Gの討伐
カチコチカチコチ ボーン ボーン ボーン ボーン
部屋の静寂を破るように、王城の1番高いところにある時計塔の鐘の音が部屋に響く。
王城は出るんだよ。世にも恐ろしいあれが。
とにかく建物が古い。古過ぎるんだ。
しかも、増改築を繰り返しているので、半ば迷路のようなところも多々あり、正直清掃は行き届いていない。
雨漏りがひどいところや、湿気でカビがびっしり生えているところなんて、数えきれない。
そして、どうして作られたのか用途も不明な謎部屋まであり、部屋は清掃されておらず蜘蛛の巣だらけだ。
石造りの城の壁は風化しているところもあり、窓を開けていないのに隙間風が入ってきて、自然とカーテンが揺れているのは日常茶飯事。
さて、ここまで読んだ諸君。
清掃?とも思いながらも、幽霊でも出るんだろうと思っただろう。
違うんだよ。
今日、出現したのはあれなんだよ。アレ。
幽霊についてはまたゆっくり切々と語りたい。
いまは会議室で俺と高齢の官吏と新人官吏の3人で、とあることについて打ち合わせ中だ。
エーベルは執務控え室で事務作業中でこの部屋にはいない。
3人の沈黙を埋めるかのように、カサカサッと嫌な音がして、その音のほうに3人で同時に視線を向けると壁にアレがへばりついている。
「あっ」
若い官吏がアレだとすぐに認識したようだ。
「殿下、ゴキブリですなぁ」
高齢の官吏は驚きもせず、ゆったり構えている。
「うん。ゴ、ゴキブリだな」
(うわぁぁ。出たよ)
王城ではよく見かけるが、少しも慣れることはなく一気に心拍数が爆上がりする。
一瞬の3人の沈黙。
そして、この部屋にいるメンバーを俺は落ち着いてもう一度見る。
ヤツ(ここではGと呼ぼう)の機微な動きに翻弄されそうな高齢の官吏、配属されたばかりのキラキラしている新人官吏。
G討伐に高齢の官吏は話にならない。
若さでは新人官吏の方が俺より若いのでGの機微な動きにすぐさま対応できそうだが、このキラキラした新人官吏にG処理をお願いするのはなんとも心苦しい。
そして、2人の視線が同時に俺に向けられた。
「叩くモノだな。俺が取ってくるからGを見張っていてくれ」
会議室を出た扉の横に要らなくなった紙が紐で束ねられていた。
腰に差している短剣を鞘から取り出して紐を切る。
紙を細長く筒状に丸めて、棒のようにして、パンパンと己の手を叩いて強度を確かめる。
紙は重ねると意外と強度が出るものだ。
それを持って会議室に戻ると、例のふたりの官吏はGを凝視している。
お互い睨み合っているのか、どちらとも微動だにしない。
実は俺は虫が苦手だ。触ることも出来ない。
だってそうだろう。
ひとり息子の俺はそれはそれは大事に、いや無駄に過保護に育てられた。
幼い頃に男の子は蝉取りの経験した方が良いと言い出した周りの大人たちに連れられて王城の庭に出たが、それはとても大袈裟なことになった。
網を持つ係、かごを持つ係、日傘を差してくれる係、茶を持ってくる係…とにかく大勢で庭に出て、蝉を探し、誰かが取ってくれるのを見るだけだったのだから、いまでも虫を少しでも触れる気がしない。
だから官吏ふたりが、俺は男だし、若いし、「殿下」だから虫ぐらい大丈夫ですよね。とか思っているはずだが、そんな訳、あるかい!俺は虫はダメなんだ。
でも「殿下」業の俺は、Gぐらい倒せると思われているので、Gの討伐を決心する。
「ではG討伐をするぞ」
「「御意」」
そおっと近づいて、紙の棒を振り下ろした。
が、Gが俺の殺気を察知したのか逃げられ、壁から飛び、足元に落ちた。
悲鳴を上げそうになったが、「殿下」業のイメージ保持のために堪えるが、新人官吏が派手に悲鳴を上げた。
もうその後は必死に床を叩きまくった。
「ふぅ。討伐は終わったな」
なんとか討伐に成功した。
「殿下」業のイメージダウンも防げた。
さすがに何度も叩いたので復活はないと信じたい。
額に汗が流れ、脇汗もひどい。
あとはあのGの処理だ。さて、どうするか。
机の上の打ち合わせに使用し、もう不要になった書類の1枚を手にした時、ノックがして紙を手にしたエーベルが入ってきたかと思うと、Gを鮮やかな手つきで紙に包んだ。
「大変でしたね。あとはこちらで処理をしておきます」
エーベルのその鮮やかな手際の良さに3人とも唖然とする。
「よ、よろしく頼む」
Gの姿を見ても表情ひとつ変えないエーベル。
エーベルの「側近」業はいつでもイメージ通りで完璧だ。