第一話「十一年目の不協和音」②
捕らえた残党を引きずってロイクたちが訪れたのは、依頼主である町の役場であった。捕らえたら次から次へと送り込まれる盗賊団ですでに敷地の庭は人で溢れており、自警団がそれらを見張っているためいっそう人口密度は上がっている。
自警団に残党を引き渡し、ロイクたちは建物へと入った。途中途中で感謝と感心と尊敬、そして僅かな畏怖を向けられ、何故か建物三階にある食堂に案内される。何故、と浮かんだ疑問は部屋に入った瞬間に解消された。
「あ、終わったんだ。お疲れ様」
「お疲れ様~。どこも怪我してないみんな?」
窓際で庭の様子を眺めながらパフェを食べていた少年と少女が振り向き、ロイクたちを労った。食堂に案内された理由は明らかに彼らだ。
深緑色の双眸を持ち、肩に付くか付かないかというほどの長さをした同色の髪を後頭部の辺りで縛っている、黒を基調とした服を纏う少年。
柔らかな微笑を浮かべる、金色の長い髪を顔の右側で三つ編みにしている、オレンジを基調とした服を纏う碧眼の少女。
気楽な三男と次女を前に、アガットはこめかみを揉んだ。
「ジョスラン、カリーヌ、仕事はまだ終わってないぞ。まったく……私たちが敵を追いかけている間に間食とはどういうつもりだ」
厳しい言葉に少女・カリーヌは「ごもっとも」というように肩を落としそっとパフェを遠ざける。だが、隣の少年・ジョスランはどこ吹く風かとまたパフェを口に運んだ。
「別にいいじゃん。どうせこの程度の相手余裕でしょ? 第一僕がやるべき部分は終わらせたから。盗賊団の大部分一気に壊滅出来たの誰のおかげだと思ってるわけ? それにこれは、僕たちが『持ってきて』って言ったんじゃなくて、ここの人たちが好意でくれたものだし」
生意気な口調で反論し、ジョスランはまた窓の外に目を向けた。彼の言葉通り、盗賊団のアジト襲撃の際ほとんど取りこぼしなく捉えることが出来たのは、頭脳労働班の彼の働きだ。他人の好意を無駄にするなというのもアガットが教えたことである。だが、それとこれとは話が別だ。
つかつかと靴音高くジョスランに近付くと、アガットは拳を丸めてジョスランの頭頂部に振り下ろした。女性の手によるものとはいえ、戦闘業――しかも前線――に身を置く彼女の筋肉量は通常の女性の比ではない。鈍い音が響き、隣のカリーヌどころか後方のロイクやエクトル、周囲にいた役場の人間たちまで驚きで動きを止めてしまう。
「~~っ、何すんだよこの凶暴女! 僕まで馬鹿になったら誰が作戦立てると思ってんだよ」
「何するんだじゃない。年長者に向かって何だその口の利き方は? 態度も褒められたものじゃない。しかも何だ? まるでお前一人のおかげで仕事が成功したかのような口ぶりをして。確かにお前の作戦は見事だった。だが、決してお前一人の手柄じゃない」
殴られた部分を押さえながら、反射のように浮かんだ涙をそのままにジョスランは恐れることなく反論を重ねた。だが睨み下ろしてくるアガットの表情は揺らがない。それどころか、重ねられたジョスランの言葉を受け冷たさが増している。
無言で睨み合っていると、突然フェリシーが駆けて来てジョスランの膝の上に飛び乗った。
「わっ。な、何フェリシー? いきなりそういうのやめてくんない? 重いんだけど」
年齢と身長からすれば軽いフェリシーであるが、ジョスランは反射のように憎まれ口を叩く。しかしフェリシーは全く気にしていない様子でジョスランに屈託ない笑顔で笑いかけた。
「ジョス兄、フェリシーもパフェ食べる。あーん」
幼い子供のような仕草で、フェリシーはパフェをねだる。面食らった様子を見せたジョスランだが、少しの間を置き乱暴にパフェをフェリシーの口に放った。口の中に広がる甘味に幸せそうな笑みを浮かべる末の妹の様子に、氷結しかけていた重苦しい空気が吹き飛ばされる。
どくように言うつもりだったアガットも少し苦い顔をしてから、フェリシーの笑顔、カリーヌのほっとした表情を見て踵を返した。そしてロイクたちの横を通り過ぎる際に、町長の元へ行ってくると言い残して部屋を後にする。ロイクとエクトルは顔を見合わせ、エクトルはアガットを追いかけ、ロイクは下の兄弟を見守るべくその場に残った。
視界の先でパフェを食べ合う下の弟妹たちは楽しげで、本来ならば注意するべきであろう言葉をロイクはつい飲み込んでしまう。甘やかす、といえばそうなのかもしれないが、歓談する彼らの空気を壊したくない、というのが心情であった。
「ロイ兄。ロイ兄も食べる?」
自身のパフェを持ち上げながらカリーヌが振り向く。ふと現実に引き戻されたロイクは、相手に違和感を思わせないほど自然に笑みを作った。
「いや、遠慮するよ。お前たちがそこまで美味しそうに食べるパフェは俺には甘そうだ」
ロイクたち兄弟の好みの味は二分化しており、エクトルと下三人は甘いものが好きだが、アガットとロイクは辛いものを好む。食べられないとは言わないが、彼らが「美味しい」と笑顔を作るものは大抵ロイクたちには甘すぎるのだ。
それもそうかとカリーヌは申し訳なさそうな顔をするが、溶けてしまっては困るので結局またスプーンを動かした。フェリシーはそのカリーヌとジョスランの間に座り二人から交互に食べさせてもらっている。
「あの、よければ別のものをお持ちしますよ?」
弟妹の様子を微笑ましく眺めていると、近付いてきたエプロンと三角巾をつけた女性に声をかけられた。どうやらこの食堂の従業員らしいそばかすの女性は、ふたつに分けた赤毛の三つ編みを傾け、空の皿が重なったお盆を抱えてロイクを見上げている。
「あ、どうぞお気遣いなく。……もしかしてあのパフェはあなたが?」
視線をちらりと弟妹たちに向けると、女性は一度お盆を持ち直し、追いかけるように視線をジョスランたちに向けた。
「ええ、弟さんたちがお暇そうでしたのでお作りしました。ふふ、あんなに美味しそうに食べてもらえると出した甲斐がありますね」
幸せそうにパフェを頬張る三人を見て、女性も言葉通り嬉しそうに笑う。ロイクはそんな彼女を見下ろし、さりげなくお盆を受け取って穏やかな笑みを浮かべた。
「そうでしたか。それはお気遣いいただいてありがとうございます」
予想外の好青年な態度に女性は一瞬言葉をなくしてロイクを見上げるが、彼が歩き出すとその後を追いかける。恩人に持たせるなど、とお盆を取り返すべく伸ばされた彼女の手から、ロイクはすっと対象を遠ざけた。
「運びますよ。申し訳ない、重いものを持たせたまま話させてしまって」
再び微笑みかけられた女性はまた言葉をなくし、かと思うと嬉しそうに笑った。
「ふふ、お兄さんは紳士ですね。じゃあ、お願いします」
笑みを返すと、女性はロイクの横を歩いて厨房へと向かった。そんな兄の様子を見て、ジョスランは呆れた顔をする。
「ロイ兄まーたやってるよ。あの天然タラシ」
「ジョスランってば、そんな言い方よくないよ。ロイ兄は優しいだけ」
「カリーヌ姉違う。ロイ兄は優しくてカッコいいの」
よく目にする光景にジョスランが憎まれ口を叩けば、反論して次々とプラスを足していく妹二人。ジョスランは舌を出して顔をそらした。この光景も、妹二人の賞賛も、兄弟にとっては「いつものこと」だ。
ロイクは百人が百人褒めるような容姿をしているわけではない。むしろ、単純な造形だけならジョスランやカリーヌの方がよほど整っている。しかし、大抵行く先々で恋愛的な要素でモテるのはロイクだ。それというのも全て、彼のあの紳士的な笑顔と行動による。
いわゆる〝美形〟と言われるものとは遠いが、パーツがはっきりとしており男らしい顔立ちをしているため、笑みを浮かべると年齢よりも落ち着きが出て、特に年上の女性を魅了することが多いのだ。さらに行動が伴うと一時のときめきよりも本気が増えるのだが、本人が恋愛に意識が向いていないため弟妹たちはそれが成就したところを一度も見たことがなかった。今回がどうかは知らないが、女性の視線が好もしい相手を見るそれであることくらいは、十代の少年少女でも理解出来た。
「おーい、そろそろ帰るぞ。ごちそう様してこい」
食堂の入り口でエクトルが大きな声で呼びかける。四者四様の返答がされると、ジョスラン、カリーヌ、フェリシーはパフェを作ってくれた女性に礼を述べ、ロイクと揃って四人で食堂を後にした。残った女性は、その姿が見えなくなってから淡い憧れを同僚たちとはしゃいで話し出す。




