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序話「差した光と沈む太陽」②


 本物の草原と小さな林を抜け闇夜の中歩き通した一同。施設の巨大な建物が半分ほどの大きさに見える場所にある荒野まで来て、ようやく足を止めた。小さな丘陵になっている陰に身を隠した瞬間、子供たちは倒れるように地面に両手と両膝をつく。


 体力のない「C ―45766 」の少年と「S ―53324 」の少女は“先生”に担がれぐったりとしており、比較的に体力があるため自身の足で歩いてきた「F ―18995 」、「D ―33521 」の少年と「T ―28814 」、「V ―22315 」の少女も全身が汗だくで息も切れ切れだ。


「よし、お前ら根性あるな。偉いぞ。お前らも頑張れたな」


 自身の足で歩いてきた四人と途中まで自身の足で歩いた二人を〝先生〟は分け隔てなく褒める。それは子供への気遣いではなく本音の言葉であった。


 施設からこの場所までの距離は非常に長く、〝先生〟には余裕であるが、体力のない者なら大人でも音を上げる距離である。彼らの様子を見つつ休憩を考えていたのだが、存外に体力は持ち、「V ―22315 」の少女の足取りが危なくなってきたのでここで止まった。


 途中で足を止めてしまった二人も、半分以上は自身で歩いてきている。少年たちの自由への渇望が本物であると〝先生〟が改めて感じたのは、この時であった。


「ほら、飲みな。量がないから少しずつな」


 〝先生〟は「C ―45766 」の少年と「S ―53324 」の少女を下ろして背中に負っていた荷物から細い水筒を取り出す。人工的に光は点けていないが、月や星の明りは強く、さらに長い間暗闇を歩いてきたため、〝先生〟も子供たちもやり取りに支障はきたさない。


 差し出された「T ―28814 」の少女は律儀に礼を述べて両手でそれを受け取ると、軽く水筒を揺らしてから近くで寝転がっている「V ―22315 」の少女を起こして先に飲ませた。二、三度喉を鳴らすと、「V ―22315 」はすぐに水筒から口を離す。


「ありがと、『T ―28814 』ちゃ」


「もういいか『V ―22315 』? じゃあ『D ―33521 』、そっちのふたりに」


 「V ―22315 」が笑顔で返してきた水筒を受け取ると、「T ―28814 」はまた口をつけずに隣にいた「D ―33521 」にそれを渡した。渡された「D ―33521 」も、隣で倒れている二人のうち手前にいた「C ―45766 」の少年を起こす。


「『C ―45766 』、ほら、次飲め」


 「C ―45766 」は少し迷った様子を見せた。視線がちらりと覗いたのは隣で倒れていた「S ―53324 」の少女。だが、彼女が「いいよ」と笑うと小さく頷いて水を煽る。そして「V ―22315 」と同様数口喉を鳴らすだけで水筒から口を離した。


「もーいい。『S ―53324 』にあげて」


「おう、分かった。『S ―53324 』、ほら」


 「C ―45766 」をまた地面に寝かせ、「D ―33521 」は「S ―53324 」の少女を抱き起こし同じように水を飲ませる。


 その様子を眺めていた〝先生〟は、感心したように顎をさすった。


「どうしました?」


 隣で周囲を見回していた「F ―18995 」の少年が〝先生〟の様子に気付いて見上げる。〝先生〟は問いかけに笑みを落とした。


「いや、大したもんだと思ってな。こんな状況でもちゃんと下の奴を気遣ってやれるんだもんな。お前はお前で周囲への警戒を怠ってないし」


 〝先生〟が感心したことを言葉に出すと、「F ―18995 」は前半に嬉しそうな笑みを、後半に微苦笑を浮かべる。


「俺たち正確な歳は知らないんですけど、あの二人は年上だって分かってるから俺たちに優しいんです。俺は……戦闘訓練で〝気を抜くな〟というのは叩き込まれてるから」


 〝戦闘訓練〟とやらで受けた痛みを思い出しているように、「F ―18995 」は腕をさすった。〝先生〟はまた顎に手を当てると、もう片方の手で「F ―18995 」の頭を撫でる。ただそれだけがよほど嬉しいのか、彼の顔はまた赤くなっているようだった。


「『F ―18995 』、ほら、お前も」


「あ、先にいいよ」


「私たちは後でいい。先に飲め」


 遠慮をするものの年長二人から目と雰囲気で押され、「F ―18995 」は結局素直に頷き水を煽る。前の三人よりも喉の鳴りが少ないが、気付いた〝先生〟は彼の意思を尊重し口は挟まずに済ませた。気にせず咎めそうな残りの二人は、次にどちらが飲むかを目で争っているため気付いていない様子だ。先を急ぎたい事柄で後を争うなど珍しい話だと、〝先生〟は苦笑する。


「ジャンケンでもしろお前ら」


 妥協のための案を口にすれば、素直に従った「D ―33521 」と「T ―28814 」は合図もなく手を出し合った。そしてその一回で結果は出る。


「俺の勝ち。ほら、飲め」


「……不覚だ」


 まだ十に届くか届かぬかという歳の少女が放ったにしては難しい言葉が飛び出したかと思うと、「T ―28814 」は水筒に口をつけた。「F ―18995 」同様飲んだ量はあまり多くないが、渡された「D ―33521 」は素直に受け取り同じ程度喉を鳴らす。


「ありがとうございます先生」


 頭を下げて「D ―33521 」は両手で〝先生〟に水筒を返した。それを受け取って荷袋に入れ直してから、〝先生〟は腰の小さな袋から別の何かを取り出して視線を手元に落とす。


「――なあお前ら、名前ないのか?」


 続けて視線を少年たちに移すと、反射のように少年たちは首元に手をやった。今はないが、施設を出るまでそこには彼らのナンバーが振られたプレートが下げられていたのだ。判断のついた〝先生〟は肩を竦めて笑う。


「それじゃねぇって。ないなら、俺がやろうか?」


 そう言って〝先生〟が掲げたのは一冊の古い手帳だった。それが何を意味するのかは分からなかったが、少年たちは彼が口にした言葉に揃って目と口を大きく開けて顔を赤くする。そして


「名前!?  名前くれるの先生?」


「ほんと? ほんとうにくれる?」


「いいんですか? 私たちに?」


「欲しい! 名前欲しいです」


「どんなの? どんなの!? 番号じゃない普通のですか?」


「ください先生!」


 先ほどまでの疲れが一気に吹っ飛んだように、こぞって〝先生〟に飛びついた。恥も外聞もなく飛びつく様子に少し面を食らった様子を見せるが、〝先生〟はにこりと笑うと手帳を取り出した袋からガラス球を取り出す。それをメモ帳の上にかざすと、月や星の光が集められ、人工的なそれよりもずっと柔らかな光のライトとなった。


 〝先生〟はぱらりぱらりとメモ帳をめくっていく。


「じゃあ俺が昔世話になった人たちからもらってくるか。立派な人たちだったからなぁ」


 一枚一枚めくっていき、〝先生〟は見つかった順に少年たちの頭に手を置いて名前を告げた。


「お前はエクトルだ。俺が最初に入った傭兵団で一番逞しかった人でな、いつもみんなを守ってくれたよ」


 とは「D ―33521 」の少年。


「お前はアガットだ。昔世話になった町の女性町長でな、凛とした態度で町をまとめていた人だったよ」


 とは「T ―28814 」の少女。


「お前はロイクだ。俺が生まれた村の警備隊の隊長でな、いつもみんなを引っ張ってくれる人だったぞ」


 とは「F ―18995 」の少年。


「お前はカリーヌだ。俺がここに来る前に住んでた町のシスターでな、とても優しい人だったよ」


 とは「S ―53324 」の少女。


「お前はジョスランだ。若い頃から付き合いのある学者でな、とにかく頭のいい人だったよ」


 とは「C ―45766 」の少年。


「お前はフェリシーだ。俺が子供の頃に面倒見てくれてた保育士でな、いつも明るくて素直な人だったよ」


 とは「V ―22315 」の少女。


 こうして全ての名前をつけ終わると、子供たちは与えられた名前を何度も何度も口の中で繰り返している。嬉しいのをそのまま表に出したり、我慢してるがにやけが止まらなかったり、感動しすぎて涙ぐんでいたり、反応は様々だ。


「苗字は……そうだな、ファミーユ。ファミーユだ。お前らはファミーユ兄弟だぞ。いいな?」


 少し考えてからいいことを思いついたというような笑みを浮かべて〝先生〟がそう言えば、姓までつけられ、完全に「人」となれたことを喜ぶように子供たちの反応はますます深まった。すると、思い出したように「F ―18995 」――否、ロイクが〝先生〟の服の袖を引く。


「あの、じゃあ先生の名前は何て言うんですか?」


 最初に訊いていてもおかしくない質問であるが、ここに至るまではまだ警戒心と緊張、そして逃げ切れるだろうかという不安があったため、気にはなっていてもロイクたちはそれを訊けずにいた。さらに理由を挙げるなら、ナンバーで呼ばれ慣れていた彼らには欲しいという願いがあっても〝名前〟という概念が薄かったこともあるのだが。


 だが、これだけの距離を離れ、さらに名前を与えられるという奇跡に近い事態を受けて、ようやくその質問に至ったのだ。


「俺か? 俺はテランス・……ファミーユだ」


 反射のように答えかけ、少し迷ってから〝先生〟は笑顔で「ファミーユ」を名乗る。アガットとジョスランは少し訝しむ様子を見せたが、他のメンバーは怪しむよりも先に嬉しさを満面に浮かべた笑顔を咲かせた。


「先生もファミーユなの? じゃあ、私たち先生の子供?」


「せんせーはおとーさん?」


 カリーヌとフェリシーが〝先生〟の膝の上に乗って彼が身につけている軽装鎧の胸をぺちぺちと叩く。〝先生〟が「そうだな」と笑顔を見せれば、エクトルとロイクは笑顔を見合わせた。


「……ねえ先生。僕たちが兄弟って言ってたけど、順番は? 兄弟って順番があるんだよね?」


 無関心を装いながらも頬が緩むのを隠しきれていないジョスランが問いかければ、顎をさすりながら〝先生〟は視線を上に彷徨わせる。


「そうだなぁ、さっき名前をつけた順でよくないか? エクトル、アガット、ロイク、カリーヌ、ジョスラン、フェリシーだ」


「えっ、僕が『S ―533 』じゃない、えっと、カリーヌの弟なの? 僕の方が頭いいんだから僕がお兄ちゃんだよ」


 返答がよほど心外だったのか、ジョスランはぎりぎり被っていたポーカーフェイスを剥いで大きな声を出す。エクトル、アガット、ロイクに関しては、背や正確には定かでない年齢が上だと納得しているので反論には上がらない。悪気はないであろうがカリーヌを馬鹿扱いしていることをアガットが叱るよりも早く、当の本人が振り向いてジョスランに笑いかけた。


「うん、私はジョスランがお兄ちゃんでいいよ。お兄ちゃんとお姉ちゃんいっぱいで嬉しいね、えっと、フェリシー?」


「うん、カ……ねえちゃ!」


 元気よく返事をするものの名前を覚えきれないフェリシーは頭文字だけを口にする。笑顔で答えてから、カリーヌは根気よく自身の名前をフェリシーに教え始めた。その様子を見て、他のメンバーもちらちらと兄弟たちを見ては、名前を確認するような動作を見せる。流石にすぐには覚えきれないらしい。


 眺めていた〝先生〟はそれもそうかと頭を掻くと、少女ふたりを下ろして荷袋を引き寄せ、中から服を一枚と、長方形の薄い箱を取り出した。そして足に装備していたナイフを鞘から抜くと服を適当に切り始め、数枚同じほどの大きさの布を切り出す。


 一体何をしているのだろう。子供たちが興味深そうに眺めていると、〝先生〟はライト代わりのガラス球をエクトルに渡した。手元を照らしておけ、と言われたエクトルは自身が陰にならないように気をつけつつ言いつけ通り〝先生〟の手元を照らす。


 その柔らかな光の中で、箱から取り出された針と糸がざっくりと布を上下左右斜めと走った。そして、針が布から離れると、布の上には「Hector」という文字が、決して綺麗ではない刺繍で並んだ。


「エクトル……」


「俺の名前? あ、名札」


 〝先生〟が何をしようとしているのか分かったエクトルがつい大きな声で答えを声に出すと、〝先生〟は「正解」と歯を見せて笑う。


「ちょっと待ってろな、すぐに全員分作ってやるから」


 上調子で鼻歌を歌いながら〝先生〟は布に次々と残りの名前を刺繍していった。そして全員分が終わると、今度はひとりひとりの服の胸に名札を縫い付けていく。数分後には、明かりをロイクと交換したエクトルの分が終わり、全員の胸には与えられた名前が刻まれた。


「よし、これでいいな。名前はゆっくり覚えてけ。時間はたっぷりあるからな」


 針と糸をしまい、〝先生〟は裁縫道具の箱を荷袋にしまい直す。楽しそうに名前を読み合っていた子供たちは、続く「明日」を思い描いて笑顔で大きな返事をした。


「先生、これからどうするのですか?」


 アガットが尋ねると、〝先生〟は大きな傷の走った顎をさすり「そうだなぁ」とひとりごちる。


「うん、ひとまずは俺の友達を頼ってみるとするか。お空をぷかぷか浮いてる奴らだしどこの国にも干渉可能な団体だから、この施設もどーにか出来るだろう。国際倫理的に見てもアウトの場所だしな」


 後半の言葉はぼそりと呟かれたもので、近くにいたため聞こえたアガットは首を傾げた。〝先生〟は彼女に笑顔を返すとその頭を撫でてはぐらかす。


「さ、そろそろ寝ろよお前ら。日が出る頃には起きるから五時間くらいしかないからな。明日はもっと歩くぞ」


「はーい」


「フェリシーはせんせーのとなりがいー」


「じゃあ男は先生のこっち側で女は先生のこっち側な。ジョスラン、お前先生の横」


「べ、別に僕は隣がいいなんて言ってないよ」


「いいじゃないジョスラン。順番順番で先生の隣ってことで」


「え、じゃあ明日は俺とカリーヌが隣で、明後日はエクトルとアガット?」


「わ、私も別に」


「なーにこんなおっさん取り合ってんだかね、この可愛いがきんちょ共は」


 エクトルが指示すると特に反論は上がらずに男女が分かれ、〝先生〟の右手側にフェリシー、カリーヌ、アガットが、左側にジョスラン、ロイク、エクトルが横になる。自身を間に挟んで飛び交う会話に〝先生〟は苦笑をこぼした。言葉通り彼らが可愛くて仕方ない、というのがありありと浮かんでいる。


 そのままいくらかの会話をこなしてから、彼らはようやく就寝した。火はつけないのか、というロイクの質問は「目印になる」という〝先生〟の一言で返され、周囲は暗いままである。だが、区切りのない月や星々の光があったため子供たちは不安を覚えることなく、疲れも助けて少ししたら寝息を立て始めた。



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