夏の夜の同期会
サンドウィッチの入った皿を手に、客室の扉をノックも手早く2回ぐらいで済ませて返事を待たずに開ける。
さっきまでは、城の官吏の者たちと明日の大陸殿下会の視察予定の最終確認をしていたが、ようやく終わりここに駆け付けた。
部屋からはお酒や肉・チーズ、果物などの入り混じった匂いがモアァと漂ってくる。
「アーロン、お疲れぇ」
「ウイィィィ~お先にやってますよ」
客室のソファセットにいたのは2人の男。
ふたりは大陸殿下会の数少ない同期である。そして気の置けない仲間でもある。
ひとりは隣の隣のもうひとつ隣の国のウィリアム皇太子殿下で少しだけ年上だ。
もうひとりはだいぶ北にある極寒の国のクリフ殿下は少しだけ年下だ。
王族あるあるで、ふたりとも端正な顔立ちでいるだけで華がある、と付け加えておこう。このふたりなら、絶対にそう紹介しろとうるさいからな。
いまから大陸殿下会恒例の同期会だ。
他の殿下方は、お部屋でゆっくり過ごされたり、夜の城下に消えて行ったり、はたまた同じように同期会をされていたりと、思い思いに過ごされている。
俺たち同期は3人だけなので、いつも大陸殿下会の懇親会の後はウィリアム殿下の部屋に集合というのが、お決まりのパターンだ。
「まあ、早く座れよ。そして、一杯飲めよ」
ウィリアム殿下がテーブルの上に置かれていたブランデーをグラスに注いでくれた。これはウィリアム殿下の差し入れだな。
クリフ殿下がチーズのおつまみを俺の前に置いてくれる。これはクリフ殿下の国の特産だ。
そして、果物は懇親会から掻っ払ってきたと推測される。
俺はゴトンとサンドウィッチの入った皿をテーブルに置いた。
「では、我々の再会と変わらない友情を祝してカンパーイ」
チンッと上品に3つのグラスを合わせる。
「アーロンも大変だったな」
「お疲れさまでした。とても楽しい大陸殿下会でしたよ」
ふたりが口々に今日の大陸殿下会を褒めてくれるし、忖度ない感想を述べてくれる。
どうやらふたりは楽しんでくれたようだ。
そんなふたりを見て、だんだんと顔も心も緩んでくる。
酒の力も借りて、張り詰めていた緊張がようやく解けた。
「殿下」業を営む者はそう数は多くなく、そして普段はなかなか会えない。
だから、この同じ職業の者のみがわかる悩みや本音をこの貴重な同期に打ち明ける。
仕事の話、側近を困らせた話、趣味の話…
しかし、彼らは絶対に側近や国民の悪口を言わない。
間違っても国民のことを「奴ら」とは呼ばない。
自国の視察先等で国民から苦情を直接言われても「ご指摘」「お叱り」と言っている。
彼らの高い倫理観、責任感に触れるたびに、己れの背筋を正す。
このふたりが同期であって良かったと心の底から思う。
そんな俺たちは3人とも独身ときた。だから、話題はもっぱら女性の話だと思うだろう。
正直、女性の話はする。
婚約者をどうやって決めるのかとか、好きな女性はいるのかとか。
しかし何故だか、怪談話みたいな話になっていく。
ふたりは自国の女性の憧れの的であり、身分も相まって、なおさらモテる。
そうなると、女性に追っかけ回される背筋も凍るような、鳥肌が立ちまくる体験談が大半を占める。
暑い夏の夜は、「殿下」業のモテる話で涼を取るのが一番冷えるのかも。