第四話「我ら六芒小隊」②
後方組が覚悟を決めたのと同時に、フェリシーが前線に戻り兄たちにジョスランの言葉を伝えた。
「そうか、ジョスラン……。分かった、フェリシーはそれを打ち込むために飛び回ってくれ。兄さんはなるべくフェリシーの援護に。姉さんは左側からの攻撃を頼む。俺は右から攻める。ジョスランが解決策を見つけるまで、とにかく奴の体力を減らすぞ」
ジョスランの精神的な復活を悟り、ロイクは嬉しそうに頬を緩めると、すぐに表情を引き締める。告げられた指示にそれぞれが返事をすると、合図などなしに一斉に散開した。
最初にキメラに近付いたのは、右手の武器を緩め前腕部まで下げ、ジョスランから受け取った銃を握り締めるフェリシーだ。左背面まで銃を撃ちながら回りこむと、その巨体を足場に数回跳び上がり、背中の上に跳び乗る。そして再度高く跳び上がると、銃口をキメラに向け直した。発砲音が響いたのはそのすぐ後。音の残滓が姿を消すより早くフェリシーは次の場所に移動し、また機械を打ち込んで、を繰り返す。
やがて背中の違和感に気付いたキメラが暴れ出すが、ロイクとアガットがほぼ同時に前足を斬りつけたためそれは失敗に終わった。フェリシーを攻撃しようとしたらしい一番上の口から出た舌が、自身の歯で挟まれ血を噴き出した。
その隙にフェリシーは最後の一発を頭に打ち込んだ。痛覚を遮断するのはキメラのおなじみなのか、ほとんど暴れなかったのと巨大な的のために全てが打ち込めた。フェリシーは血塗れで迫ってくる舌を避けつつ地面に着地する。その途端に尻尾が振ってくるが、エクトルが盾を広げてくれたおかげでダメージは受けずに済んだ。
「ジョスラン、終わったぞ」
ロイクが叫ぶと、少し離れた位置から「分かってる」と大音声が返って来る。それを確認してから、ロイクは前足が浮いたことに気付き剣を盾にしながら飛び下がった。
すると、その足が地面に着くより先に浮いた前足がロイクの腹から胸にかけてを蹴りつけてくる。背後に跳んでいたことと剣が盾をこなしてくれたことが助け、衝撃による腕の痛みこそあるがまだ動ける。ロイクは短く息を整え、先ほど斬りつけたのにすでにくっつき始めている足を再び斬り付けた。しかし痛みはやはりないようだ。キメラは何事もなかったように足を戻す。
「なんて再生能力だ」
軽く斬り付けただけではあっという間に傷が塞がって、後に残るのは血が流れた跡だけだ。このままではキメラを倒す前にロイクたちの方が先に体力が尽きてしまう。危ぶみつつも引いては攻め、攻めては引きを繰り返していると、胸にしまっていた通信機からノイズが聞こえてきた。
ロイクたちが普段使う通信機は基本的にジョスランのMITにチャンネルを合わせている。他も受信するように調整していないので、今通信が入るのは彼から以外ありえない。ロイクはキメラから引きつつ通信機を耳にはめた。ふと見ると、前線にいる兄弟たちも同じような行動を取っている。
『全員聞いて。まだ遺伝子情報まではさすがに読めないけど、再生を促してるのが首の後ろに埋め込まれた機械だっていうのは分かった』
首の後ろ、という、小高い山ほどあるキメラ相手では簡単には手を出せない場所を、ロイクたちは思わず見上げてしまった。その中、自身が行くことをしかと認識しているフェリシーだけは表情が違う。
『ジョス兄、首のどの辺?』
通信の向こうからフェリシーの声が聞こえ、ロイクは彼女の居場所を探した。姿は見えないがジョスランの近くにもいないということは恐らくこの巨体の向こうにいるのだろう。ロイクは襲ってきた舌を脇によけつつ斬りつけて、そんな予想を立てる。
『一番上の口から少し後ろ辺り。普通の生き物なら後頭部に当たるのかな。舌が届く範囲だから十分に気をつけて。それと、脳に作用させるために結構奥に埋め込まれてるから最初から全力で』
フェリシーへの指示が終わると、力強い返事がされた。ジョスランは続けて残りの三人に声をかける。
『アガット姉とロイク兄は前に回ってなるべく引き付けて。エク兄は二人の援護』
『分かった』
『任せろ』
「すぐに行く。フェリシー、気をつけるんだぞ」
短く承諾すると、フェリシーは背面に、ロイクたちは前面に駆け出した。キメラは一瞬迷ったようだが、通常の口と真ん中の口から舌を出しそれぞれに向かって攻撃を仕掛けて来る。
アガットを狙ったそれはエクトルの盾に阻まれ、ロイクを狙ったそれは剣で受け流された。舌先は地面に突き刺さり土が抉られ、引き抜かれた勢いで土や石が巻き上げられる。つぶてを片手で防ぎながらロイクがキメラに近付くと、背後からアガットの気迫が籠もった声が聞こえた。すると、キメラが突然動きを止める。
「ロイクッ、舌を切れ!」
状況の説明など何もなしに告げられた言葉にロイクはキメラに向かっていた身を反転させアガットの声が聞こえた方へと駆け出した。そして、視界に映ったぴんと張ったキメラの二つ目の舌を、両手で握り締めた剣で一太刀に斬り落とす。血が滝のように落ちる中勢いを殺さず駆け抜けると、丁度アガットが斬り落とされた舌の先に突き刺した槍を引き抜いているところだった。
「やはり斬り落とすのはロイクではないと無理だな。私では突き刺すくらいが精一杯だ」
体躯に合った、というべきか、キメラの防御力は高い。表皮は簡単に斬れることから主に筋肉量が多いためと予想がされる。口惜しそうにアガットが呟いたのを聞き、ロイクは改めてこの異形の固さを認識した。
半ば辺りから斬り落とされた真ん中の舌が空中で四方八方に暴れる。その間に少しずつ再生が始まるが、それより早く、目的地まで飛び上がったフェリシーが両腕を左右に広げた。
装備されたナックルガンの先から鋭い爪が四本ずつ飛び出てクローに変わる。フェリシーはそれを何度も自身の前で交差させた。もはや常人では目に終えないスピードで皮が裂かれ少しずつ肉が抉られ、キメラの背中やフェリシーの顔や髪、地面などには血と肉片が飛散する。足元でロイクたちが伸びてきた一番上の舌を同じように斬り落とそうとしている中、五度目の跳躍をしたフェリシーが振るったナックルガンの爪の先が何か硬質な物にぶつかった。
骨かと思ったのはその一瞬。血で汚れているが決して骨の白ではない黒に近い青色が視界に入ったことを確認したフェリシーは、すぐにそれが件の機械だと察する。
そして、一度キメラの背中に降りると、その反動でもう一度飛び上がった。最高点に達するまでに指先で操作し武器をガンパートに変更すると、目的の高さで突き出た銃口を二つともそれに向ける。
直後、連続した発砲音が響き渡り空の薬莢が辺り一面に飛び散った。どうやら機械はキメラほど硬質なものではなかったらしく、撃ち出された弾丸が20を超えた辺りでそれは火花を飛ばし始める。壊れた。そう確信したフェリシーは自身の役目を果たせたことに頬を緩ませる。
だがその瞬間に、彼女の濃桃の双眸は信じられないものを映した。
キメラの口は三つ。角度の違いはあるが、それは全て前に向いているものである。
だが今、フェリシーの前に、もう一つの口が現れた。
中央から左右に向けてジッパーを開いたように現れたそれに、フェリシーはぞっと背筋を凍らせる。それとほぼ同時に、彼女ですら反応出来ない速度で舌が突き出され、フェリシーの肩口を貫いた。
「――――――――っ」
甲高い悲鳴と、彼女の名を叫ぶ兄姉の声が重なる。そんなこともお構いなしに、キメラは首を後ろに曲げフェリシーに食いつこうとした。だが、それはすぐさま弓を引いたアガットの連射で何とか防がれる。駆け出したロイクが落下してくるフェリシーを抱きとめた。
「フェリシー! 大丈夫か!? 」
大きな声で呼びかけると、フェリシーは歯を食いしばり涙目で頷く。痛ましさにロイクは顔を歪めた。
すると、突然その視界に陰がかかる。はっとして上を振り仰げば、大きく上げられた足の裏がロイクたちを踏み潰さんと迫ってきていた。咄嗟に駆け出すが、その攻撃範囲は広く、ようやく半身が陰のテリトリーから抜け出した頃にはもう眼前に迫ってきている。しかし危機一髪で、エクトルが投げた盾が可能な限り広がりキメラの足をすくって転ばせた。
兄が生み出してくれた隙を逃すことなく、ロイクはフェリシーを近付いてきていたカリーヌに託す。
「フェリシー、しっかりして! すぐに治してあげるからね」
言下カリーヌの杖が光り出した。あたたかな光がフェリシーを包むと、貫通した肩口が僅かずつだが塞がっていく。裂傷とは違い肉や骨の一部が失われているため、完全に回復するには時間がかかるが、せめて動けるくらいには戻さなくてはいけない。カリーヌは自身の内に渦巻く療のタランを最大限に発揮した。
それを少しの間だけ見つめてから、ロイクは気を取り直してキメラに視線を向ける。
すると、まるで彼が振り返るのを待っていたのか、と言いたくなるほどにタイミングよく、キメラの太い尻尾がロイクの身体を側面から殴りつけた。吹き飛ばされる中ロイクが見たのは、再生機能がストップしたため、直前までアガットがつけていた傷から血を撒き散らし怒りを露にするキメラの姿である。
再生が止まり痛覚が蘇ったのか、頭の端でそんな予想を立てていると、無造作に地面に叩きつけられた。数度地面を跳ねて転がり、戦場からやや離れた場所でようやく止まれたロイクは、すぐに起き上がろうと身体に力を込める。だが、脇腹に走る鋭い痛みのためにその場で膝を崩してしまった。
「あばらが折れたのか……? だがまだ――!? 」
負けるわけにはいかない、と痛みをやせ我慢して地面に剣を突き立てた、その瞬間、音を立てて剣が壊れる。全体重をそれに預けていたロイクは咄嗟のことに対処が出来ず、傷付いた身体を地面に投げ出すことになってしまった。
痛みが走る。だが、身体の痛みなど今はどうでもいい。見開かれたロイクの目が見つめるのは、地面に散らばる大小の欠片と、自身の手に握られたままの拳一つ分ほどの刀身しか残っていない剣。この場で一番手放してはいけないものが壊れてしまったのだと、自覚した瞬間ロイクはめまいを覚える。
無茶な使い方をしてきた自覚はあった。この戦いの間にも、何度も剣を盾代わりにしてきた。だが、何という最悪のタイミングなのだろうか。怒り任せに暴れるキメラは兄弟たちを襲っている。エクトルの盾で防がれているが、先ほどロイクとフェリシーを救うために投げたため、今や彼の盾は一つきり。あれが破られたらお終いだというのに。
動悸が激しくなり、息が上がる。絶望が視界を埋めた。
それでも、ロイクは立ち上がるべく足に力を込める。寝ていてはいけない。剣がなくても、ナテュールとして恵まれたタランを生かしどうにか戦わなくてはいけない。六芒小隊にとってロイクが一番の攻撃力であるのだ。ロイクにはこれ以上ここで寝ている資格も権利もない。あるのは、兄弟を守るのだという責任だけ。全員で生き残る義務だけ。まして、ここでは決して死ねない。11年前のあの日、正にこの場所で命をくれた〝先生〟のためにも。
「うあああっっ」
聞こえてきた悲鳴に、ロイクの絶望と焦燥がさらに広がる。空中を舞っているのはエクトルの盾。丸腰のエクトルは、それでも兄弟たちを守ろうと両腕を広げたようだが、一気に近付いたキメラに吹き飛ばされ、アガットが食いつかれた。ジョスランの叫び声が聞こえたかと思うと、キメラはアガットを急に離して引き下がり、頭を大きく振り出す。
何が起こったのか、ロイクには分からない。しかし、いつまでもその奇跡の時間は続かないということは分かっている。
早く向かわなくては。恐怖ゆえか上手く動かない足を引きずり、ロイクは手で前へと進んだ。地面を掴み這いつくばって、兄弟たちの元へと向かう。
すると、その指先が何かに触れた。土で半分以上が隠れ、ほんの少し顔を出している硬質なそれを、ロイクは最初ただの石だと思う。
だが、軽く触れたそれが、土の下でほのかな光を放ったことに気付き目を見開いた。古い記憶が呼び覚まされる。それは、あの時以外、ただの一度も見たこのない赤の光。
懐かしい声に名前を呼ばれた気がして、ロイクは弾かれるように両手でその光の元を掘り出した。そして現れたモノを見て、彼の恐怖は消し飛んだ。




