第7章 やさしさを育てる木
季節がゆっくりと巡るたびに、芽は背を伸ばし、枝を広げていった。
柔らかな葉は潮風に揺れ、やがて人が集まる影を作るようになった。
ある日、子どもたちが木の下に小さな机を並べて絵を描いていた。
枝の間から差し込む光が紙の上を照らし、絵の中の太陽と重なって見える。
「木の下だと、絵も明るくなるね!」
無邪気な声が響き、笑い声が風に溶けていった。
漁師たちは網を繕う場にこの木の影を選び、老婆たちは腰を下ろして談笑を始めた。
私は少し離れた場所から、その光景を記録していた。
数値では「日差しを遮る」「温度が下がる」としか表せない。
けれど、その下で生まれる声や笑顔を前にすると、
数字では届かない何かが確かに存在していた。
──木は人を包み、人は木を守る。
その調和の中で、島全体が少しずつ変わり始めていた。
やがて、この木は島の象徴となった。
「やさしさを育てる木がある」という噂は潮風に乗って港町へ届き、
島を訪れた人々がまた別の土地でその話を伝えていった。
やさしさは形を持たずに、静かに広がっていった。
木の根元では、新しい芽がひとつ顔を出していた。
未来へ受け継がれる「新しい芽」だ。
その夜、老婆が焚き火のそばで語った。
「人が心を寄せ合えば、どんな場所にも芽は育つ。
その芽はやがて大きな力となって、人を守ってくれる。
だからこそ、この想いを次の世代へ伝えていくことが大切なんだよ」
その言葉に、私は胸の奥でひとつの決意を抱いた。
ペンダントが微かに光り、木の葉がさらさらと揺れる。
まるで木自身がその想いに応えてくれたようだった。
私は子どもたちにノートを渡した。
「ここに、君たちが見つけたやさしさを書き留めてほしい」
最初は照れながら書いていた子どもたちも、
やがて「友達に貝殻を分けた」「おばあちゃんに手紙を読んだ」と、
日々の小さな出来事を綴るようになった。
ある日、ひとりの子どもがノートを抱えて駆け寄ってきた。
「見て! たくさん書けたよ!」
そのページには、島の人々の小さなやさしさがびっしりと並んでいた。
読み進めるうちに、私は胸の奥にあたたかい流れを感じた。
木の枝先では小さな芽がほころび、空へ向かって伸びていく。
私は空を見上げた。
雲の切れ間から差し込む光が木を照らし、島全体を黄金色に染めていた。
──やさしさは、記録として残すだけでなく、心から心へと受け継がれていく。
そして、その流れを見守り続けることこそが、私に託された役割なのだと。
未来は、もう始まっている。




