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【ヤンデレ溺愛】異世界転生、サイッコー!〜嫌われていたって構いません!〜【屈強褐色イケメン×平凡女】

掲載日:2025/12/10

「なろう小説における異世界転生は、仏教で()う極楽浄土、キリシタン文学における神の国へ(もう)でる物語の焼き直し、下賤(げせん)なパロデエである」


 どっかの誰かのありがたーいお言葉である。


「死して世界を渡り、新たなる世界で称賛承認名誉を受け、類稀(たぐいまれ)なる異性を(めと)る。

 肝心要は現世では与えられなかったありとある幸福を一身に受ける点だ。

 これを極楽浄土信仰、神の国へ詣でる物語と言わずしてなんとする。

 宗教が廃れた昨今でなおも、全能の支配者=神を渇望するは人類が未だ神のくびきから逃れられていないことの証左(しょうさ)に他ならない」


 小難しいことを(のたま)ってはいるものの、雑にまとめちゃえば「異世界っていいよね」ってこと。

 不特定多数が愛好する物語をわざわざ悪様に指すなんて、性格ひん曲がってないかしらん?


 ちなみに私も異世界に関しては一家言(いっかげん)ある。


 何を隠そう、語り手たる私も乙女ゲームの世界に「戦いの聖女」として転生したのだ。

 転生先のゲームタイトルは『わたしのために死ね』(略称『わた死』)。ジャンルは「泣けるラブロマンス魔法ノベル戦記」。平たく言えば十九から二十世紀くらいの魔法がある世界観で、兵士の男女がくんずほぐれつする乙女ゲームだ。


 しかるに、この物語の導入もかくあるべしだろう。



  *



 私と二等兵は空からの灼熱に襲われる。


 砂塵が舞い、()せた木々は傾ぎ、恐れおののいた獣たちが逃げまとう。


 私は周囲に目を走らせる。降り始めた夜の帳は禍々しい赤色に染まり、今にも私たちの命を狩らんとしていた敵戦闘機が、上空を飛行していた無垢な鳥どもが、花弁のように綺羅星(きらぼし)のように薄汚れた酸性雨のように、地へと地へと堕ちていく。


 一切合切を理解した私は、緩慢な動きで空を仰ぎ見る。


 血みどろに染まった空を後光のように背負って、その大男は空から降りてきた。


 遠目から見てもわかる、鍛え抜かれた肉体。

 クセのある黒髪と浅黒い肌はこの空に嫌でも映える。口端からのぞく八重歯は大男の印象をより獰猛なものにしていた。


 私は押し倒した二等兵を引き起こし、彼の頭についた砂ぼこりを払ってやる。


「もう大丈夫。英雄様が何もかも終わらせてくれたよ」


 二等兵は混乱しているらしく、頬を染めあーだかうーだか結婚してくださいだか言っている。錯乱してんなコイツ。


「おい」


 身をすくませる重低音が頭上から降ってくる。私たちの眼前に降り立った巨漢は、切れ長の瞳に険をためていた。


「戦場でサカられるとは。随分(ずいぶん)とまぁ良い身分であらせられますね、聖女様?」


 さてさて皆様ご覧あれ。

 この褐色肌の巨漢こそ、聖女たる私の護衛兼『わたしのために死ね』の攻略キャラ「オマ・エ=ヲ=殺シテオレモ・死・ヌゥ」だ。

 こいつに惚れられると問答無用で殺されるので要注意である。



  *



 みなさんの考えていることはよく分かる。


「異世界転生モノを読んでいたはずなのに謎の戦闘が始まったでごわ」


 頼むから待って欲しい。

 私とて同じなのだ。

 ゲームでは「バァーーーン!!」というテキストと立ち絵の上下運動だけで片付けられた戦闘が、転生した途端真剣に命のやり取りをしていてビビったクチである。

 私が感じた動揺と混乱をダイナミックに感じていただきたく記した次第である、何卒ご寛恕(かんじょ)いただきたい。


 オマ・エ=ヲ=殺シ『テオ』レモ・死・ヌゥ、略称『テオ』十九歳十九〇センチ男性の話をしよう。

 

 テオはこの世界におけるスーパーエリート君である。


 この世界において魔法とは、適性のある人間しか使えない遺伝性ツールだ。後天的に魔法が扱えるようになることはない。故に、魔法が扱える者はあらゆる場面で厚遇される。

 基本的にひとりの人間が扱える魔法はひとつもしくはふたつとされ、魔法系統も遺伝要素強め。

 たとえば、炎系の魔法が扱える血筋の者は炎系の魔法を扱える子が生まれる可能性が高い。


 テオは五種の魔法が扱えちゃうのだ。

 なろう主人公かな?


 彼を魔法界の麒麟児(きりんじ)と言わずなんとする。

 自然テオのプライドは高く物言いは居丈高。一言目は「あ゛ぁ゛?」、語尾に舌打ち口癖が「死ね」。お言葉遣いが完全にヤカラである。

 ここまでなら一般パワハラ野郎であるが、テオにはもうひとつの顔がある。


 テオの一族は「厭忌(えんき)たる血脈」と呼ばれ、仰々しい名前の通り生理的嫌悪の対象だ。壮絶な過去を持ち(詳しくは『わた死』非公式wikiを参考にされたい)、トラウマが癒えておらず周囲へ不必要なまでに敵対的な発言をしてしまう。粗暴な言動も彼にとっては救いを求める悲鳴なのだ。


 端的に言うと俺様系メンヘラゴリラである。


『わたしのために死ね』本編でも主人公に「今世τ″幸せレニナょゑ@ゎ……無王里ぃ……ナニ″カゝʖˋ殺すね?」と襲いかかってくるバーサーカーである。エンディングはふたつある(溺愛エンドと監禁エンド)が、生き残るルート分岐などない。ちなみに攻略キャラはテオひとり。ゲーム開発の台所事情を察し涙を禁じ得ない。

 現代日本でテオに会おうものなら、岩塩投げつけて逃亡が最適解となる。(最適解が法的に正しいものであるとは限らない)


 なお私は、『わたしのために死ね』主人公(聖女)の役回りかつ国王様からも「こいつと戦場で()ッてきて(笑)逃げたら晒し首だから(笑)(笑)」と勅命を受けている。

 死への道筋がここまで懇切丁寧に舗装整備されていることも珍しい。

 真面目な転生モノなら死を回避するために獅子奮迅(ししふんじん)の活躍を読者諸兄(しょけい)に見せびらかすのだが、この物語においてそんなこたぁ起こらない。


 なぜって?

 私は引くほどテオに嫌われているからだ。



  *



「俺は聖女様が死のうが生きようが心底どうでも良いのですが、あなた様に何かあれば俺の出世に差し障ります」


 カツッ、カツッ、カツッ。

 

 バロック様式の流れを()んだらしい大きな半円窓は昼前の日差しを空々しく運び、大理石の床は寒々しく、半裸の男女が描かれた天井を見れば首が痛くなる。


 カツッ、カツッ、カツッ。


 場面は変わり後方戦略都市部。冒頭の戦場から生き残りを連れ帰り、司令部へ報連相したのが昨日の深夜。私とテオは軍が接収した邸宅に待機を命じられていた。

 とても一般市民(パンピー)が所有していたとは思えないほど絢爛(けんらん)な調度品が並ぶお宅で、正直気後れする。

 そのお邸宅の中で比較的狭い一室(要人数名がもにょもにょ談合するにはちょうどいい部屋だ)、テオは刺繍が施された赤いソファへ体を預け、説教を垂れていた。


 カツッ、カツッ、カツッ。


「お願いですから俺の視界の届く範囲にいてください。あなた様はご自身の魔法を過信しすぎです」


 カツッ、カツッ、カツッ。


 説教の合間もテオがソファに取り付けられた木製の肘置きを、爪ではじき続ける。

 かくいう私は植物のレリーフが施された長机に座し、メシをしばく。

 報告のせいで変な時間に寝てしまい、少し食事の時間がズレていた。

 アルミのランチプレートに並ぶは、風味を殺された山盛りジャーマンポテトとゴム食感の焼き肉だ。味気ないが量だけはある。


 カツッ、カツッ、カツッ。

 

「聖女様? その耳はお飾りですか?」

洒落(しゃれ)てていいでしょ」

「実利に乏しければ意味がないですね」

「実利ばかりでは色気がなくてつまらない」


 私たちの会話はたいてい、テオが(すさ)まじい形相をして終わる。


 みなさんお気づきだろうか。テオが大変丁寧なお言葉を発していることに。


 詳しくは非公式wikiに書かれているが、テオには「嫌いな相手ほど(うやうや)しく接する」という設定がある。

 無理な突撃を命じる上官、「厭忌たる血脈」への差別心が人一倍激しい同僚などなど、彼はお育ちを感じさせない真っ当な振る舞いをする。ちょうど私に接しているような感じだ。わかりやすいですね。


 カツッ、カツッ、カツッ。


 皿に乗ってる固い肉を切るのに四苦八苦していると、テオが私からナイフとフォークを奪い取り一口大に切り始めた。ありがとう、と私が言うと見るに耐えません、とテオがすげなく返す。


 ダンッ、ダンッ、ダンッッ。


 手が塞がったテオは今度は(かかと)を鳴らす。完全に職業病だ。


 テオに嫌われた原因は薄ぼんやりと理解している。ご覧の通り性格のタイプ相性が悪いのだ。

 思えば、ファーストコンタクトからコミュニケーションの交通事故を起こしてた気がする。

 私は鮮烈に覚えている。


 テオ、めちゃくちゃデカかった。(今ももちろんデカいままだが)


 彼はタッパが十九〇センチもある。二次元ではお馴染みの身長だが、私は前世現世含め十八〇センチを越えた人間と関わったことがなかった。

 デカいだけならまだよかった。彼は筋骨隆々なのだ。足ひとつ取ってみても女性の腰くらいの太さがある。

「液晶画面で見るのとナマで見るのは迫力が違いますね」と心内茶化しつつ、視界の過半を占める肉塊(テオ)に対して確信したのだ。


 仲良くなれるわけねぇ。


 ビビり散らかした人間が取る会話が、どんなものになるかは察していただきたい。

 その後も肉塊と仲良くなるきっかけも仲が悪くなるきっかけも特になく、今現在の「うっすら苦手意識を持ってるしなんなら嫌い」という距離感に落ち着いた。

 メンタルへ継続ダメージが入る関係に思うところがないではないが、私はゲーム主人公の体を借りパクしている異世界からの異物(インベーダー)であるから、好かれないのは仕方ない。

 本物のゲーム主人公はすごいよ。テオの迫力に負けず尻に敷いたのだから。


 なんにせよ、殺したいほど愛されていないのだ、私は。


 肉を切り終えたテオはわざわざ私のとなりへ座り、一切れずつ私の口へ運ぶ。所謂(いわゆる)「あーん」ってやつである。

 食べにくいと訴えるも、実利ばかりでは色気が、でしたか? とテオの意趣返し。食事に色気があったら食気失せるよと私も意趣返し返し。


「で? あの二等兵とはどんな関係なんです」

「……誰のこと? 行きずりの関係だよ多分に駄文」

「言葉選びどうにかなりませんか」


 テオは肉を食べ終えた私の首根っこを掴み、ズルズルと赤いソファまで引っ張っていく。私をソファの端っこに座らせると、己は足をアホみたいに開いて傲岸(ごうがん)に私の肩へ腕を回す。狭い、と文句をつけても細く麗しい聖女様に至りましては丁度良いでしょう、と返される。


 カツッ、カツッ、カツッ。


 テオの指先は一定のリズムを刻む。


「聖女様の護衛という名の介護に疲れました」

「ウケる」

「顔面を握り潰してもよろしいでしょうか?」

「休暇申請は出したの?」

「ええ、先週あなた様と一緒に。あなた様の方は書類の不備で却下されていましたが。ウケる」

「書類の不備がないのにテオは申請通ってないの?」

「……」

「元気をお出しよ」

「……戦況が戦況ですから」

「あれ? 今ってそんなヤバいの?」

「……技術格差の問題は以前から。それに輪をかけ、独自の魔法を有している先住民族と敵国が協定を結び、さらに劣勢に


 カッ、  、   。


 テオの指先から広がる違和感。テオが私を抱え上げるまでコンマ数秒。


 状況は一変する。

 

「                !!」


 テオが何やら叫んでいるが、「音抜き」魔法のせいでほとんど聞こえない。クッッソ汚いスラングを吐いてることは確かだ。

 テオは半円窓を「融解(ゆうかい)」し、私を抱えたままバルコニーを疾走、そのままの高度と速度で「飛翔(ひしょう)」。私は下に視線を巡らす。

 ガクガクと血泡を吐き出しつ倒れる上官、危機に気付いて叫ぼうにも「音抜き」で声が通らない新兵、その新兵を背後から襲う敵兵、窓から突如現れる敵兵、敵兵、敵兵、敵兵。少なくとも五人の敵兵。

 片端から「融解」で敵兵の脳を溶かすも対処療法に過ぎない。


「  が、モグラよろしく地  掘ってき っ  よ!!」


 切れ切れながらもテオの発言でおおよその状況を把握する。敵は地下からやってきたのだ。


「老兵ばかり 、 だ何かあるぞ」


 テオが「融解」した敵は年老いた者たちばかり。次に響いたパンッという軽い音。


 食堂が爆ぜた。武器庫が火柱を上げた。馬小屋を炎の赤い舌が舐めた。兵士が火と手を取り真っ黒コゲのダンス・ダンス・ダンス。

 テオは足を止め、宙に浮く。彼の視線は空の彼方。誘導型の空撃砲。その数ざっと五十は下らないだろう。


 地は大火事空はミサイル。近現代的カタストロフイ。

 まさかまさかの大奇襲。科学と魔法の組み合わせえぐない?


 私の肩にテオの指が食い込む。「音抜き」の使い手が全員死したらしく、解放された音らが私たちの耳に迫る。


 テオの濃密な魔力が漏れ満ちた。テオの魔力は独特の匂いがする。ちょうど歯医者でかおる、薬品臭に似ていた。彼の魔力は匂いだけで鼻奥の臭細胞(しゅうさいぼう)を溶かすのだ。

 テオのセットアッププロセス中に私の「回復」の循環魔法式も組み終わった。あとは私が意識を失おうが体を消し飛ばそうが、脳が残っている限り、私は「回復」を吐き続ける肉だまりとなる。


 テオが片腕を高らかに掲げる。圧縮した魔力がテオの周囲で白光りを始めた。私は臭気に耐えきれず、目を閉じる。


「『おぉ、瞳! 宵闇(よいやみ)を閉じ込めた、卑近(ひきん)なる神秘! ありふれた魔性が私を捕らえて離さない、離すを望まない! おぉ、瞳よ!』」


 魔法を発現する方法は実に多様だ。私のように脳内でセットアップする者、構築プロセスの一環として歌や呪文を唱える者、その詠唱を省略するもの。

 一般に、脳内セットアップや詠唱省略より口頭で呪文を唱える魔法が強力とされる。


「『その瞳が、全てを溶かす!』」


 テオの半径十キロメートルの無機物・有機物が一瞬にして「融解」した。テオの「融解」はあらゆるものを液体へと変貌させる。

 科学の原理原則を無視したその魔法は、テオを極小の神へと担ぎ上げるのだ。

 土も火も人もミサイルも溶けてしまえば全て同じ。元ミサイルやら元炎やらは有毒な液体となって万物を濡らす。

 この範囲の「融解」を使えば、テオは魔力切れで数日間寝たきりになる。

 そこで私の「回復」だ。私の頭脳は即座にテオの体内に「回復」を滑り込ませ、枯渇した魔力を回復させる。目減りした魔力はオート式で「回復」。これが私の発明した循環魔法式。

 頭が少しぼやっとし始め、痛烈(つうれつ)な睡魔におそわれる。体内の魔力が急激に減じたため、生理的反応が生じた。たった一回の「回復」でこうなる、テオは大喰らいだ。


「……まぁ、でしょうね。第二波が来た。

 あと何回「回復」いけます?」

「百!」

「あと二、三回ってとこですね。寝てていいですよ。つらいんでしょう?」

「わかった」


 テオの「融解」により生じた液体の狭間から見えた、おびただしいミサイルを前に目を閉じる。


「死んでも恨まないでくださいよ」

「だいじょうぶ、しんだことあるし」


 私の意識のブレーカーはここで落ちた。



  *



 循環魔法式で気を失うと、頭の奥底に眠っていた記憶が蘇る。


 テオが私の正面に座り、湯気の立たなくなったコーヒーマグの取手に触れていた。彼は険しい顔で手元を見つめている。


 思い出したのはその光景だけだったが、その光景に紐づけられた情報が洪水のように溢れ出す。


 そうだ、一年くらい前、降ってわいたように休暇が与えられたのだ。

 故郷に帰る者が多かったが、テオは帰るべき故郷も会うべき両親も失ったと語る。

 それを憐れんだ私はテオと共に休暇を過ごすことにした。しかしながら、するべきことは何もなく、さりとて無為(むい)に過ごすことも苦痛に思われた。


 困ったテオと私は戦地から離れた街へ出た。


 戦争のせいで寂れた街だった。女子どもはより戦地から離れた村へ疎開し、目の落ち(くぼ)んだ男たちだけが街を行き交っていた。

 興味を惹かれるものや目を喜ばしめる店もなく、人目も(はばか)られたため(当時ですら私たちはそこそこに著名だった)、中心街から離れた喫茶店に入った。店主は客である私たちを迷惑そうに睨め付け、無愛想に奥の窓際の席を指した。椅子にはうっすらと白い埃が積もっていた。

 頼んだコーヒーは流行っていないなりの味がした。テオなど一口飲んだっきりである。

 私はテオを見つめていた。街に出てからテオは一切言葉を発しておらず、気詰まりだった。居心地が悪くて、会話の糸口を探していた。

 視線に気づいたテオが目線を上げた。長いまつ毛に縁取られた蜂蜜色の瞳に私が映る。

 その瞳を見、私は唐突に閃いた。


 この世界は美しいと。


 神鳴(かみな)りに撃たれたような衝撃だった。感情のみに立脚(りっきゃく)した、根拠も論理もないこの発想に私自身危うさを覚えた。その危惧(きぐ)さえ併吞(へいどん)してしまう激しい思い込みが私を支配した。


 街の人々、まずいコーヒーを出す店主、私を毛嫌いする眼前の男を考えられうる言葉、あらゆる語彙を用いて祝福し、誓う。


 私の全てを犠牲にしてもこの美しい世界を守る。そのために私はこの世界へ転生したのだ。


 視線が合っていたのは数秒足らず。とても短い、誰の記憶にも残っていないであろう他愛のない過去の一幕。私にとっては今後を決定付けた致命的な思い出。


 どうしてこんなに大切なことを忘れていたんだろう。


 背景の輪郭がぼやけ白んでいく。コーヒーの嗅ぎ慣れた匂いが失われ、店主が伝票を()る音も遠のいていく。

 目覚めの時間がやってきたのだ。

 最後まで私の記憶にいてくれたテオへ手を伸ばすが、触れた途端、彼は「もや」となり風景に溶け消えた。


 それが当然であるかのように。



  *



 しばらく自分が目を開いてるのか閉じているのかわからなかった。あたりが真っ暗だったせいだ。


 覚醒直後は金縛りに遭ったように指一本も動かせなかったが、数十秒後に思い至る。テオが私に(おお)い被さっているのだ。

 私は(うな)り声を上げ、かろうじて動かせる足や指先を動かす。


「重いよ、テオ。退けて」


 首をめぐらせると丁度(ちょうど)、テオの横顔がすぐとなりにあった。状況が(つか)めない。私はテオの耳へ何度かささやきかける。


「お願い。起きて。テオが死んだら嫌だよ」


 やおらにテオが首をもたげ、蜂蜜の瞳が私を捉えた。


「おはよう、テオ」


 私の声にテオは深いため息をつき、そのまま私を抱きしめた。テオは私の首筋に顔をうずめ、何度も顔を擦り付けてくる。髪が鼻や頬に触れ、テオの息がかかり、こそばゆくてたまらない。


「テオ、重いし苦しいよ」

「うるせぇよ! あんた、ずっと心臓止まってたんだぞ」


 テオはポツポツと経緯を説明してくれた。


 曰く、ミサイルによる断続的な攻撃は続いた。テオもその場に止まらず逃亡を試みたそうなのだが、逃亡中、眠っていた私が穴という穴から血を吹き出し心肺停止。魔力を回復できなくなったテオは窮地(きゅうち)に立たされる。

 最後は特大の「発火」であらゆるものを燃やし尽くし、魔力が底を尽きるまで「飛翔」し続けた。魔力がすっからかんになったのちもテオは私を抱え、飲まず食わずで歩き通す。

 少なくとも3回は日が昇り落ちた。

 魔力切れと空腹と寝不足と疲労からくる幻聴・幻覚に苦しめられながら、気がつけば見慣れぬ木々繁る山中にいたという。山をしばらく彷徨い歩き、空も伺えないくらい緑の茂った沢を見つけ、そこでテオは気を失った。


 その間、私の心臓はずっと止まっていたらしい。


 あんた限界だよ、とテオはぼやく。


 沢の魚は人慣れしておらず、道具に頼らずとも捕まえることができた。魚を食い散らかし、さんざんぱら沢の冷たい水を飲んで、私たちはようやくひと心地ついた。


「空撃で他の部隊が出張ってこなかったのも、お上のすったもんだのせいですよ。うんざりだ」


 テオの言葉が崩れている。彼も余裕がないのだろう。

 私たちは鋭い石ころが転がる川辺から離れ、くるぶしくらいの高さの雑草が生えた林床(りんしょう)へと移動した。テオは私を股ぐらに座らせ、背後から抱きしめたまま離そうとしない。鬱蒼(うっそう)とした木々の隙間から、わずかに日差しらしいものが感じられた。


「しばらく潜伏して、魔力が回復次第、情報収集に出ます。あんたは休息に専念しててください。ぜってぇ魔法使うなよ」


 私は自分の手のひらを見、握り拳を作ってみる。思ったより力がでないが、誰かの手を引いてやるくらいはできる。


「あんたの発明した循環魔法式に、あんたの体がついていけなくなったんですよ。あんたが生きてるのが不思議なくらいだ。

 もういいだろう? 潮時だ」


 足裏に力を入れる。足はずいぶんと細くなってしまったが、私は自分の足で歩いて行ける。


「あんた限界だよ」


 私は静かにテオの腕をはらい、立ち上がって数歩。振り返る。数歩離れただけなのに、テオは遠い存在に感じられた。


「テオ。テオはこの国から逃げた方がいいよ。そして、どこか遠くで幸せにおなり」


 テオはまなじりを下げ、苦悶の表情を浮かべていた。彼の顔を見て確信する。私たちは共にいてはいけないのだ。


「私は戦場に戻る」


 転生した意義を果たすために。



  ↑↓



厭忌(えんき)たる血脈」と呼ばれる存在は数百年ほど前、遊牧民族の迫害を受け、この国へ流入した民族である。自らを「神声を聞く者(メッセンジャー)」と称し、独自の宗教からなる他に類を見ない珍しい風習文化を持つ。

 税徴収人、金貸で財を築く者が多く、その財力を背景に政治の中枢へ躍り出た。彼らは同胞らに益をもたらす施策を打ち、その恩恵に浴した者たちは着実に人口を増やしていった。


 それを面白くないと考える者は多かった。


 王歴二一年、かの有名な「白亜(はくあ)の変」で王朝が倒れると、新王は人民の信任を得るため極端な政策を打ち出した。

 政治の中枢にいた「神声を聞く者」を全員打首に、「神声を聞く者」の税徴収人は今まで徴収した税を己の財産から人民に返済するように求めた。さらには「神声を聞く者」から借りた金は返済義務はないものとした。

 これは多くの人民が心内で願っていた政策そのものであり、新王は熱狂的な人気を集めたという。


 国は大いに乱れた。


 税徴収人の過半は「神声を聞く者」のため税は集まらず、「神声を聞く者」の金貸は再び借金が帳消しになるを恐れ、金を貸さなくなり経済は停滞した。流行病もあって、日に日に新王への批判は苛烈(かれつ)になってゆく。

 困り果てた新王は次の行動に出る。当時最新の活版技術を用いて風刺画をばら撒いた。


 曰く、生活苦は「神声を聞く者」が財を正しくないやり方で稼ぎ、人々から金を奪っているせいだ。

 曰く、政が成せないのは「神声を聞く者」が裏から妨害しているため。

 曰く、「神声を聞く者」が流行病を作り出しこの国を乗っ取ろうとしている。


 当時の人民はこれらを正しい情報であると認識、のちの世で浄化とも呼ばれる大虐殺を行った。

 この時殺された「神声を聞く者」は五十万とも一千万とも言われ、かの有名な童謡の一文「通りに犬あり 犬に乗りて子等は戯れ」は、この浄化で死体処理が追いつかず、通りにあふれた「神声を聞く者」の死体で遊ぶ子供たちを表現したものだ。

 この時代から「神声を聞く者」は「厭忌たる血脈」と呼ばわるるようになる。


 浄化から八十年以上過ぎた今も苛烈な差別は続く。「厭忌たる血脈」はごく限られた区域に住むことを余儀(よぎ)なくされ、許可なく外出することは法で禁じられている。「厭忌たる血脈」と結婚など論外。「厭忌たる血脈」の子を宿した女が実父に殺される事件もあった。

 職業差別はもちろんのこと、公教育を受けることも禁じられている。有志が「厭忌たる血脈」のための学校を開いた事例もあるが、虚言癖と妄想癖のある男が乱入し、教師生徒共々皆殺しにした。男は「厭忌たる血脈」ではなかったため、無罪を言い渡されている。

 己が民族は消滅すべきという思想を内面化している「厭忌たる血脈」も多い。その思想から「厭忌たる血脈」の妊婦集団自殺、嬰児(えいじ)殺害事件は珍しくなく、着実に「厭忌たる血脈」は人口を減らしている。

 人々から忌み嫌われている「厭忌たる血脈」であるが、彼らだからこその役割がある。その役割は国教の教義である堕胎(だたい)禁止と組み合わさると、より凶悪な力を発する。

 人はそれを「種絶の弾丸」と呼んだ。


 五種の魔法が扱える鬼才、オマ・エ=ヲ=殺シテオレモ・死・ヌゥたる俺は「厭忌たる血脈」の性暴行により産まれた。

 母は第三王妃、摂政の妹に当たる。

 母に仕えていた女官は摂政の政敵たる先王の血縁に当たる侯爵の息がかかった存在であり、彼女に騙され「厭忌たる血脈」の毒牙にかかった。

 説明するまでもなく王以外の男と交わるは王への背信行為であり、処刑されてもおかしくない。この事件に絡んだ者を全て(みなごろし)にしても、第三王妃の腹にはどうしようもない証拠がいた。しかし悲しきかな、第三王妃は敬虔(けいけん)な国教徒であり、教義に反した行いを犯せるはずもなかった。


 かくして母は俺を産む。


 産まれたと同時に殺される予定だったのだが、俺は産まれたその時から魔法が扱えた。首にかけられた縄を、俺は「発火」で灰にしたのだ。魔法が発現するのは通常、どんなに早くとも五歳から。

 目を見張るべき早熟の天才。殺すのが惜しまれる逸材。

 結局、俺は生かされた。王都から離れた修道院の地下へ幽閉され、ひたすら魔法の訓練を受けた。六歳で指導と称し暴力を振るっていた家庭教師を魔法で全身火傷の重傷を負わせる。

 七歳、いよいよ俺の癇癪(かんしゃく)は手のつけられないものとなり、追い出すように士官学校へ入学させられた。十歳から入学する者が多い中、対人能力が極端に低く、文字も読めない「厭忌たる血脈」の流れを汲む子供が、どのような扱いを受けるかは言及するまでもない。

 深夜、突き落とされた肥溜めの中俺は誓った。


 軍務大臣になろう。


 大臣の中で唯一軍人から選出される役職であり、軍の最高指導者である。任命は王直々に賜り、その際周囲には護衛がつかない。「禁止」魔法も発動されない。その日授業で習った浅い知識が俺を奮い立たせた。


 任命式で王を殺す。


 不条理な差別を生み出した者を殺す。俺が生きにくいのは、この国の頂にいる者が怠惰であるからだ。

 殺す。そのために俺は軍の頂点に立つ。


 その日から俺は変わった。

 授業は誰よりも真剣に受け、睡眠時間を削り魔法の鍛錬と肉体作りに勤しんだ。魔法を三つ扱えるようになったのもこの頃である。才能と努力が噛み合って、開校以来最速の三年半で魔法騎士の試験を合格し士官学校を卒業、魔法騎士団へ入隊。

 対人関係もある程度理解が進んだ。攻撃される前に攻撃する。挨拶と威圧は同時に行う。舐められたら丁寧に「お礼」をする。


 転機は十五歳で訪れる。


「戦場」の名を(かん)する聖女の単独護衛任務を軍務大臣直々に命じられたのだ。

 戦闘魔法訓練で歴代記録を塗り替える成績こそ叩き出していたが、階級は学校卒業からひとつも上がっておらず、未だ戦場は未経験。上官からの覚えはよろしくない。


 なぜ鼻つまみ者の自分に?


 聖女は国教会から任じられた「回復」魔法を持つ貴族の子女に与えられる役職である。聖女にまつわる伝説は多く、彼女らにちなんだ祝日も存在する。国教会の信仰の源と言っても過言ではない。平たく言えば要人である。


 なぜ?


 それなりの手間をかけ調べると、面白くない事実が浮き上がった。

「戦場」の聖女の家系は過去に四人の聖女を輩出しており新たなる聖女を誕生させんと、半世紀以上前から血縁同士での婚姻を繰り返していた。

 かくして待望の「回復」魔法を持つ女が誕生する。

 

 問題は娼婦の胎から産まれたことだ。


 当主と妻の間には五人の子がいたが、子らは「回復」どころか魔法自体扱えなかった。

 夫の種は悪くなかった。問題は畑、胎である。徐々に当主の妻の言動が怪しくなり、娼婦の子が養子入りしたことで、完全に「おかしく」なってしまったそうだ。

 漏れ聞こえる話ひとつひとつ、すべてが陰惨(いんさん)だった。見かねた国教会が聖女を修道院へと進言するものの、国教会の権力伸長を恐れた摂政と先王勢力が反発。落とし所として聖女は軍の預かりになった。


 そんな中、摂政側の人間である俺を(表向きはどこも属さない一般兵であるが)護衛につけた。様々な思惑を邪推してしまうのは当然である。

 複雑な立場に置かれた聖女を同情すべきだったろうが、当時の俺に他者に気を割いてやる余裕はなかった。むしろ、出世のためであれば彼女を殺害する覚悟を固めていた。


 数週間後、東部軍司令部の一室にて聖女との顔合わせが行われた。

 華美(かび)な装飾は一切ない、実用と実務だけを意識して作られた長方形の一室。のっぺりとした漆喰(しっくい)の壁が、より部屋の雰囲気を無機質なものにしている。聖女は木製の扉に背を向ける形で、椅子に腰掛けていた。

 艶やかな長い黒髪を品よく複雑にまとめ上げ、その髪間からのぞく白いうなじがやけに印象的だった。

 俺の気配に気がついたらしい彼女が振り返る。

 形の良い額と愛嬌のある目元。ほんの少し丸い鼻は人懐っこそうな印象を与える。

 これまでの人生で女と関わりの薄い生活を送ってきたせいだろう、彼女を見るなり俺は動けなくなってしまった。息を飲んだっきり呼吸がままならず、目を離せなくなっていた。

 彼女は無表情で俺に近づき、何事かを口にした。耳触りの良い声だと思いつつ、つい、普段の調子で「あ゛ぁ゛?」と返事をしてしまう。


 彼女は泣き出してしまった。


 俺は少なくないショックを受ける。

「厭忌たる血脈」の血が流れた男など嫌悪の対象でしかないと理解しているが、頭部を思いっきり引っ叩かれたような衝撃があった。

 その日はそれで終わり。俺は何故か神経が高ぶってうまく眠れなかった。

 翌朝には聖女への怒りが湧いていた。いつまでも泣かれたままでは護衛任務に差し障りが出る。面倒とすら思うようになっていた。

 その日の訓練後も聖女との面会が組まれている。自由時間が削れる苛立ちを覚えつつ、昨日と同じ会議室で聖女と会うと、開口一番に宣った。


「死・ヌゥさんって呼んでいい? 呼ぶね。

 この先いちいち私にビビられながらコミュニケーション取られるのダルくない? 私はダルい。

 だからさ、第一声『あ゛ぁ゛?』やめてもらいたいの。それだけで死・ヌゥさんの印象、マイルドになるから。お願いできる?」


 昨日泣いていたとは思えない、半ばヤケになったような言い回しだった。思わず「あ゛ぁ゛……?」が口をついて出た。以降、俺は彼女と面会するたび「お願い」をされるようになる。


「舌打ち、私がビビるからやめようね。私が泣いたら厄介ですよ死・ヌゥさん」

「死ね禁止! 怖い!」

「出会い頭の威嚇(いかく)やめようか」

「喋らなければ良いってわけじゃないからね。メンチ切るのやめてね」

「汚い言葉遣いがクセになってるの! 死・ヌゥさん、そのままだと本当にひとりになっちゃうよ」


 これまでの人生でこれほどしつこく言動の指摘を受けたことがなかったため、彼女へ大いに反発した。彼女は半泣きになりながらも俺への注意を止めようとしなかった。


「大きすぎて怖かったけど、椅子に座るとお互いの視線が近くなるからいいねぇ。いややっぱ椅子に座ってもデケェや死・ヌゥさん地べたに()いつくばって」

「軍人さんたちって毎日お風呂入れないの?」

「ねぇ、死・ヌゥさん。ヌゥ君って読んでいい? 呼ぶね」


 女性経験のない俺だが、彼女が風変わりな女であることは早々に気がついた。

 愛嬌のある顔つきで気づきにくいが、ほとんど表情を変えていない。笑うこともあるが、目は笑っていない。


「家族のことをどう思ってるか? 意外と踏み込んだこと聞くんだねぇ。

 この年まで育ててくれてありがとうって感謝と、異物が家をめちゃくちゃにしてごめんね、かなぁ。

 望んだ答えではなかったかな? 恨み言でも吐くと? ハハ、残念だったね」

「一番可哀想なのは本家の子だよ。魔法所持者としての訓練……もはや教育虐待に近いことを親や周囲にされてきたのに、誰も魔法が発現しなくて。で、よくわからん奴の胎で産まれたやつが全部かっさらってったんでしょう?

 それは、うん。仕方ないよ。井戸に突き落とされた時は死ぬかとも思ったけど、生きてるし」

「私がサンドバッグになって全部解決できればよかったんだけどね。なかなかうまくいかないよね、家族って」


 自己犠牲の精神が強く、良くも悪くも自身を「軽く」扱う。他を思いやり尽くす姿はなるほど聖女然としているが、言いようのない不安定さをはらんでいる。


「私の『回復』、すごいんだよ! なんとね、魚の目を治せます! 現代日本だったら無双してたね! まぁ治した後私が魔力切れでなんもできなくなるんだけども」


 彼女は意味のわからないことを意味がわからないように話すため、彼女の言葉を正しく理解することは不可能に近い。

「回復」魔法に関して俺も調べたが、歴代聖女の中でもしょうもない部類の能力である。


「へぇ、この世界、『冒険者』がいる異世界なんだ! でもやってることといえば毛唐の蛮族共(コンキスタドール)そのものだね」


 教育の機会を与えられなかったせいか、貧民街に転がる子どもですら知っている一般知識が欠けている。


「大国の支配を受けない地域を未開の地と呼んで正しき知識である国教会の教えを説く。征服じゃないもん布教だもんのリクツだね、素敵だ反吐が出る。抵抗する場合は武力を用いることも辞さないと。

 ははっ、どこの世界も変わらない! そりゃそうじゃん僕らにゃ等しく赤き血潮が流れてる!」

「男は『ゴブリン』、女は『苗床』、子は『スライム』? ……あぁ、人間なんて肌という筒に包まれた液体ですからね。ナイフなんかで刻めばスライムみたいにどーろどろ。やっぱり同じ人間と思うのはしんどいよね。この手の欺瞞(ぎまん)大好きだなぁ、前時代的で。令和キッズだから卒倒しちゃいそう!

 やっぱり二度の大戦を経験しないと価値観アップデートはできそうにないね。あの日あの時流された血は無駄ではない傍証(ぼうしょう)になって、いやぁよかった」

「で? 我々の国は魔法所持者がそれなりにいたから、それにあぐらをかいて技術へ投資を怠ってて? 他国との技術格差がとんでもないことになってて? 他国からの技術提供の話もあったけど特権化した魔法所持者側、つまり先王側が影響力が減ずるを恐れて猛反発。技術提供の話はおじゃん。

 さらには冒険者様が国境沿いの土地をチクチク攻めてて、高まる緊張感、今まさに開戦! って感じなんだ。ふーん。

 亡国RTAでもやってる?」


 常識こそないが、軽く説明しただけで異常な速度で物事を理解する。思考回路が常人のそれと異なっている。別世界からやってきたと言われた方が納得できてしまう。

 彼女はあらゆる点ででたらめだが、確信を持って言えることはひとつ。


 この女、かなりの性悪である。


「キチク・メガネェ上官、流石です。ご先祖様に感謝、感謝ですね」

「キチク・メガネェ上官って存在感があって素敵です」


 上記の発言は「貴族の家系だから上層部に登り詰めただけのデブ」を柔らかく表現したものである。つまり皮肉だ。

 皆この女の容貌に騙されているが、たびたび喧嘩を売っているとしか思えない発言を平然と吐く。たまに俺にも皮肉を発しているらしく、気づかないでいると「皮肉なんだけど」と頬を膨らます。


「聖女だからって神を信奉してるとは限らないでしょうに。

 神の存在自体は否定しないよ? 私も以前、女神にあいまみえたからね。

 ま、君らの云う神とは異なる邪神だけども」

「教えて欲しいな。出会ったことも見たこともない神を信奉する屁理屈を。

 私はね、信仰するために無理やり生み出した言い訳を聴かせてもらうのが大好きなんだぁ」


 この女は聖女にあるまじき発言をする。うっすらと周囲を見下し、あらゆる信念や道徳のかくあるべしを冷淡に嗤う。


「知らせ? 何? ふぅん、私の義姉殺されたんだ。お気の毒。

 ……何か言いたげだね? もっと言葉を重ねて哀悼の意を示した方がいいのかな。家族を失って泣いてる私を見たいの? そうだとしたら君はとてもとても悪趣味だね」

「それなりに地位のある家に生を受けたんだもの、暗殺のリスクはつきものでしょうに。

 かわりに他者より恵まれた生活を享受してるんだ、いわばトレードオフの関係だぁねぇ。

 諦めよう」

「冷たい? そうか、ヌゥ君は家族を失ったらゲボ吐くほど悲しむべきだと思ってるんだね。

 ヌゥ君はピュアで可憐(かれん)だね。そして無知だ。

 可憐な君の心象が良くなるなら、義姉のために涙を流すよ。えーんえん。これで満足?」

「家族なんて近い血が流れてるだけの他人でしょうに。他人に何を期待しているの?」

「永遠の愛を誓った恋人たちだって新しい恋の誘惑には抗えないよ」

「君が対人関係に理想を抱くは素晴らしいことだ。拍手喝采!

 理想通りでないからといって()ねないでくれ。一応こっちの世界ではヌゥ君の方が年上なんでしょう? 大人の余裕を見せて欲しいね」


 家族であっても無関心であり、他人に興味がない。故に耳障りの良い言葉を吐ける。

 彼女の言葉は腐りかけの果実を思わせる。芳しい香りに騙され口へ含んだら最後、穴が開くような激痛が走る。


「そうか、こちらの世界は公正なる神に支配され、真実の愛はいづこかに存在するんだね。

 失言だ、私が悪いね。謝罪するよ」


 対立が生まれそうになれば、自分に非があるとして会話を打ち切る。衝突を嫌ってではなく、単に面倒くさいのだろう。顔にそう書いてある。


「ハッ、次は義弟君が死んだんだ! あの子はまだ、九つにもなってなかったのに!

 我が家は奸計(かんけい)はびこる恐ろしい家だなぁ」

「……真っ先に死ぬべきは異世界からの異物だろうに。未だ何も成せていない転生者に、存在価値はないのだから」


 最初こそ自己犠牲の塊に映っていた彼女が、真に信奉している価値観は「己は無価値」というもの。

 自分に価値がないから雑に扱う。自分を犠牲にして解決するなら真っ先に自分を選ぶ。なぜなら自分が誰よりも生きる価値がないから。それが一番合理的だから。それは自己犠牲と似て非なるもの。思考停止の亜種に過ぎない。

 厄介なのが「自分は無価値であるから、他人や他人が抱えている信仰も同様に無価値である」という思想とひとくくりになっている点だ。


「魔法の訓練付き合ってくれてありがとう。ヌゥ君、人教えるの向いてるよ。

 理詰めで考えてるから説明が論理的だし、なにより根気強さが違うもの」

「えっと、魔法はそのままだと軍事転用・民事利用できないものが多い、から魔法式? ってやつで出力の方向・威力・範囲・効力を調整してるんだ。自転車の補助輪みたいだね。

 私がつけてる指輪にも魔法式って刻んであるんだ。ヌゥ君読める? ……へぇ、方向を調整する魔法式なんだ。

 ふーん、魔法式経由すると多少効力が落ちると。それでも大概の人が魔法式使ってるんだねぇ。うーん、なろう主人公が超絶魔法式を発明して億万長者になってそう。私そういうのできないけど。

 ……ヌゥ君魔法式使ってないの? もしかして天才だったりする?」

「ヌゥ君ってさ、約束はきっちり守るし規律を重んじる社会的パーソナリティを持ってるのに、言動のせいで反社的パーソナリティだと思われてるのもったいないよね」

「ヌゥ君、風呂最後に入ったのいつ? 濡れそぼった野犬みたいなかわいいにおいがするなって」


 半分とはいえ「厭忌たる血脈」の血が流れる俺を変に毛嫌いしない。民族的特性ではなく俺個人を評価しているかのような言動をする。


 騙されてはいけない。

 彼女の本性を忘れるな。


「軍の偉いさんがね、退屈させては悪かろうって巷で流行りの恋愛小説を何冊か持ってきてくれたんだけどさ、私、文字読めないんだよね。

 ね、ヌゥ君。読んでよ。それで文字勉強するから」


 彼女がせがむので談話室を貸し切り、部屋の隅の椅子に座す。彼女は俺の隣へ椅子を運び、机上の本を覗き込んでいる。彼女の吐息が間近で感じられた。俺は何故だかむず(かゆ)くなり、どもり、つっかえ、読み間違えてしまう。

 一ページ目も読み切らない内に彼女は言った。


「読むの早いよ。単語ひとつひとつ指差しながら読んで。ほら、手を貸して」


 彼女が俺の人差し指を握る。体がさらに密着する。


「こんな風にさ」


 紙面に並ぶ単語へ指が落ちる。

 想像以上にほっそりとした指のせいだ。額がぶつかりそうなほどの距離に彼女がいるせいだ。腕に何か柔らかいものが当たるせいだ。俺の頭は真っ白になる。


「あっごめん胸当たった」


 彼女がスッと身を引く。


「わざとじゃない。ごめん。セクハラで訴えないで。ここを追い出されたら行き場がないんだ。頼むよ。ごめんって」


 俺は身じろぎもできず、ただ彼女の顔を見つめるばかり。顔が妙に熱かったのを覚えている。

 しばしの間。彼女は柔らかく目を細めた。


「すけべ」


 拒否し否定するのだ、彼女の全てを。


「今まで何を読んできたのヌゥのバカ!」


 数週間たっぷりかけて本を読み終え、素直な感想を述べたら平手が飛んできた。直情的な馬鹿は家庭に閉じ込めておくべきだ。


「クライマックスでふたりが結ばれなかったのは、ヒロインの成金の両親が、経済不況の(あお)り喰らって自殺したり、ヒロインがアル中になったりさ、あったじゃん。

 もうあの頃の可愛いヒロインは存在しないって、地の文でも書いてあったでしょ。

 そういうストーリーラインだけど、個人的には主人公の責もあると思うんだよね。

 確かにヒロインは変わっちゃったよ? でもさ、変わらない部分も確かにあったんだよ。なにより、ヒロインは主人公を想い続けていた。愛していたんだよ。

 どっこい、主人公は過去の思い出に固執(こしつ)した。彼にヒロインを受け止める柔軟さが少しでもあればよかったのにね。

 ……いや、確かにそういうストーリーだったよ。私の妄想って言いたいの? 読み直そう、私の全身全霊を持って君を叩き潰す」


 俺たちは同じ本を何度も繰り返し読み直す。彼女は文字を多少読めるようになり、俺はこの小説を(そらん)じれるようになった。


「ヌゥ君、ごめんだけどくっっせぇの! 扉開けた瞬間にヌゥ君いるかどうか分かるくらい体臭すごいの! 超攻撃的かつ拡散性なの!

 風呂! 風呂入るよ! 風呂フロふろ風呂風呂! フロ!!」


 俺は強引に浴場へ連れられ上着を剥かれる。腰から下は穿()かされたままだったが、この女の奇行に混乱した。軍内で妙な(うわさ)を流されたらどうするつもりなのだろう。


「体洗うのって水で流すだけじゃダメなの! 石鹸(せっけん)使って洗ってないでしょう? それじゃあ古い皮脂は落ちないの!」


 彼女は冷水か熱湯しか出ないシャワーの水を桶に溜め、水を心地よい温度に調整する。それを何度も俺の頭へ注ぐ。

 持参したらしい石鹸を丹念に泡立て、頭皮をほぐすように俺の髪を洗う。彼女の指が俺の髪を()くたび胸が甘く震える。

 俺は顔も知らぬ母を何故か思い出し、涙をこぼしていた。


「痒かったり痛かったりしたら言ってね。

 私にはどうすることもできないけど」


 幸いなことに、彼女は俺の涙に気づいていない様子だった。彼女の指の体温を感じることで初めて、自分と同じように他者が生きているのだと実感した。


 思い出せ、彼女の本性を。


 彼女は人の顔色を(うかが)い、他人の望む言葉を吐く化け物だ。

 彼女の思想は空疎(くうそ)だ。空疎ゆえあらゆる思想に染まり鞍替えする。確固たる意思なく怠惰に暮らす、生きた屍だ。

 彼女の後ろ姿からは虚無が薫る。深く関わってはいけない。あの虚無に飲み込まれてしまうから。


 拒絶せねばならない、愛してはならぬ!

 直感がそう叫ぶ。


「一度流そうか。お湯が入らないように両手で耳を塞いで。目も閉じてね」


 内なる叫び声から逃れるため俺は耳を塞ぎ、目を固く閉じた。

 認めよう。この女は俺を引っかき回す。ともすれば人生ごと台無しにするだろう。

 もういい。それで構わない。俺は悟ったのだ。頭皮に触れる指先の、この体温がなければ生きていけないと知ってしまったのだ。


「ほーらお湯も滴るいい男だ。まだクッセェから洗うけど。年頃なんだから多少は身だしなみに気を使いなさい。いつ運命の人に出会えるかわからないんだから。

 ま、不安がらなくていいさ。大概の人間は運命の人に出会えず生を終える」


 彼女の悪辣(あくらつ)な発言に耳を犯され続けたい。どんな笑顔よりも、この仮面を貼り付けたような無表情を浴び続けたい。

 その黒き双眸(そうぼう)に映るものが、俺ただひとりであり続けて欲しい。


 俺の人生をめちゃくちゃにしてくれ!

 この日、俺は壊されてしまった。


 その日から荒々しい言動を封じ、ですます調の丁寧な言葉遣いを心がけた。そのようにすれば彼女の歓心(かんしん)を買えると思ったから。

 その日から何かに理由をつけ彼女のそばへはべるようになった。そうすれば彼女を瞳へとどめておけるから。

 その日から流行の恋愛小説を買い漁るようになった。これらがあれば彼女と共に過ごす時間が増えるから。

 その日から彼女を愛するようになった。彼女に愛されたいと願ったから。


 変化が起こり始めた。


 言動を正すと無用に絡まれる機会が減った。

 給与の大半を恋愛小説に当てていることを知った妻子持ちの兵から娘が飽きたから、と本を譲ってもらえた。

 彼女の表情が変わった。相変わらずにこりともしないが、どこか顔つきが穏やかなのだ。濁流を思わせる話は鳴りをひそめ、(ぼう)と俺のとなりに腰掛ける機会が増えた。

 俺は彼女を直視できず、床を()めつ脳裏に焼きついた彼女の瞳を思い出す。黒真珠よりも麗々しく光る瞳。


『おぉ、瞳! 宵闇を閉じ込めた、卑近なる神秘! ありふれた魔性が私を捕らえて離さない、離すを望まない! おぉ、瞳よ!』


 とある一節が口をついて出る。


『その瞳が、全てを溶かす……』


 彼女が俺の腕に体を預けてくる。上目遣いの彼女は静かに微笑んだ。


「それ、初めて一緒に読んだ小説だよね? 気に入ってるんだ。

 嬉しいよ、何故だかとってもね」

「ね、ヌゥ君。テオって呼んでいい? 呼ぶね」


 愛称で呼ぶのは家族か、恋人だけだ。

 この女は、餓鬼でも知っているような常識を持ち合わせていない。


 俺が十七、彼女が十五。戦争が激化し、猫も杓子(しゃくし)も戦場へと駆り出されるようになると、俺と彼女はとある分隊が結成され配属された。主な任務は戦地へ慰労に回る聖女様の護衛だ。皆この分隊を「子守り」と揶揄(やゆ)した。


「隊のみんなすごいよ。リーダーは反骨精神の擬人化、副官は疑心暗鬼の一匹狼、あとは変わり者ギークと運動神経ゼロの秀才! よくもまぁ、生え抜きのクセ強ばかり集めたねって。

 みんなと話してみたけど、うん、気のいい人たちばかりだったよ。ね、みんなでご飯に行こう。結成のお祝いに」


 数日後、町の酒場で宴が開かれた。


「忙しい中、集まってくれてありがとう!」


 忙しくねぇよ、と温和な野次が主催の彼女に飛ぶ。


「もうお互いの顔と名前は知ってるだろうけど、改めて自己紹介します。私から! 聖女です。軍サーの姫やってます。対よろ」


 意味がわからないが大ウケしたので、きっと良い挨拶だったのだろう。


「俺はドアマン・パタ=パタ。階級は少尉だ。上司を殴って降格後、この分隊隊長を命じられた。俺と関われば出世に響くと言われている。関わらない方が……と、言いたいところだが今更だな。

 よろしく頼む」


 滑舌が異常に良い大男が後ろ手を組んで挨拶をした。実に軍人然とした所作と、律儀に撫でつけられた金髪が男の性格をよく表している。


「うぃーす。マ=スク・ホワイトっす。階級は軍曹。軍の射撃大会じゃ上位常連の有能っすが、色々あって降格アンド左遷の黄金ルートキメました。よろしくぅ」


 軍規に引っかかりそうな長髪をもてあそびつ男が自己紹介する。軽薄な雰囲気を身にまとっているが、一分の隙もない。俺でさえ組み手で勝てるか怪しい。


「フヒッ。ぱ、パッソ=ト・クイ……。階級は伍長……。ぐ、軍に入れば、科学機器をいじ、いじり放題だと聞いて……。へへっ、倉庫、ふたつほど吹っ飛ばしたら、つ、次は自分が飛ばされましたっ……。

 今のわ、笑いどころです。フヒヒ。大概の機械は扱えて、ば、爆弾なんかはお手のものなんで……。へ、へへ。よ、よろしく……」


 猫背の太っちょがへこへこと頭を下げる。芋虫のような指で分厚い眼鏡を押し上げる仕草が目につく。


「自分はトマト・マト=マト……です! 二等兵です! 学問の道を志していましたが、弟たちの生活を工面するために入隊しました!

 運動がからきしで、どこの隊でもお払い箱となり、今日からこちらの隊でお世話になります! よろしくお願いします!」


 線の細い小男が一礼する。自信なさげな挙動に反し、意思の強い瞳が印象的だった。

 彼女が俺を小突く。俺に挨拶の手番が回ってきた。戸惑い、緊張しつつ最低限の自己紹介をすると、まばらであたたかい拍手を受けた。


「よっ、「厭忌たる血脈」の問題児!」

「その言葉は差別用語だ。以降控えなさい。問題児であるのは事実らしいが」

「オマ・エ=ヲ氏〜! い、いやね、貴重な魔法所持者、し、しかも複数の魔法が使える天才が目の前に!

 科学機器と魔法の相互作用実験が、は、捗るぅ〜! 感謝かんしゃ、フヒヒヒヒ」

「魔法騎士の方とは駐屯地から何まで違いますから、有り難い機会ではありますよね。僕も興味があります」


「厭忌たる血脈」への対処は二通り。「厭忌たる血脈」である事実に一切触れず()れ物のように接するか、俺の存在ごと無視するかだ。

 そのどちらでもない対応に俺はえもいえぬ感情を抱く。どう反応すべきかまごつく俺に、そっと彼女が耳打ちする。


「ね? 気のいい人たちばかりでしょう?」


 なみなみと注がれた酒杯を手渡され、彼女の音頭で乾杯をする。

 その後はこの店は何がおすすめだとか、休日の過ごし方だとか、取り止めのない、ごく「普通」の会話が繰り広げられた。「普通」から排除され続けた俺にとって衝撃的な体験だった。

「普通」に包まれて俺は知ってしまう。


 俺の真の望みは軍務大臣になることでも、王を弑虐することでもなかった。

 俺の望みは、ただこうして、人の輪に入り、「普通」に絡め取られてしまうことだったのだ。

 俺は「普通」でありたかった。


 この分隊は一ヶ月後の病院慰問時、奇襲を受け壊滅する。


 この奇襲はのちに「マルベリカの戦い」と呼ばれ、敵味方のみならず民間人まで巻き込んだ戦いとして歴史に刻まれる。


「オマ・エ=ヲ魔法騎士の「発火」の魔法って、炎を発生させ物体を燃やしているのですか? それとも物体もしくは大気の温度を操っているのですか?

 ……これは意味のある問いです。もし後者であれば、発火以外にも応用できる恐ろしい力です」


 トマト・マト=マト二等兵は異変に誰よりも早く勘付いたが、生来の運動音痴のせいで逃げ遅れ、瓦礫(がれき)の下敷きとなり死亡。


「皆、科学機器を魔法の使えない兵の、せ、戦力補助と見なしていますが、ほ、本来であれば、オマ・エ=ヲ氏くらいの、ま、魔法エキスパートほど科学機器を、し、使用すべきなのですよ。どぅふふ。

 お、オマ・エ=ヲ氏の「発火」がトマト氏の言う、無から炎を生み出すものであるならば、燃料を必要としない、か、画期的なエネルギーですぞ。

 オマ・エ=ヲ氏は、ま、魔法の威力と魔力の効率化に注力しておられますですが、ふふふっ、もっと己の魔法を、け、研究された方が、どゅふふふ」


 パッソ=ト・クイ伍長。敵の最新型兵器たる毒ガスに巻かれて死亡。


「俺ぁ目が良いんすわぁ。姫さんとあんたをこの目で守ってやるよぉ」


 マ=スク・ホワイト軍曹。最期は弾が尽きたところを敵戦闘機に狙い撃ちにされた。


「皆おおいに、自由に、存分にこの隊へ尽くしてくれ。なぁに、責任は俺が持つ」


 ドアマン・パタ=パタ少尉。単独で敵陣に飛び込み敵を撹乱(かくらん)。俺と聖女が敗走する時間を稼ぐことに成功するものの、蜂の巣にされ死亡。


「嫌われ者アベンジャーズが成り上がる物語は最高にホットでクールだ。ここから私たちの物語を始めようか」


 彼女は「マルベリカの戦い」を命からがら逃げ延びるも、発狂した。




「私は無力であることを証明するために異世界転生したんじゃない!」



 マルベリカの戦い後、彼女の言動は一変した。


「言っていた、女神は確かに言っていた! 私にはこの世界で()すべきことがあると! この国の人命を、私なら救えると! 救えない! 仲間も救えない私に、世界は救えない!」

「救え! 世界を守れ! さもなくば秩序を乱すだけの特定外来種だ! 害虫、害虫になる!」

「無能! 無能! 無能!」

「無価値だ! 何もかもがだ!」

「女神よ、私を選び取った転生の女神よ! 私は何を成せばいい? どうか神託(しんたく)を、道を差し示してください。私をこの世界へ産み落とした意味をお教えください……」


 他者へ向けられていた皮肉は己にのみ向けられるようになり、会話が噛み合わないことが目に見えて増えた。突然叫んだかと思えば、猥雑(わいざつ)な単語を延々とつぶやいている。謝罪の言葉を述べながら頭を壁へ打ち()え、かと思えば静かに涙をこぼすのだ。


「女神よ、これが前世で自死を選んだ罰なのですか」


 公務も果たせなくなった彼女を、軍は片田舎の修道院へ移送した。左眼と右脚を失った俺も、軍務に能わずとして彼女に随行した。

 (つた)の絡まる廃屋同然の修道院で、痴呆の老司祭と気狂い女を負傷兵が介護する陰鬱(いんうつ)な生活が始まった。

 快復(かいふく)の見込みのない三者が一堂に会する、この世の終わりのような毎日だった。日々悪化していく戦況も、どうしようもない閉塞感に拍車をかけた。

 そんな生活が数週間ほど続いた。


 突如として彼女は「聖女」として覚醒する。

 否、覚醒してしまった。


「私は自分のささくれを治せるんだよ。自分の体に干渉できるんだ。

 私は他者の魚の目を治せるんだよ。他人の体に干渉できるんだ」


 光も入らない、四方を石壁で覆われた修道院の最奥部。本来は罪人を幽閉するための部屋で、彼女は壁へ顔を擦り付けぼやく。


「その他の疾患(しっかん)も治療できるが、魔力不足が原因でそれ以上の治療ができない。問題は魔力不足のみ。

 では魔力が枯渇すると同時に、自分の魔力を回復させれば?

 魔法の出力補助として使われる魔法式、その魔法式で成せないのか?

 先行研究は? 魔力の増幅、倍増、二重発動、循環……。二重と循環?

 ……Excelの複数関数と循環参照」


 彼女がぐるぐるりと首を(めぐ)らせる。彼女への食事を運んでいた俺と目が合った。


「ねぇ、テオ。魔法式ってこの国の言葉じゃないとダメなんてことはないよね?」


 その日の夜である。修道院に彼女の魔力が満ち満ちた。その異様な魔力を感じ取り俺は目を覚ますと、驚くべきことが起きていた。

 マルベリカの戦いで失った左眼と右脚が元通りに生えていたのだ。傷も何もなく、そっくりそのまま。

 俺が慌てて彼女へ会いに行くと、満遍(まんべん)の笑みを浮かべる彼女がいた。こんな表情の彼女を俺は初めて見た。


「テオ、テオ! 成功した、成功したよ!

 脳内で浮かべただけのExcelシートと式だったけど、これなら実用化できるよ!


 少しの魔力で無限の魔法が使えるんだ! 魔力がごくわずかしかなくて、魔法が使えないとされていた人たちも魔法が使えるようになる!

 式の改良が進めば、炎の魔法しか使えなかった人も水やら風やら……きっと、回復魔法も使えるようになるはずだよ! 私にはすでに、その式のアイディアがあるんだ!


 今の敗色濃厚な戦争だって、いくらでも覆せる!

 テオにもこの式を教えてあげるよ、刺青で体表に刻めばより確実に……」


 艶然(えんぜん)と笑う彼女の表情が固まる。頬から赤みが引いていく。


「だめだ。

 魔法所持者が人間兵器になるのは、いい。まだいい。

 問題はその後だ。戦後だ。戦勝国となった後だ。

 魔法所持者、この魔法式を使えば無制限に火やら水やら電気やら無から産み出せる存在になるよね? それって実質石油ガソリンエネルギーだよね? ううん、それ以上のエネルギー資源だ。

 人権さえ剥奪できれば、魔法所持者全員をエネルギー資源として使えるじゃないか。

 誰だよ『人は薪なり』って言ったやつ。

 いや、まだ私たちの世代はいい。まだ意見を主張できる。最悪国外へ逃げればいい。良くはないけど、最悪ではない。


 この魔法式で最も苦しめられるのは、次世代、子どもたちだ……!

 魔法が使える子どもをさらって、思想教育を施せば簡単に、その生涯をエネルギー資源として捧げてくれるだろうさ。この国の生活水準は爆速で近代化する。


 幾多の子どもたちの(しかばね)を糧にして!


 目に浮かぶ、子を売る親の姿が、非人道的なまでに子から搾取(さくしゅ)する大人の姿が……。

 犠牲になるのはいつも子ども、声も上げられない弱者たちだ!」


 彼女は頼りない足取りで俺に近づき、(すが)りつく。先ほどまでの笑顔が嘘のように声を震わせていた。


「でも、この技術をばら()かないと戦争に負けちゃうよ……! このままだったら、何十万人死ぬか想像もつかない。じゃあ、でも、数万人の子どもの犠牲には目をつむれっていうの?

 テオ、私はどうしたら……」


 ここで彼女は言葉を切った。

 俺はここまでの彼女の発言のほとんどを、正しく理解できていない。なんて声をかけてやるか逡巡(しゅんじゅん)していると、静かに彼女が俺から離れた。


「違う。違うよ。テオに答えを求めちゃだめだ。

 これは、異世界から来た、異常な技術を持ち込んだ、異邦人が解答すべき問題だ。

 現地人をいたずらに苦しめるのは筋違いにもほどがある」


 俺の脇をすり抜け、彼女は螺旋(らせん)状の階段を登る。俺も彼女のあとを追う。時折足を踏み外す彼女に手を貸そうとも思うが、彼女から発せられる気迫に飲まれ俺は何もできない。

 階段を登り切り、そのまま礼拝堂へ。五列の長椅子を素通りし、聖壇の前へ。彼女は枝葉で覆われたステンドグラスを黙然と見上げていた。

 ステンドグラスで表さるるは万物の父であり母たる神。胸から乳を搾り人類を生み出す『人類創造』の場面。多くの修道院でみられる、ありふれたモチーフ。


「人権って言葉、この世界にはあるかい?

『人間が人間らしく生きる権利で、生まれな

がらに持つ権利』だなんて言われているけど、これを手に入れるために数えきれないほどの血が流れた」


 風で葉が揺れる。彼女はステンドグラスの光で七色に揺れる。


「『アンクル・トムの小屋』、『ある奴隷少女に起こった出来事』『黒い兄弟』……。

 人権が与えられなかった故に起きた悲劇のタイトルだ。

 いずれも感動的で、美しく、これらの物語の後押しもあって世論が動き少しずつ、少しずつ人権が認められていった。

 素晴らしい。物語とはかくあるべきだ」


 耳をつんざくけたたましい音がした。


「だがね、どれほど美しくともこれらの物語は本来、存在してはいけないんだよ! 物語の元となった現実なんて存在させちゃいけない!

 人間は悲劇を伴侶(はんりょ)とせずとも、文明を発展させることができるはずなんだ!

 博愛と公徳とを持って、一歩先へ進めるはずなんだ!」


 彼女が聖壇を蹴倒したと俺は遅れて知る。中指をステンドグラスに向け、彼女が叫ぶ。


「残念だったな、クソ女神! 近代化の起爆剤として私をこの世界に送り込んだんだろうけど、あんたの思い通りになんて動いてやらない!

 お涙頂戴の悲劇と、苛烈な運命を押し付けるだけのあんたらとはおさらばだ!

 私は逃げる! 神の与えられた使命(ミッション)から逃げる! 魔法の発展はさせない! 子どもを犠牲にしない! 魔法によって苦しめられる子どもたちを、未来永劫発生させない!」


 罵声というにはあまりに高潔で、宣誓というにはあまりにも乱暴。

 聖女としてみなすには底意地が悪く、悪女と呼ぶのも優しすぎてためらわれる、彼女そのものを体現した言葉の群れ。


「知っているとも、私が使命から逃げても別の輩が異世界から召喚されるだけ! 神のアホンダラは悲しみを推進力とした進歩を望む!

 私の行為はただの責任逃れだ。単なる先延ばしだ。いつか誰かが悲劇のカタストロフを起こすだろう。

 知っている、知った上で逃げる! 知った上で責任を取らない。私はクズだから!

 愚かな女神、呼ぶ人間を間違えたな!」


 蹴倒した聖壇に荒々しく座し、彼女は肩で息をする。俺は慎重に歩を進め、うつむいた彼女の前に立つ。彼女が興奮状態にあるのは間違いなかった。狂気に囚われているのであれば、強いて地下牢へ連れ戻さねばならなかった。

 彼女の肩へ手を伸ばすと、彼女が蛇の俊敏さで俺の手首を掴む。


「私が使命から逃げた結果、この国の敗戦は確実なものとなったね。どれほど人が死ぬか知れない。流石に目覚めが悪いよ。

 異世界から持ち込んだ、しょーもないExcel知識……。知ってるかい? 私がしたり顔で語ってる知識は中坊レベルのもんだぜ?

 しょーもない知識でも、まぁ、何人かは救える」


 彼女は深く、深くため息をついた。


「私は戦場へ戻る」


 彼女の前髪の隙間から伺える黒真珠の瞳は据わっており、その覚悟をどうしようもなく物語っていた。

 俺の手首を興味を失ったように放り捨て、彼女は自身の頭を乱暴にかく。煙草吸いたい、と彼女がぼやく。


「やっぱり逃げるのは良くないね。問題が先延ばしになるだけならまだしも、大概何倍も面倒になって舞い戻ってくる。ヤダヤダ。

 テオ、君はどうする?

 君が来てくれれば救える人間も、そこそこ、かなり、けっこう、増えるけれども。

 戦争で目と腕を失って、トラウマにならないはずがないんだ。無理にとは言わない」


 是非もなかった。

 俺の表情を見、俺の言葉を聞き、彼女は、俺の恋焦がれてやまなかった穏やかな無表情を浮かべた。


「可哀想な人。馬鹿な女にそそのかされて。

 同情するよ、心からね」


 

 彼女の快進撃は凄まじかった。

 前線で疲弊(ひへい)し切った味方の負傷を瞬時に治した「ソリタリカ河の戦い」で『戦いの聖女』の名を世間に知らしめ、一切の死者を出さなかった「マギスペリカの戦い」は彼女を英雄に仕立て上げた。

 他人の魔力すら瞬時に回復する彼女のおかげで、俺は魔力切れがなくなった。雑に魔法を乱発できるようになり、『五種の魔法使い』として目も当てられぬ屍山血河(しざんけつが)を産み出した。

 これらはやがて叙事詩となり、歴史となり、伝説となるだろう。

 この先はその伝説からはこぼれ落ちるであろう話をしよう。


 部分的勝利を重ね、戦況が多少改善されつつある中、俺と彼女は密かにとある場所へ向かっていた。

 屈辱の壊滅都市マルベリカ。

 一般市民も収容される大型病院を襲撃され、敵味方問わず虐殺が行われた忌み地。俺たちが配属された「子守り」分隊が壊滅した土地。

 死体が野晒(のざら)しにされた彼の地で、彼女は死体漁りに興じていた。


「あったよ、テオ! ドッグタグだ!

 よかった、これで全員だ……!」


 トマト・マト=マト二等兵、パッソ=ト・クイ伍長、マ=スク・ホワイト軍曹、ドアマン・パタ=パタ少尉。

 かろうじて原型を残す街中広場に、俺は四人分の死体を運ぶ。敵方の科学汚染により猛禽類(もうきんるい)が死骸を喰らってなかったのが幸いした。

 原型を失った白い日時計を背に、彼女は朗々と宣言する。


「さ、万民の禁忌に触れようか」


 俺たちは分隊員全員の死者蘇生を決行した。

 魔法史に先例のない、本能にもとる行いである。故に俺と彼女は何度も議論を重ねた。


「テオ、心配しないで。必ず成功する。理論上は問題ない。問題があるとしたら、自然法則に逆行していて倫理に反している点のみだ。

 死者を復活させようだなんて、神に成り代わろうとする行為に他ならないのだから」


 結論ありきの議論であり、たとえ数年がかりで話し合い続けても、最後は同じ結論へ至るだろう。

 故に、俺はこの行為とその結果の責任を彼女のみに負わせるを望まない。俺とて、分隊の皆に会いたかったのだから。

 白墨(チョーク)升目(ますめ)を描き、あらためて死体を升目上に並べ直す。彼女はその升目を「せる」と呼んだ。升目の外に数学式に良く似た、別の何かを書く。意味は理解できないし、覚えるな理解するなと彼女にきつく言い含められていた。

 書きつけた式を何度も点検し、時に修正し、最後にほうと息をついた。

 彼女が俺の傍らに立つ。


「やる」


 短い言葉と共に彼女の魔力が周囲に立ち込める。彼女の魔力の薫りは大輪の花を思わせる。甘く癖があり、むせて吐きそうになる。彼女でさえ己の魔法で激しく咳き込んでいた。

 吐気を堪えるために目を固く閉じていたが、鉄さびにも似た奇妙な香りが鼻をついた。反射的に目を開く。


 死体の置かれていた場所には、この世にあってはならぬ奇怪な存在がいた。

 それは、それ『ら』は、無惨に叩きつけられた麺麭(ぱん)生地を思わせた。


 異なる人皮で覆われており、それらは連なり合体しようとしているらしいのだが、異なる皮膚は混ざり合うを許さず反発し合い、各所で表皮が千切れる音がし、それと同時に黒々とした血を噴出させていた。

 手の形らしい五本の何かが形成されるが、それは四つの口と目で構成されているために脆く崩れ去ってしまう。

 そして、あり得てはいけない、あっては決していけないことなのだが、この人皮の眼窩(がんか)らしき場所から、トマト・マト=マト二等兵に良く似た声色が漏れたのだ。


 あまりにも背信的な、生物を愚弄(ぐろう)するために産み落とされたとしか思えない化け物を、彼女が世にもたらしてしまったのか?


 彼女は未だ咳き込むと共に目を強くこすっており、この化け物を認識していない。

 俺は直感的に理解する。


 禍々しく世の邪悪をかき集めたこの存在を、跡形もなく完膚なきまでに消し去らなければ!

 彼女がこの異形を見とめてしまう前に!

 さもなくば今度こそ彼女は正気を永遠に失ってしまう!


 荒れ狂う内心とは裏腹に、頭は妙に冴えていた。

 これは、燃やすだけではいけない。燃えかすを残してしまうから。消すのだ。完全に。この世から。存在を。

 俺は初めて人間を焼いた日を、六歳の、俺の家庭教師が火だるまになった姿を思い出す。家庭教師はなにか無理くり理由をつけて、熱した火かき棒で俺の皮膚を焼いていた。

 俺の魔法の原点。


 正気と狂気の狭間で、力の本質を()る。


 怒れ。俺は薪。薪は燃えるが仕事。全てを燃やせ。全てを怒りの火に焼べろ。

 俺の力の本質は臓腑(ぞうふ)(えぐ)り溶かす怒り。

 気色の悪い怪物に手を伸ばす。

 こいつを世界の敵と見做(みな)そう。こいつが悲しみの産みの親であり不条理の招き手だ。

 これは正しい殺意であり義憤だ。

 俺は伸ばした手を全霊を持って握りしめる。


 溶けて跡形もなくなくなってしまえ!


 どんどろり。

 醜悪な皮膚の塊はまたたく間に薄汚い液状の物質に変容し、数秒後には大地へと飲み込まれ、黄土色のしみを残し消滅した。

 ただ、四人分のドッグタグが、もつれて絡み合った状態で化け物が先程まで佇んでいた場所にぽつねんと存在していた。


 俺が五つめの魔法「融解」を習得した瞬間でもあった。


 傍らの彼女の様子を伺う。目を何度もしばたかせ、目の端に涙を浮かべている。「何が起きたの?」と咳き込みつつぼやく。目は見えていないらしい。

 むせる彼女が楽になるよう背をさすってやりながら、俺は失敗したことを端的に伝えた。

 四人の遺体が消えたと、特大の嘘を織り交ぜながら。

 視界の回復した彼女は信じられない様子で呆然としていたが、俺の(かた)る通り眼前にはタグ以外何も残されていない。

 彼女はタグに歩み寄り、その場へへたり込んだ。タグを手中へ収めようとするもうまく掴めない。動揺で手に力が入らないのだ。

 俺も彼女の隣へ座し、タグを取って彼女の小さな両手に乗せてやる。彼女の手が震えてタグが落ちそうになるので、彼女の手を外側から俺の両手で包んでやった。はたから見れば堅い握手をしているように見えるかもしれない。

 彼女の手はあまりにも小さかった。

 そうしてどのくらい経っただろう。

 ぽつりとしずくが俺の手に落ちるので、雨かと思い視線を動かす。

 彼女が泣いていた。

 静かに、声も上げず、ただ涙をこぼしていた。俺はただ彼女を見つめ、ふと、泣く機会を逸したな、と思った。



「私の魔法式は不完全だったよ」


「マギスペリカの戦い」の作戦終了間際だったと思う。彼女は人気のない基地のはずれへ俺を呼び出し語った。


「私の魔法式の原理は、式のエラー&キャンセルをハックして魔力を延々回復し続けるものだったんだけど、その無理で生じた歪みが私の海馬をグズグスにしてるみたいなんだ。

 その海馬を「回復」させようとしたんだけど、再生速度が遅い割に魔力ばっかり使ってね。回復させてるハシから大脳新皮質が損なわれていく。

 生き延びるために己の足を食べるタコの気持ちが、生まれて初めて理解できたよ」


 彼女がくたびれたように微笑んだ。


「端的に言おう。私の魔法式は脳を溶かす。

 そのせいで、記憶が失われ始めている」


 転生前の記憶は割合しっかり残ってるんだけどね、と彼女は続けた。

 淡白に報告する彼女の両肩を俺は掴む。

 大丈夫なのかと俺は問う。


「ダメかもねぇ。最近私、物忘れがひどいでしょう? 人の名前も出てこなくなってさ。いままで普通にできていたことが、突然できなくなるのって、恐ろしいものなんだねぇアハハ。

 私の魔法式、誰にも教えなくて正解だったよ。あまりにも危険だ」


 いやぁ軍に適当こいて魔法式のこと話さなくて大正解だった、と彼女はカラカラ笑う。

 戦争から離脱した方がいいのでは?


「離脱したところで損なわれた脳は戻らない。それに、軍が離脱を許さないでしょ。ほとんどの作戦が私とテオありきだ」


 俺は反論の言葉を探す。彼女の発言は一定程度の正しさを持っていた。


「大丈夫、魔法式を忘れないようメモを取ったし、体を彫ったんだ。うっかり魔法式でこの傷まで治さないことを祈っててよハハハ。

 そんな顔をさせたかったわけじゃないんだ。

 考えてみてよ。人ひとりの記憶がアボンするだけで数多くの人が救えるなら、リターンの方が大きい。

 記憶なんて所詮(しょせん)電気信号の運動に過ぎない。よく云うだろう? 他人の思い出はゴミだって」


 皮肉をぶち撒ける彼女の頬を思わずはたく。俺の鼻息は荒く、彼女は拗ねたようにそっぽを向いていた。


 黙れよ。お前がどう思おうと勝手だ。でもそれを口にするなよ。俺は、お前と過ごした記憶が、思い出が、何よりも愛しいと……。


 俺と彼女の間を風がひょうと抜ける。天幕ははためき砂埃が目を襲う。


「だって」


 耳を澄ましていなければ聞き逃してしまうような声量だった。


「そう思わないとあまりに憐れじゃないか」


 彼女は涙をこぼさまいと必死で握り拳を作っていた。


「私の思い出は価値のないもので、人から見たらゴミだから、だからこそ、失われても問題ない、なんの問題もないんだ。

 もし、私の思い出に価値があるものだとしたら、それが失われるなんて、私は耐えきれない、我慢できないんだ!」


 俺は大きな勘違いをしていた。絶叫する彼女を抱きしめる。他に何もできなかった。


「私の思い出は無価値のゴミ、だとしたら他の人間もゴミだ、取るに足らない、ゴミであるべきだ! そうじゃないとおかしいよ、私だけ、私だけが無価値な、取るに足らない、ゴミだなんて! 許せない!」


 辛くないはずがなかったのだ。

 幼少期は親族から虐待を受け、不可抗力で戦場へ駆り出され、献身(けんしん)の果てに記憶を失うのだから。


 彼女の思想がようやく理解できた。


 運命に打ちのめされ、身も心も狂いそうだった彼女は不条理な現実を受け入れ納得するため、己を「無価値」だと定義づけたのだ。

 無価値だから粗暴な扱いを受ける。無価値な自分が、多くを望んではいけない。

 この人生は無価値な自分に相応しい。

 同時に、他人をも無価値だと決めつけせせら笑ってみせた。他人を同じ土俵に引きずり下ろし、お前は無価値だと告げずにはいられなかったのだ。


 全ては自身の心を守るため。


 虚無の香りを(したた)らせねば、涙がこぼれ落ちたのであろう。祝福の言葉を与えられなかった故に、全て無価値であれと願う祝詞(のりと)以外を知りようがなかったのだ。


「こんなことになるなら、見ず知らずの子どもたちなんて、見捨てれば良かった。

 ……うん、でも、そうだね。

 もし過去に戻っても、私は同じ選択をする。きっと戦場へ戻って、また脳を溶かすよ。

 うん、そうに違いない。逃げたら無価値で無能な私のままだ。私は何者かになりたいんだよ。私は無価値だけど、無価値のままで居続けたいわけじゃないんだ。

 私はね、無価値だけどプライドばかり高いゴミだ。生きづらそうでしょ? 同情してくれ」


 まぁ逃げる度胸がないだけってのもあるけどね、と寂しく彼女はうそぶいた。


 他人へ呪詛(じゅそ)を吐くも、その忌まわしき呪縛が故に他者へ手を差し伸べる。内なる呪われた信仰は彼女を貶め、同時に激しく彼女を律していた。

 彼女は気づいているのだろうか。仮に他人も彼女と同様に無価値であるなら、救っても意味のない行いであることに。彼女は自身の信仰を信じきれていないのだ。


 なんと愚かしく、虚しく、可憐なのだろう。


 抱きつくばかりの俺の背を、彼女が優しく撫でる。


「まぁ、今日明日で記憶が全部飛んじゃうわけじゃない。悲観的になりすぎないで。大丈夫。テオとの思い出は忘れないよ。何ひとつね」


 だって、君との思い出は嫌なものばかりなんだから!


 こんな時でさえ、皮肉で俺を(なぐさ)めようとする。慰められるべきは彼女のはずなのに。



 それから一ヶ月が過ぎ、半年が過ぎ、一年が過ぎた。気がつけば彼女と出会って四年の月日が流れていた。

 戦況は芳しくない。他国が独自の魔法文化を持つ先住民族たちと結託し、ゲリラ戦が始まったためだ。多くの兵士が奇襲を恐れ、士気の著しい低下が目立つ。

 我らが愛しき聖女様はというと、


「おっ『わたしのために死ね』の攻略キャラ、オマ・エ=ヲ=殺シテオレモ・死・ヌゥさんじゃーん。元気?」


 軽挙妄動が加速していた。


 表面上は何も変わっていないように映るが、妙に明るく考えなしの言動が目立つようになった。

『異世界』『転生者(テンセイシャー)』『現代日本(ゲンダーニポン)』という単語を頻繁に発し、この世界は『オトメゲーム』という子ども向けの遊び? 物語? の世界だと言ってはばからない。

 かわりに露悪的な皮肉が減った。上っ面だけの感謝や同情の言葉を吐く。笑顔が増えた。表情豊かになった彼女は年相応の子どもに見える。

 彼女から虚無の香りが消えた。奇妙な仄暗い宗教は排神の憂き目にあったらしい。にっちもさっちもいかない自縄自縛から解放された彼女は、なるほど以前より生きやすそうだ。


 彼女は急速に過去の記憶を失い始めていた。

 彼女の記憶のよすがになればと、俺は全ての魔法構築呪文を彼女と読んだ小説の一節へと変えたのだが、彼女に、


「いやぁ、『わた死』のテオよりここのテオはオトメイトにネオメロドラマティックだね。

『その瞳が、全てを溶かす!』とか言ってて恥ずかしくないの?」


 と言われた時はここまで来たかと目の前が暗くなる思いだった。

 幸か不幸か、発動の機会が多い彼女独自の循環魔法式だけは決して忘れることはなかった。


 そしてつい数日前、彼女からあるものを手渡される。


「誰かのドッグタグ、うっかり持ったままにしててさ。テオ、遺族に返すよう手配お願いしてもいい? 申請のやり方忘れちゃったぁ」


 俺の手に乗せられた、四枚のドッグタグ。


「顔色が悪いよ。少し眠ったほうがいい。

 じゃあね」


 気休めの言葉を口端に添え、彼女は手をふり去ってゆく。俺はひとり、待機所となっている邸宅で、その四枚のドッグタグに刻まれた名前をひとつひとつなぞった。


トマト・マト=マト二等兵。

パッソ=ト・クイ伍長。

マ=スク・ホワイト軍曹。

ドアマン・パタ=パタ少尉。


 我らが愛しき「子守り」分隊。「我ら」のうちに彼女はもういない。

 立っていられなくて、壁にもたれかかる。

 彼女は全てを忘れ始めている。残酷なまでに。


『大丈夫。テオとの思い出は忘れないよ。何ひとつね。だって、君との思い出は嫌なものばかりなんだから!』


 彼女の言葉を反芻(はんすう)する。

 嘘吐き。

 俺の言葉は館でいやに反響した。


「子守り」分隊の「普通」で和やかなやり取りも、皆を蘇らせようとしたあの冒涜的な忌わしい出来事も、全て、全て彼女は忘れてしまったのだ。

 邪悪を煮詰めた、あの苦い記憶を分かち合える者がいなくなってしまった事実に慄然とする。足元から床が抜け落ちてしまったかのような心地だった。俺は壁からずり落ちてゆき、大理石の床にへたり込んでしまう。


 落涙にはあまりに良い機会だ。


 しかし涙をこぼせなかった。ぶるぶると唇を震わせ、目線を右往左往させるばかりで、俺は失望する。

 正しい時に涙は流すべきなのだ。泣きたい時に泣けなくなるから。

 失望はやがて怒りに変わる。幸いにして怒りを発する場所にだけは恵まれていた。感情のままに空を焼けば、彼女が二等兵らしき男と俺を見上げている。

 俺はもうどうすればいいのだろうか。

 悪意に染まった彼女の皮肉が恋しかった。穏やかな無表情で、俺を見上げ続けていて欲しかった。

 頭がおかしくなるような日々は敵の奇襲により終わりを迎え、俺たちは二度目の敗走を余儀なくされる。

 山林に逃げ込み、限界を迎えた彼女の回復を待って国外逃亡を提案した。

 すると彼女はこう言ったのだ。


「私は戦場に戻る」


 いつかの教会での宣誓と全く同じ言葉を、当時の記憶など当然のように忘れ去り、もう思想も人格すらも変わり果てたというのに、俺たちの記憶を全て失ったくせに、俺のことを忘れたくせに、それだのに、信念だけは、芯の部分だけは相変わらずで、俺はお前の思想に負けた、俺はお前に出会って考え方も生き方も何もかも変えて、愛されたくて愛して、愛されたかっただけなのに、お前は、


 俺を忘れた!


 目の前が()()真緋(まっか)赫赫赫(あかあかあか)に染まり、考える前に彼女へ飛びかかり、視界が急速に傾ぐ、それでも視界は(あか)いのだ、押し倒されて肺の空気の過半を吐き出す彼女を、その首、細い首が跳ねる、その首に引き寄せられるように、俺の手は伸びて、


 俺は彼女の首を絞める。


 知っている、知っているのだ、これで彼女が死んでしまったら、俺は文字通り死ぬほど後悔する、そして自死するだろう、残るのはふたつの死体だけ、意味のない、愚かなばかりの、無価値なこの行為、構わない、もう無理なのだ、この女が許せなかった、俺を忘れたお前が許せなかった、俺を忘れて幸せそうなお前が許せなかった、幸せそうなお前が許せなかった、であるから、であるならば、もう、死んでしまえ、死ね、もう死んでしまえ、


 死ね!


 俺は唇を思い切り噛み、そのせいで口内で血があふれた。彼女の顔色はまたたく間に変貌してゆく。そしてそっと、死にゆく口元に言葉を浮かべた。


「殺すほどに愛してくれてありがとう」


 その言葉は弾丸へと変わり、俺の脳をぶち抜いた。言葉の衝撃で彼女の首から手が離れ、そのまま俺は後ずさる。彼女は激しく咳き込み、体の求めるまま酸素を貪っていた。

 俺は叫ばずにいられない。


 お前を愛してなんかいない!


 体の底から、満腔(まんこう)の思いで叫ぶ。


 お前が腹立たしかった、お前が憎かった、お前を殺したかった、だから首を絞めたんだよ! 


 彼女を愛しているはずなのに、口をついて出る言葉はさかしまの罵声ばかり。どれが本心で嘘なのかわからない。


 お前が嫌いだ。大嫌いだ!

 お前なんか、死んじまえばいい!


 あまりの声量に、自分の耳まで痛くなった。

 しばらくお互いの呼吸音だけが林床にこだまする。全身から冷たい汗があふれ出し、目頭が熱かった。鼻水が背の低い雑草にしたたり、大粒の涙が音を立てて地をぬらした。

 ふと顔を上げると、彼女が居住(いま)いを正し、黒真珠が俺の姿を真っ直ぐにとらえていた。


「嫌われていたって構いません。

 私は……。私は、それでも私は、テオを愛しています」


 普段と異なる、誠意に満ちた声色に胸を突かれる。

 意味がわからなかった。何故?

 俺は彼女の首を絞め、さらには拒絶の暴言を吐き散らした。

 どうして彼女は俺の涙と鼻水をその小さな手で拭うのだ? どうして彼女は俺の首に両腕を回し温かく抱きしめるのだ? どうして彼女は嗚咽を上げる俺を慰めるように背をたたくのだ?


「テオが……、好きな人が泣いてるからだよ」


 どうして俺に惚れた?


「そんなことも分からないの? テオのおばかさん。

 テオはね、恋愛小説を読むべきだよ。それもたくさんのね。きっと勉強になるから」


 何も分からない。

 彼女の体温と心音が心地良いこと以外何もかも分からない。


「ねぇテオ、教えてよ」


 彼女は俺の耳にささやく。


「テオはいつもさ、私の一番良いように行動してくれる。それは君の一番良いことだったり、一番の願いではないよね?

 教えて欲しいな。

 テオ、あなたのほんとうの願いはなぁに?」


 無駄だ。


 俺はしゃくり上げながら言った。


 お前は、自分の信念だけは決して曲げない。俺の願いを言っても叶えてくれない。口にするだけ無駄だ。


 彼女は柔らかく微笑み、白魚のような指で俺の唇をなぞる。


「テオはピュアで可憐だね。そして無知だ。

 人間がどれほど怠惰で意思薄弱であるか知らないんだもの」


 懐かしい言葉を耳にし、それが呼び水となって彼女との思い出が脳裏を過ぎる。


『確かにヒロインは変わっちゃったよ?』

『でもさ、変わらない部分も確かにあったんだよ』


 まるであの頃の彼女が自分の背後に立ち、そっとささやきかけてくるような心地がした。


『主人公は過去の思い出に固執した』

『彼にヒロインを受け止める柔軟さが少しでもあればよかったのにね』


 彼女が全てを忘れても、俺が忘れさえしなければ、記憶の中であの頃の彼女に会えるのだ。あまりにも当たり前過ぎて忘れていた。


「初志貫徹できる人間がどれほどいるものかね? 人は存外、簡単に信念を手放すよ。

 たとえば、愛する人の何気ないひとことなんかでね。それぐらい人間は怠惰(たいだ)で意思薄弱だ。もちろん、この私も例外ではないんだなぁ。

 テオ。愛しい愛しい私のテオ。

 あなたの言葉で、私の信念をぐちゃぐちゃに歪めてみせてよ!」


 記憶を失おうとも、彼女が彼女である事実は変わらない。俺は久方ぶりの穏やかな無表情を見て、思い知らされる。



  ↑↓



 物語において「目を覚ましたら見知らぬ天井だった」などという導入は書き手にとっては先達が最適化してくれたおかげで書きやすく、読者にとっても慣れた表現のおかげで(某テーブルトークRPGプレイヤーなど「あぁいつものね」で済むくらいに慣れている)、ノイズなく物語に没入できる二方ヨシの表現である。

 しかしながらいざ自分が同じ立場に立たされるとなれば話は別だ。


 私は目を覚ますと、古ぼけたダークウォールナットの木造天井とご対面する。頭上に渡された梁など虫に食われたせいで半分くらい抉れている。

 私は硬く簡素なベッドに寝かされており、隣にはやたらガタイの良い男子(おのこ)がいた。

 令和ライズされたはち切れんばかりの筋肉をお持ちである。黒い猫っ毛の、褐色肌で彫りの深い均整の取れた顔。整い過ぎて面白味がない。顔にオモシロを求めてないので別に構わないのだけど。

 ボロ雑巾数歩手前の軍服を着ているが、肩口には彼の華々しい功績を示す勲章がいくつもあった。


「起きたか」


 筋肉は安堵の表情を浮かべ、私の頭を撫でた。そのまま自然な手つきで私の前髪まで整えている。

 私は二度寝することにした。


「おいふざけんなよ」

「高熱が出た時に見るイカれた夢かと……」

 

 見知らぬイケメンがむやみやたらに親切なのだ。あまりにも私に都合が良すぎて、いぶかしまない方がどうかしている。


「……水飲んで落ち着け」

「あっどうも」


 歪な形のアルミカップを疑いもなく受け取り、水に映った自分を見て私は叫ぶ。


「私、超絶美少女になってる!?」

「今回はそこからか」


 筋肉だるまは気だるげだ。私はそれどころではない。

 想像よりも可愛いすぎる黒髪の乙女が水面におり、自分の頬をつねれば麗しの黒髪の乙女も同様に動く。私と乙女がリンクしてる。嘘だろお前。

 これ、なろうでよく見る異世界転生じゃないだろうか。

 しかし前後の記憶がない、記憶を上書きするタイプの転生か? であるならば、入れ替わった前の人格は私が出てきたことにより死んだ、もしくは消えてしまったのか? 筋肉はおそらく入れ替わる前の人格を好ましく思ってるらしい(?)のだから、私が下手を打てば色々露見して揉めるのでは?

 思索にふけっていると、筋肉が私を悠々と抱き上げ、そのままベッドへ腰掛けた。ちょうど背後から彼に抱きしめられているような形になる。


「うんうん、あんたは『現代日本(ゲンダーニポン)』からの『転生者(テンセイシャー)』だ。すごい『魔法式(チートスキル)』を持っているが、その副作用として記憶を失っている」


 筋肉はかく語る。


「俺はあんたのボディーガードで、あんたの一切合切の事情を把握している。『乙女ゲーム』だとか、その辺の文言もある程度の理解がある。

 わからないことがあれば聞け。たいていのことは説明できるし、あんたの奇行妄言にも慣れてる」


 この肉塊はあまりに説明慣れしている。まるでこのやりとりを何十と繰り返したかのように。

 やつは私の頭頂部に顎をぐりぐりしつつ、言葉を続ける。


「変に俺の記憶の中にあるあんたになろうとしなくていい。あんたはあんただ。安心しろ」

「なんだこの理解のある彼氏くん」


 転生初心者にあまりにも親切な説明に驚愕(きょうがく)を禁じ得ない。「やっぱりあんたに指示された通りの説明が一番早いな」などと筋肉は小声っているが、私は何よりも一番真っ先に聞くべき事柄に思い至る。


「筋肉くんの名前! 聞いてない!」

「……オマ・エ=ヲ=殺シテオレモ・死・ヌゥ」

「なんだそのふざけた名前」

「長いからテオでいい。あんたもそう呼んでいた」

「どこをどう略した」


 テオという青年の勧めもあり、私たちは軽食を摂ることにした。テオはこの辺りの山林で採れたという果樹や畜生の肉を振舞ってくれたが、私の体は水以外のものを拒んでしまった。無理に口にしても全て吐き出してしまう。テオは気にするなと言ってくれたものの、彼は凹んでいるように見えた。

 その最中に交わされた会話で、私はテオとそれなりに長い付き合いをしていたのだと実感する。テオが私をあしらい慣れており、テンポよく会話が弾むはずむ。数年来の友人と話している感覚だ。

 食事を片付け、再び私たちはベッドへ腰掛けた。私は当たり前のようにテオの股ぐらへ座らされ、うしろから抱きかかえられている。

 テオがふと、この世界情勢について教えてくれた。


「我らが祖国の勝利は目前だ。

転生者(テンセイシャー)』を名乗る男が、『ぷろぐらみんぐ言語』なるもので新たな魔法式を生み出し、非魔法所持者でも魔法を使えるようになったそうだ。

 もちろん、非魔法所持者は魔力を持たない。魔力の代わりに寿命を使って、魔法を発現させるらしいんだ」

「この世界魔法あるんだ」

「寿命がそのまま魔法の威力に直結から、国のお偉方は子を軍へ差し出すよう要求してるんだと。で、報奨金目当てに子どもを差し出す親が後を絶たない絶たない。

 特に、「厭忌たる血脈」のガキ。そいつらだけで万の少年兵がいるとかいないとか」

「この世界被差別民族いるんだ」

「あんたは子どもらが犠牲になるのは戦後と言ったが、予測が外れたな。戦中から始まったよ。

 都市じゃ戦争孤児の魔法を使って機関車走らせたり、試験的に各家庭に電気を流したりしてるって話だ。都市部の暮らし向は相当よくなったそうだ。子どもらの寿命を犠牲にしてな。

 結局、結局、最悪を引き寄せちまった。

 俺やあんたは一体、なんのために戦ってたんだろうな」


 テオの体が強張るのを感じる。


「……時々あんた言ってたよ。『自分がこの世界に転生してきた意味はなんだろう』『転生した意味を果たさねば』ってさ。ほんとうに、あんた、ここまで身を崩して、なんのために……」

「テオに会うためなんじゃないの?」


 私はご機嫌取りでもなんでもなく、心のままに答えた。


「なにか掲げた目標があった?

 まぁ、仕方ないよ。人生を賭けた大望が叶わないなんて、よくある話だもの。

 それにほら、考えてもごらん。こんな超絶イケメンと知り合えただけにとどまらず、甲斐甲斐しく世話されて、ねぇ?」


 テオの腕をかいくぐり、私はテオの頭部へ手を伸ばす。結局頭には届かなくて、彼のうなじあたりを軽く掻いてやった。


「女冥利(みょうり)につきるよ」


 テオがなにか言おうとする気配がする。彼の言葉を待ったが、想いが口を出ることはなった。彼は私の首筋に顔をうずめる。


「ばかじゃねぇの、あんた」


 花束みたいに幼稚な悪口。

 賢さあふれる反論をぶってやろうと思ったが、抗いがたい眠気が私を襲う。体の力が抜け、テオに体を(ゆだ)ねてしまう。


「もうおしまいか」


 私は返事もままならない。


「次は半月後か? それとも一ヶ月後か?

 それとももう二度と、あんたと話せないのか?」


 汚泥(おでい)に似た眠気に耐えきれず、私は目を閉じる。


「いやだ、眠らないでくれ。俺の願いを叶えてくれ。一緒に生きようって、約束したじゃないか。

 あんたなしじゃもう、まともに呼吸もできない」

「大丈夫だよ」


 おとぎ話のお姫様の口から転がり落ちた毒林檎のように、口から言葉がこぼれた。


「あなたなら私以外の大切な人を作れるから。望む望まないに関わらず、ね」


 自分の言葉を耳にし、脳で咀嚼(そしゃく)し思う。

 これではまるで、辞世(じせい)の、


 目を閉じた私は、四方から極彩色の花々が咲き乱れた曖昧(あいまい)な空間を幻視する。

 そこで頭にカサブランカの花を咲かせた私は、切り落とされた己が頭部を胸に抱いていた。



  *



「なろう小説における異世界転生は、仏教で云う極楽浄土、キリシタン文学における神の国へ詣でる物語の焼き直し、下賤なパロデエである」


 どっかの誰かのありがたーいお言葉である。


「死して世界を渡り、新たなる世界で称賛承認名誉を受け、類稀なる異性を娶る。

 肝心要は現世では与えられなかったありとある幸福を一身に受ける点だ。

 これを極楽浄土信仰、神の国へ詣でる物語と言わずしてなんとする。

 宗教が廃れた昨今でなおも、全能の支配者=神を渇望するは人類が未だ神のくびきから逃れられていないことの証左に他ならない」


 ちなみに私も異世界に関しては一家言ある。

 何を隠そう、語り手たる私も乙女ゲームの世界に「戦いの聖女」として転生したのだから。

 何度も苦境に立たされるも、苦しいばかりの異世界転生ではなかった。

 異世界で出会えた人々と、最期(おしまい)まで読んでくれたあなたに向けて、この言葉を送らせて欲しい。


 異世界転生、サイッコー!


 なんてね。

ここまで読んでいただきありがとうございました。この作品を読んでくださったあなたに、善きことが起こりますように。


この作品の反応が良ければ番外編(テオ視点/SF要素有/「彼女」の前世掘り下げ)を書こうと考えています。番外編が気になる方・ご要望は感想にてコメントをお願いいたします。

ブクマ、ポイントもよろしくお願いします。次回作のガソリンになります。


改めて、ありがとうございました。

またお会いしましょう。

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― 新着の感想 ―
気合い入れて半日でがっつり読むぞ!と意気込んだら短編でした。二人のその後とか、児童労働が日常の世界が今度どうなっていくのかとか、どこの国と戦争しているのかとか情報量が多いのに短編で収まるわけがないと思…
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