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第一話「十一年目の不協和音」③


 無国籍軍「アルカンシエル」。世界各地の上空を、移動要塞「シエル・シャトー」を用いて飛び回る組織の名前だ。


 彼らの主な仕事は世界各地から寄せられる依頼をこなすことである。たとえば戦争の仲裁、たとえば国交の橋渡し、たとえば町を騒がせる盗賊団の排除、たとえば植林事業のお手伝い、たとえば迷子の猫探し。


 その依頼の幅は広く、国からの依頼もあれば個人からの依頼もあり、正式な手順を踏みさえすれば、誰もが助けを求められるようになっている。


 構成員は約千人ほどであり、それぞれがコードネームやチーム名を持って行動している。常駐の者はともかく、ほとんど要塞に寄り付かない者もいるため、たとえアルカンシエルの組織員同士であってもお互い顔を知らないことなど珍しくないことだ。


 ロイクたちファミーユ兄弟がこの組織に拾われたのは、現在から11年前、ソレイユ暦3495年のことである。奇跡の鉱物・スフェールを研究することをお題目に、無謀な人体実験を繰り返していた非人道的な研究所から逃げ出し、彼らに保護された。


 やがてロイクたちは長男エクトルと長女アガットが名義上15歳になったことをきっかけに、生まれつき持つ能力を活かしアルカンシエルの一員として仕事に参加するようになる。


 いつでも六人一組で行動することから、自然と彼らのチーム名は決められた。


『じゃあお前らは六芒小隊だな』


 チーム結成が正式に決まった時、やけにあっさりとそう言い放ったのは、アルカンシエルのリーダーであり、ロイクたちの恩人である〝先生〟の友人でもあるリオネル・カナートだった。


 特別反論が出ることもなく、ロイクたちは「六芒小隊」のチーム名で様々な依頼をこなすようになる。地道な成功を重ね、少しずつではあるが名は売れてゆき、段々と大きな仕事も任されるようになってきた。


 だが、帆を広げる追い風は現在になって少しずつ向かい風に変わりつつある。そこには、〝年月〟と〝成長〟という抗い難い理由が堂々と鎮座していた。





 本拠地が空にあることから、アルカンシエルの組織員たちの移動方法は大抵が飛翔艇や飛翔船、エアバイクと呼ばれる飛行する乗り物だ。もちろんそれは六芒小隊も例外ではなく、彼らは「オーソドックスタイプ」と呼ばれる、乗り込むためのボックスの左右に羽が付いているだけのとてもシンプルなものを使用している。


 地上を駆ける物も空を駆ける物も海を駆ける物も、色・形・種類は多種多様だが、値段と装甲の厚さを鑑みた結果、彼らの相棒は銀色のボディに紫のラインが入った八人乗りのそれとなった。さらに、アルカンシエルの技師の厚意で、外装は通常のそれの三倍ほど硬度が上がっている。


 現在、その操縦桿を握っているのはエクトルであり、助手席にはアガットが、操縦席と助手席の間にはロイクが立っている。


「ではあの浮いているランプの名前と用途を答えよ」


 細くはないが綺麗な指でアガットが指したのは、進行方向に一定の間隔を開けて連続で浮かぶランプだ。ドーム状の透明のガラスに囲われたライトは赤く光り、下部はバルーンスカートを広げたような形をしている。


 身を僅かに傾いで正面のガラス越しにそれを確認すると、ロイクは思い出すように指を頭に当てた。


「ええと……名前はレーンランプで、用途は空路制限箇所の表示。一部地域ではこのランプでつながれた道以外は飛行禁止」


 教科書をなぞったような答えだが、知識になっていれば問題なし。アガットは唇に笑みを刻んで正解を告げる。


「ロイクは飲み込み早いなぁ。これなら余裕で免許取れるな」


 鎧と兜を外して身軽な格好になったエクトルが、オレンジの双眸を細めて弟の優秀さを誇るように頬を緩めた。長兄の過剰とも取れる期待に、ロイクは「頑張るよ」と笑みを返す。言葉としてはお約束の返しかもしれないが、取れなくては困る、という現実問題があるため、免許取得の試験の際は言葉通り努力の結果を出すつもりでいた。


 飛翔艇はアルカンシエルの他、各国の政府や軍、施設でも移動の際重宝される乗り物であり、現在は世界連盟(全大陸・島々の平和を誓い設立された組織)の国際法で、運転の際には免許の取得が義務付けられている。どこの国にも所属していないアルカンシエルであるが、世界連盟とは同盟関係にあるため、組織一同はそれを遵守した行動をリーダーより命じられているのだ。


 また、免許取得は同じく国際法で〝国際共通成人年齢〟と決められた18歳から可能であり、名義上今年で17歳になっているロイクは、来年取得のための試験を受けることになる。エクトルとアガットはすでに免許を持っているので、最近のロイクは移動時必ず運転席の近くでその様子を観察していた。


 本日も勉強に精を出していると、不意に背後から衝撃が襲い掛かってくる。何事かと見やれば、フェリシーがロイクの腰に抱きついていた。


「フェリシー? どうしたんだ?」


 背の低い妹を見下ろすが、彼女は顔を上げようとせずロイクの背中に顔をうずめたままだ。しかし、その沈黙が何より雄弁に背後で何があったのかをロイクに教えてくれる。


「……ジョスラン、あまり妹をいじめるんじゃない」


 フェリシーに向けていた視線を上げ、ロイクはさらに後方、座席と座席の間にある空間を視界に映した。乱雑に放られたカードの山と憮然としたジョスラン、おろおろしているカリーヌを見るだけで、一体何があったのかを把握出来る。


 だが、名指しされたジョスランは不機嫌な目でロイクを睨みつけてきた。


「は? 何それ理由も聞かずに僕が悪いわけ? フェリシーがカードに負けたから逃げたとかカリーヌがイジワル言ったとかは考えないの? ロイ兄はフェリシーが泣いてたら全部僕のせいって言いたいんだ。へー」


 責めるような口調で言い募られ、ロイクは眉を寄せて困った顔をする。


「ジョスラン、何もそこまで言ってるわけじゃ……」


「言ってないだけで思ってるってことだ? 今の言い方暗に認めてるもんね。そーですかそーですか。ロイ兄の考えはよーく分かったよ。もういいよフェリシーの近くに行かなければいいだけだし」


 顔を背けると、ジョスランは苛立った様子で立ち上がり最後方の窓際にある座席へと向かった。黙っていられなかったのはロイクではなくフェリシーだ。ようやくロイクから顔を離したかと思うと、泣き出しそうなそれをジョスランに向ける。


「やっ。ジョス兄ごめんなさい。フェリシーのこと嫌いにならないで。もう泣かないから」


 縋るようにフェリシーが叫べば、椅子の背もたれに手をかけたジョスランはツリ気味の目を細めて冷めた視線を彼女に返した。


「あのさ、名義上とはいえ一応お前もう15歳でしょ? いつまでも兄弟にべたべたしすぎるのやめてくれない? それにその自分のこと名前で呼ぶのもウザイし。てゆーかカード弱すぎて楽しくないって言っただけで逃げるとかメンド過ぎ」


 幼い子供のように素直な妹に向けるにはあまりにも刺々しい言葉を、遠慮も容赦もなく、まるで呼吸のようにジョスランは吐き出す。予想通りショックを受けたフェリシーは小刻みに震えだした。涙を堪えているのか、唇は一文字に結ばれ双眸はきょろきょろと彷徨っている。さすがに言いすぎだ、とロイクがフェリシーの両肩を強く支えジョスランを叱ろうと口を開いた。だが、こんな時誰よりも早いのはロイクではない。


「ジョスラン! またお前はそんなことを言って。自分よりも弱い相手を苛めて強いつもりか? 偉いつもりか? まったく情けない。今のお前は弱い者苛めを楽しんでいるだけの情けない人間に過ぎん」


 飛翔艇内に響く大音声でアガットが厳しく叱りつけると、その間に席についていたジョスランはわざとらしく両耳を手で塞いで天井を仰ぐ。


「あー、うるさい。頭の足りない人って何でこうすぐに怒鳴って済ませようとするんだろ。自分が正しいって思うなら言葉を尽くせばいいじゃん。それが出来ないなら黙れば? 知識人としての誇りがないよね」


 聞こえよがしに真正面から喧嘩を売るジョスランの言動に、一番近くにいたカリーヌは一層ハラハラとした様子を見せた。姉をどう止めよう。双子同然の兄をどう諫めよう。カリーヌがあちこちに視線を向けている中、アガットがジョスランに向けて歩き出した。


 さすがに拳が出始めたら本気で止めないわけにもいかないので、ロイクもそれに続く。途中フェリシーはカリーヌに預け、窓枠に肘をつき平然と外を眺めているジョスランに近付くと、ジョスランは嘲笑うような表情でふたりを見上げた。


「何? また殴るの? 自分の頭の弱さ棚に上げて僕に説教したいから殴って黙らせるの? 本当に馬鹿だよね。力だけ強くて結局これじゃ、説得力なんてないし尊敬なんてこれっぽっちも出来ないんだけど」


 アガットの拳の痛みはよく分かっているであろうに、なお喧嘩を売ることをやめないジョスランを見て、ロイクもカリーヌもフェリシーも苦い顔をする。ジョスランへの嫌悪でもアガットへの恐怖でもない。上手く収められない自分たちへの無力さと、こんなことになる理由が分からないことへのもどかしさだ。


 ジョスランの言葉を最後に、機内の音は飛翔艇のエンジン音のみになる。アガットが黙った理由を自身の勝利と思ったのか、ジョスランがまた視線を窓の外へと向けた。その時、アガットが不意にジョスランに手を伸ばす。


「姉さ――」


 咄嗟にロイクも手を伸ばすが、それより早く、アガットの両手がジョスランの両腕を掴んだ。しかし、その手には痛みを与えるのほどの力は入っておらず、誰よりもジョスランが驚いている。


 そんな彼を見据え、アガットは真剣な顔で問いかけた。


「ジョスラン、お前は何がそんなに不満なんだ?」


 怒鳴るでもなく、脅すでもない、静かな響き。問われたジョスランは予想外の反応に反論を飲み込み、同じく予想外だったロイクたちも口を噤む。その間にも真摯な眼差しはまっすぐにジョスランに突き刺さってきた。ややあって、ジョスランはまた眉根を寄せて強気にアガットを睨みつける。


「そうやって『自分は冷静ですよ』『大人ですよ』ってアピールしたいわけ? 悪いけど僕そういうの嫌いなんだよね。大体僕が何か不満に思ってたとして、アガット姉にそれをどうにか出来るって確証がどこにあるの?」


 姉の優しさなど省みず、ジョスランは辛辣な言葉を躊躇なく口にする。だがその様子は、どちらかというと鈍いロイクの目から見ても子犬が強がって吠えているようにしか見えなかった。


 それは姉の目にも同じように映ったのか、〝怒らせれば勝ち〟のような態度を崩さないジョスランを見るアガットの目は、かえって冷静そのものだ。


「そんなつもりはないし、どうにかしてやれる確証もない。私はお前が心配なだけだ。最近のお前は無闇に攻撃的過ぎる。一体何がそんなに不満なんだ? 私が聞けることならちゃんと聞くぞ」


 真剣な表情、真剣な態度。一見落ち着いているようで実は兄弟で一番熱くなりやすいアガットにしては、それはとても珍しい反応である。だが、口に出したら怒られそうなので誰も口にしなかったその感想は、実はアガット本人が一番強く感じていた。


 冷静な言葉を紡ぐアガットであるが、内心は正直ジョスランの言動への腹立たしさも抱いている。けれど、それ以上に彼が心配なのは事実なのだ。普段はそれゆえに叱る言葉も諫める態度もきつくなる。


 この行動を決めたのは仕事先の町を出る前のこと。役場でのやり取りの後、エクトルと彼についての話をした。その結果、アガットがエクトルから諭されたのは、頭ごなしに叱るのではなく話を聞いてやる、ということだ。


 自らを律することを常とするアガットには理解しがたい感情だが、人を攻撃しなければいられない何かがジョスランの内心にあるのかもしれない。それを理解し、解決していこうという使命感のため、アガットは慣れない言動にも真面目に取り組んだ。


 だが、その愛情すら、今のジョスランには神経を逆撫でする要因にしかなりえなかった。


「アガット姉さぁ、本気でウザイんだけど。いつもいつも『姉』っていうの押し付けてくるけど、それって結局自分より立場が下の奴欲しいだけじゃん。不満があるのかって言われたらずばりそれだし。みんなが頭悪すぎて僕の考えについて来られなくてイラつく。何とかしてくれるならもっと頭良くなってくれない? てゆーか手ぇ離してよ。アガット姉たちみたいに野生児じゃないから痛いんだけど」


 心底から馬鹿にするような発言をはっきりと口にすると、ジョスランはもう話すことなど何もないというようにアガットから顔を背ける。それと同時に手を振り払われたアガットは、しばし沈黙をしていたが、おもむろに自身の手を眺めるとぎゅっと握り締めた。


 眼差しに怒りが灯ったことが分かったロイクは咄嗟に彼女の両肩を掴み自身の元へと引き寄せる。それでもなおアガットが眉尻を上げて何かを怒鳴ろうと口を開いた。だが、それよりも早く、運転席のエクトルが場を割る。


「はいはいそこまでだお前ら。あんまり喧嘩ばっかりしてると兄ちゃんと先生泣いちゃうぞ」


 制止の言葉にアガットは水を掛けられたかのように言葉をなくし、ジョスランはぎゅっと唇を引き結んだ。エクトルが「兄ちゃん泣いちゃうぞ」と言ってくるのはいつものこと。だが、〝先生〟を引き合いに出す時は本気の時。本日何度目とも知れない喧嘩勃発の空気に、兄弟には温厚なエクトルも流石に限度を超えたらしい。


 一気に落ち着いたアガットは深い息を吐くとロイクの名を呼ぶ。それが「大丈夫だから離せ」という意味を言外に込めていることを悟ったロイクは、すぐにそれに応じた。解放されたアガットは少し赤くなった手を一瞥もせず、軽くさするだけに留めてまた機内の前方に移動する。


「すまない」


 助手席に座りアガットが謝罪すると、エクトルは前を向いたままにこりとした。


「気にすんなー。お前らが俺に迷惑かけるのは全然いいんだよ。俺はお前らの兄ちゃんだし。でもな、そういう怖い感情を兄弟で向け合うなって。胃に穴開きそうだから。いやマジで。俺今若干血ぃ吐きそうだし。ごふっ」


 冗談ではなく本気で青ざめ咳をするエクトルは小刻みに震えており、まるでストレスを与えまくった犬のようになっている。


「エク兄お願いだから基地に着くまで死なないでよ」


「いや着いても死んじゃ駄目だよ? ごめんエク兄、もう大人しくするから」


「いい子にするから頑張ってエク兄」


 エクトルの震えに同期して機体が揺れたことを認識した下三人が慌てて長男に声をかけると、一瞬前の死に掛けた表情が嘘のように明るくなった。相変わらず単純な兄だとアガットは呆れロイクは苦笑する。


 そろそろ着くぞ、というエクトルの言葉を受けロイクが視線を運転席のレーダーに向けると、確かにアルカンシエルの信号をキャッチしてシエル・シャトーのマークが出ていた。


 ジョスランが座った前の二席にカリーヌとフェリシーを座らせ、ロイクは対面側にある縦に三つ連なった椅子の一番前に腰を下ろす。そして、何ともなしに窓の外に視線を投げた。見渡す限りの青い空と、遠くに小さく見える大地が視界を埋める。ロイクは束の間、息を抜いた。


 施設時代から共に過ごして来た六芒小隊。彼らが抱く最近の一番の悩みは、この不協和音であった。


 その原因となるのが、今年16歳という非常に難しい年頃になるジョスランの終わらない反抗期だ。なんなら、13歳、14歳の頃よりもっとひどい。


 彼は幼い頃から人見知りの気があるため、初対面や親しくない相手などには辛辣であったり素っ気無い態度を取ることが多かった。だが、最近は頭の良さをこじらせ兄弟たちですら扱いに困る言動を繰り返す。そのたびに堅物なアガットと衝突を起こすため、他の兄弟たちもまた心労が絶えなかった。


 苦楽を共にし、これからもするだろう兄弟とはいえ――いや、兄弟だからこそ、喧嘩をしてしまうのは仕方のないことだとロイクも理解している。基本的に引いて物事を見るため滅多なことでは我を通さないロイクだが、兄弟と喧嘩することがないわけではない。しかしロイクは幼い頃の名残からチームの隊長という名目もあるため、仕事に支障を来たすほどの不和は正直な所遠慮したかった。


 かといって、ロイクにはどう接すればいいのかもまた難しい問題だ。笑顔で話しかけてもおだてても叱っても、気が付けば不機嫌になってしまい以前のような自然な会話が続かない。


 ロイクは胸に着けたブローチを指でなぞる。それは各チームごとのマークを彫ったエンブレム。チーム結成後にマークを申請すると、人数分配布されるのだ。


 六芒小隊のエンブレムは、外枠が名前の通り六角形をしている。その内部には植物の葉で紡がれた輪が描かれ、それと被るように、上部には逆向きの三角形が三つ、左右には翼、下部には先の細った下弦の三日月、それらの中央背面には盾、中央前面には剣が刻まれている。残念ながらデザインセンスというものがなかった六芒小隊の代わりにリーダーが考えてくれたマークで、ロイクたちには宝物のひとつである。


 ここ最近忙しかったため見ることの叶わなかった顔を思い出したロイクは、数多い英断の実績を頼り、後で相談に行く決意を固める。そしてそれとほぼ重なり、六芒小隊の飛翔艇はアルカンシエルの空中要塞、シエル・シャトーに到着する。



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