第三話「トラウマとコンプレックス」①
ロイクたちが潜入を決めたのは西側にある通用口だった。侵入者防止用のトラップや監視カメラなどは設置されていたが、それらはアガットが効率よく突破し、警備用の巡回ロボットはロイクとフェリシーで片付ける。途中途中ジョスランからの指示も仰ぎ、進んだ先に施設の者がいれば確実に捕らえ簡易の捕縛装置で動きを封じた。
その数が十を超えた辺りで、ロイクたちは熱源が最も多いと言われていた北側の部屋の前にたどり着く。
『こちらジョスラン。そこの部屋の熱源に大きな動きがなくなったよ。確実に警戒されてる。どうぞ』
通信の向こうからの情報を受けてロイクは小さく了解を唱えると、エクトルにちらりと視線を向けた。エクトルはロイクの視線を受けるとこくりと頷き、彼に代わり先頭に移動し自動ドアの前に立つ。僅かな間も空けず、空気が抜ける特徴的な音と共に扉が左右に開いた。そしてその瞬間、待ち構えていた硬質の拳が躊躇なく頭上へと振り下ろされる。
待ち構えていたのは地面を滑るだけの警備ロボットではなく、シルエットだけは人型をした大型のロボットであった。この手のロボットの大型は、世界的にも認められるほどパワーがある。
奇襲が成功したと部屋の奥に固まっていた老若男女の研究者たちはそれぞれ笑みや安堵を浮かべるが、その表情は僅か一瞬で消え去った。本来聞こえるはずの肉を潰す鈍い音は聞こえず、代わりに彼らの耳に届いたのは、金属同士がぶつかる激しく高い音。研究員たちの視界の中では、左手から外し直径一メートルほどまで広げた盾を構えたエクトルがロボットと相対している。
「なっ、馬鹿な! デュールメタルで作られたロボットだぞ?」
研究者の一人が思わず声を上げる。デュールメタルの硬度は、現在世界で上位を争うほど高い。最強の金属とも呼び名が高いデュールメタルで武装したロボットの攻撃を生身で受けきるエクトルに対し、研究員たちの多くは彼の持つ盾に埋め込まれたスフェールの強さを判断した。だがその一方で、一部の者たちは驚きを含んだ眼差しで突入してきた六芒小隊を観察している。
エクトルとロボットの拮抗が続く中、長兄の脇をすり抜け、アガットが前面に出る。そして、正確な槍捌きでロボットの左足の関節を連続で突いた。連続した単音が僅かな間で20を超えると、その部分の外装が壊れ、中からヒューズが飛んだ。
それを確認してアガットが飛び下がると、入れ替わるように出て来たのはフェリシーだ。高く飛び上がるとロボットの両肩の上に足を開いて着地し、両手に装備している四角い機械仕掛けのグローブ――ナックルガンと呼ばれる武器――をその後頭部に当てる。かちり、と引き金を引く音がすれば、両手の武器からはマシンガンのように弾丸が放たれ、周囲には薬莢が飛び散り火薬の匂いが充満した。
ややあってフェリシーはロボットを蹴って飛び上がると、空中で後方に一回転して着地する。そしてその足で、研究員たちに向かって突撃した。同時にアガットも走り出したため、研究員たちは悲鳴を上げてそれぞれに逃げ出す。
頭の半分が吹き飛ばされたロボットは左右前後にふらふらしたかと思うと、突然バランスを取り直し、アガットを標的に振り向いた。だが、その瞬間に胴を両断され、続いて頭部を分断される。
血の代わりにオイルで濡れた剣を払うのはロイクだ。彼の持つ剣はアリーラスと呼ばれる広刃の刀剣であり、通常の長さの割には重量がある剣だ。力のスフェールを宿し、さらに力のナテュールであるロイクでも問題なく使えるよう、その強度は非常に高い。
ロイクは逃げ惑う、もしくは戦々恐々としている研究員たちを見回して深く息を吸うと、剣を掲げて大音声で名乗りを上げる。
「我々はアルカンシエル所属、六芒小隊だ。再三の通告無視を受け、この施設は閉鎖。職員は全員身柄を確保させてもらう」
剣身の根元にはっきりと刻まれた虹のマークを見せ付ければ、研究員たちはようやく侵入者たちが通常の軍の者でないことを理解した。アルカンシエルの名に怖じたのか、すでに何人もがアガットとフェリシーに倒されたのを見て腹を括ったのか、複数人が抵抗をやめて自ら腕を出してくる。
しかしその中、何人かがデータが入っているのであろうハードディスクを抱きかかえて部屋から逃走した。
「姉さん、フェリシー、ここは頼む。兄さん、一緒に来てくれ!」
ロイクから厳しい声が飛ぶ。エクトルとアガット、フェリシーはそれぞれ返事をすると、ロイクとエクトルは逃げた者たちを追いかけて部屋を出る。ぎりぎりで角を曲がる所が見えたのでそれを追いかけると、地下へと続く階段にさしかかった。
「湖を通じて出るつもりか?」
深さはそれなりにあるだろうことはエコーロケーションですでに分かっている。何か乗り物を用意されていたら大変だと、ロイクたちはすぐに慌ただしい足音を追いかけて階段を駆け下りていく。
先に進むごとに周囲の明るさは減っていき、徐々に湿気が多くなった。生臭さが鼻をつく中、暗さに慣れ始めた目が視界にぼんやりと捉えた大きな扉が乱暴に開かれる。二人はエクトルを先頭に、開け放たれたままの扉の中に飛び込んだ。
光度の低い寒色系のライトに照らされた室内は先ほど大勢がいた研究室よりも広く、同じような設備が数多く並んでいる。部屋の一部は格子で区切られており、湖の水を呼び込んでいるのか水面が揺れていた。僅かな間で見回した所、水中を移動するような機械はなさそうだ。エクトルとロイクは周囲に警戒しつつ、部屋の奥に設置されたコンピュータの前にいる研究員たちに近付いていく。
すると、突然機械的な短音が連続し、応じて部屋を区切っていた格子が屋根に向かって巻き上がった。やはり逃げるつもりだと判断したロイクはさせるまいと研究員たちに向かって走り出す。
その時だ。突然、側面から何かが襲い掛かってきた。幸い先に反応したエクトルが広げた盾を投げてくれたので怪我はしなかったロイクは、ほとんど気配のなかった襲撃者と相対すべく足を止めて剣を構え直す。
そして、信じられない光景に目を見開き、息を飲んだ。
同日同時刻、シエル・シャトーの依頼仲介所ではギデオンはじめとした複数人が慌ただしく机や棚を探っていた。重なった書類を一枚一枚めくっていっては、目的のものが見つからないことに落胆している。
「あれー? どうしたんですか皆さん? 何かお探しものならお手伝いしますよ?」
その様子に気付いて声をかけてきたのは、ちょうど部屋に入ってきた少女との境目くらいの年頃の女性。藤色の前髪を綺麗な模様の入ったヘアターバンで上げ、長い髪を背中に垂らしており、大きな目は紫色をしていた。最初に気付いた男性仲介員は、書類に手が伸びかけた彼女を必死の形相で止める。
「いや、いい! 何も触らないでくれオーレリア!」
これ以上仕事を増やさされてたまるものかと男性は必死だ。オーレリアの入室に気付いた他の面々も、口々にやめてくれと懇願に似た声を上げる。彼らは皆嫌というほど知っているのだ。このオーレリアという娘が悪意なく騒動を引き起こすことを。
「そ、そうですか。じゃあ、私は別の所に行ってます」
本人も自身のどじっぷりは理解しているので、一斉に止められたら素直に納得するしかない。そーっと奥の扉に向かう彼女を、ギデオンが思い出したように呼び止めた。
「オーレリア、依頼書を知らんか? 俺っちの机の上に置いてあったやつ。あちこちの地方から来てる、変な施設の連中を追い出してくれってやつの一番上にあったエルサーク地方のウェディ村からの依頼」
まさか掃除していてゴミ箱行きなんてしていないだろうな、と言外に疑いつつ尋ねると、オーレリアは心当たりがあるのか胸の前で手を打って明るい笑顔をする。その笑顔は一瞬で仲介員たちを青ざめさせ、続いて発せられた言葉は場を騒然とさせた。
「その依頼だったらちゃーんと六芒小隊に渡しておきましたよ。六芒小隊宛の依頼でしたもんね?」
今回はちゃんと出来たでしょう。まるでそう誇るような笑みを咲かせるオーレリアだが、彼女の視界に映ったのは予想とは真逆の同僚たちだ。
そして僅かな間を置き、場は動き出す。
「だっ、誰かロイクたちに連絡取れ!」
「確か昨日依頼終えたばかりだからまだここにいるんじゃないっ?」
「下っ。格納庫に連絡入れて出てないか確認してっ」
「データベースのアクセス履歴も調べてもらって!」
まるで戦争でも始まるかのような混乱が起こり、事態についていけないオーレリアは胸の前に置きっぱなしだった手の先を丸めて右に左に顔ごと視線を動かした。一体何が起こっているのか、理解出来ずにいると、突然ギデオンが彼女の両肩に手を置く。
「あのなぁオーレリア。お前がそう判断したのは何でだ?」
「えっ、えっ、う、上に六芒小隊って書かれたメモが置いてあったからです」
「その隊名の前に何か記号描いてなかったか?」
重ねて問いかけられオーレリアは必死に記憶を手繰り寄せた。少ししてから、彼女は記憶に一致した情報を口に出す。
「さ、三角。三角が描かれてました」
間違いではないと思いつつも不安が残るオーレリアの表情を見下ろし、ギデオンはがっくりと肩を落とした。間違ってしまったかと涙目になる彼女に、ギデオンは苦い顔を向ける。
「オーレリア、ちょいと仕事のメモ読み返してみ?」
ちょいちょいと制服のポケットを指差され、オーレリアはすぐにそれを実行した。急ぐ手でぱらぱらと仕事内容をメモした紙をめくっていくと、彼女は突然びくりと止まる。そしてしばらくの間そのページを凝視し、ぷるぷると震えだした。再び顔が上げられると、また起こしてしまったドジを自覚して双眸は涙で塗れ、言葉を告げられない口はぱくぱくと空回りを起こしている。ギデオンは再び肩を落とした。
「三角のマークは『除外』の意味。この依頼は、六芒小隊以外に回さなくちゃいけない依頼だったんだよ……」
金庫にでもしまっておくんだった。この依頼がどうして彼らには任せていけなかったのかを知っているギデオンは、自分の迂闊さを呪った。ややあって部下からロイクたちがすでに出発していることを聞くと、その祈りは彼らが心身ともに無事に帰ってくるようにというそれに変わる。
どうか、何事も起こらないように、と。




