第二話「真実のかくれんぼ」①
シエル・シャトーは十階分のフロアがあり、小さな町ほどにも広さがある最大級の飛翔艦だ。内部には居住区、仕事に関連する様々な施設、鍛錬所や研究所、休憩や娯楽などに関連する施設、さらには食物を栽培するスペースまである。
その中ロイクが向かったのは、要塞の九階部中央にある司令室だ。このような大掛かりな組織である以上、統率者には簡単に会えないのが常識であろう。だが、アルカンシエルのリーダーであるリオネル・カナートは、同士が相手であればそれらに関する制限を一切していない。下の意見が聞こえなくなるのはよくない、というのが彼の意見らしい。
とはいうものの、危険がないとは言い切れないため、側近たちによって面会のルールは敷かれている。たとえば、司令室に入れる者は基本的にチームの隊長のみで、武器類は一切持ち込み禁止。面会を行いたい時は必ず連絡を入れること、などだ。
リオネルは不満を漏らしているが、その方がよいと大多数の一般構成員たちからも説得され現在は素直にそれに準じている。……代わりに、彼自身が要塞内をうろつく機会が増えてしまった、とアルカンシエルの副リーダーは嘆いていたが。
「ロイク・ファミーユ、入ります」
受付に武器を預け最後の扉が自動的に左右に開く中、ロイクははっきりとした声で入室を告げる。その彼を迎えたのは数人の護衛と、この組織で最も重要な立場にある二人の人物であった。
薄い紫を基調とした上着とベージュのシャツ、深緑のネクタイに黒のズボンというアルカンシエル常駐の者たちが纏う制服に身を包む男性と、落ち着いた赤のスーツを身に纏った眼鏡の女性。男性は緩くまとめたパーシアンレッドの長髪と若草色の双眸を持ち、腕には赤い房のついた腕章を、女性は高く結い上げた髪を後頭部の中程でもう一度まとめた黒の髪と目を持ち、腕にはオレンジ色の房がついた腕章をつけている。
場と服装を整えれば二十代にすら見える若々しい彼らこそ、無国籍軍アルカンシエルのリーダーと副リーダー、リオネル・カナートとナタリー・ディルマンである。
「ああ、いらっしゃいロイク。顔会わせるのは半年振りか? 仕事帰りだったんだからもっとゆっくりでもよかったぞ?」
朗らかな笑みを浮かべるリオネルに、ロイクは直立不動で扉の前に立ち続けた。
「いえ、リーダーもお忙しいでしょうから、お時間割いていただいただけでも光栄です」
きびきびとした態度で受け答えをするロイクにリオネルは若干つまらなそうな顔をする。それは幼い頃から見知っているロイクが年を追うごとに他人行事になっていくことへの些細な落胆なのだが、気が付いたのは肘でこっそりとつついてきたナタリーだけであった。すぐに応じて表情を改めるリオネルは、一方で、久しぶりにロイクとゆっくりと対面して懐かしさを覚える。
11年前、古い友人からの要請を受け迎えに行かせた先で拾われてきた少年たちは、ここに来た時二、三日は泣き続けていた。理由など、迎えに行った先に彼らしか見つからなかったことからリオネルは聞かずとも分かってしまった。
本当はどこかの国に下ろして平和に暮らさせるつもりであったのだが、しばらくシエル・シャトーで養っていたら「ここで働く」と言い出し、今では立派な前線メンバーだ。
「時が経つのは早いなぁ」
ぽそりと呟くと、聞き取れなかったロイクが声に出して問い返す。リオネルは笑顔で何でもないと答えると、ロイクを手招きした。一瞬躊躇したロイクだが、彼の貴重な時間を貰っていることを思い出しすぐに近付いてくる。どこの国にも所属していないが、その分どこの国とも均等に友好を保たねばならないアルカンシエルのリーダーという立場は、恐らくロイクが測れるほど軽いものではない。ロイクがこの場に来るために決意を必要としたのはそういう理由がある。
「で、相談ってのは?」
穏やかな笑顔と抵抗を覚えがたい緩やかな口調で問いかけられ、ロイクは最近の悩みを少しずつ話し始めた。
ややあって全ての話が終わると、リオネルは顎を撫でて視線を天井に向ける。
「ふーむ、つまりチームの隊長としてまとめていく自信がないってことか?」
こともなげに要約され、ロイクは若干慌てて訂正した。
「い、いえ。そこまでは……。ただ、仰る通り自信は少しなくしてます。兄としても頼りなくて隊長としても頼りないんじゃ、兄弟にもリーダーにも、先生にも顔向けが……」
「最初から全部出来ると思うなロイク」
出来ない、と続けるはずの言葉は通常よりやや強めたリオネルの言葉に遮られる。思わず口を噤んだロイクを見て、リオネルは唇を引き伸ばした。
「一般的には来年成人とはいえ、お前だってまだ十代のがきんちょだ。俺もテランスも、最初っから何もかも全部出来るとは思ってないよ。悩むのもぶつかるのも仕方ないだろ。ある程度の年を取ったら意地が出てくるなんて普通のことだからな」
ロイクたちに限った話ではないが、ほとんど独り立ちしている少年少女というのは、自身の年齢を省みず何でも出来るようになろうとし、何でも出来るつもりになりがちだ。その考え自体はリオネルも素晴らしいことだと思っているし、他人に頼ってばかりの人間よりはよほど好もしい。
だが残念なことに、彼らは出来ると思っていたことが出来ないとへこむ癖がある。たとえば今のロイクのように、出来ない自分を恥じて自信をなくしてしまったり、などだ。
「今出来ないことを恥じるなよロイク。これから出来るようになればいい。必要なだけ悩め。話せ。ぶつかれ。ジョスラン相手じゃ難しいだろうが、殴り合いになったっていい。それでどうしようもなくなったならそれはそれで仕方ない。お前たちは命を預け合う関係なんだ。腹の底につまらない感情抱えてぎくしゃくするより、いっそぶちまけてくればいい。お前らだけで大変なら俺でもナタリーでもギデオンでも他の奴らでも、好きなだけ巻き込め」
世の多くの一般論では「他人を面倒ごとに巻き込まない」や「自分のことは自分で」が〝正しい〟ことなのだろう。だが、リオネルの考えは違う。「自分で」出来るようになるのは素晴らしいが、「自分で」にこだわるのはまだ子供の証だとも思っている。ましてここはアルカンシエル。国境なき戦士たちは個人で全てを出来るようになるべきではない。何故なら、協力こそがこの虹の軍団の最大の理念だからだ。
真正面からの強い眼差しを受け、ロイクは意識的に深く息を吸う。そして、来た時よりは幾分明るい顔で笑みを作った。
「――はい。やれるだけのことを精一杯やっていきます。もしも駄目だったら、お手数ですがご助力お願いいたします」
腰をほぼ90度曲げて頭を下げるロイクに、リオネルは「任せろ」と笑い返す。明るい笑い声を聞きながら、ロイクは相談に来たことの正しさを改めて感じた。これだけ大規模な組織をまとめているだけあって、リオネルの器の広さは相当なものだ。彼の言葉ひとつひとつが、眼差しが、立ち居振る舞いが、強い空気となって背中を押してくれる。
やる気を出したロイクが退室するべく辞去を告げようとすると、不意に思い出したようにリオネルが予想外の一言を口にした。
「って言っても、もう俺の優秀な右腕がジョスランの所行っちまったみたいだけどな」
からからと笑うリオネルの言葉に目を瞠ったロイクは、その形容に該当する女性を探して室内を見回す。だが、確かにその姿は部屋中どこを見ても見つからない。早速巻き込んでしまった事実にロイクが動揺するのを見て、リオネルは肩を震わせながら軽く手を振った。
「まあそんな慌てるなよ。多分一番いい説得相手な気もするぞ?」
「え? ああ、そうでしたね、副リーダーは確か――」
リオネルの言葉の意味を理解し、ロイクは申し訳なさそうな表情の中に安堵を混ぜる。そんな彼の肩を、リオネルは優しく叩いた。
「じゃ、ナタリーが帰ってくるまで仕事の代行よろしくな。ああ心配すんな、難しいのとかあいつじゃなきゃ出来ないのはやらせないから」
「はい!? 」
大組織のリーダーには、ちゃっかりさも必要不可欠なスキルである。




