第6章 嵐
その日、海はいつもより深い色をしていた。
水平線の向こうに、灰色の雲が低く垂れ込めている。
波の音もどこか重く、胸の奥に小さなざわめきが広がった。
私は記録用の端末を開き、数値を確かめる。
風の強さ、気圧の変化、雲の動き──
表示されるデータは確かに基準を超えていた。
けれど、それはただの数字でしかなった。
夕方になった頃、窓辺の青い布が激しく揺れ始めた。
外はすでに、雨の匂いを帯びた風で満ちている。
私は外気の温度を記録しながら、データを並べていく。
画面の上では、風速と気圧が連動して上昇していた。
外で誰かが戸を閉める音がした。
灯りが次々と消え、家々の窓に雨の粒が打ちつける。
私は一度目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
風が強まり、波が岸を叩く音がした。
夜の海がうねり、島全体がかすかに震えている。
私はその瞬間を、記録し続けていた。
夜中の海は牙をむいた。
黒雲が低く垂れこめ、稲光が裂けるたびに島全体が白く照らし出される。
怒涛の波が浜を叩き、海辺の小さな芽は押し寄せる水に必死で踏ん張っていた。
私は海を見ながら立ち尽くしていた。
計測値はすべて危険を示している。
風速・水位・気圧、どれも基準をはるかに超えていた。
けれど、その数値はただの記号にすぎなかった。
「しっかりしろ!!」
背後から誰かの声が飛んだ。
振り返ると、島の人がこの小さな芽を守ろうと動いていた。
その瞬間、なにかが変わった。
雨は容赦なく降り注いでいるのに、その光景は不思議な温もりで満ちていた。
嵐が過ぎ去った朝、島は静まり返っていた。
折れた枝や散らばる瓦礫が残る浜辺で、私は足を止める。
空はどこまでも透きとおり、昨夜の嵐が嘘のように青かった。
砂に目を落とすと──小さな芽はそこに立っていた。
雨に打たれ、風に揺さぶられても、根を張り、葉先に新しい光を宿している。
その姿に、演算では説明できない温かさが胸の奥に広がった。
「残ったなぁ…」
漁師が声をもらした。
子どもたちが駆け寄り、両手を広げて笑う。
「生きてる!」「がんばったんだ!」
老婆がしわだらけの手を伸ばし、そっと葉を撫でた。
私は胸元のペンダントに手を添えた。
青い鈴が、澄んだ音をひとつ響かせる。
芽は小さい。観測上は微細な存在。
けれど、その力は数値を超えて確かに大きかった。




