を開けて目を覚ます。
まだ状況を理解していないので、バッと起き上がる。
近くには戸谷郡長が控えていた。
殿下が目を覚ましたと気がついた瞬間、戸谷郡長は膝を着いて深々と頭を下げて挨拶する。
そんな戸谷郡長に殿下は「どうなって……」と困惑している事を伝えた。
戸谷郡長は「は!」と返事をしてから説明を始める。
「殿下は逆川港湾長との一騎討ちの際に、凄まじい一撃を受けて気を失われました。それで僭越ながら私が、殿下の応急処置を行いました」
「ならば俺は負けたのか……」
「いえ! 殿下が気を失う前に、逆川が降参しましたので殿下の勝利です!」
逆川港湾長が降参した事を覚えていない殿下は、自分が負けたのかとガックリした。
しかし勝った事を伝えられ「本当か!」と喜ぶ。
殿下の姿に戸谷郡長も「はい!」と返事をして笑みを溢すのである。
殿下は「ん?」と言って、ようやく自分が置かれている状況に気がついた。
「こ これはなんだ!? 一面、水では無いか!」
「えぇ! 我々は今、海原に居ます!」
もう殿下たちは船の上だったのだ。
自分が海の上にいると知らなかった殿下は、自分の周りが水で覆い尽くされている事に興奮する。
まだこれが海だと知らないのだ。
戸谷郡長から「これが海である」と聞かされた。
殿下は「これが海か!」と興奮が冷めらやぬ感じで、これだけ見れば10歳というのが分かる。
久しぶりに10歳の殿下を見れて、戸谷郡長は優しく微笑みを殿下に向ける。
「どうですか、殿下? 海を見るのは初めてと聞きましたが、これが本物の海ですよ!」
「あぁこんなに広く果てしないものなんだな! こんなにも素晴らしいものだとは思わなかった……逆川、俺たちに力を貸してくれて感謝する!」
「殿下! それは違いますよ。俺たちは殿下に力を貸すのではなく、殿下に忠義を誓うんです。これは大きく違うんで、認識を改めて貰えますか?」
「お おぉ……忠義を認める! これからも、できる限りを尽くしてくれ!」
キチンと自分は殿下に、自分が力を貸すのではなく忠義を尽くすのだと宣言した。
この宣言には殿下も心を打たれる。
別に100%裏切らないというわけじゃない。
しかし裏切らないだろうと思わせてくれる何かを、この逆川港湾長から感じたのである。
それに殿下も上に立つ者として応えると約束した。
逃亡中だというのに、この船の上は穏やかな時間と少しの幸福感で満ちている。
すると殿下は戸谷郡長・丈二・逆川港湾長に、自分の方に近寄ってくれと呼ぶ。
どうしたのかと近寄ると殿下は「大きな声では言えないけど」という風に前置きをする。
何を話されるのかと臣下の3人は少し緊張。
「今の俺は皇族ってわけじゃないだろ?」
「いや、それは……」
「良いんだよ! 今の俺は絶対に皇族じゃない」
今の自分は国を取られた身なので、皇族では無いだろうと発言をした。
この発言に戸谷郡長はカバーを入れようとする。
だが殿下自身が手で、気にしていないからカバーしなくて良いと静止した。
静かに聞くしかないと戸谷郡長は感じる。
「皇族じゃないのに苗字が無いのは変だろ? そこで苗字と新しい名前を考えたんだ!」
「え!? 苗字だけじゃなくて名前も!?」
「もちろん為臣という名は、父上たちが付けてくれた大切な名だ。この名前も残しておくつもりだ」
「というと、どんなフルネームですか?」
「いくぞ! 新しい名は……《|豊徳 秋蘭 為臣《ほうとく しゅうらん ためおみ》》だ! 天下人の豊臣秀吉と徳川の文字を取って豊徳。偉大なる父の秋臣と、英雄となった春蘭の文字を取って秋蘭だ!」
殿下は新しい名前を考えていた。
自分は、もう皇族じゃないのだから苗字が無いのは気になって仕方ない。
そこで自らの考えた名前を名乗ろうというわけだ。
新しい名前は《豊徳 秋蘭 為臣》という色んな要素を盛り込んだ名前である。
殿下の新しい名前を聞いて戸谷郡長たちは「確かに」とか「悪くないな」とか溢していた。
どんなものを想像していたのかと思うが、とにかく臣下の3人も賛成してくれた。
この名前で確定。
殿下は「早速呼んでみろ!」と指示を出す。
3人は「はい!」と返事をして、殿下の新しい名前をフルネームで呼ぶのである。
この形で後に伝説となる皇帝の名が明かされたのだと大和帝国列伝では語られている。
「それにしても殿下っ! 殿下の剣技は、とても10歳のモノとは思えませんでしたよ! どうしてあんなにもお強いんですか?」
「俺は自分を強いと思った事ないな。だが強いていうなら5歳の頃から剣術だけはサボらなかった……それこそ嵐や雪が降っていても毎日。あとは日本時代に書かれていた武士道に関する本を読み漁っていたな」
逆川港湾長は10歳の殿下が、どうしてあそこまで強かったのかが気になって聞いてみた。
その答えは簡単なモノだ。
5歳の時から365日、休む事なく剣術を鍛え上げ、武士道とは何かも勉強していた。
それが今の自分に生かされているんじゃないかと、殿下は簡単に話すのである。
理由を殿下の口から聞いたが、逆川港湾長は「それだけじゃあ納得できないなぁ」と思った。
しかし言うわけにもいかないので心の奥にしまう。
「戸谷、釧路県に着いたらどうするんだ? 釧路県だけで再起を図れるのか?」
「そこなんです、さすがに釧路県だけでは国を取り返すだけの兵力はありません。殿下が隠居するだけでしたら、釧路県でも問題はありませんが」
「そういうわけにはいかない! 春雷に奪われた国を、俺の手で奪還しなければならんのだ!」
「そういうと思いました。そこで考えたのですが、私に1つだけ考えがあります」
このまま釧路県に入ったところで、国を奪還するだけの力が釧路県にはあるのかと聞いた。
戸谷郡長の答えは渋いモノだ。
釧路県だけでは春雷軍たちと戦う力は持っていない。
ならばどうするのかと殿下は、戸谷郡長の方を向いて真剣な表情で聞くのである。
すると戸谷郡長は、フッと軽く笑う。
どうやら戸谷郡長には、1つだけ良い考えがあるらしく相当に自信があるみたいだ。
「どんな考えだ? お前が自信満々に言うのだから、それはそれは素晴らしい妙案なんだろう」
「そこまでハードルを上げられますと、自信が……」
「さっきまでの威勢はどうした! 良いから教えろ」
戸谷郡長の地震の現れを見て、それは素晴らしい作戦なんだろうと殿下がハードルを上げた。
それに悪ノリにするように戸谷郡長は話そうしない。
殿下は失敗したと思って、とにかくどんな情報なのかと戸谷郡長を急かすのである。
自分の悪ノリに乗ってくれた殿下に「はは!」と戸谷郡長さ返事をした。
「ある勢力に力をお借りするんです!」
「ある勢力に力を借りる? その勢力とは大和帝国の春雷側じゃないのか?」
「はい! 私が考えている勢力は、大和帝国にも春雷陣営にも属しておりません」
「なに? どの勢力にも属していないなんて、この大和の地で存在してるのか?」
ある勢力の力を借りるという話だが、その勢力は帝国側にも春雷側にも属さない勢力だと言った。
そんな精力があるのかと殿下はわけが分からない。
戸谷郡長は、ニッと笑って発表する。
「混合民族です!」
「カムイリアン?」
戸谷郡長が口にしたのは、殿下がが聞いた事が無かった単語だった。
それは丈二と逆川港湾長も同じだ。




