第一話「十一年目の不協和音」④
着艦したロイクたちが部屋に戻る前にまず向かったのは、シエル・シャトー四階部の西エリアにある依頼仲介所――通称ギルドと呼ばれる場所であった。アルカンシエルに出される依頼は一度この場所に収束され、この場の担当者たちが内容を精査し、レベルごとに依頼を振り分け、それをロイクたちのような構成員たちが受けて実際に解決に向かうことになっている。受ける依頼のレベルと本人たちがレベルが合っていない場合止めなくてはいけないため、彼らの責任も中々に重い。
「おう、お帰りお前ら。お疲れさん。首尾はどうだ?」
カウンターの向こうから迎えてくれたのは一人の中年男性だ。暗めの青をした短い髪は前髪を中央で分けており、髪に遮られない太い眉も、その下の穏やかな光を灯す双眸も、丸い鼻の下から左右に伸びたひげも、全て髪と同じ色をしている。身長はロイクより低くアガットよりも高い。しかし彼の最大の特徴はふっくらとした輪郭とその見事な太鼓腹だろう。
「ただいま帰りましたギデオンさん。……町から連絡は来ていませんか?」
問いかけにロイクは不安そうな表情をした。個人の依頼はともかく、町や国など大きな単位での依頼の場合、解決後アルカンシエルの構成員はまずその団体に解決の連絡を取る。その後依頼者は状況を確認し、問題なしの場合はギルドに依頼完了の報告をする義務があるのだ。
今回その説明を忘れてしまったのだろうかとロイクは頭を抱え、報告に行ったエクトルとアガットはその時のことを思い出すべく記憶を遡り始める。すると、男性は明るく豪快に笑い出した。
「あっはっは、違う違う。ちゃんと報告は来ているよ。そうじゃなくてな、お前たちの口からどうだったのか聞きたかったんだよ俺っちは」
不備ではなくただの気まぐれだったと分かり、ロイクたちはほっと安堵の息を吐く。
「って、分かりづらいっすよマスター。もうちょっと分かりやすい訊き方してください。結果は上々です」
安堵するのと同時に不満が持ち上がったエクトルがそれをそのまま口にすると、男性は「すまんすまん」とまた明るく笑った。
彼はギデオン・ドルン。仲介所の主であり、構成員たちからは〝マスター〟の愛称で慕われている明るく愉快な人物だ。また、拾われたばかりの幼い六芒小隊の面倒を見てくれた人物でもあり、彼らにとってはある意味もう一人の父のような存在でもある。
「マスター、マスターあのね、みんなすっごく頑張ったんだよ。ジョス兄の作戦でエク兄とアガット姉とロイ兄が突撃してね、それでも逃げちゃった人たちフェリシーがは屋根をぴょんぴょん跳んで追い詰めたの。それでね、カリーヌ姉は怪我しちゃった町の人とか悪い人の治療したの」
報告が終わったと見るや前に出て、フェリシーはカウンターに前のめりになり両手を大きく動かして言葉足らずに状況を説明する。ともすれば疑問符が浮かびそうな内容だが、ギデオンは感心した顔をした。
「おおそうか、お前らは凄ぇなぁ。いっぱい戦っていっぱい人の役に立ってるもんな」
よしよしと薄い手袋をつけたギデオンの丸みのある手で頭を撫でられると、フェリシーは満足そうに屈託ない笑顔を浮かべる。その横にこっそりとカリーヌが並ぶと、心得ているギデオンは続けてカリーヌの頭も撫でてやった。同じく嬉しそうに笑うカリーヌにうんうんと頷くと、ギデオンは視線をめぐらせ後方のジョスランに手招きする。
「ジョスランは?」
「子ども扱いしないでっていつも言ってるんだけど」
呼びかけを冷たくあしらわれるが、ギデオンは「おお、悪い悪い」と堪えた様子もなく謝罪した。怒られるのでも無視されるのでもない反応に調子が狂ったジョスランは、腕を組んで不機嫌な顔を背ける。
「それにしてもお前らいい調子だなぁ。Cランクでも上位の解決率だぞ」
思い出したようにギデオンは話を変えた。視線が向く先は手元のタブレットだ。画面を指でなぞり操作をすると、隣の印刷機が動き出し、数秒で一枚の紙が吐き出される。ギデオンがそれをロイクに渡すと、一同の視線は紙に向いた。
このギルドでは本人が問い合わせをすると紙、もしくはデータで各チームや個人の仕事結果に関する情報を提供してくれる。ロイクたちは最初の頃こそこまめに問い合わせを出していたが、半年も経たないうちにギデオンはじめ仲介担当者たちは仕事終了後の六芒小隊に必ずこの紙をくれるようになった。ロイクたちが依頼の大小に関わらず毎度帰りにここに来るのは、ギデオンに「ただいま」を言うためと、この紙を受け取るためでもある。
「六芒小隊」と一番上に印字されているそこには、現在のランク、ランク内でのグループ、請け負った依頼の数、解決した依頼の数、組織全体から見た時の解決率、直近の解決依頼・請負依頼が表示されている。
アルカンシエルではチームまたは個人の能力ごとにランク分けをしており、これが依頼を受理する時の指標にもなっているのだ。そのランクはS、A、B、C、D、E、Fがあり、さらにそれを一から五のグループに分ける。六芒小隊はCランクのグループ一に所属しており、アルカンシエルでもそこそこ手練の扱いとなっている。
現状把握や目標邁進のために使われるそれの中で、ロイクたちが最も重要視しているのは解決率だ。
「うん、結構いいんじゃないか?」
「そうだな、悪くない」
上位の構成員たちがどんどん上限値を上げるために、六芒小隊が努力すれど解決率の値は爆発的には上がらない。しかし同時に大きな下落もなく、ゼロ以下の数字の話であれば少しずつ値は増えている。彼らにとってはそれが何よりの成果であった。
現状に安堵したその時、突如後ろから紙を奪われる。ほとんど力を入れていなかったためにあっさりと取られたロイクは僅かに驚きを浮かべるが、こんなことする人物はそう多くない。自身より早く反応したエクトルの表情を見て、ロイクは振り向くより先に奪った主を確信する。
「スティード、見たいなら言ってくれれば見せるから、奪い取るのはやめてくれ、っていつも言ってるだろう」
注意とも文句ともつかない小言を口にしながら振り向けば、そこには予想通り二人の青年たちが立っていた。前方にいるのはロイクから紙を奪った人物で、短く切った髪は金、双眸は紫で、少し焼けた肌をしている。短い袖から出た両腕は筋肉に覆われ、ズボンで覆われた両足も服の上からでもがっしりしているのが分かる。彫りが深い男らしい顔には、からかうような笑みが浮かんでいた。
その青年の後ろに立っているのは彼より僅かに背の低い、青を基調とした鎧を纏った青年で、左目を前髪で隠すような髪形をしている。髪と目の色は前にいる青年と同じだが、こちらの顔立ちはすっきりと整っていた。両耳には大きなピアスが揺れており、前の青年の行動に苦笑を浮かべている。
彼らはスティード・アレマンとマクシム・アレマン。「鉾楯兄弟」という名前で行動するアルカンシエルの構成員だ。年齢は22歳と20歳で六芒小隊たちよりも年長なのだが、年が近いこととランクやグループが同じことから、他のグループに比べれば関わりの深い人物たちだ。ただし。
「相変わらずセコイ依頼で稼いでんなテメーら。もっと俺たちみたいにでっかい仕事こなしてみろよ」
「ああ? 俺らは堅実だからオメーらみたいな博打みてぇな依頼はしないんだよ」
「堅実ぅ? 臆病の間違いじゃねぇのかよ? 兄貴が盾持って後ろでびくびくしてんじゃ弟どもも大変だろうよ」
「お前の所も兄貴が猪突猛進馬鹿じゃ苦労すんだろうなぁ」
六芒小隊の長兄・エクトルと、鉾楯兄弟の兄・スティードは非常に仲が悪いことで有名だ。顔を合わせるたびに騒ぎを起こし、はじめは舌戦、次第に子供じみた口喧嘩、最後は殴り合いの大喧嘩と変遷のパターンは決まりきっている。なので、その間に他の兄弟たちは会話をするのだ。
「はい、悪かったなロイク。返すよ」
「ああ、すまないマクシム。あなたたちも評価を貰いに来たのか?」
喧嘩を始めた兄から紙を抜き取り、マクシムはロイクにそれを渡した。ファミーユ兄弟とアレマン兄弟は、長男同士の仲は悪いが次男同士の仲はよい。
「ああ。俺たちは早いところもっと大きな仕事を任されるようになりたいからね」
六芒小隊と同様鉾楯兄弟も毎度評価を受け取りに来ているため、ギデオンは何も言われずとも紙を出してマクシムに渡す。それを受け取って、マクシムはさっと紙の上の文字を辿った。隠して見ないので、近くにいたロイクにもその内容は目に映る。
「今回はマクシムたちに負けちゃったね」
「そうだな……って、こらフェリシー。他人の背中にいきなり乗るんじゃない」
解決率を比べて思ってしまったことを言葉に出されたロイクは、つい同意してから顔を上げた。声の聞こえる位置がおかしいと思えば、末の妹はマクシムの背中に飛び乗り首に手を巻きつけている。ほとんど同じ高さになった目を見て注意すると、フェリシーは唇を尖らせマクシムの首元に顔を隠してしまった。続けてアガットが注意しようとすると、マクシムが手を上げて笑う。
「大丈夫だよ。フェリシーは随分軽いから、俺も言われるまで気付かなかったし。でもフェリシー、前にも言ったけど、飛び乗る時は声かけてくれるか? 気付かないで振り落としたらエクトルに殺される」
冗談とも本気ともつかないおかしな脅しをされ、フェリシーはありえるかもしれないと黙り込むと、すぐに素直に頷いた。すると、再び顔を上げてマクシムの顔を覗き込む。
「ねぇ、マクシムはフェリシーが自分のこと名前で呼ぶのどう思う?」
帰りの飛翔艇でジョスランに言われたことを気にしていたのか、真剣な顔でフェリシーは問いかけた。質問の意図が分かっていないマクシムに、ロイクは大部分を省き質問に至った経緯のみを説明する。兄弟ではなくマクシムに尋ねたのは、第三者の冷静な意見が訊きたかったのだろうか、とロイクは予想した。
「一人称ねぇ。俺は別にそんなに気にしないけど、まあ、子供っぽいっていうのはあるかな?」
顎に手を当てながらマクシムが素直な意見を口にすると、フェリシーは幾分衝撃を受ける。続けて、背けた顔の前で何かを決意したように拳をぐっと握り締めた。
「――っていうか、これフェリシーに言ったのアガットかジョスランだろ?」
そんな彼女の様子に気付かないマクシムは、からかうような笑みでアガットとジョスランに順に指を向けた。付き合いが長いため、両兄弟はそれぞれの性格をよく分かっている。もう一人の容疑者のアガットが自分ではないと言うよりも早く、正解であるジョスランがマクシムを睨みつけた。
「だったら何? 何か文句あるわけ? 15にもなる妹がいつまでも子供みたいだったらどうにかしようって思うのが普通じゃないの?」
単純な予想にすら過剰な反応を返すジョスラン。兄弟相手ならまだしも他人相手には流石にまずいと思ったのか、カリーヌが反射的に彼の腕を両手で引く。身体を傾いだジョスランが文句を言おうとすると、それに先んじて喧嘩していたはずのスティードが割り込んできた。
「このガキは相っっ変わらずクソ生意気だな。兄弟にぶらさがってるだけの腰巾着が偉そうな口きいてんじゃねぇよ」
口喧嘩の最中でもちゃんと話は聞いていたらしいスティードの口の悪い文句はジョスランに火をつける。攻撃の矛先を変えると、ジョスランは肩口まである髪を払って見下した目をスティードに向けた。
「あーごめんごめん。突撃するだけしか脳がない馬鹿兄弟には僕の言葉は難しすぎたね。何て言ったら分かる? ああそうだ、言葉を一から教えてあげようか。そしたらどっかのお国のお偉いさんを怒らせてリーダーに頭下げさせる子供じみた事態も起こらないんじゃない?」
一を言われて十を皮肉るジョスランの容赦ない過去の蒸し返し攻撃は、スティードに十分すぎるダメージを与える。かつて某国での依頼をこなしていた際に、彼はその国の重役についている人物を怒らせてしまったのだ。原因としてはその人物がアルカンシエルを貶したことが挙がるのだが、結果として尊敬するリーダーを謝りに行かせてしまったことはスティードにとって拭いきれないマイナスだ。
思い出し苦い顔をして黙り込んだスティードを見て、ジョスランは嘲るような笑みを浮かべる。そんな彼の頭を誰かが鷲掴んだ。力を込められたためジョスランは顔を上げることが出来なかったが、このタイミングでこのようなことをしてくるのは一人しかいない。
「離せ馬鹿兄弟の弟。あんたらと違って僕の頭は貴重なものなんだよ」
「その貴重な頭は人を傷付けることにしか使えねぇの? 確かに最初に絡んできたのは俺らだけど、よりにもよってその話題を引き合いに出すかよ」
笑顔だが目が笑っていないマクシムの行動にフェリシーやカリーヌが慌てて制止を呼びかける。アレマン兄弟は兄の方が喧嘩っ早いが、普段冷静な弟も負けず劣らずなのだ。ぎりぎりと力を込められジョスランは振り払うべく彼の腕を掴むが、前線に立つ人物とは基本の筋力量が違いすぎる。徐々に痛みが増して来たその時、突如マクシムの腕が離された。ふっと重圧から解放され反射のように顔を上げたジョスランは、予想通りの光景にぐっと眉を寄せる。
「すまないマクシム。今のはこちらが悪かった。だが、ジョスラン相手にそれ以上はやめてくれ。殴りたいなら俺が受ける」
マクシムをジョスランから離したのはロイクであった。心底申し訳なさそうな顔をしつつもマクシムの手を掴む彼の手には見た目以上の力がかかっており、強引に引き戻されたのだ。一度ロイクを睨んだマクシムだが、真剣な目で真っ直ぐに見つめ返され、結局は息を吐いて力を抜く。
「……分かったよ、俺も大人気なかった。けど謝らないからな。大事なのは分かるけど、もうちょっとジョスランに礼儀教えておけよ。行こう兄貴」
フェリシーを下ろし踵を返して歩き出すマクシムに肩を叩かれ、スティードは慌ててその背中を視線で追った。
「お、おう。エクトル、今回は引いといてやるよ」
「一生引いとけボケ」
「ああっ?」
「兄貴」
「エクトル、いい加減にしろ」
折角引き際に至ったのにまた喧嘩になりそうなスティードとエクトルをマクシムとアガットが止める。怒らせると怖い二人の声の響きが重なり、長男二人は言葉を飲み込み拳を収めた。
鉾楯兄弟の背中が遠ざかると、ジョスランも不機嫌そうに踵を返し彼らとは逆側に歩き出す。兄弟たちはそれぞれに彼の名を呼ぶが、ジョスランは一瞬も立ち止まらずに去って行ってしまった。
「~~、ギデオンさん見てないで止めてくれたって……」
行き場のないやりきれなさをぶつけるようにカリーヌがギデオンを見上げる。しかし、目が合ったギデオンは笑みを返した。
「んー、どーーーっっしてもどうしようもならないんなら俺っちも出張るけど、ある程度のことは自分たちで出来るだろ? まして兄弟喧嘩なんだから。お前たちが依頼受けるようになった時そういう約束したろ?」
問われ、カリーヌは反論のしようがなく小さく是を唱えて頷く。幼い頃は何かと世話を焼いてくれたギデオンだが、彼の言う通り、六芒小隊が結成された際に必要以上のことはしないと約束したのだ。それは冷たさではなく、ファミーユ兄弟を一人前と認めてくれた証。これも言葉通りだが、本当に困ってどうしようもなくなった時ギデオンは必ず助けてくれてきた。今彼が動かないなら、まだカリーヌたちに出来る何かはある。
やり取りを聞いていた他の兄弟含め全員が納得した様子を見せると、ギデオンはひとりひとりの肩や背中を叩いて明るい笑顔を見せた。
「ほら、もう今日は休め休め。しっかり休息を取って次に疲れを残さないのもプロの仕事だぞ」
もっともらしいことを言われ、それぞれが返事をしてその場を後にする。言葉少なに与えられた居住スペースに向かう途中、ロイクのみ一行から離れた。
「リーダーの所に行ってくる」
その一言を残して。




