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序話「差した光と沈む太陽」④


 黎明近付く時分、研究所では研究員たちが実験体逃亡を受けて慌ただしく顔を突き合わせる。知恵は回れど実際の行動に移すまでに時間がかかる彼らは、脱走の報を受けてから実に二時間以上をこのやり取りに費やしていた。


「どうしたものか。貴重な実験体だぞ」


「それにこの施設がばれるのもまずい」


「すぐに捜索隊を出すべきだ。子供の足ならそんなに遠くには行けないはずだ」


「だが、この時間に飛翔艇やエアバイクを何台も飛ばせば目立つ。おかしな行動は出来るだけ避けたい」


 喧々囂々と対策が出されては却下される。そんな中、眼鏡をかけた痩身の研究員が唇をゆがませて言った。


アレ(、、)を使おう。先日のテストの結果は上々だったし、この辺りで一度実際に使ってみよう」


 研究員たちがどよめく。反対を叫ぶ声もあったが、紆余曲折、結局その案は通された。


 スピードや実力は申し分ない。音は一時的に喉の機能を抑えればいい。嗅覚が発達しているので、匂いを追わせれば追跡も可能。同様の理由で、暗闇に行動を制限されない。サイズ感はややネックだが、この時間なら遠巻きに見てバレる可能性も少ない。この上なく好条件のソレ(、、)は、現場テストを成功させれば、ナテュールの子供六人分程度ならお釣りが出るほどの存在だった。


 決定からおよそ30分後、研究所からひとつの大きな影が飛び出す。地面を四肢で這うように進むソレは、匂いを追うように頭を揺らして目的へと突き進んだ。


 おぞましき地獄の使者が小さな希望を襲うまで、もう間もなく――。





 山の際がうっすらと明るくなる頃、異常な気配に、〝先生〟は飛び起きる。周りへの音や動作の配慮など微塵にもないそれに、子供たちも一斉に飛び起きた。眠そうな様子は見せるが、それでも件の〝戦闘訓練〟のおかげか、全員が周囲への警戒を怠らない。


 〝先生〟はそれを軽く見回してから彼らの背中を押して進行方向を向かせる。


「全員今すぐ進め。よく分からないが、確実に〝何か〟が来る。……もしかしたら、あの場所で作ってた(、、、、)奴のどれかかもしれん。そうだとすると相手をするのは――っ!! 」


 言下、何かが高速で飛来し先生の顔を掠めた。咄嗟に動いたもののそれは〝先生〟の頬を掠める。切る、では生ぬるい、抉ると表現するのが正しいほど深く傷付いたそこは、一瞬遅れて血が噴き出た。


「っ、先生!! 」


「うろたえるなっ。走れ。追っ手だ!」


 追っ手、と言われ、子供たちは咄嗟に相手を見てしまう。そして、肉を咀嚼するような音と共に迫ってくるその存在を見て、ぞっと全身を粟立たせた。


 ソレは、全体がくすんだ白をしている。体躯は人より遥かに大きく、大まかな形状だけを既存のものに当てはめるならトカゲなどが近いかもしれない。だが、ソレの顔にあるのは口だけであった。本来の口があるべき所に赤い唇の大きな口、目があるべき所に全く同じ形状の少し小さな口、額と思わしき場所に三つ目の口がある。そのどれもが鋭い牙を二重に内包し、長い舌が隠されていた。


 生き物とは呼びたくない醜悪な存在は、しかし呼吸し、声にならない鳴き声をあげ、太い尻尾をばたつかせてロイクたちの前に立ちふさがる。


 悲鳴も上げられず、かといって目を逸らすことも出来ず、子供たちは青ざめ涙を浮かべながら身体を小刻みに震わせた。


 すると、剣を引き抜いた〝先生〟が彼らを自身の背中に隠し、その視界をふさいだ。


「あれもキメラか。どいつもクソ悪い趣味の見た目してやがる。……お前たち、すぐ逃げろ。このまま太陽に向かってまっすぐ向かっていけば虹のマークがついた飛翔艇が」


 言葉が半ばで途切れる。その代わりに訪れたのは、巨体に似つかわしくない速度でキメラが近付いてきた振動と轟音だった。先程まで感じなかったそれが、得物を完全に捕捉した故の切り替わりだと〝先生〟は即座に理解する。つまりここから、あの怪物は遠慮なしだ。


 あまりにも近くに来られ、反射のようにエクトルとアガットとフェリシーは引き下がる。逃げ出すにも足が竦んで動けないジョスランとカリーヌは、ロイクが抱え上げ、すぐに後ろに跳び下がった。


 その結果に〝先生〟はありがといことだと笑みをこぼす。彼らの反応のおかげで〝先生〟は彼らではなく迫り来る敵に全神経を集中させることが出来た。


「おおおおおおおおおっ」


 気勢を上げるべく腹の底から声を張り上げる。応じて、〝先生〟の剣がほのかな赤い光に包まれた。その勢いのまま剣を振りぬけば、キメラの前足が斬り裂かれ、薄汚い白の巨体は、血を撒き散らしながら低い位置を十数メートルほど吹き飛ばされる。


 大きな音を立てて地面に落ちたキメラは、仰向けになりぴくぴくと痙攣していた。だがそれはあくまで一時的な衝撃によるものでしかない。状態を一番分かっている〝先生〟は、僅かな時間を無駄にしないために子供たちを振り向く。


「虹のマークの飛翔艇が来る。そいつに拾ってもらえ」


 言いながら〝先生〟は数時間前に使っていた携帯通信機とメモ帳を取り出しアガットに手渡した。


「せ、先生は? 先生も一緒に逃げようよ」


 エクトルが咄嗟に〝先生〟の手を取る。彼がこれからひとりであの化け物を抑えようとしていることに気付いたのか、その表情は不安に染められていた。見れば、他の五人も同じように不安を隠せずにいる。


 〝先生〟は、そんな彼らに笑いかけた。


「駄目だ。あいつはすぐに目を覚ます。ここで足止めしないと、全員がやられるかもしれない。俺が引き付けているから、お前たちは逃げろ」


 真剣な眼差しを前に、誰も返事をしない。出来ない。かといって「嫌だ」と泣き喚けるほど、彼らは甘えることもわがままを言うことも知らないのだ。それを、許されぬまま生きてきた。


 〝先生〟はぐっと唇を引き伸ばすと、僅かに俯き、そして次の瞬間、全員をまとめて抱きしめた。


「……辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、憎いこと、腹が立つこと、恨めしいこと。この世を生きるのはそんなことの連続だ。生きるのをやめたくなる時だってある」


 この場を切り抜け生き延びたとしても、身を裂かれ、心を壊されるような、そんな事態がいつか訪れるかもしれない。けれど。


「だが、諦めるな。同じくらいの幸せが、楽しさが、嬉しさが、喜びが、明るさが、愛が、この世にはある。決してくじけず、前を見て歩け。疲れたら止まればいい。休めばいい。他人に惑わされるな。お前たちの人生は、お前たちのペースで進め」


 生きて欲しい。生きて欲しいのだ。あの施設に攫われ、目の前まで行ったのに救えなかった愛おしい息子の分まで。目の前で異形に変容し、体が耐え切れず〝廃棄物〟とされてしまった息子の分まで。彼らには世界を見て、広い空の下で生きて欲しい。


 〝先生〟は子供たちを離すと今度はひとりひとりと向き合いその肩に触れた。


「エクトル、お前が一番兄貴だからな。弟妹たちを守ってやれ」


 とはエクトルへ。エクトルは泣き出しそうな顔で頷く。


「アガット、お前が一番しっかりしてるからな。みんなをまとめてやれ」


 とはアガットへ。アガットは唇を噛み締め渡された二つをぎゅっと抱きしめて頷く。


「ロイク、お前が一番勇気があるからな。みんなを引っ張ってやれ」


 とはロイクへ。ロイクは一度歯を食いしばると、しっかりと「はい」と返事をする。


「ジョスラン、お前が一番頭がいいからな。みんなを導いてやれ」


 とはジョスランへ。ジョスランは目の周りを真っ赤にして、鼻をすすって小さく返事をする。


「カリーヌ、お前が一番優しいからな。みんなを支えてやれ」


 とはカリーヌへ。カリーヌはぼろぼろと涙をこぼして何度も何度も頷く。


「フェリシー、お前が一番素直だからな。みんなをいつでも信じてやれ」


 とはフェリシーへ。フェリシーは伸ばされた〝先生〟の手を握り締めてしゃくりあげながら頷く。


 全員を穏やかな双眸で見つめると、〝先生〟は剣を彼らの前に立てた。


「お前たち、俺のことを信じられるなら、刀身に触れてくれ。――信じられるか?」


 問えば、全員が一斉に刀身に触れる。


「信じてます。外に連れ出してくれたあの時から、俺たちは、いつだって先生を信じてる」


 ロイクが涙が浮きそうな双眸で、震えた声でそう言えば、突如刀身が輝き出した。それは先ほどの光とも夕べロイクが触れた時とも違う、もっともっと強く、しかし優しい光。真っ白なそれは徐々に光度を上げ、〝先生〟がロイクたちに背を向け立ち上がった時には、周囲は昼のように明るくなる。


「この剣の特別な仕掛けでな、受けた信頼によってスフェールが内包するタランの出力が上がるんだ。……こんなに強烈なのははじめてだよ。ありがとうな」


 それが何に対する礼なのか、ロイクたちには分からない。しかと判断するよりも早く、〝先生〟の鋭い声が飛び、反射のように駆けだしたから。


「行けっ、何があっても生きろっっ!! 」


 強い声が背中を押す。決して振り向くなと命じている。ロイクたちはただただ逃げた。入れ替わるようにキメラが起き上がったらしく、あの音になりきれていない鳴き声が聞こえる。恐怖で足が竦みそうになるが、それ以上の大きな声が彼らの足を動かした。


「生きろぉぉぉっっっ」


 何度も、何度も、何度も、叫ばれる。〝先生〟の願い。その姿が小さくなる頃には、声には血が混じり、時に咳まで混じった。それでも大きな大きな声で、〝先生〟はロイクたちの背中を押した。決して止まるなと魔法をかけるように。


 やがて声は聞こえなくなる。それだけの距離が離れたからか、それとももはや声も出せない状態なのか。子供たちにそれを判断する術はなかった。だが誰一人として足を止めない。顔は涙と鼻水でまみれ、みっともなく、見苦しい、どこまでも格好悪い姿であった。


 けれど彼らは足を止めない。


 生きろと言われた。大切な人に。自由をくれた人に。光をくれた人に。名前をくれた人に。愛をくれた人に。命をくれた人に。生きろと言われたから。



 彼らが無国籍軍「アルカンシエル」の飛翔艇に拾われたのはそれから一時間ほど後のこと。そして、かの組織が完全壊滅させられたのはそれから一週間後のことであった。




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