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序話「差した光と沈む太陽」③


 それを確認してから〝先生〟は子供たちの中心から抜け出し少し離れた場所までやって来る。腰の袋から取り出したのは使い古した感の漂う携帯通信機だ。いまだ軍や政府でしか使用されない代物であるが、太い指は器用に画面をいじり、コール音が鳴り出したら耳に当てた。通信がつながったのは、六回目のコールが始まる直前。懐かしい声の主に呼びかけると、〝先生〟は旧交を温めるよりも先に現状の説明と迎えを頼んだ。


『――デルヴィア地区だな。分かった、足の速い飛翔艇(ひしょうてい)を、最悪明日の七時にはそっちに着くように飛ばす。〝虹〟のマークがでっかく入ってるのなら、向こうも手出し出来ないだろ』


 通信の主は快諾するどころかさらに上を行く気遣いを見せる。〝先生〟はくっと喉を鳴らして相手に礼を述べた。それに短く答えると、通信の主は声のトーンを少し落とす。


『ところで、お前がそこにいるってことは、噂は本当だったんだな。……その六人の中に、ビセンテはいないんだな……』


 質問ではなく、確信の言葉。〝先生〟は寂しげな笑みを浮かべて無言を返した。決して表情は見えないが、その無言の返答を確かに受け取った通信の主は小さく「そうか」と呟く。


『じゃあ、次はちゃんと守ってやらないとな。任せろ、ちゃんと生活は支えてやる』


 また声のトーンを上げると、通信の主は笑って「老後も任せろ」と茶化した。〝先生〟もしんみりとした空気を払うように手を動かして笑い返す。


「そこまでお前に借りは作らねーよ。ああ、ただ、もう一個頼まれてくれ。多分あいつら全員|ナテュール(、、、、、)だ。一応能力(タラン)は制御出来てるみたいだが、まだガキだからな。何の拍子に暴走するか分からん。制御装置は持ってきておいてくれ。どれだか分からんから護、技、力、知、療、速の全部だ」


 この数時間で確信した事実を、〝先生〟はそのまま口にした。もし間違っていたなら笑い話にすればいい。だがもし()を暴走させてしまったら、目も当てられない。〝先生〟の真剣な声に通信の相手も真面目な声で応じる。


『ん、そうか。そりゃ連中にとっても逃がすのは惜しい実験体だろうな。分かった、どうやら俺の優秀な右腕がすでに出発準備の命令は出してくれてるみたいだし、緊急灯つけて直行させる。それまで死ぬなよ』


「分かってる。頼んだぞ、リオネル」


 通信を切ると、〝先生〟は空を仰いで長く息を吐き出した。通信の相手は優秀な人物だ。きっと彼が告げた時間よりももっと早くに迎えは来るだろう。それまで耐え抜けば、今度こそ守りぬける。今度こそ(、、、、)――。


「……明日は早いって言っただろう、ロイク」


 気配に気付き振り向けば、呼びかけ通りロイクが少し離れた所に立っていた。


「ご、ごめんなさい。でも、ちょっと気になって……あの、ナテュールって俺たちのことですよね? 施設の人達も俺たちのことそう呼んでました。ナテュールって何なんですか?」


 怒られるかもしれないという不安からロイクは身を小さくする。それでも知りたいという気持ちが勝ったのか、少し引きつった声で彼は〝先生〟をまっすぐに見上げて問いかけた。


 〝先生〟は軽く目を見開く。自身の予想が当たったことに対する驚き。そして、自身の能力をロイクが知らないことが少し異常なことのように思えたのだ。だが、施設の者たちが彼らを警戒して教えていなかったのだろう、と考えたらすぐに納得する。力を持つ者を使いたいなら、余計な知恵を与えてはいけない。恐らくそれが彼らの考えだ。理由は、今こうしてロイクたちが施設を抜け出した事実に尽きる。


 〝先生〟は通信機をしまうとロイクに近付き、袋とは逆の腰に差している剣を鞘ごとホルダーから外した。びくりと身体を竦ませるロイクを安心させるように笑いかけると、〝先生〟はその前にしゃがみこんだ。


「ロイク、スフェールは知っているか?」


 問われ、ロイクは小さく頷く。箱庭に閉じ込められていたロイクたちにすら、それは馴染みのある代物だ。


 スフェールとは、別名を〝オルブ〟ともいい、世界中のあらゆる地域から多少の差はあれど採掘される鉱物である。その利用範囲の広さ、そして内包された多様のエネルギーから〝奇跡の鉱物〟と呼ばれている。


 現在における人類の生活の基盤は、いまやスフェールによって成り立っていると言っても過言はないほど、その浸透率は高い。一方で未知の部分も残っており、かの箱庭も、名目上はその開発のための施設であった。


「そうか。……ナテュールっていうのはな、スフェールの力を道具を介さずそのまま使える人間のことを指すんだ。大きく分けて力、技、知識、速度、癒し、護り、の六つに分類される能力を〝タラン〟という。俺たちみたいな普通の人間は、こんな風に道具や機械を使ってスフェールの力を使うもんだ」


 〝先生〟は先ほど取り外した剣をロイクに見せる。太い指が指し示したのは鍔の部分にはめられた大きな宝石だ。色までは分からないが、それであってもなお輝きははっきりと見て取れた。


「ロイク、柄を握ってみろ」


 スフェールに見惚れていると、〝先生〟が思いついたように勧めてくる。少し戸惑ったものの、〝先生〟が鞘の部分を持っていてくれるのを見てロイクは言われたとおり柄を握った。


 すると、途端にスフェールが赤い光を放ち始める。咄嗟に短い驚きの声を上げ、ロイクは柄を離し尻餅をついてしまった。〝先生〟はその様を歯を見せて笑う。


「ははは、大丈夫か? だが、どうやらお前は力のナテュールみたいだな」


「わ、分かるんですか?」


 大げさに驚いたことを恥じるように、ロイクは顔を赤くしつつ立ち上がった。〝先生〟はそんなロイクの頭を撫でて短く是を唱える。


「スフェールのはまった武器や防具は、そのタランによって使用者の能力が上がる。たとえば力なら攻撃力、技なら精度、みたいにな。俺の剣のスフェールは力だ。だから、俺が(、、)使う分には斬撃の威力が上がるのが効果だな。まあこの剣には、もうひとつ仕掛けがあるんだが……それは今はいいか」


 話が脱線しかけたのに自分で気付き、〝先生〟は笑って言葉を区切った。もうひとつの仕掛けとやらが気になりはしたが、ロイクは素直に次の言葉を待つ。


「――で、そういった武器や防具ってのは、普通の人間が使う分には力の足し算でしかない。だが、ナテュールがタランに合うスフェールを使用すれば、その能力は掛け算で増えることになる。今スフェールが光ったのは、お前のタランとスフェールのタランが一致したから反応が出たんだな」


 もう一度触ってみろ、というように〝先生〟が剣を差し出してきた。ロイクが応じて柄を握れば、また光が溢れる。赤い光を綺麗だと見つめる反面、ロイクは不安そうな表情を浮かべた。


「じゃあ先生、俺たちはスフェールを触ったらすぐにナテュールって分かるってことですよね。そしたら、また捕まっちゃいますか?」


 この世界にはスフェールがない場所など皆無であるのに、こんなことがあちこちで起こってしまってはあの施設の人間や似たような者たちがこぞって押し寄せてくるのではないだろうか。ロイクが抱く不安を過不足なく拾い上げた〝先生〟は安心させるように彼に微笑みかける。


「安心しろ。この剣はスフェールのタランをフルに引き出すために加工された奴だから、お前のタランに過剰反応してこうなってるだけだ。普通の武器は能力の向上とか指向性を持たせたりするものだからむしろ持った方がいい。お前らナテュールは個人差があるとはいえ自然とタランを出力しちまってるから、その制御にもなるんだ」


 要するに特別な加工をしていなければ問題がない、ということだと判断し、ロイクはあからさまにほっとした様子を見せた。続いて、何かに気付いたのか〝先生〟の顔を見上げてくる。首を傾げてジェスチャーで何事かを問えば、ロイクは少し考えてから口を開いた。


「あの、先生にはナテュールのお知り合いがいるんですか? 先生は普通の人のはずなのに、何だか凄く詳しいような気が」


 するんです、と段々と尻すぼみになる言葉が終わると、ロイクは困ったような顔をする。余計なことを訊いてしまったのではないか。怒られたらどうしよう。そんな不安が頭をよぎっているのが手に取るように分かった。


 そんなロイクに〝先生〟は穏やかな視線を向ける。見た目も性格もまるで違うはずなのに、ふと、〝彼〟と姿が被ったような気がした。


「ビクビクするなロイク。それくらいじゃ怒らないから大丈夫だぞ。……そうだなぁ、友達にもそれなりにナテュールはいたし、もっと近い存在もそうだったからな。自然と詳しくなったよ」


 笑顔で落ち着かされて少し恥ずかしそうな顔をしたロイクは、若干どもりながらも返事をする。分かりやすい反応に〝先生〟はまた笑ったが、彼は知らない。もうひとつの疑問をロイクが隠したことを。


 もっと近い存在。そう口にした時、〝先生〟は通信を切る少し前に浮かべたものと同じ、寂しそうな笑顔をしていた。それが誰なのかをロイクは訊きたかった。だが、それは飲み込む。怒られなくても、悲しい顔をさせるのは嫌だったのだ。


 あの箱庭から助け出してくれた太陽のような笑顔が曇るのは見たくなかった。曇りなく笑いかけて欲しい。本能のように反射のように、はじめて向けられた愛情を守るために、ロイクは沈黙を選んだのだ。


「さて、そろそろ本当に寝るぞロイク」


「は、はい先生」


 〝先生〟は剣をホルダーに差し直して眠る子供たちの元へと向かう。ロイクは慌ててその後を追いかけた。



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