終話「そして日常へ」
浮上する意識の中、ロイクは騒がしさを覚えた。
「大体テメーらぶっ倒れてたくせしやがって偉そうなんだよ」
「小せぇキメラちびちび潰してたんじゃねぇんだから仕方ねぇだろ!」
「お前たち少し静かにしろ、傷に響く」
「兄貴は飛翔艇の操縦慣れてないんだから真面目に運転してくれよ」
「スティードさんあんまり機体揺らさないでー。回復がずれちゃう」
「あっ、ロイ兄起きた!」
フェリシーの嬉しそうな声が響くと、一斉に視線がロイクに向けられる。最初に視線が合ったのはすぐそばに座るカリーヌだ。
ロイクがだるい半身を起こすと、半裸になり包帯を巻き途中のエクトル、起きてはいるが横になっているアガット、まだ気を失っているジョスラン、そして、何故かフェリシーを膝に乗せているマクシムと運転席のスティードが順番に目に入った。
スティード以外は、後部の座席の開いたスペースに布を引いて座っている。座席には一番後ろに入れていたはずの荷物類が適当に置かれていた。
事態が把握出来ずにいると、カリーヌが順番に説明をしてくれる。
曰く、ロイクがかの仇を討った直後、カリーヌとフェリシー以外は倒れてしまった。そこに新手が現れたが、スティードが倒し、マクシムがロイクを守ってくれた。その後、運転出来る者がいなくなってしまったため、スティードが代わりに六芒小隊の飛翔艇を運転することになり今に至る。座席に物が溢れているのは、後部の荷物置きに鉾楯兄弟のエアバイクを詰め込んだためだそうだ。
「そうだったのか――ありがとう、スティード、マクシム。来てくれて助かった」
座ったまま深く頭を下げると、スティードとマクシムは「いいってことよ」と声を合わせる。すると、突然飛翔艇がバランスを崩した。倒れそうになるカリーヌを支えると、先ほどから何度もあるのだ、と困ったような笑顔でこっそりと教えてくれる。
「だーっから! 何でそうふらふらしてんだよテメェは! エアバイクより面積広いんだからもちっと考えて運転しろよっ」
横になっているアガットとジョスランを押さえていたエクトルは、再び飛翔艇のバランスが取られるのと同時に身体を起こしスティードに文句をつける。それに対し、スティードは前を見ながらバックミラー越しにエクトルを睨みつけた。
「うるせぇよ! こんなボロボロで制御装置もイカれる寸前の飛翔艇にこれだけ乗せて運転してやってんだから、バランス崩れるくらい文句言うんじゃねぇっつの」
「……そりゃあんだけ凄い勢いで突っ込んで来ればボロボロにもなるよ」
スティードの文句に小さな声が返る。それがまだ意識を取り戻していなかった少年の声だと気付き、一同は揃って笑顔になった。
「ジョスラン! 気が付いた? もう頭大丈夫? 無理しないでね」
兄弟たち全員に向けて拡散している回復をやめないまま、カリーヌが心底安堵した笑みを浮かべる。ジョスランはそれに軽く笑みを返してから、ゆっくりと身体を起こしてエクトルに視線を向けた。
「助かったけどさ、あれは流石に危ないよエク兄。もうやめてよ?」
キメラに襲われそうになった時、ジョスランは確かにもう駄目だと命を諦めかけた。それを救われたことに対する感謝はもちろんあるが、それ以上に危険すぎる行動には今考えると恐ろしさしかない。
心の底から思ったことを口にすると、エクトルは間の抜けた顔をして、それの前で手を左右に振った。
「え? いやいや、あれは俺じゃなくてアガットだぞ?」
「へ?」
エクトルの発言にジョスランは耳を疑う。ロイク、カリーヌ、フェリシーの順に視線を巡らせても、その誰もがエクトルの言葉を肯定するためにただ頷くだけだ。脳が疲労しすぎて読心術は使えないが、表情を見ただけでもそれが事実であると分かった。ジョスランは隣で寝ているアガットに視線を向け、彼女の名前を呟く。すると、照れくさいのか、アガットは目を瞑った。
「危ない行動だなど分かっている。……だが、大事な弟の危機なんだ。必死になるのは当たり前だろう」
ぴしゃりと言い切るアガットを見てロイクは微かに笑う。厳しさが前に立つゆえに分かりにくいが、アガットはエクトルに負けないほどに兄弟想いだ。表現の頑なさのため今までのジョスランでは分からなかったそれは、今の彼にはよく分かるらしい。ジョスランは顔を歪めると、四肢で彼女の横まで移動し、彼女の腹に頭を押し付けた。
「…………ごめんなさい。ありがとう」
小さな謝罪と小さなお礼。聞こえたアガットは唇をぎゅっと引き伸ばす。何かに耐えるように厳しい表情をしていたが、耐え切れなかったらしく、片手で目元を覆い隠し、もう片方でジョスランの頭を撫でた。
「――生きていて、よかった……っ」
顔を覆う手の隙間から雫が零れていく。彼女が抱いていた不安も、今こうしていることへの安堵も理解出来るため、誰一人としてそれを茶化す者はいない。ジョスランは小さく返事をすると、ゆっくりと顔を上げ、一同を見回した。そして、改めて頭を下げる。
「今回は、迷惑かけてごめんなさい。助けてくれてありがとう」
はっきりとした口調で非を認めたジョスラン。当然のことであるのに、その当然をジョスランがこなしたことに、自然と飛翔艇の中には明るい空気が湧き上がる。
「ああ、いいよジョスラン。俺たちこそ、お前の悩みに気付いてやれなくて悪かった。これからは不満も不安も、全部言ってくれ。一緒に悩んでいこう」
ロイクが微笑み手を差し出すと、ジョスランもまた微笑み返し、彼の手を握り返してきた。久しぶりにしっかりと握った手は、ロイクに比べればまだ小さいが、それでも、立派に成長している。小さかった弟が大きくなった感慨を、ロイクはこの時改めて抱いた。
「めでたしめでたし~、か? で、エクトル。お前の弟妹全員言えた台詞がまだ出てねぇぞ」
からかうように指を一本動かし、スティードは何かを催促する。起きたばかりで何事か分からないロイクとジョスランが首を傾げる中、エクトルは盛大に舌打ちした。そして。
「…………ありがとよ」
渋々と、本気で不本意そうに礼を述べる。それでもスティードは勝った気分になり機嫌よさげに笑った。悔しそうに拳で床を殴りつけたエクトルは、今の黒歴史をさっさと忘れようと、ずっと気になっていたことを口にする。
「ところでフェリシー、いつまでマクシムの膝の上に座ってるんだ? もうみんな起きたから好きなところに行っていいんだぞ?」
気になっていたのは、何故かフェリシーがマクシムの膝の上を陣取っていること。同じことが気になっていたロイクとジョスランもフェリシーに視線を向ける。アガットとカリーヌは何か分かっているのか、視線を合わせて「あちゃぁ」と言いたそうな顔をした。
問いかけにフェリシーはにっこりと笑う。
「うん、だからここ」
きっぱりと短く、しかしはっきりと言われるが、当のマクシム含む男衆は何のことやら分からないといった表情をしていた。しかし、フェリシーが次に取った行動と言い放った言葉で場は騒然となる。
「フェリ……私マクシムのこと大好き。だからマクシムのそばがいいの」
満面の笑みを浮かべ、フェリシーはマクシムの腕を抱え込み鎧を脱いだ彼の胸に頭を寄せた。兄弟たちに甘えるのとはまた違う表情と態度に、エクトルは石化しロイクは目を見開き、ジョスランは口を開け放ちスティードは短く口笛を吹く。アガットとカリーヌは「言ったなぁ」「言っちゃったねぇ」と冷静だ。
実は、彼女たちは以前からこの事実に気付いていた。そのため驚きは全くないのだが、はじめて知った者たちは混乱し出す。その中でも冷静だったのはジョスランで、「そうだったんだ」と驚きが覚めやらない様子だが納得を見せた。
「そ、そうだったのかフェリシー。マクシム、幼い所のある子だがとてもいい子だ。大切にしてやってくれ。ん? そういえばその場合俺たちはどうなるんだろうか。六芒小隊と鉾楯兄弟が合わさると……」
「ロイク気が早い。っていうかお前ら、子供の恋愛にそこまで本気に――」
真顔でとぼけたことを言うロイクを、マクシムは呆れた顔をして肘でつつく。すると、フェリシーは彼の首に手を回し間近にその紫色の眼差しを見つめた。
「子供じゃないもん。年だってあと三年でもう大人なの。フェリシ――私のこともっとちゃんと見てよ」
濃桃の双眸がまっすぐに注がれる。ぐっと言葉に詰まったマクシムは、耐え切れず表情を崩して赤くなった顔を背けた。その反応に満足したのか、フェリシーはまた幼さの残る笑みを浮かべて彼の膝に座り直す。
「おいフェリシー、うちの弟に手ぇ出すのはいいけど、お前ん所の一番上の馬鹿がマクシム苛めないように見張っとけよ」
恋愛に非常に大らかなスティードが軽い口調で唯一の心配事を口にすれば、フェリシーは元気よく手を上げて返事をした。
すると、正にその時正気に戻ったファミーユ兄弟の一番上の馬鹿は、現実を直視してまた気を失ってしまう。アガットが呆れたため息をつきカリーヌが苦笑し、ロイクがまだ真剣にチーム名を考える中、ジョスランはフェリシーに声をかけた。
「ねぇフェリシー、僕たちとマクシムどっちが大切?」
イジワルな質問だろう。だが、そんなこと微塵も思わないフェリシーは満面の笑みで即答する。
「どっちも!」
これを聞けばエクトルも少しはマシだったろうに。そんなことを考えてジョスランも笑った。読心術が使えなくても、今のフェリシーの声が、ぶれのないとても耳に心地よい音だったことがジョスランには察せる。
太陽がすっかり傾き朱に染まる空を、二兄弟を乗せた飛翔艇は賑やかに飛行した。目指すは彼らの家である虹の城、シエル・シャトーだ。
モップを机に立てかけたロイクは、腰に手を当て大きく後ろにそらした。
「やっと終わったな」
「あー、疲れた」
「長かったな」
「ここは会議室多いし広いしなぁ」
「でもこれだけで済んでよかったよ」
「うん、追い出されなくてよかったよね」
次々に同意を述べていく兄弟たちも、皆戦場で体験する疲労とはまた違ったそれに包まれ疲労困憊の様子だ。すっかり腰が痛くなってしまったロイクも、フェリシーの言葉には同意の意味を込めて微笑んだ。
先日の騒動から、今日で早くも一週間が経つ。無事に戻った六芒小隊に与えられた罰は、シエル・シャトーの全会議室の徹底清掃だった。言葉だけ聞けば楽だが、この巨大な要塞には30を越える大小の会議室がある。その全てをたった六人で完全清掃するのは、なかなかに骨な仕事であった。
だが、追い出されるのに比べたらこの程度、とひたすら耐えて掃除を続けたのだ。そして今、ようやく最後の会議室が綺麗になる。ここまで来ると感慨深さまである。あとは、リーダーからの点検を受けて「終了」のお言葉をもらうだけ。掃除用具を片付けながら今か今かとその時を待っていると、不意に扉が開かれる。
ついに、と明るくなったロイクたちの表情は一瞬で引きつった。現れたのはこの瞬間には絶対に来て欲しくないオーレリアその人。手にされているのは狙ったかのようなコーヒーカップがかける六。
「みんなお疲れ様! コーヒーでも飲まな――」
元気よく部屋に入ってきた瞬間、オーレリアはまるで当然のように滑って転ぶ。そして床にはコーヒーが盛大に広がった。独特の匂いが立ちこめる中、開きっぱなしの扉の向こうにリオネルが通りかかる。入ろうとした彼は、しかし状況を一瞬で把握したのかにこりと笑った。それが天使の笑顔でないということをすでに分かりきっているロイクたちは、次に告げられる言葉を予想して大いに顔を引きつらせる。理由はどうあれ、結果は結果。
「やり直し」
短く告げると、リオネルは爽やかに手を振って踵を返す。空気が抜ける音と共に扉が閉まると、会議室には沈黙が広がった。
「あ、ああああの、あの、あの」
青ざめどもるオーレリアに、アガットとジョスランはにこりと微笑む。それにほっとしたオーレリアも笑い返すが、次の瞬間、その形相は鬼のそれへと変わった。
「「余計なことする(ん)なオーレリアアアアアアア!! 」」
「ふええええっ、ごっ、ごめんなさあああああい!」
似た者二人の雷が落ちる中、ロイクたちは諦めて掃除を再開していた。追い出されるよりマシ、追い出されるよりマシ、と自身を励ましながら。




