第二話「真実のかくれんぼ」④
六芒小隊に出された依頼は、とある一団の確保および潜伏している施設の撤去であった。依頼元は、全大陸中最大の面積を誇るドルラテス大陸の、南西部エルサーク地方にある小さな村だ。
聞くところ、その一団は村から程近い場所にある湖近辺を不当に買い上げ、そこで何か怪しげな実験を繰り返しているのだという。そのために水が汚染され、美しかった湖は今では魚や水中生物の死骸が転がる死地となってしまっているらしい。
「お国には報告済みだけど、施設は国からの通達は無視。アルカンシエルの方のも無視されてる。関連諸国への連絡は済んでるから、いつ突撃しても問題ないね」
一晩が明け時刻は昼を迎える時分、六芒小隊は目的地に向かう飛翔艇の中にいた。昨晩は簡単に話をするだけに留め、本日午前中に資料をまとめてすぐに出発したのだ。性急であることは全員が理解していたが、人間の、しかも子供の体調にまで影響が出始めているとあっては急がないわけにはいかなかった。
携帯情報タブレット(MIT)を操作するジョスランは機内にいる全員に聞こえるよう、大き目の声で受け取った資料に書かれていたことを読み上げる。この依頼は、実は一月ほど前にアルカンシエルに渡されたものらしい。しかしその間何もしていなかったのかと言うと、そうでもない。
依頼が出される前、例の施設には村から訴えがあった地方や国から通達が出された。だがその通達を彼らは無視。この時地方や国が事態を重く考えてなかったこともあり、そのまま放置されてしまっていた。
やがてのっぴきならなくなった村は、アルカンシエルに依頼を出す。そしてアルカンシエルからの改善・改良の呼びかけすらも無視したことを受け、ここでようやく実働部隊に話が降りてきた。
アルカンシエルの習いとして、最初の呼びかけの際、通達無視をした場合は実力行使に出ることがあることも連絡がされている。関連国への実力行使の通達もすでに出されているので、ロイクたちが即行で施設を潰したとしても、ルール的には非難されることはない。
全ての読み上げが終わると、最初に苦い顔をしたのは助手席のエクトルだった。
「あー、久しぶりだなそういう姑息な奴ら。つーか研究員って嫌いなんだよなぁ俺」
年若くとも第一線で戦う六芒小隊だ。相対してきた者たちは数多くおり、その中には当然〝苦手〟とする相手もいる。鉾楯兄弟のスティードに負けず劣らず猪突猛進な所があるエクトルは、頭を使った戦いを苦手とする嫌いがある。だが、今回の〝苦手〟は六芒小隊全員の共通だった。無関係とはいえ、〝研究員〟という単語そのものが彼らにとってはトラウマなのだ。
「あ、見えてきた。あの村だよアガット姉」
「ああ。着陸するから全員座れ」
運転席の後ろに立っていたカリーヌが前方に見えていた小さな村を指差す。答えたアガットの指示が出ると、全員がそれぞれの席に座った。
少ししてエクトルよりも慎重な運転で六芒小隊の飛翔艇が着陸すると、村から数人の老若問わない男性が出迎えてくれる。ロイクを先頭に、一同は荷物を持ってすぐに飛翔艇から降りた。
「虹のマークが入った飛翔艇……アルカンシエルの方ですか?」
先頭に立つ筋骨隆々な男性の後ろに立つ、白髪で豊かな白髭を蓄えた老人が一度飛翔艇に目をやってから希望を込めた声音で問いかけてくる。ロイクは右手を自身の左胸の上に置き、老人に向かって深く一礼した。
「はい、アルカンシエル所属、六芒小隊と申します。この度はわざわざ私たちを選んでのご依頼ありがとうございます。ご期待に添えますよう、尽力いたします」
落ち着いた笑みを浮かべると、老人は顔の皺をより深くし、双眸に涙を溜める。そして少し片足を引きずりながらロイクに近付くと、彼の片手を持ち上げ両手で握り締めた。
「ありがとう、ありがとうございます。国にも見捨てられ、このまま滅ぶしかないかとすら思っておりました。どうか、あの連中を追い出してくだされ……っ」
強く強く握り締めてくる節くれだった両手から伝わる、無念、悲しみ、喜び、希望。どれだけ心をすり減らしたことだろうか、頼るべき国から見離されてしまった事実は。住み慣れた土地が変容していく様は。未来ある子供たちの体が侵されていく現実は。
ロイクは残ったもう片方の手で老人の手を上から包み込み、強い眼差しを彼に向ける。
「お任せください」
老人に応える言葉はこれだけでよい。後は、行動で示すのみだ。
村人の案内で問題の施設を一望出来る小高い丘にやって来たロイクたちがまず目にしたのは、かつての美しい姿からは考えられないほど濁った湖だった。
「なんて酷い……。これがあの写真の湖か」
目を逸らしたくなる光景を前に、アガットが顔をしかめる。今朝写真で見たばかりのこの景色は、澄んだ水が光を弾き、周囲に生い茂る草花が瑞々しい、非の打ち所のない美景であった。だが、眼下に広がるそれは完全に姿を変えてしまっている。原因は一目見て明らかだ。今なお施設から吐き出される水は、黒く濁っていた。
現在はあれらを少しでも防ぐために湖と村の間の水路には堰が作られているが、溢れた水は大地に流れ出し氾濫を起こしてしまっている。さらに水を極端に制限しているため、村では今水不足が深刻化していた。
「明らかに自然保護法に違反してるな。施設のサイズもそんなにないし、こりゃすぐ突撃しても問題なさそうだ」
遠見の構えで施設を眺めるエクトルは、通常の民家三軒分ほどの大きさの施設を前に少し気を抜いたことを口にする。だが、それはすぐに隣に立つロイクから窘められた。
「兄さん、油断は禁物だ。地下に続いている場合もあるし、全員検挙が今回の目的だから、ひとりも逃がさないようにしないと」
他のチームと協力していれば包囲戦も可能であったが、今はたった六人しかいない。単純な戦闘力はともかく、それでは補えない圧倒的な数の少なさは十二分に理解しなければいけない事実だ。
しかと周囲を観測してから、ロイクは兄弟たちを見回す。
「よし。俺と兄さん、姉さん、フェリシーは施設に近付いてみよう。ジョスランは俺たちから連絡が入るまで待機していてくれ。周囲に撒けたら連絡を入れる。カリーヌは水と大地の洗浄だ。流石にこの区域全てを戻すには他の協力を仰ぐとしても、応急処置だけでもしておこう。これを」
カリーヌで一度視線を留めたロイクは、持って来ていた荷物から取り出した紙をカリーヌに差し出した。カリーヌは受け取ったそれをすぐに広げる。それはこの村と周辺の詳細な地図であり、所々に黒丸がついていた。
「その黒丸は村の中央から等分に力を分散させるために指向装置を設置すべき場所だ。設置は村の方々に協力してもらって、お前はこの中央からタランを使ってくれ。ただ、くれぐれも無理はしないようにな」
療のタランは基本的には生き物を癒す能力だが、大地や水、空気などを汚す毒素の洗浄などもまたその範疇に入る。カリーヌは今回の依頼を受けた時から託されるであろうことを予測していた指令を受け、金色の蛇のモチーフに巻きつかれたオレンジ色の大きなスフェールが輝く杖を握り締め力強く返事をした。
カリーヌのタランは百人を凌ぐほど強いわけではないが、指向装置という、基幹装置に注がれた能力を誘引する装置を使えば、その範囲と効果は大きく跳ね上がる。
別働隊への指示を出し終わると、ロイク、エクトル、アガット、フェリシーは揃って施設に向かった。ジョスランとカリーヌは村人たちと共に来た道を戻っていく。その途上、カリーヌは隣を歩くジョスランの顔を覗き込んだ。
「ジョスラン? どうしたの? 何か不満そう」
問いかけると最初に返されたのは不機嫌な眼差しであったが、一番年が近く一番多く一緒にいるカリーヌは、今更そんなものに怯えない。ややあって、ジョスランがため息を吐いてMITに視線を落とす。
「別に。ただ、ロイ兄随分手際よくなってきたなぁと思って」
「うん、そうだね。やっぱりリーダーとして頑張ってるんだろうね」
兄を褒め難かっただけか。カリーヌは安心したように笑みを作って応じた。ジョスランは一度そんな彼女に視線を向けてから、またMITに視線を落とす。沈黙を仕事に集中するためと好意的に解釈したカリーヌは、それ以上は喋りかけずに自分の仕事を頭の中で復習し始めた。
やがて十分も歩かないうちにジョスランたちは村に辿りつく。カリーヌは早速村の人々に協力を仰ぎ、ロイクの指示通りに指向装置を設置してもらった。基幹装置は村の広場に設置する。これらの装置は正円形の台座の上に透明な球体が乗り、下に突起がついている形をしており、地面に突き刺して使用するものだ。
指向装置よりも大きな基幹装置を地面深くに突き刺し固定を確認してから、カリーヌはその装置に向けてタランを発動する。温かく柔らかなオレンジ色の光が溢れる中、ジョスランはそこから少し離れた物見櫓の上から施設を眺めた。先ほどまでいた場所からは離れすぎているが、ジョスランがいるには丁度いい場所だ。
『こちらロイク。どうぞ』
不意にMITからロイクの声がする。インカムを接続し忘れていたことを思い出したジョスランはすぐにポケットからそれを取り出しMITにつなぐ。
「こちらジョスラン。様子はどう? どうぞ」
視覚に特化したジョスランは明確に見える兄弟たちの姿を確認しながらマイクに向かって話しかけた。
『エコーロケーションを使って施設の大きさを測ってみたが、地下はまだ建設途中みたいだな。湖に面して大きな空間があるが、湖以外は特にどこにもつながっていない。外周のセキュリティ装置は一部を封じても問題ないタイプだったから、今姉さんが侵入経路の部分だけを封じている。それと、フェリシーが周辺に捕獲装置と探知機を設置しに行っているから、突入は十分後だ。どうぞ』
ジョスランたちが村に戻ってくるまでの短時間に手際よく準備を済ませていた兄の報告に少しつまらなそうな顔をしてから、ジョスランは気を取り直すように軽く頭を振る。そして、施設とその周辺の俯瞰図を映すMITの画面を見て小さく頷いた。
「――うん、やっぱりフェリシーは速いね。もう半分以上設置されてる。これなら後五分くらいで戻ってくるよ。そしたら中の人数を計測してみる。今のうちにエコーロケーションで測った図をちょうだい。どうぞ」
画面の中には光の点が複数、施設と湖を取り囲むように設置されていく。到底人がこなしているとは思えないスピードは、タランの強いフェリシーが、強力なスフェールが埋め込まれた装備を使っているためだ。彼女の靴は速のスフェールの効果がついているため、ただでさえ神速なその走行力と身軽さが格段に上がっているのだ。
湖を除いた外周の八割が光の点に覆われるのとほぼ同時に、ロイクから組織の測定図が送られてきた。ファイルを開いて見てみると、それは確かにロイクの説明通りの形をしている。ジョスランはそれと、現状で分析出来る範囲を合わせて施設内の熱源を探った。
線図の施設の中に複数の光が出現すると、施設内に多くの人がいるのが分かる。プログラムを動かしその数を数えていくと、数は一度30で止まり、それからまた数値を増やし始めた。画面を切り替えると点が湖を除き全て埋まっている。どうやらフェリシーの作業が終わったらしい。
ロイクからアガットが戻ったとの通信が入り、ややあってフェリシーが戻ってきたとの連絡も入る。その頃には、熱源は全て探知し終わっていた。
「施設の中には大人が50人。詳細には分からないけど、北側の部屋に大多数がいる。それと、地下にいくつか熱源が動いてるけど、多分魚か何かが入り込んでるんだと思う。……ちょっと大きいけど、だから生き残ったのかもね。どうぞ」
MITに映っているのは大まかな構図と熱源だけであるため、ジョスランが現在言えるのはそこまでだ。あとは、兄弟たちが実際に中に入ってその映像を送ってくれるのを待つ。
通信の向こうでロイクが出撃を告げ、エクトルたちが応える声が聞こえた。




