都市伝説
平日の昼食は会食などがない時は、王城の食堂を利用している。
エーベルは最初は「毒」を心配していたが、わが国は政争などもなく平和そのものなので王族の命を狙ったところで利が少ないのと、大勢の人が同じものを食べている食堂なので、毒の心配はないという結論に至った。
それでもエーベルは俺と同じものを必ず食べる。本人は言わないが、俺と同じものを食べて「毒見」してくれている。
これがどこに出かけてもだ。
俺はエーベルが毒見をしてくれる気持ちはとてもうれしいのだが、エーベルが俺のせいで毒で倒れるのではないかと、いつも心配になる。
だから、エーベルにバレないように、俺が一口先に食べるようにしていたりするが、これが見つかるとエーベルにすごく睨まれたりする。
さて、いつものようにエーベルと食堂に行くと、食堂にいる者が一斉にこちらを見た。そして、ざわっとなって、こちらの方をチラリチラリと見ては、周りの者と会話している。
一斉に視線を集めるなんて、そんなことは常時なので気に留めていなかったのだが、どうも今回はなにかが違う。
みんな、チラリチラリと見てはなにかを俺に言いたそうなのだ。
「「???」」
エーベルと顔を見合わせる。エーベルも同じ違和感を感じたのだろう。
食堂を見渡すと、こちらに向かって一所懸命に走ってくる小さい者がいる。俺より10歳年下の従兄弟のアルベルトだ。まだ少年でとても可愛い。
俺もそちらの方に向けて歩く。
「アルベルト!」
「アーロン兄上、聞きましたよ!確認したいことがあるのです!」
そんなに大きな食堂ではないので、そこに居合わせた者達は食事も会話を止めて、固唾をのんで俺とアルベルトの動向に注目している。
「アルベルト、確認ってなんだ?」
「大変なんです!」
息を切らしながらアルベルトがそう言うと、周りで俺たちの会話を盗み聞きしている何人かが首を縦に振って頷いた。
(みんなが大変だと思っている?)
割と大勢の人が知っているのか、ほぼ全員が心配そうに見守っていることに気づいた。
「なにがあった?私にここで話せることか?」
アルベルトは大きく「うん!」と頷いた。
「そのご様子なら、アーロン兄上はまだご存じないのですね。あの都市伝説の噂です!」
「都市伝説?」
周りの者は激しく頷いているので周知の事実なのだろう。
「今度の新年の舞踏会で、アーロン兄上は国中の独身女性を舞踏会に招待して、花嫁探しをすると噂になっています」
「く、国中?」
あまりの規模の大きさと、思ってもいない話に驚きを隠せない。
エーベルも同じように驚いている。
「はい。それはもう国中の女性を。それにアーロン兄上が花嫁探しをするって本当なのですか?」
もう、食堂中が好奇心で満ち溢れているのがひしひしと伝わってくる。
(都市伝説。ああ、あの都市伝説か)
みんなが大好きな「信じるか信じないかはご自身次第」の都市伝説。
その昔、どこかの国の王子がやらかしたらしい。
王子が国中の女性を舞踏会に招待して、その中のひとりに一目ぼれして恋に落ちるが、名前も聞けずに別れる。
唯一、彼女の身元が判りそうなものを残したのがガラスの靴だ。そのガラスの靴を頼りに彼女を探す、あの都市伝説。
そもそも、工芸品で耐久性もないガラスの靴を履いてくる女性というところで、都市伝説だとわかるだろうに。
もし工芸品のガラスの靴でダンスができたなら、靴擦れがすごいぞ。その時点でガラスの靴は割れるかもしれない。(まさか、ガラスの靴は強化ガラスだったのか?)
それに、国中の独身女性を招待したなら、あまりもの人数に受付でカオス状態だ。
入場していただけたとしても、ホールはぎゅうぎゅうで、恋に落ちるような優雅に踊れるダンススペースなんてあるわけないだろう。
だから、あれは都市伝説なんだ。
「アルベルト、まず、国中の女性を舞踏会に招待するなんてありえない。そんな予算は組んでいない。資料を見ればすぐに確認できるはずだ」
俺達の会話を盗み聞きしている何人かの官吏が激しく縦に頷き、その周りの者と「ほら!やっぱり!」と笑顔で安堵した様子を見せる。
「やっぱりそうですよね。」
「それにだ。俺は花嫁探しはしないよ」
「では、アーロン兄上にはもう心に決められた方がおられるのですか?」
「えっ?」
アルベルトのこの発言に、食堂の空気が一瞬で緊張に包まれる。
さて、どう返答して良いやら。
食堂中が俺の答えを固唾をのんで待っているのがわかる。
後ろをチラリと見ると、エーベルは吹き出しそうになっている。
「アルベルト、申し訳ないが混乱や誤解を与えるから、私がこの場でその質問に答えることはしないよ」
「さすがはアーロン兄上です。僕が迂闊でした。すみません」
アルベルトが「しゅん」と気落ちしたのがわかった。彼はまだこどもだ。悪気があって発言した訳ではないのはわかっているし、こういう素直なアルベルトは可愛い。
「私のことを心配してくれたんだろう。ありがとう。私は都市伝説の噂のことを知らなかったから聞けてよかったよ」
アルベルトの表情が一瞬にして華やぐ。
「僕はアーロン兄上のお役に立てましたか?」
「もちろんだ。また、なんかあったらよろしくな。頼りにしているよ」
「はい!」
それにしても、そんな噂が広まっていただなんて、俺の「嫁探し」の期待度の高さがうかがえる。
嫌になるな。
「アルベルトはどこで食事をしているのかい?隣の席が空いているなら、私も一緒に良いかな?」
「空いています!アーロン兄上こちらです」
そう言って、駆けだすアルベルトは無邪気だ。
そして、その一部始終を見ていた食堂中の者も、もうなにもなかったように食事をしだした。
旧知の間柄の官吏と目が合う。
すると彼は、「了解」と言わんばかりに、親指と人差し指で「〇」をサインしてきた。
俺は彼と目と目で合図をする。
後日、王都の各新聞の見出しは「アーロン殿下「ガラスの靴の都市伝説」を全否定!」だった。
最後に出てくるアーロン殿下と旧知の間の官吏は広報担当だったそうですよ。
ちなみに、都市伝説の噂に聞き耳を立てていたのは、財務課の官吏さんです。




