010:逆川港湾長
010:逆川港湾長
象牙や高そうな掛け軸。
豪華とまではいかないが、この港湾長室には高そうな置物が多く置いてある。
そしてその部屋の真ん中ら辺にソファが置いてあり、そこに中年の男が腰掛けていた。
この男こそが港湾長《逆川 定智》だ。
逆川港湾長は整えていないヒゲに、だらしなく着こなしているスーツ姿。
それを上回るレベルでイケメンだ。
そんな逆川港湾長は本を読んでいた。
だが部屋の中に入って来たのが戸谷郡長であると分かった瞬間、立ち上がって入り口に走っていく。
まさしく飼い主が帰って来た飼い犬のようだ。
「戸谷さま、良くぞいらっしゃいましたな!」
「おぉ定智、元気にしてたか?」
「はい! こんな生活ができるなんて思ってもいませんでしたよ! 本当にありがたい限りです!」
海賊としてうだつが上がらない生活を送っていた逆川港湾長たちが、こんな良い生活ができているのは港湾長に任命してくれた戸谷郡長のおかげなのだ。
恩で言えば返しきれないくらいのものである。
その逆川港湾長の気持ちを、もちろん戸谷郡長も理解していると、逆川港湾長の肩をポンッと叩く。
「いきなり来て悪かったな」
「そんな! 戸谷さまが来るのに、邪魔だとか嫌だとかって事はありませんよ!」
「そう言って貰えるとありがたいよ」
「それは良いんですが、こっちのちっこいのは? もしかして戸谷さまのお子さんですか? でも確か結婚していなかったはず……養子ですか?」
いきなり来た事への謝罪に対し、別に気にしていないから大歓迎だと笑顔で答える。
そして視線を落とし、後ろに立っていた殿下に見た。
この子はどこの誰の子なのか。
戸谷郡長の子供かも知れないと思ったが、結婚していない事を思い出し、自分の考えを訂正する。
もしかして養子を取ったのかと聞いた。
養子かと聞かれた戸谷郡長は、首を横に振って「違う」と否定するのである。
じゃあどうして小さい子供を連れているのか。
逆川港湾長は首を傾げて疑問がる。
この逆川港湾長ならば隠す必要もないだろうと、戸谷郡長は逆川港湾長に説明する。
「こちらの方は、この大和帝国の第四男であられる為臣殿下である!」
「皇子!? どうして皇子が、こんなところに……」
「それを説明させてくれ」
殿下が帝国の皇子であると聞かされた。
どうしてこんなところに皇子が居るのかと、逆川港湾長は漫画のような驚き方をする。
まぁそりゃあそうだ。
子供だと思っていた人間が、いきなり皇子であると紹介されたのだから。
逆川港湾長が驚くのは分かるので、戸谷郡長は現状について説明するのである。
「……という事があったんだ」
「そういう事なんですか。まさか三ツ矢家の次男が、謀反を起こすなんて……それでこっちらが本当に皇子」
説明を受けた逆川港湾長は、全てに納得をした。
そんな事があったのかと腕を組みながら考えるような仕草をする逆川港湾長。
しかし視線は殿下の方に向けられる。
殿下の体を上から下、下から上に品定めするように見ているのである。
これには戸谷郡長も何かを言おうとした。
それを殿下が止め、首を横に振って自由にさせるよう促すのである。
そしてまた逆川港湾長は笑顔に戻った。
「それでどうしてウチに? 会いに来て貰ったのは、とても嬉しいんですが。こんなところに立ち寄っている場合じゃ無いのでは?」
「そこなんだよ、ここに立ち寄ったのには理由がある。この場所というよりも逆川、お前にだ!」
「ほぉ? 話を聞かせて貰っても?」
「あぁもちろんだ」
「なら立ち話もなんですから、ソファにどうぞ」
立ち話で聞くわけにもいかないからと、戸谷郡長たちをソファに案内した。
久しぶりに良い椅子に座った殿下は、少し何かを感じる事がある。
そんな殿下を尻目に話を始まった。
逆川港湾長は信頼できると、戸谷郡長は自分が立てた作戦を全て伝えるのである。
話している最中、逆川港湾長は「うんうん」と頷くだけで茶々を入れずに聞いている。
「……というわけなんだが、引き受けてくれるよな? お前が海の指揮を取ってくれれば、間違いなく無事に釧路県まで迎えるだろう」
「そこまで買ってくれているとは、これまた嬉しい限りですね……しかしお断りさせて頂きます」
完全に引き受けてくれるものだと思っていた。
殿下は眉をピクッと動かす程度で表情は変わらず、丈二は断られた事に少し表情を変えた。
この2人に対し戸谷郡長は、表情を一切変える事なく前のめりにしていた姿勢を「ふぅ」と息を吐きながら、起き上がらせるのである。
少しの間を置いてから戸谷郡長は「どうして?」とシンプルな言葉だけを発した。
「俺が戸谷さまの下に着いたのは、腕っぷしで完全に負けた上に、こんな良い待遇で迎えてくれたからです。戸谷さまの為ならば命を賭ける事は厭いません。しかしこう言っては何ですが、追いやられた幼き皇子に命を賭けるというのは致しかねます」
確かに言いたい事は分かる。
いきなりやって来て、もう国は奪われていますという少年に命を賭けるのは躊躇う理由になり得る。
しかしそれでも戸谷郡長は信用していたのだ。
断らずに引き受けてくれるという。
だが今となっては、戸谷郡長は怒り新党。
それは逆川港湾長が頼みを断ったから怒っているわけじゃなく、殿下を貶すような発言をした事に怒っている。
「逆川、お前に言わせて貰うけどよ。俺は頼んでるわけじゃねぇんだよ、殿下が困ってるって事は大和帝国の国民である俺たちが手を貸さなきゃいけない義務なんだよ。それをお前は、知らない子供に手は貸せないって言ったんだ、この意味が分からないわけじゃないよな!」
「戸谷さま、そこまで怒る人だったんですか……それでも! 部下の命を預かる者として、信用できない人間の下に着く事なんて絶対にありえません!」
「まだ言う……」
完全にブチギレている戸谷郡長は、とてつもなく逆川港湾長に詰め寄る。
このままでは殴りかかりそうだと殿下は感じた。
なので戸谷郡長の腕を掴んで、自分の方を見たのを確認してから首を横に振る。
落ち着くように促すのだ。
ダメなところを殿下に見せてしまったと戸谷郡長は落ち着くように深呼吸をする。
その間に殿下が、逆川港湾長に話しかける。
「逆川と言ったか? お前の言いたい事、俺には良く分かるぞ」
「本当ですか? そう言って貰えると……」
「しかし! 我々とて、ここで諦めるわけにはいかぬ。実力を理解させれば良いんだな?」
「ま まぁそういう事になりますね」
「ならば我々と模擬戦で3番勝負をしないか? それで我らが勝てば、貴殿の力を借りたい」
まさかの提案に逆川港湾長は黙る。
戸谷郡長は深呼吸をしながら話を聞いていて「さすがは殿下!」と褒めた。
逆川港湾長は何と言ったら良いのか。
困って後頭部をポリポリと掻く。
「と言いましても、殿下と戦うってなると戦いづらいっていう公平性が……」
「なら、お前がやれば良かろう! お前なら俺とやったとしても手加減しないで戦う事ができるはずだ」
「まぁ確かにそれはそうですね……分かりました! 確かに面白そうでもあるので受けて立ちましょう!」
まだ不安があるにはある。
しかしそれを上回るくらいに面白そうだと逆川港湾長は言って、受けて立つ事になった。
これに殿下は満足そうな顔をしている。
殿下・戸谷郡長・丈二が、逆川港湾長を含んだ3人と戦う模擬戦の団体戦を執り行う事になった。




