閑話 機嫌が悪い殿下 エーベル視点
今日は朝からアーロン殿下の機嫌が悪いと思われる。
なんとなく…だ。ただの俺の推測と勘。
アーロン殿下は物や人に当たって、態度に出すような激情型の人物では絶対なく、どちらかと言えば常に穏やかな人だ。だから、じっと観察していても機嫌がわかるものでもない。
それぐらい、アーロン殿下は自分の負の感情をコントロールされていて、滅多にあまり外に出されることはない。
俺と殿下の長年の付き合いと、アーロン殿下の乳母殿がこっそりと俺に耳打ちをしてくれたことを総合的に判断して、今日は機嫌が悪いと判断した。
仕事ではアーロン殿下の傍にずっとついているが、四六時中、アーロン殿下と一緒にいるわけではない。
王族のプライベートな時間はもちろん別々だし、俺にもプライベートな時間がある。
そのため、アーロン殿下の日常のお世話をされる乳母殿と殿下の体調や、気づいたことなどを毎朝引き継ぎをする。
どうやら、乳母殿の話によると、昨晩の夕食時に王妃殿下が昼間に行ったお茶会で貴族同士の婚約話を聞きつけてきて、それを夕食時に延々と語ったらしい。
それが地雷だったようだ。
ああ…よくある例のヤツな。
俺にも身に覚えがたっぷりある。
「◯◯伯爵家のご子息が△△伯爵家のご令嬢と婚約したんですって。羨ましいわ。恋愛されていたんですって!ところでアーロンはどうなのよ?ねっ、ねっ」
最初はアーロン殿下も「ニッコリ」聞いておられたようだが、王妃殿下の矛先がアーロン殿下に向かいはじめると、デザートもそこそこに消えるようにスゥーと席を立たれたらしい。
王妃殿下は少しも悪気がないのが辛いところだ。
その話を乳母殿から聞いた後なのに、俺はいま手にしているこれを黙々と仕事をされているアーロン殿下に渡さなければならない。
「殿下、あの…またご令嬢達の姿絵と釣書が届きましたので、いつものここに置いておきますね」
「ありがとう」
目線を上げるわけでもなく、書類をずっと見たままの殿下からは生返事だけが返ってくる。
(やっぱり、機嫌が悪いのか)
殿下の大きな執務机の隅にそっと置くが、以前から置いてあるものが山のように積み上がっている。
そこに重ねた。もう、塔のように高い。
「だいぶ積み上がりましたね」
「そうだね」
「中身は確認されましたか?」
「ん。これが終わったら、目を通すよ」
「わかりました。わたしは執務控え室で作業をしておりますので、なにかあればお声がけください」
「ありがとう。わかった。エーベル、申し訳ないが貴族名簿と紙の準備を頼む。ああ、それと騎士団名簿と文官名簿も」
そう言って、殿下が書類から顔を上げられて、俺と目線が合うといつものようにニッコリ微笑まれた。
(なぜ、ご令嬢の絵姿と釣書を見るのに騎士名簿に文官名簿が?いや、でも珍しくヤル気を見せられているし、機嫌が悪いのは俺の気のせいか…)
それから静かに1時間が過ぎた。
「エーベル、ちょっと出てくる」
「どちらに?私も同行します」
「いやひとりで大丈夫だ。ちょっと上に行くだけだ」
そう言って、上に向かって指を指された。
アーロン殿下の息抜きの場所、屋上だ。
「わかりました」
「エーベル、あれ全部見ておいたから確認しておいてくれ」
あれって、あの積み上がっていた絵姿だよな?30冊ぐらいは優に超えていたぞ。
「えっ?全部ですか?」
俺が言い終わる前にアーロン殿下は無言でスタスタと歩いて、執務室を出て行ってしまった。
慌てて殿下の執務室に入り机の上を確認すると、全てに目を通したのか、机の真ん中に絵姿が綺麗に積み上がっていて、1冊1冊に不自然に紙切れが挟まっている。
「???」
挟まっている紙切れを不思議に思い、1番上の絵姿と釣書を手に取り開いてみる。
紙切れには男性の名前が書いてあった。
「!!!」
この絵姿のご令嬢と紙切れに名前が書かれている男性は、恋仲だと噂されていたカップルだ。
その次の上に置かれていた絵姿を手に取る。
やっぱりこれにも紙切れが挟まっていて、男性の名前が。騎士団に所属する男の名前が書いてある。
家格も年齢も釣り合っていて良い感じの組み合わせだ。
まさか…
絵姿1冊1冊に紙切れが挟まっていて、その絵姿のご令嬢に釣り合うように紙切れに男性の名前が書いてある。
「アーロン殿下、めっちゃ機嫌悪いじゃないですか!」
手間暇かけたアーロン殿下の無言の抵抗に、思わず苦笑してしまう。
それにしても、こちらが唸るぐらい上手い具合に組み合わせができている。
俺は我が殿下の洞察力に思わず感嘆の声を漏らす。
やっぱりこの方は「殿下」だ。
しかしだ。
ご令嬢の絵姿に挟まっている紙切れを全部確認したが、アーロン殿下の名前はひとつもなかった。
俺の名前?みなさまのご想像にお任せします。