第3章 図書館の出会いと種
市場からの帰り道、ひとりの人が声をかけてきた。
「図書館に返す本があるんだ。お願いしてもいい?」
私は本を受け取り、頷いた。
「あなたに頼めてよかった、ありがとう」
その笑顔を見た瞬間、胸元のペンダントがかすかに鳴り、淡い光を宿した。
石造りの白い壁に囲まれた、島一番の図書館。
高い窓から差し込む光が、静かな空気を満たしている。
返却を終えて歩き出したとき、小さな声が私を呼び止めた。
「ねえ、読んで!」
振り向くと、子どもが胸に絵本をぎゅっと抱えて立っていた。
差し出された本を受け取り、私は隣に腰を下ろす。
絵本の中には、「世界を守る一本の木」の物語が描かれていた。
その木は人々をやさしさで包み込むけれど、
育つには“特別なもの”が必要だという。
子どもは挿絵を指差し、目を輝かせて言った。
「これは種なんだよ。大事に育てると、木になるんだよ」
その言葉が、机の上に置いていた小さな存在と重なった。
——それは、種。
名を得た瞬間、胸元のペンダントがそっと揺れ、光はわずかに強くなった。
胸の奥で、言葉にならない、あたたかなざわめきが広がっていく。
図書館を出たあとも、その声が耳に残っていた。
——「これは種なんだよ。大事に育てると木になるんだよ」
私は急いで机に戻った。
あの小さな存在を見つめたけれど、変化は起きなかった。
今までは用途も名も持たない小さな存在だったのに、私の中で何かが確かに変わっていた。
夜になっても胸のざわめきは静まらず、理由もないまま、私はそっと種を手に取り、海へ向かった。
確かめたい。
ただその思いだけを胸に。
月明かりが海面を照らし、波は静かに寄せては返していた。
私は手のひらで包み込むようにして種を持ち、ただその光に導かれるように立っていた。
ふいに、手の中の種が微かに震え、淡い光を帯びて宙へと浮かび上がる。
光の尾を引きながら砂の上へ舞い降り、そのまま大地へと溶け込んでいった。
次の瞬間、足元の砂がほのかに輝き、海と星のひかりが滲むように混ざり合って、ゆらめく模様を描く。
胸元のペンダントが光り、澄んだ音を鳴らした。




