不遇な名誉会長
大陸殿下会には、もちろん役員がいる。
今日は講演会の冒頭で役員の筆頭でもある名誉会長にご登壇頂き、ご挨拶を賜わる予定だ。
「アーロン殿下、ご無沙汰だな!」
太く穏やかな声で筋肉質な片手を挙げて、馬車を降りるなり俺の出迎えを満面の笑みで喜んでくれているのが、毎年この大陸殿下会に出席して皆勤賞であり、そして最古参の火の国のハバル皇太子殿下だ。
白髪混じりの豊かな髭と日焼けした端正なお顔がトレードマークの野生味あふれる方だ。
御歳59歳。でも「皇太子殿下」だ。
お孫さんもすでにおられるらしい。
「本日はよろしくお願いします」
「そう、畏まらないでくれ。いつものことだからなんてことはない。期待はするな。いつも通りの挨拶だぞ」
少しだけ眉毛を八の字にしがらも、豪快に笑ってくださる。
「アーロン殿下のお父上はお元気にお過ごしか?」
「はい。元気にしております。この会が終了しましたら、ハバル殿下にお会いしたいと父が申しておりますが、ご都合はいかがでしょうか?」
「もちろん、私もお会いしたい。相談したいことがあるのだ」
「承知しました。では父に伝えます」
わたしの後ろに控えていたエーベルに目配せをすると、エーベルはすぐさま父の側近の元に走って行った。
ハバル皇太子殿下と父は、同年代だ。
父の皇太子殿下時代はハバル皇太子殿下も独身の若い皇太子殿下だったから、この大陸殿下会で会うたびに酒を酌み交わす仲だったらしい。
父からハバル皇太子殿下の酒の席での武勇伝も聞いたことがある。
他の国ではどんどん世代交代が進み、我が国もそのひとつだが、ハバル皇太子殿下の火の国では、陛下が崩御されないと、即位することが出来ないことになっているらしく、陛下がまだご健在の火の国では、ハバル殿下はずっと皇太子殿下のままなのだ。
「来年は私は60歳になるのだが、そろそろこの会の卒業が迫ってきていてだな」
「…はい」
(火の国の陛下の体調が芳しくないということか)
「私の後任のことをそろそろ考える時期に来ていてだな…」
「…はい?」
そう言って、ハバル殿下がニヤリと俺を見た。
「ま、まさか…」
「アーロン殿下は真面目で責任感があるから私の後任に適任だと考えているんだがな」
(ヤバい。ヤバい。俺を役員にしようとしているな。
大陸殿下会の役員だなんて名誉かも知れないが、俺はライフワークバランスを大事にするタイプなんだ!これ以上の仕事も責務もごめんだ)
「我が国は世代交代が早いのでご期待に応えることは難しいかも知れませんね」
(無理だから。本当に無理だから)
「だから、アーロン殿下のお父上に相談に行くんだよ。死ぬまで引退するなってね!お願いをしようかと」
ムフと笑うハバル殿下から、悪魔の尻尾が見える気がする。
「ちょ、ちょっと…待ってください!!」
「まあ、考えておいてくれ。悪い話でもないだろう」
グフグフと楽しそうに笑いながら、ハバル殿下は片手を挙げて俺に手を振ると控え室に消えていった。
「マジかよ…」
その場に俺は呆然と立ち尽くす。
面倒なことになる前に対策を考えねば。
充て職だけでも大変なのに。
護衛騎士が気の毒そうに俺を見ている。
なぁ、騎士殿。
殿下業は見た目より辛そうだろう?