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半分こ

 コンコンコンと元気なノックをする音が聞こえる。

 エーベルが「どうぞ」といつものように愛想なく声を掛けると同時に、扉が開く音がする。

 そして、ノックの音と同じくらい元気な声でエーベルに気安く挨拶を交わし、エーベルに収穫祭や豊穣祭のお土産のお礼を述べている。

 そして、あのエーベルの声のテンションが少し上がった。エーベルがよく知っている人の来訪なんだろう。

 聞こえてくる声から、きっと相手は母の側付きの方だとわかる。

 例年、収穫祭や豊穣祭に出席したら、その地方の名物を作って売っている店で買い物をして、それを土産にする。

 そのお礼に来たのだろう。

 毎年、収穫祭や豊穣祭の日に決まって土産を買いに行くので、お店の人とも顔馴染みになり、俺たちの1年に1度の来訪を楽しみにしてくれている。

 買う数量も例年一緒なので、わざわざ取っておいてくれているようになり、その心遣いには頭が下がる。

 最初は地方の経済が少しでも回れば良いなという思いからだったが、いまは俺たちの方が彼ら達との交流や、その土地の名産の今年の出来について語り合うのが、地方の収穫祭や豊穣祭に行く楽しみのひとつになっている。

 

 母の側付きは俺もよく知っている人なので俺は席を立ち、エーベルのいる執務控え室に挨拶がてら顔を出した。

「アーロン殿下!」

 俺に気づいた彼女が大輪の花が咲くような笑顔を向けてくれる。まるで久しぶりに会う親戚の子どもを見るかのような親愛の眼差しだ。

「これを持ってきたのです」

 彼女の視線の先にはエーベルが両手で持っているお皿があり、エーベルが俺がよく見えるようにずいっと皿を前に出して見せてくれた。

 タルトケーキが1個。

「ありがとうございます。これはどうされたのですか?」

 そのタルトケーキにはすごく見覚えがある。

 俺の記憶が正しければ、数年前まで王城で料理人を勤めていてくれた方が作ったタルトケーキに間違いない。

 彼が独自で開発した独特のバターの香りが僅かにするし、タルトケーキの上には砂糖が絡められたさつまいもが綺麗に並べられていた。

 この飾り方は間違いなく彼の手法だ。

「先程、王妃殿下のご友人の方がお茶会の手土産に持って来られたのですが、アーロン殿下が大変このケーキをお好きだと王妃殿下がお話しになったので、アーロン殿下にも召し上がって頂くことになり、お持ちしました」

 そのとおり。この料理人が作ってくれるタルトケーキを俺は大好きだった。

 いまはなかなか口にできないことを残念に思っている。

「ありがとうございます。このタルトケーキは大好きです。これを作られた料理人の作る菓子はどれも美味しかったと記憶しています」

「そうだったんですね!」と目を輝かせた彼女がこのお菓子を作ってくれた料理人との王城での思い出話を少し話してくれて、彼女は部屋を後にした。

 

「アーロン殿下、お茶を入れますね」

 お皿を持ったままだったエーベルがそのままお皿を持って、一度部屋を出ようとしたので、慌てて声を掛ける。

「エーベル、お皿はそのままで良いよ。タルトケーキを預かるから、お茶の準備を頼む」

 手を伸ばしてエーベルからタルトケーキが載った皿を預かる。

「承知しました」

 お茶の準備のためにエーベルが部屋を出たのを見送ってから、執務室にタルトケーキをそっと運ぶ。

 片手でケーキを持ち、もう片手で執務机の上に散らばる書類を端に押し退けて、空いた空間にタルトケーキの皿をそっと下ろした。

 そして、誰もいない事を確認してから、執務机から1歩退がり、腰に刺している長剣を鞘から取り出した。

 剣の刃が鋭い光を放つ。

 それでもポケットからハンカチを取り出し、長剣の刃を丁寧にハンカチで拭く。

 綺麗に拭き上げたことを光にかざし確認したら、次は穴が開くかと思われるぐらいタルトケーキを観察して、刃を入れる場所を確認する。

 (えいっ!ここだっ!)

 心の中で掛け声をかけて小さく振りかぶり、タルトケーキに向かって、長剣を下ろした。

 ザクッ

 良い音がして、綺麗に半分に切れた。

 少しだけ、タルトケーキの土台がモロモロと崩れてしまったが、何の問題もない。

 机の端に寄せた書類の山から、まだ使っていない白紙を片手で取り出して、その上に半分に切ったタルトケーキをひとつ、剣を使ってそっと置く。

 そして、ハンカチで丁寧に尚且つ素早く長剣の刃をまた拭く。

 長剣でケーキを切ったことをエーベルが知ったら、「この剣はそんな使い方はしないと幼少の頃に習いましたよね」と渋い表情をするのが目に見えているからだ。

 でもきっとその後に、細い目をさらに細めながら笑ってくれるはず。

 俺はエーベルもこのタルトケーキが好きなことを知っている。幼い頃からふたりとも、この料理人の菓子が好きだった。

 母達のお茶会の当日は厨房から良い香りがしてくるので、こっそりふたりで厨房に駆けて行って菓子のつまみ食いをせがみ、よく食べさせてもらったものだ。

 

 コトッ。

 そっと、エーベルの机にタルトケーキが載った皿を置く。

 エーベル、早く帰って来ないかな。

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