簡単に予定変更できないんだよ
「殿下〰️、アーロン殿下、着きましたよ」
エーベルに名前を呼ばれて、顔をハッとあげる。
大陸殿下会の帰りの馬車の中で、城に帰ったらすぐに別の打ち合わせが入っているため、その資料の読み込みに集中していたら、あっという間に城に着いたらしい。
大陸殿下会が昼過ぎで終わったからと、「殿下」業は、あとは城に帰って寝るだけだろうとそんな気楽なことを想像していた諸君、殿下業はそんなに甘くないんだよ。
しっかりと陽が落ちるまでは働く。
細かいことだが、ランプの灯りの油代はなるべく節約したいので暗くなったら余程のことがない限り、書類仕事はしないようにしている。
官吏達も同様に陽が落ちるまでは働いている。
今日はまだまだ陽は高い。
みんなも働いているので、俺がさっさと仕事を切り上げることはできないし、したくない。
大陸殿下会でこの2日は完全に執務が止まっていた。準備のための打ち合わせでもだいぶ時間を取られていたので、その皺寄せでしばらくは予定がめいいっぱい詰め込まれている。
日没までびっしり隙間なくだ。明日も明後日も。
お恥ずかしいお話だが、お手洗いに行く時間もないぐらいギチギチだ。
胸ポケットに仕舞っていた本日の1日の予定が書かれている紙を取り出し、この後の予定を確認し頭に叩き込む。
エーベルは今日の予定は全部頭に入っているのだろう。
懐中時計をポケットから取り出して、時間を確認している。
「ほぼぴったりですね」
どうやら予定通りに王城に帰って来れたらしい。
予定の紙に書かれている時間を見ると、本当にぴったりだ。
誰が大陸殿下会の昼食会場から王城までの馬車でかかる時間を正確に計算しているんだ。職人技過ぎる。
こんな調子で時間を管理され、「殿下」業の俺の1ヶ月先ぐらいまでのほぼ予定が埋まっている。
だから、他国の殿下から「ほったらかしにしてしまい可愛く拗ねた婚約者のために巻きで書類仕事を仕上げて、街でデートする時間を作っている」と聞いた時は信じられなかった。(その殿下が婚約者が拗ねるのも可愛いんだよねと惚気てきたのは、全力で話しを流した)
それ、恋愛小説の中だけのファンタジーだと思っていたよ。
実際は書類仕事もたくさんあるけど、それ以上に打ち合わせが多く、官吏達の予定も関わってくるから、打ち合わせを動かすとなると大勢の人の予定の調整が必要で大掛かりになる。
だから、簡単に予定を変更することはできない。
打ち合わせの予定を変更するなんてことは、俺は体調不良の時以外は滅多にしない。
デートのために巻きで仕事をするのも良いけど、それなら最初からデートの日の時間を取るなり、休暇を入れておくと良いのにと助言したくなるが、きっとこれは恋人も婚約者もおらず、全くもってその気配もない俺のひがみだ。
そんな、しょうもないことを考えて歩いていたら会議室の扉が見えてきた。
前を歩くエーベルの背中に疲れが見え隠れする。
大陸殿下会ではいろいろと水面下で動いてくれて、会の成功を支えてくれた。
エーベルのためにも、近いうちに「巻きで書類仕事をする」をして、早目に仕事を切り上げようかな。
さてと、エーベルに真意を悟られないようにどの仕事を巻きで終わらせようかな。