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第三話「トラウマとコンプレックス」③


 護送船の通路の一角で、ジョスランは六芒小隊のエンブレムを握り締めながら窓際に立ち外を眺めていた。表面上は冷静な雰囲気を醸すが、その内心では様々な感情が入り混じり頭痛すら感じている。落ち着け、と必死に呼びかけるが、その度に心は思い出したくないことばかりを浮かべてきた。


 エクトルやカリーヌの困り顔。フェリシーの泣き出しそうな顔。アガットの怒り顔。ロイクに張られた頬の痛み。その後一瞥もしなかったロイクの背中。あの痩身の男の言葉。それらは全て、最近ずっとジョスランを悩ませている〝あの疑問〟を膨らませる。


 窓に手を当て力を込めた。手の平に伝わる冷たさがギリギリでジョスランを引き止めてくれる。それでも渦巻く感情を消そうとしていると、不意に懐かしい笑顔が浮かんだ。太陽のような、希望をくれた〝先生〟の笑顔だ。


「……先生、僕は――」


 窓に額を当てて小さく呟いた。鼻の奥がツンとし喉が締め付けられるように痛くなる。それでも歯を食いしばり湧き上がる激情を我慢していると、離れた位置から聞き慣れてしまった声と騒がしい足音が近付いてくることに気が付いた。


 ジョスランは両目を乱暴にこすると深い呼吸をしてまた平静を装う。すると、ちょうどタイミングよく現れたのはジョスランの予想通り、鉾楯兄弟だった。最初に目が合ったのは向かって右側を歩いていたマクシムだ。


「あ、本当にいたよ」


「お前だけこっちに乗ったって聞いて何かと思ったぜ。何だ? アガットとまた喧嘩したのか?」


 仕事帰りなのかスティードは腕に包帯を巻いており、服のあちこちに血の跡が滲んでいる。マクシムの方は無傷だが、恐らくまたスティードが無理な特攻をしたのだろう。そんなことを予想したジョスランは、彼らに向けていた視線をまた窓の外に戻した。


「別にそんなんじゃないし。てゆーか何であんたらがいんの? あとわざわざ来る意味が分からないんだけど。暇なの?」


 憎まれ口を叩けば彼らは「またこいつは」と眉をしかめて不愉快そうに笑う。


「俺らのエアバイクに不調があったから通りかかったこの船に乗せてもらったんだよ。ま、ガス欠してただけだったっつーオチまでつくけどな」


「んで暇してたらお前が乗ったっつーからからかいに来たんだよ」


 アルカンシエルには各国・各地方にいくつかの拠点がある。この護送船はエルサーク地方の海辺にある大きな町、ヴァーグからやって来たと先ほど護送官から聞いた。どうやら彼らも同じ地方で仕事をしていたらしい。面倒な時に会ってしまった、とジョスランはあからさまに不機嫌な顔をする。


 だが、兄弟の次に彼と関わることが多いといっても過言でないアレマン兄弟だ。度が過ぎればロイクたちよりも早く口や手が出るが、不機嫌な表情をされるぐらいなら気にも留めなかった。まして今は、兄弟共に口にこそ出すつもりはないが、ジョスランを心配してここまで来たのだ。生意気で生意気で仕方ない相手だが、常に六人で行動している彼らが短時間とはいえ行動を分けたという事態は、スティードたちにとって異常なことだ。


 もちろん、兄弟同士ですら言えないことを本人になど伝える気にはなれないので、スティードもマクシムも軽口でジョスランの嫌味に答える。


「そういやさっき収容された連中お前らが捕まえたんだってな。正確にはロイクたちだろうけど」


 直近の話題、と考えたマクシムがつい先ほど見た光景を思い出して選択した。目を逸らしたままだったジョスランは笑って付け足された言葉にぴくりと反応する。しかし気付かないアレマン兄弟はいつもの調子で話し出した。


「そりゃそうだろ。いくら知恵があっても戦場で結果を出すのはやっぱり腕っ節なんだからよ」


 逞しい腕を叩いてスティードはにっと歯を見せて笑う。そんな彼にマクシムは呆れた顔を向けた。


「兄貴は飛び出しすぎ。俺の防御が間に合わないほど飛び出さないでよ。ちょっとはロイクを見習ってくれ」


 スティードは男らしいというか男くさいというか、同じ力のスフェールと相性がいい割りに落ち着いた性格のロイクとは真逆の言動が目立つ。そんな兄も尊敬しているが、心臓に悪いことこの上ないのでマクシムは心の底から思っていることを口にする。しかしそんな弟の願いなどどこ吹く風か、スティードは軽く笑って受け流した。


「分かってねーなマクシム。飛び出さなくちゃ出来ないことだってあるんだぜ。ジョスランも、お前頭でっかちで分かってねーけど、傷を覚悟するぐらいじゃないと一オール稼ぐのだって出来ねーぜ。まあ、お前はロイクたちが働いてくれっからいいだろーけどな」


 からかうようにスティードは笑い、マクシムも同意して笑う。それは彼らにとっていつも通りのただの会話であった。こうしてスティードたちが嫌味を言うと、ジョスランがその何十倍にもして返してくる。傍から見たらくだらないような、馬鹿馬鹿しいような、子供じみたやり取りだ。


 だが、スティードもマクシムも読み違えていた。予想していた口撃(、、)は返って来ず、代わりに硬質な何かを投げつけられる。反射神経のいいスティードは難なくそれをキャッチするが、彼とマクシムが怒りより先に抱いたのは驚き。そして戸惑いだった。その視界に映るジョスランは、歯を食いしばり、眉をきつく寄せ、涙を堪えているような表情をしている。


「……なの、そんなのっ、分かってるよっっっ!! 」


 ジョスランが出したとは思えないほど大きな声が廊下中に反響した。あまりの剣幕にアレマン兄弟が呑まれている隙に、ジョスランは踵を返し駆け去ってしまう。彼らはしばらく呆然としていたが、ジョスランの足音が聞こえなくなった頃に、ようやく正気に戻ったマクシムがスティードを揺さぶった。


「兄貴、さっきの何?」


 さっきの、が投げられた物を示しているのだと悟ったスティードは閉じたままだった右手を開く。そしてそこにあった物を目にした二人は己の目を疑った。


 六角形の外枠。その内部には輪が描かれ、それと被るように、上部には逆向きの三角形が三つ、左右には翼、下部には先の細った下弦の三日月、それらの中央背面には盾、中央前面には剣が刻まれている。よく見知る、六芒小隊のエンブレムであった。


 互いに顔を見合わせたスティードとマクシムは、一瞬後に表情を引きつらせてジョスランが駆けて行った方へと同じく駆け出す。






 ただ試しただけであった。知のナテュールには読心術を使えるようになる者がいることは研究で分かっていたので、もしかしたらかの少年も目覚めているかもしれないという、ささやかな実験でしかなかった。成功したら幸い、その程度のつもりであった。


 だが結果は成功。彼の〝悩み〟をつついたら予想以上の反応が返って来た。まだテスト段階だが、脳に埋め込んだ読心術を使えるようになる装置も上手く作動したことも同時に確認できて、男にとっては最上級の結果である。


 そして今、もうひとつの実験が成功したことを男は悟った。最後に彼に持ちかけた話を、どうやら彼は乗るらしい。国やアルカンシエルの命令など無視してまで果たそうとした、野望の足がかりが掴めそうだ。口の端を吊り上げ、男は収監室に真剣な面持ちで入ってきた少年を見据える。無言のまま檻の前に立ち見下ろしてくる少年に、男はわざとらしい笑みを返した。


「お前たちが子供の頃にいた施設に向かえ。最下層の地下施設は攻撃から逃れたからまだ生きている。協力するんだ『C ―45766 』。あの施設を生き返らせ、世界を革新させる研究を続けるには、お前の知恵が必要になる。見返せ、お前を役立たずと見下す者たちを。見せ付けろ、お前の能力を」


 男にはよく見える。少年の心が落ちてきていることが。徐々に徐々に、その心が蝕まれていることが。


 考えてみれば何とも子供らしいではないか。明確に目に見えた「能力」として実績を出す兄弟たちに抱く劣等感。口で強がらなくては折れかける心。自分が「必要とされていないのでは」「不要なのでは」と思うたびに揺らぐ感情。


 悪魔の囁きは、過去のトラウマを凌駕する、現在のコンプレックスを刺激した。


 檻の鍵が開かれる音が収監室内に響き渡ったのは、それから僅かな間を置いてからである。



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