012:足りない2つ
012:足りない2つ
副将戦は戸谷郡長と田淵が戦う。
先鋒で丈二が、かなりの試合をしてくれたから自分も殿下に良いところを見せたいと意気込んでいる。
これに対し相手の田淵は、強いと聞いている戸谷郡長との戦いに緊張していた。
真反対な2人は木刀を構えて準備する。
そして審判役の男が「はじめ!」と開始の合図を出す。
「うぉおおおお!!!!!」
田淵は覚悟を決めて戸谷郡長に向かって飛び出す。
考えがあるようには見えない。
感情を剥き出しにして、木刀を振り上げながら向かう。
明らかに動揺している田淵に対し、とてつもなく落ち着いている戸谷郡長という、またまた真反対な状況だ。
こんなにも真反対な状況なのだから、戦いの素人でも有利なのはどっちなのかと分かるだろう。
その予想通りだ。
田淵が木刀を振り下ろした瞬間、その木刀に合わせて戸谷郡長は円を描くように木刀を振るう。
勢いをつけている分、田淵の木刀は真上に弾かれた。
そして田淵が驚いている隙に、戸谷郡長は一気に詰め寄って木刀を首元に突きつける。
こんなあっさりやられるのかと言った感じで、田淵は両手を挙げて「ま 負けました」と呟く。
副将戦は一撃で決着がついた。
「さすがは戸谷だな、まさかここまで圧倒的な実力さを見せつけるとは……伊達に春雷とやりあっただけはある」
ここまでの実力差に殿下は感動すら覚えている。
そりゃあ国を乗っ取った春雷とやり合って、一時は勝利を収める事ができただけはある。
誰よりも真っ先に拍手をした殿下のところに、戸谷郡長は走っていって膝を着く。
コイツもゴールデンレトリバーなのかよ。
逆川港湾長は丈二の実力には驚いていたが、戸谷郡長の強さには「やっぱり強いな……」と呟き驚かない。
驚かないというか、強さを再認識した感じだ。
これで3番勝負としては殿下側の勝利となる。
しかし殿下は「逆川!」と名前を呼ぶ。
「この結果は、お前も納得できないんじゃないか?」
「いや……まぁ」
負けた側としては、ここで何を言っても負け惜しみだ。
どうにも男が下がってしまう。
その為、殿下から納得できないだろうと言われても、ハッキリとした言葉を返せない。
殿下も、その事は理解している。
だから殿下の方から話を切り出す。
「予定通り、俺たちの模擬戦をやろうか」
「し しかし決着が着いて……」
「そんな納得もできない状態で、俺の臣下になったところで本領なんて発揮できないだろ? それなら納得できるまで、俺が相手になってやるよ」
予定通りに大将戦をやろうと言った。
しかし決着がついた上では、この戦いは無意味なのでは無いかと逆川港湾長は思っている。
殿下としては尽くすべき人間の本気も知らず、納得もできない状態で臣下になるなんて愚策中も愚策。
これで臣下になっても本領なんて発揮されない。
殿下の発言に逆川港湾長は「殿下……」と声を漏らす。
「さすがは殿下です! 齢10歳で、国を取り返そうと動かれるだけはある!」
「そんな事は良いよ……さぁ! メインイベントを始めようじゃないか!」
殿下は戸谷郡長から木刀を受け取る。
ギュッギュッと木刀の掴み心地を確認してから、殿下は模擬戦のフィールドに立つ。
こんな舞台を用意してくれた殿下に、逆川港湾長は胸を借りるつもりでやると木刀を手に持つ。
殿下同様にフィールドに立つ。
ジッと2人は良い意味で睨み合う。
これは面白くなりそうだと戸谷郡長と丈二は、しっかりと目に焼き付けるべく頬を叩いて気合いを入れる。
自分の時には、一切しなかったというのに。
殿下が戦うとなったら、これである。
そんな2人を尻目に審判役の港湾員が、2人の中間に立って準備ができているのを確認した。
右手を「よーい」と同時に上げる。
そして「はじめ!」と同時に下げた。
開始の合図と共に2人は動き出さない。
始まりとしては前の2試合とは違う。
ジッと相手の様子を見ているみたいで、右回りで円を描くようにサークリングする。
半周したところで、仕掛けたのは殿下の方だ。
一気に詰め寄ると地面スレスレから木刀を振り上げる。
かなりの速度だが逆川港湾長は、それを後ろに体を反らせる事で攻撃を避けた。
しかしそれだけでは終わらない。
上に行った木刀を、今度は振り下ろして2撃目を放つ。
逆川港湾長は真横に飛んで避ける。
「これが10歳の剣技か……嘘だろ」
ギリギリで殿下の猛攻を耐え切った逆川港湾長。
これが本当に10歳の剣技なのかと驚きを隠せない。
自然と自分の10歳の時と比べてしまう。
「まぁこう来なくちゃ面白くないよな!」
立ち上がった逆川港湾長は、木刀を握り直して構える。
そして今度は逆川港湾長の方から攻撃を仕掛けるが、普通に戦ったら負ける可能性がある。
想定外の強さに警戒しているのもあるが、何より逆川港湾長が10歳とか関係なく実力を認めたのだ。
ジリジリと近寄りながら、一気に詰め寄って斬る。
やはり殿下のスピードは侮れない。
逆川港湾長が殿下に向かって木刀を振り下ろしたタイミングで、既に殿下は消えていた。
しかし殿下が避けたタイミングで、逆川港湾長は読んでいたかのように木刀を流れで振るう。
これに殿下はギリギリで木刀を出して防ぐ。
2人の力の差があり、殿下はガードしながらも吹き飛ばされて行くのである。
だが綺麗に受け身を取っていてダメージは少ない。
まさか自分は誘導されていたのかと、殿下は転がってから直ぐに立ち上がって逆川港湾長の方を見る。
「殿下、分かりますか? これで俺と殿下の違いです。こういうと上から目線に感じるかもしれませんが、驚いたんですよ? ここまで10歳のレベルでやれるなんて」
「そりゃあ認めて貰って嬉しい限りだが……まだ決着は付いていないんだよ!」
上から目線のように褒められて、殿下は少しムスッと苛立ちを覚える。
そのまま殿下は逆川港湾長を討ち取るべく飛び出す。
やはりスピードは殿下の方が上だ。
そこから上下左右に加え、さらに斜めと言った縦横無尽な攻撃を振るう。
技術も逆川港湾長と同等レベルかもしれない。
この時点で殿下は異常だ。
しかし殿下と逆川港湾長とでは、2つの名目で明らかな差が生まれてしまっている。
それが討ち取りきれない理由だ。
「殿下、俺が貴方よりも上回っているものがあるのを知っていますか? それが理由で殿下が、俺に勝てる確率は少ないです」
「あぁ薄々、理解していた……」
「ほぉ? さすがは殿下だ、どんな差だと思います?」
「体格差によるパワー不足、そして……圧倒的な戦闘経験の無さってところか?」
殿下が逆川港湾長よりも劣っているもの。
それは年齢による体格の差。
そしてこれも年齢が関係してくるが、場数を踏んでいない経験値の差である。
どちらも今直ぐに解決できるものではない。
これからなら全然補えるものではあるが、この場では不可能なので、逆川港湾長は負けないと考えている。
この事は殿下も理解せざるを得なかった。
「さぁ殿下、俺は殿下の実力を認めましたよ。貴方の下ならやっていけそうだ……なので、この戦いは降参します?」
「降参だって? 誰に降参なんて語ってんだ?」
「さすがは殿下だ、俺もそういうと思いましたよ!」
別に煽ろうと思って煽っているわけじゃないが、絶妙に殿下を煽ってやる気にさせた。
しかし2つの埋めようのない差を、どうやって埋めるのかが戦いの見どころでもある。




