俺の卑屈な恋愛事情
イライラしている表情も姿も誰にも見られたくなくて、目立たないように足早に通路を歩く。
塔の屋上につながる光の差さない暗い階段に来ると、もう誰も見ていない。駆け足で一気に階段を登り、古くなった木の扉を勢いよく押し開けた。
ビューと風が頬を掠め、城下の街並みやその向こうの遠くの山々まで視界が拓けて、俺はようやく呼吸が出来た気がした。
塔の屋上は円形で360度見渡せる。腰の高さぐらいまでしかない壁の縁にゆっくり歩み寄り、腰を掛けた。
石造りなので石のひんやりとした温度が身体に伝わってきて、熱くなっていた心を鎮めてくれるようだ。
景色をぼんやり眺めながら、ひとりボソッと呟く。
「やってしまった…」
なんて子供っぽいことをしたのだろう。
自分の感情の赴くままにやってしまった浅はかな行動に、自己嫌悪に陥る。
ご令嬢の渾身の絵姿と釣書をひとつひとつ丁寧に確認しながら、令嬢に見合う男性との組み合わせを真剣に考えたが、結局は現実逃避でどうしようもない八つ当たりだ。
エーベルには大変悪いことをした。
今ごろ、絵姿と釣書の塔を前に困惑していることだろう。その様子が目に浮かぶ。
エーベルに全く罪はない。逆に絵姿を積み上げる時は気の毒そうに俺を見ていたよな。
あれはきっと、昨夕のことを乳母殿から聞いたに違いない。
昨夕の食事時に昼間のお茶会で他家のお年頃の息子、ご令嬢の結婚事情を聞きつけてきた母上から執拗に俺の「恋愛事情」を尋問されて、ニッコリと躱していたものの、内心はイライラが募っていた。
俺が恋愛に無縁だって知っているのに、どうしてこうも何度もしつこく聞いてくるのだろう。
好きな人はいないのか?気になる人はいないのか?恋愛をする気はないのか?
そんな人物がいたら、とっくに行動しているよ。
別に俺は恋愛をしたくない訳ではない。
ただ、恋愛が面倒でなにもしないだけだ。
いまは仕事が楽しいし、集中したいだけだ。
それにだ。
姑(母上)と小姑(古参侍女達)と同居、他国や様々な人から頂いた高価な貢ぎ物や貴重品、式典で使う立派なティアラなどの宝石類は文化財登録必須、結婚すれば死ぬまで共働き(執務と行事出席あり)、家計はすごく細かいところまで会計報告必須等、俺と結婚するとこれらがもれなくついてくるんだけど、結婚の条件最悪だと思わないか?
俺が女の立場だったら、こんな男との結婚だけは避けたくなる。
それでもこの条件を引き受けてくれる嫁を探せと?
それに、何を勘違いしているのか俺と結婚したら「贅沢ができる」と夢を見ている年頃のご令嬢が多いのにも困っている。
王家主催の舞踏会を開催したら、王城名物と揶揄される俺と言葉を交わすための令嬢行列ができるんだ。
一度、俺との結婚希望者を募って、「王城での暮らしとは」という研修をみんなでした方が良い気がしている。
研修をすると、一気に希望者はゼロになる気がするんだが…。
それと俺はごくごく普通の男だ。
「殿下」業をしているが、俺は物語に出てくるようなキラキラ王子ではない。
強いて言えば、一応金髪に青目でそこそこ長身だから、目が開いているか開いていないのかギリギリのうす目で俺を見たならば、多少はキラキラに見えるかも知れない。「殿下」フィルターがかかって、凛々しく見えたりもするかも知れない。
だが、その程度だ。
そんな状況なので、恋愛から遠ざかっていたら、昨夕は母上はしつこいし、絵姿は山のように積み上がるばかりだったのでイラッとしてしまったのだ。
いや、これは全て言い訳でしかないな。
恋愛出来ない、しない理由ばかりを探している。
本当は恋愛に臆病で卑屈になっているだけだ。なんて情けない。
いまは仕事が楽しくて、恋愛どころではないんだよ。
あと少しだけでいいから、そっとしておいてほしい。
時期がきたら、自ら行動するから。
でも、「殿下」業をやっていると、この「恋愛」という仕事が殿下業の中で1番難易度が高いのかも知れないと感じている。