第二話「真実のかくれんぼ」③
居住区はシエル・シャトーの中でも最も多くの場所を取られており、五階の南側のスペース及び六階全てがそれに該当する。複数人が入れる寮やアパート形式になっているものも個別住宅も揃っているが、個別住宅を優先的に選択出来るのは常駐の者、もしくはシエル・シャトーで過ごすことの多い者だ。なお、一部例外を除き家賃は毎月給料(という名の依頼成功報酬)から徴収されることになっているため、収入に合った場所しか借りられない。ちなみに家賃は、居住区関連の保持や拡張などに使われる。
基本生活をシエル・シャトーで過ごす六芒小隊があてがわれたのは、六階南側の一戸建てが並ぶ区域であり、住んでいるのは給料で家賃が払いきれる小さな二階建ての建物だ。
兄弟が家にいる際大体の時間を潰すのは一階のリビングであり、今はエクトルとその彼の足の上に座り髪を乾かしてもらっているフェリシー、乾いた髪を鏡の前で手入れしているカリーヌがいる。
「ロイクとジョスランはまだ帰らないのか?」
シャワーを浴び終わったアガットが髪をタオルで拭きながらリビングに入ってきた。開口一番に尋ねられた言葉に、エクトルが首を回してアガットに顔を向ける。
「ああ、遅いな。飯行く前に一風呂入っといた方がいいと思ったんだけどな」
かく言うエクトルは最初にシャワーを済ませている。出るのが早いために、こういう時は真っ先に入るように妹たちに言われてしまうのだ。汗臭いと嫌がられるのだけは何としても避けたいエクトルは、その言葉に毎回素直に従っている。
「ロイクはリーダーの所に行くって言ってたから最悪司令室に連絡入れればいいけど、問題はジョスランだよな。最近よくいなくなるけど、どこ行ってんだあいつ?」
妹たちに視線を巡らせるが、アガットもカリーヌもフェリシーも皆一様に首を振った。エクトルが聞いた時は「関係ないでしょ」と一蹴されてしまったのだが、どうやら彼女たちも同じらしい。
「どーすっか。放送でもしてもらうか?」
「や、やめといた方がいいよエク兄。そんなことするとまた怒っちゃうよジョスラン」
緊急時や仕事関係ならまだしも、ただどこにいるか分からないからの呼び出しなど十歳を超えてやられたらカリーヌでも恥ずかしい。ジョスランでそんなことをしたら一週間以上口を利いてくれなくなる可能性がある。そんなことになったら確実にエクトルが使い物にならなくなるのは目に見えているので、二人を気遣いカリーヌは必死で止めた。
「帰ってこなかったら二人とも置いていくだけだ。夕飯時に帰ってこないなど何を考えているんだか……」
辛辣なことを言いつつアガットはソファに腰を下ろす。さりげなく窓際に座りさりげなくカーテンを僅かに開けたことは、全員が気付いたが誰も口にしなかった。
普段の食事はアガットとカリーヌが用意してくれる。だが、今日のように依頼の後は食事の準備は大変だろう、というエクトルの気遣いで、三階にある食堂を利用しているのだ。自炊する者も多いがそれ以上に食堂の利用者は多いため、エクトルたちとしては一番込む時間は避けたいところだ。慣れない者にあの戦場は過酷過ぎる。
カリーヌがちらりと時計に目をやった。針はそろそろ六時を差す。兄たちが心配なのもあるが、七時のピーク時間を何としても避けたい気持ちもまた強かった。
「でも、ジョス兄食堂行くかな?」
フェリシーがエクトルの胸に頭を押し付けて見上げてくる。問われたエクトルは返答に困ってしまった。昔から得意ではなかったが、ここの所のジョスランは一層人ごみ嫌いになっており、他人が隣の席に来る程度の混雑すら嫌がるのだ。
「16になって人見知りもないだろうに。カリーヌ、ジョスランが帰ってきたらまず落ち着かせろ。それからなら話も聞くだろう」
カリーヌのタランである療は、外因的な要素で傷付いた身体を癒すことが主な効果だが、他にも心を落ち着かせるという効果もある。喧嘩腰のジョスランも少しは話を聞く気になるはずだろう。妹の能力を把握しているアガットの提案を受けエクトルも「それがいい」と乗り気だ。だが、当のカリーヌは口元に手を当てる。
「うーんと、難しいかも……」
自信のない表情をするカリーヌに視線が集まった。気にしたフェリシーが彼女に抱きつく。
「何で?」
フェリシーが首を傾げて尋ねると、カリーヌはフェリシーを抱きしめ返して頭を彼女のそれに寄せた。
「ジョスランね、最近何だか勘がよくて。私がタラン使おうとすると振り払うの。そうじゃない時は平気なんだけど……」
身体の治療は触れずとも行えるが、心の治療は直に触れなければ成立しない。ジョスランはそのルールを昔から知っているので、もしかしたら周囲の状況から判断して、カリーヌがタランを使用するタイミングを読まれてしまっているのかもしれない。
ただでさえ後方支援の二人は同じ場所に同じ時間いることが多い。その可能性は高そうだ、とアガットとエクトルは顔を見合わせ残念そうに肩を竦めてため息を吐く。
「た、ただいまー……」
それと合わせるように玄関から声がかけられた。声の主はロイクだ。「おかえり」とそれぞれが返してから、随分疲れているなと一同は不思議そうな顔をする。そのままリビングで待っていると、すっかり疲れきったロイクが姿を見せた。
「ど、どうしたロイク?」
「リーダーに何か言われたのか? すっげー顔してるぞ」
「ロイ兄大丈夫?」
「もう休む?」
兄弟たちが一斉に群がってくるのを手で抑えながら、ロイクは力ない笑みを浮かべる。
「い、いや大丈夫だ。ただ大量のデスクワークを手伝わされて、な」
その時のことを思い出したのかロイクは吐きそうに口元に手を当てて青ざめた。しかし理由に納得した兄弟たちは一瞬前ほどの心配は見せない。ロイクのみならず、前線で戦うことの多い者たちの大半はデスクワークを苦手とする。ましてリーダーたちの所によこされるのは並みの量ではないことは周知の事実。それは疲れもするだろう。
「じゃあ後はジョスランだけか――」
「僕が何?」
エクトルが真剣に全体放送を考慮しながら呟いた言下に、ロイクの背後から正に本人の声がした。ロイクが軽く身体をどかすとその陰からジョスランが現れる。
「あれ、ジョス兄もおかえり。いつ帰ったの?」
フェリシーが笑顔で迎えると、ジョスランは憮然とした表情を返した。
「ロイ兄のちょっと後。で、何?」
視線を向けられたエクトルは思い出したように手を打って時計に目をやる。
「ロイク、ジョスラン、すぐに着替えて来い。夕飯食いに行くぞ。これ以上遅くなると混んで来るから急げ」
エクトルの言葉を追いかけるようにロイクとジョスランの視線が時計に向く。六時を回って間もなく。彼の言うとおり、少し急がなくては人が増えてしまう。
「すまない、すぐに着替える。ジョスラン、来い」
「別に僕行かなくてもいいんだけど」
ロイクに手首を掴まれジョスランは嫌そうに顔をしかめた。
「お前たちを待っていたんだ。早く着替えて来い」
「待っててくれなんて言ってないし」
「いちいちいらないことを言わないでいい。ロイク、早く連れて行け」
不機嫌そうな顔を崩さないジョスランの背中を押し、アガットはロイクとジョスランをリビングから追い出す。二人は二階の自室に向かいそれぞれ私服に着替えると、揃って降りてきた。正確には先に着替え終わったロイクがジョスランを無理やり連れて来た、の方が正しいが。
その間に出かける準備を整えていたエクトルたちと共に、一同は食堂へと向かう。
幸いピーク時は外れ、食堂にはそれなりに人が入っていたが、六芒小隊の周りは全てが空席になっている。それぞれが食事を楽しむ中、何か思い出したロイクが小さく声をこぼした。
「どうした?」
「いや、帰りにオーレリアから依頼渡されたの思い出して。詳しくは帰ってから話すよ」
ふらふらしながら帰ってきたのと出かけに慌ただしかったために、すっかり忘れていたようだ。仕事着の時に依頼の紙をたたんで入れた尻ポケットを一度探って、ロイクはまたパンをかじる。
「オーレリアァァ? あの究極ドジ女からの依頼なんて受けなくていいんじゃない? どーすんのまたAランクの仕事回されてたら。僕嫌だよ殺されそうになるの」
本日何度となく不機嫌な表情を浮かべてきたジョスランが、ここに来て最高に嫌そうな顔をした。しかしその発言にはアガットすらも注意を口にしない。基本的に人を好意的に受け止めるカリーヌも今は困った顔をしている。それだけ、ロイクに依頼を渡した相手は六芒小隊をはじめとした大半の前線構成員たちにとっては関わりたくない相手なのだ。
件の人物は新米仲介員の18歳の少女で、名はオーレリア・マルサス。明るく朗らかかつ人懐っこい性格をしており、頑張り屋で、会話スキルの高い、とても人付き合いの上手い人物である。
だが、超を百回つけても足りないほどのドジであり、彼女の手違いで自身に合わない依頼に行かされた者は数知れない。コミュニケーションスキルが高くなければ、あっという間に被害者同盟によってアルカンシエルから追い出されていてもおかしくないだろう。
ロイクも同じく困った顔をするが、パンを飲み込んでから一応フォローを入れた。
「大丈夫だ、ちゃんとランクは俺たちに合ったものだったし、正式に受理されたものだし、特殊任務でもない。それに、何でも六芒小隊宛に来た依頼みたいだ」
手違いでAランクの依頼を回され、一度本気で殺されそうになり全員ボロボロになって帰ってきたのはロイクにとっても痛い思い出だ。過去の教訓を生かし、今回は依頼詳細を徹底的に聞いている。
「フェリシーたちに? 名指しだったの?」
魚の骨と格闘していたフェリシーがフォークを下ろして尋ねてきた。どうやら他のメンバーも気になったらしく、ロイクは彼らを一度見回してから頷く。
「ああ。オーレリアがわざわざ渡してきたのも、その依頼書の上に〝六芒小隊〟と書いたメモがあったかららしい。依頼主の名前も町も覚えはないが、名指しで来たのなら受けるべきだと思って貰って来たんだが……」
まずかっただろうか。言外に込められた問いかけにアガットはふっと口元を緩めた。
「いや、いいんじゃないか。レベルが合っている依頼ならば受けて問題はないだろうしな。ご指名でいただいたのだ、張り切ってこなそう」
依頼元から指名される、ということはそれほど珍しいことではない。だが、それはあくまで上位の構成員たちの話だ。六芒小隊のレベルで指名され依頼されるというのは非常に稀であり、また光栄なことである。その意識は全員共通にあるため、誰一人として嫌そうな顔はしない。それどころか、やる気に満ちた表情を浮かべている。
「よし、じゃあ帰ったら細かい話を伝えるから、早速情報をまとめよう」
力強くロイクが決意を固めて拳を突き出すと、タイミングのズレこそあったが五つの拳が応じて突き合わされた。




