秋の訪れ
いよいよこの季節がやってきた。
真夏の暑さで体力を奪われ、ようやく涼しくなってきて調子が戻ってきたところで、遠慮なくその忙しい季節はやってくる。
多くの人々はこの季節を心から待ち望んでいる。
そう!実り豊かな秋の季節!豊穣の秋だ!
そして、「殿下」業に就く俺にはまったりとする読書の秋などとは無縁!
本を読む時間なんて、全くない!
夏の暑い盛りの頃からエーベルがポツポツと届く手紙の封を開けながら、必死にスケジュールの紙になにかを書き込んでいた。
その姿を見ると、今年もこの季節がやってくるなと実感をする。
「エーベル、お疲れ様。今年の祭りの状況はどんな感じだ?」
「今年も昨年同様ですね。同じ日に3つ4つと祭りが重なっていますね」
「重なっているのか」
ふたりで顔を見合わせて額に手を当てながら、ふぅとため息を吐く。
多くの国民が心待ちにしている季節、豊穣の秋は祭りの季節でもある。
収穫祭や豊穣祭などと銘打って、国内各地の都市や街、村で様々なお祭りが開催される。
そして、もれなく王族を来賓として招待してくれる祭りが山のようにある。
祭りに呼んでいただけることは非常に光栄であり、ありがたくうれしいことだ。
ただ、祭りというのはどうしても秋の休日に開催が偏り、1日で何件も祭りのはしごとなる。
祭りはとても楽しいし、国民の方々と触れ合える貴重な時間だと思っている。
この季節にしか会えない人たちもいるから、俺も楽しみにしているのだが。
「王都の近いところと主要な都市は陛下と王妃殿下が担当で今年も良いですよね」
「例年と一緒で俺が王都と主要都市以外の地方をまわる方向で良いぞ」
俺はまだ若い。
王都に近いところや主要都市はまだ道が整備されているが、それ以外の地方になると、まだまだ整備が出来ておらず、街道を走る馬車はガタゴトとなり酷い有様だ。
なので、お尻が非常に辛いことになり、地方担当は体力のある俺が必然的に担当となる。
今年は馬で行こうかとエーベルと思案中だ。
そして季節も変わり、いよいよ豊穣祭や収穫祭の季節がやってきた。
エーベルと例年一緒に回ってくれる地方巡回に慣れた護衛の騎士2名の総勢4名で「殿下」業の俺は、地方の収穫祭や豊穣祭に陛下の代理として出席をする。
「今日は4か所だったな」
馬に飛び乗り、とにかく飛ばし気味に駆ける。日没までに4か所を回るのだから、悠長にしている時間はない。
どんな小さい村でも招待状をくれたならいく。小さな国ではあるが、たとえ行くまでに半日かかってそこの滞在時間が5分でも顔を出すのが我ら王族の勤めだ。
下準備はばっちりだ。地図で場所の把握もどんな街や村かも、重要人物も全部頭に叩き込んでいる。
俺はまだ「陛下」ではなく「殿下」なので、市井の人々は「陛下」ほど緊張しないのか、沿道でも親し気に手を振ってくれたり、「殿下~」と呼んでくれる。
そして俺は得意の微笑みと「小さく手を振る」をする。
「殿下~!!今年もお待ちしておりましたぞ!」
1年ぶりの懐かしい顔ぶれが、俺の姿が見えるなり、村の広場から人々が走ってくるのが見えるし、音楽を奏でていた者もダンスを踊っていた者もそのあとに続くように駆け寄ってきてくれる。
俺も馬を降り、一番に駆け寄ったきた者と握手を交わす。
「みな、息災だったか?」
日焼けした逞しい顔を見ながら、1年ぶりの再会にこちらも思わず顔がほころぶ。
「もちろんです。今年も天候に恵まれましたので、すべてが順調です」
俺の記憶が正しければ、この村の村長の息子だ。
「それはなによりだ。村長は?」
「あちらに」
彼が指さす方向に曲がった腰でゆっくりゆっくりとこっちに向かってきてくれている老人が見える。俺の視線に気づいたのか手を大きく振ってくれた。手を振り返す。
「村長もお元気そうでなによりだ」
1年ぶりに会う懐かしい面々。
みなが口ぐちに今年の作物の状況や、1年間であった出来事を事細かに報告してくれる。どこの誰が結婚しただの、そして訃報も教えてくれる。
俺は子供の頃から親父(陛下)について回っていたので、なんとなく顔が思い出され、訃報だと少ししんみんりとするが、そこは収穫祭や豊穣祭だ。
すぐに美味しい匂いが漂ってきて、みんな笑顔になる。そして、あれよあれよといろいろな食べ物を供物のように渡される。
食べ物を渡してくれる手は、男性でも女性でもどの手も大きくゴツゴツしていて、みんな働き者の手だ。俺はその手がとても好きだ。
収穫祭や豊穣祭では、とうもろこしや芋類がよく振る舞われる。だから俺は焼きとうもろこしを食べるのは非常に上手い!というか、列に沿って綺麗に食べられるし、焼き芋をむきながら立ち食いするのも、お手のものだ。
今年産まれた子供を抱っこしたり(俺の子どもはまだかとよく聞かれる)、老若男女問わずに一緒に踊ったりして、楽しい時間はあっという間に過ぎる。
そしてまた次の街や村に向かわなければならない。
「では、そろそろ次に向かうよ」
「もう行かれるのですか」
そう言うと、誰もが少し寂し気な表情をしてくれる。
「また来年、お互い元気な姿で会おう」
再会を約束し、後ろ髪を引かれながらこの村を発つ。
村の入り口まで送ってくれる人々が小さく見えなくなるまで何度も何度も手を振りながら、彼らの息災を天に祈る。
エーベルも護衛騎士も同じ思いなのだろう。みな笑顔で手を振っているけど、村から離れ我々だけになると少し寂しそうにする。
「アーロン殿下、来年も殿下の護衛をさせてくださいね」
「もちろんだ。来年もよろしく頼むよ」
そして、気持ちを切り替える。
「次の街はもっと人が多いぞ。先は長い。急ごう」
「「「はい!!!」」」
このように「殿下」業の秋の休日は、秋の恵みを感じつつも秋の淋しさと背中合わせで、忙しなく地方各地を回るのだ。