「過剰な愛」を注ぐふたり
俺の執務室は陛下の執務室や王妃の執務室に比べて、さほど広くない。
それは当然のことで、俺が陛下や王妃を支える立場のひとりで、宰相などと一緒で家臣のひとりに過ぎないからだ。
俺の執務室の場所は安全保障の観点から、ここでは公表できないが、エーベルの執務室控え室から入って、エーベルの机の前を通り過ぎたら俺の執務室の扉があって、そこから俺の執務室に入れる。
大体の官吏たちは打合せのために訪れるため場所を当然のように知っているので秘密にすることでもないのだが、万一国民のクーデターなどがあった時など非常事態のために、公にはしていない。
扉から入ると左側の壁沿いに俺の大きな執務机があり、部屋の中央にででーんと打ち合わせ用のテーブルセットがある。
右側の壁に沿ってチェストと本棚があり、入って正面のテーブルの奥は一面窓だ。テラスに出られる。
チェストの上には、各国の皇太子殿下からお土産で頂いたものがところ狭しと並べられており、国際色豊かなことになっている。
さすが皇太子殿下がお土産で持ってくるだけはあり、とても貴重なものや文化財的なものが多く、全ての物に文化財登録を済ませていて、これは国民の財産にもなっている。
飾っているとどうしても埃が溜まるので、時々俺が拭き掃除をするのだが、「これは文化財であり、国民の財産でもある」と意識して拭き掃除をすると、とても緊張する。
ところが、この文化財に登録されないお土産が3点ある。
それが、「動物」「食べ物」「植物」
そう、「生きている」ものだ。
「食べ物」はお土産を持って来られた方々と一緒に食したり、余れば王城で働く来賓に関わった官吏たちにもお裾分けすれば、すぐに無くなる。
「動物」は、王城で飼われることになるが、今のところ犬1匹だけなので馬と一緒に飼育されている。
番犬のように王城の門扉前を定位置にして、昼間はそこで警備の者と過ごしている。
大人しい気質でみんなに触らせたり、愛想良く挨拶をする賢い犬なので、気づけばみんなの「癒し犬」になっている。
そして「植物」
一旦は、俺の執務室に飾られることになるので、俺とエーベルが日々の世話をすることになる。
いまは鉢が2つある。
ひとつは砂漠が多い国の皇太子殿下から頂いた「サボテン」というものであまり水をやらなくて良い植物。
もうひとつは「ポインセチア」というクリスマスのシーズンにクリスマス発祥の国の皇太子殿下から頂いたものだ。
俺もエーベルも植物が嫌いではない。むしろ、好きな方なのだろう。ついつい毎日、競争のように水をやってしまう。だから、前にいただいたサボテンは水をやりすぎて枯らしてしまった。
エーベルも出勤してくるとすぐに水をやる。俺も執務の合間や帰り際に水をやり、ついつい「過剰な愛」で構い過ぎてしまう。
「エーベル、今日は鉢に水をやったか?」
「今朝、私が水をやりましたよ」
エーベルがしてやったりの悪い笑顔をこちらに向けてくる。少し笑みをこらえているのがわかる。
(チッ、もう水をやったのか)
「殿下、今朝にはたっぷりと水をやったので、明日は水はやらないでくださいよ」
ニヤニヤしながらエーベルは鉢に優しい眼差しを向ける。
(女性にもその優しい眼差しを向けろよ。その姿を見たら「眼鏡の奥の瞳が笑っていない」と恐れられるエーベルの印象も変わるのに)
エーベルも相当、このサボテンとポインセチアを溺愛している。
ポインセチアを頂いた時は赤い部分は花だと思って受け取ったのに、この執務室で改めてよく見ると葉だったのでふたりで度肝を抜かれた。
春ごろに徐々に赤い葉が落ち、黄色の小さな小さな花が咲き、秋のいまは緑の葉が生い茂っている。
葉が落ちる時も花が落ちるときもエーベルと俺は、やれ肥料や植え替えやと、かいがいしくお世話をした。
「そろそろ、このポインセチアの葉を赤くしないといけませんね。どうしたらいいのだろう」
先日、エーベルが水をやりながらそう呟いたので、俺はその言葉を聞き逃さなかった。
その日の夜に王城の図書室で植物関連の本を探す。王立図書館の規模には負けるが、王族の住む居住空間にも図書室はあり、そこでポインセチアの学術書を漁る。
1時間かけて、ほんの小さな記載を見つけることに成功した。
どうやら夕方から朝まで光を遮断して真っ暗にしないといけないらしい。それを2か月程すると葉は赤く色づくらしい。それには木箱を作って、光がはいらないようにするしかない。
王城は大抵なんでも揃っている。
木と釘とトンカチとのこぎりがあればできるだろうと、人がいなくなり静まりかえる王城の廊下を工具が置いてある場所までうきうきしながら歩く。
「殿下」業はなんでもひと通り勉強する。もちろん工具の使い方もだし、工作物を作るのも多くの技術者や職人が見守るなかで教えらえる。
そのおかげで意外になんでもできるが、悲しいことに器用貧乏だ。
翌朝、出勤してきたエーベルがポインセチアに被せられた木箱を見て驚いたのだろう。
俺が出勤してきてすぐに木箱のことを聞いてくる。もちろん、俺は王城の図書室にあった学術書を携えて出勤している。
ふたりで学術書を見ながら、冬のポインセチアの姿を想像する。
クリスマスの頃が待ち遠しいな。
そして、今日も俺とエーベルは過剰な愛を惜しみなくポインセチアに注ぎ、水のやりあいの競争をする。
もちろん、夕方に「おやすみ」と言って、木箱を被せる役目も取り合いだ。




