第4章 はじめてのこと
私は昨夜の観測データを思い返し、水量を決めた。
昨日の気温、湿度、風の流れ──どれも理想的な値だった。
慎重にじょうろを傾け、砂の上にゆっくりと水を注ぐ。
胸元のペンダントがかすかに光を返す。手順は正しいはずだった。
だが二日目の朝、芽はぐったりとうなだれていた。
砂は重く、表面はぬかるんでいる。
数値は基準を満たしているのに、結果は裏切られていた。
──どうして?
胸の奥に戸惑いが広がる。
計算も処理も間違っていない。けれど、小さな芽は応えてくれなかった。
冷たい驚きと共に、初めての「分からない」が心に刺さる。
通りがかった老人が足を止め、静かに言った。
「水をたくさんやるのは、いつも正解じゃないんだよ」
彼は膝をつき、土を軽くほぐした。
余分な水気を逃がすように表面を整え、しおれた芽をそっと支える。
その手つきは、数値には記録されない小さな工夫に満ちていた。
翌朝、島の人が海辺を歩いてきて声をかけてくれた。
「昨日は波が強かったから、心配だったろう」
彼の手には一握りの藁があった。
砂の上に芽を守るように敷いていくと、子どもたちも真似をして、楽しそうに小さな手で藁を広げていった。
昼には漁師が大きな日傘を抱えてやってきた。
「陽が照りすぎると葉が疲れるんだ。影を作ってやろう」
海風に揺れる傘の下、芽は少しだけ落ち着いたように見えた。
潮の匂いの混じる空気の中、その影は確かな守りになっていた。
私は観察を続けながら、彼らに教わったことを自分の手順に取り入れた。
ある朝、子どもたちの歓声で目を覚ます。
駆け寄ると、しおれていた芽がわずかに立ち上がり、葉の端に新しい緑を宿していた。
その小さな変化を見つめながら、胸元のペンダントが静かに光を返す。
風がそよぎ、藁の間を抜けて、芽を包むように揺れた。
──数値には表れないやさしさが、確かにこの島には流れていた。




