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忘却の剣、彼方へ  作者: Zero3
第一章
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残響①

冷んやりとした空気のなか、ゼーナは地下道をゆっくりと歩いていた。


服を拾った駐屯拠点を出てから、すでに二日が経過していた。

順調に進んでいる――そう言えたならよかったが、現実はそう甘くなかった。


最初の駐屯拠点で拾った地図を頼りに進んではいたものの、通路の至るところに地上から侵食してきた巨大な植物の根が入り込んでいた。通路を塞いでしまっている箇所も多く、無理に通ろうとすれば崩落しかねないような場所もあった。


やむなく迂回を選んだ途中、ゼーナは王城の地下にあたる区画を通りかかった。しかし、そこは酷く崩れ果てており、進める道は一本も残っていなかった。仕方なく、さらに大きく迂回を余儀なくされたのだが――そのときのリヴェリアの声には、怒りと、どこか寂しさが滲んでいた。ゼーナはそれに気づきながらも、触れず、ただ黙って歩き続けた。


進行は何度も妨げられた。地図に記されていない細かな分岐、崩れかけた通路、封鎖された扉――まるでこの地下道そのものが、ゼーナの行く手を拒んでいるようにさえ思えた。


もうひとつ、時間を費やさざるを得なかった理由がある。


それは――食料だった。


地下には食べられるものなど存在しない。森で持ち出した食料も尽きかけており、飢えには抗えないと判断したゼーナは、地図に示された非常階段のような構造を頼りに、一度地上へ出ることを決断した。


扉を開けて外へ出ると、そこもやはり森だった。濃い魔素が漂い、空は見えず、湿った空気が肌にまとわりついてくる。だがそれでも、小動物や果実など、口にできそうなものをいくつか見つけることができた。


そのとき、茂みの奥から何かが近づく気配があった。

現れたのは、背の低い四足の魔物。毛皮に覆われ、鋭い角を持ち、赤く光る目をしていた。唸り声とともに突進してきたその魔物に、ゼーナは反射的に構えていた。


“戦える”と、思った。新しい服を試すには、ちょうどいい相手だとさえ感じていた。


結果は――勝利。


鋼の剣による一閃で、以前よりも遥かに楽に魔物を倒すことができた。多少の攻撃は受けたものの、それでも立っていられたのは、“黒狼部隊”の装備があったからこそだった。


身体強化に合わせて、服が自然と魔力を通し、動きを補助してくれる。地面を蹴る際の反発力、衝撃を吸収するブーツの設計、腕の振りに追従してたわまずに伸びるシャツの柔軟性――どれもがゼーナの動きを妨げるどころか、むしろ導くような感覚だった。


それに軽量ながら、魔力を流せばまるで鎧のように身体を守ってくれる。布地のはずなのに、攻撃をいなすように受け流し、足さばきを妨げない。


その一戦で、ゼーナはようやく理解した。


この服は、ただの“衣服”ではない。

自らの力を引き出し、戦うための“武器”の一部なのだと。


――これが、リヴェリアが誇っていた理由。

その意味が、ようやく分かった気がした。


『やるじゃねぇか。ただ装備に頼って慢心しすぎるなよ。とりあえず今は無理せず、地上を離れろ。長居は禁物だ』


「……うん!」


リヴェリアからの賞賛に、ゼーナは思わず笑みをこぼした。けれど忠告もちゃんと胸に刻み、すぐさま地上を離れて地下道へと戻っていった。


その後の移動は慎重だった。


魔力操作の訓練も忘れず、歩きながら治癒と強化を同時に使用し続けた。


そうして、二日が過ぎた。


魔力の流れを絶やさず維持することに、ゼーナは少しだけ慣れ始めていた。リヴェリアも、ときおり小さく呟くように褒めるようになっていた。


そして今――


ゼーナは、二つ目の駐屯拠点の前に立っていた。壁の一部が広く開けた場所。その先には扉があり、扉の上部には古代文字のような装飾が施されている。周囲の石壁にはかすかに光る装飾の痕跡が残っており、かつてここが人の営みのあった場所であることを物語っていた。


『中に入るぞ。ここは第二駐屯拠点のひとつだ』


リヴェリアの声にうなずき、ゼーナは扉に手をかけた。


ひんやりとした空気が、扉の向こうから流れ込んできた。

かつて兵士たちが集い、任務に備えていたはずの空間――その痕跡が、今もそこかしこに残されている。


扉を押して中に入ると、空間は外からの光を一切拒む暗闇だった。


けれど、ゼーナが一歩踏み込むと、周囲の壁がほんのりと淡い光を灯し始めた。最初の駐屯拠点と同じく、魔素に反応して魔道具が起動する仕組み。おそらくこれが、アストリアという国における“標準”だったのだろう。


ゆっくりと奥へと進む。廊下は石造りで、両側には装備棚らしき構造が続いていた。金属の箱、開いたままの工具台、誰かが書きかけて放置した記録簿。どれもが埃を被り、まるで時が止まったかのような空間だった。


「……誰も、いないね」


ゼーナがぽつりと呟く。


『当然だ。ここがどれだけ放置されていたか、今までの状況から見れば明らかだ』


リヴェリアの声は冷静だったが、どこか寂しげにも聞こえた。


通路をさらに奥へと進んでいくと、小さな広間に出た。壁には旗が掛けられ、中央にはアストリアの紋章が描かれている。かつてこの場所が“王国”の一部であったことを今もなお静かに主張しているかのように、旗は色褪せず、凛とした姿を保っていた。


そして――


ゼーナの視線が、ふと一角に向いた。


人影。

正確には、人影だった“もの”。


骸骨が、鎧のようなものをまとったまま、壁に寄りかかるようにして座っていた。右手にはぼろぼろの剣、左手には小さな魔道具のような物体。


ゼーナは思わず息を呑み、足を止める。


「……これって……」


『間違いねぇ。ここの守備兵の成れの果てだ。最期まで任を全うしようとして、ここで命尽きたんだな』


リヴェリアの声に、ゼーナは小さく頭を垂れた。


この先、自分も彼らと同じ道を辿るかもしれない――そんな予感が、胸を締め付けた。


けれど、その骸骨の傍にあった箱に視線を移したゼーナは、ふと目を細めた。


中には、手入れの行き届いた“何か”が収められていた。


「……これは……?」


ゼーナはそっと中身を取り出す。それは、黒い革で作られた手袋だった。


一見、普通の手袋のように見えた。だが指を通してみると、すぐにその違いがわかった。しっとりとした肌触りで、着けていて心地よく、しかも――


(軽い……そして、動かしやすい)


手のひらを握って、開いてみる。その動きに一切の引っかかりがなかった。まるで、何も着けていないかのような感触。


『その手袋も、例の戦闘服の一部だな。魔力の流れを阻害せず、手の動きに合わせて自然に魔力を流せる構造になってる。特に、変質操作や精密な魔力制御を使う者にはありがたい装備だ』


ゼーナはそのまま手袋を装備し、指先をじっと見つめた。


ここにあるすべてが、誰かの努力と研鑽の証であることを思うと、自然と背筋が伸びる。


(私も……この装備に見合う強さを身につけなきゃ)


そう心に誓いながら、ゼーナは深く息を吸い込み、再び前を向いた。





駐屯拠点を出たゼーナは、再び地下通路を進み始めた。


『この先は、“星環門”付近に繋がる通路だ。つまり国の外縁の下に繋がる道だ』


リヴェリアの声は、いつもより少し慎重な響きを含んでいた。


ゼーナは静かに頷きつつ、通路の壁に目を向ける。そこには、いつの間にか小さな刻印のようなものが浮かび上がっていた。乱雑に彫られたその線は、どこか不気味な印象を与えてくる。


(……空気が変わった?)


言葉にするには曖昧すぎる違和感。足元の石の感触も、壁の冷たさもこれまでと同じはずなのに、どこかじわりと肌を撫でるような感覚があった。


『ゼーナ』


「……分かってる。なにか、いるかもしれないんでしょ」


『ああ。断言はできないが……この先はもしかすると……滅びきっていないのかもしれないな』


「どういうこと?」


『……この国の滅びは中心から広がった。それは間違いない。つまり外側は滅びの影響をあまり受けていない可能性があるってことだ……』


ゼーナは息を吸い、ゆっくりと握った拳に力を込めた。魔力が服に馴染み、身体にしなやかに沿っていく。


空気がぴんと張りつめていた。これまでの場所とは、明らかに何かが違う。


通路の先に、薄暗い中で扉がぼんやりと光を返していた。


(……行こう)


扉を開け、先へと進む。ここから先は、門に向かって外側へ進む道。分岐もそれほど多くはない。


ゼーナは地下道をさらに進んでいく。道幅は広く、魔道灯の明かりも途切れずに続いていた。けれど、足音を立てるのが躊躇われるほど、空気は静まり返っていた。


数時間ほど歩き、いくつかの休憩を挟んだその後だった。


『やっと中間地点ってところか。見ろ、また駐屯拠点だ』


石の柱の隙間から、少し開けた空間が見えた。先の二つの駐屯拠点に比べ、破壊の痕跡が少なく、比較的綺麗に保たれているようだった。部屋も複数に分かれているようで、重厚な扉や金属棚、魔道具の残骸などが点在している。


「……ここは、前の2つより綺麗だね」


『そうだな……まるで、“王国の内側と時間の流れが違う”みたいだな。何かが残ってるかもしれないな』


ゼーナは警戒を解かず、ゆっくりと内部へ足を踏み入れる。物音ひとつない空間。けれど、ただの静けさではなかった――そこには何かが沈殿しているような重みが、確かに存在していた。


まずは最奥の部屋を目指す。そこには武器棚がいくつも並び、蓋の開いた収納箱からはさまざまな武具が顔を覗かせていた。


「剣……短剣、槍、斧も……」


手に取った剣は、重すぎず軽すぎず、しっかりとした造りだった。魔物から奪った剣よりも状態は良好で、柄の部分にはリヴェリアが語っていた“正規装備”の証となる刻印が刻まれていた。


『これは使えるな。使える物があれば迷わず拾っておけ』


「うん……でも、なんだろう。この空気……」


その時だった。


背後から、ぎい……と金属が擦れるような音が響いた。


ゼーナは反射的に振り返る。


最奥の部屋――その扉の脇に並んでいた兵の亡骸。そのうちのひとつが――動いた。


正確には“立ち上がった”のではない。“動いた”のだ。それは明らかに死体のはずだった。干からびた皮膚の下から骨が覗き、瞳孔のない眼窩には淡く揺れる青い光が灯っていた。


「っ……!」


咄嗟に剣を構える。


だが、それは一体だけではなかった。


目の前で、乾いた音とともに三体の骸骨が立ち上がる。いずれも朽ちた兵士のなれの果てであり、剣を携えた者、弓を番えた者、そして杖を構えた者――それぞれ異なる役割を持つように立ち上がっていた。


「っ!」


真っ先に動いたのは、剣士の骸骨だった。低く地を蹴り、音もなく間合いを詰めてくる。その勢いに対抗するように、ゼーナも咄嗟に身体強化を施して剣を構えた。金属と金属が激しくぶつかり、鋭い火花が散る。


(速い……!)


重み、速さ、そして軌道の正確さ。剣の一撃は、ただの魔物が振るうものではなかった。


「ぐっ……!」


交差した剣を押し返そうとしたそのとき、背後に何かが閃いた。とっさに横へ跳ぶ。


背中をかすめて風が通り、床に矢が突き刺さる。


振り返ると、弓を構える骸骨兵がいた。短弓を手にし、無表情のまま、次の矢を番えている。


『連携してる……あいつら、体に残った記憶で連携してやがる!』


ゼーナが距離を取った隙に、剣士の骸骨が再び迫ってくる。


その後ろでは、杖を構えた骸骨兵がゆっくりと詠唱のような動作を始めていた。


『呪文…!魔法が来るぞ!』


「魔法まで……!?」


床に微細な魔素の痕跡が現れ、空気が重くなる。何かの術が発動しようとしている――。


「っ、来る……!」


ゼーナはとっさに飛び退く。直後、さっきまで立っていた場所に紫色の雷撃が落ちた。


耳がキィンと鳴る。鼓膜が焼けそうなほどの衝撃音。壁に背をぶつけながら息を整える。


目前には、再び剣士の骸骨が迫ってきていた。


受け流そうとするが――間に合わない。


(だめ、避けきれない――!)


ゼーナは息を止める。避けきれないなら、受けるしかない。


一瞬で魔力を腕に集中させ、身体強化を限界まで引き上げた。剣を前に突き出し、肩を引いて衝撃を受け流す体勢を取る。


骸骨の剣士が斬り込んでくる。


衝撃。火花。剣が折れそうなほどの力がゼーナの腕を貫く。だが、魔力の補助によって、何とか受け止めることができた。


次の瞬間――


「っ、ぐぁっ――!」


肩口に鋭い痛み。矢が突き刺さる。身体強化が間に合わず、ゼーナは地を転がった。


即座に矢を引き抜き、治癒の魔力を流し込む。血は止まる。しかし痛みが引く間もなく、魔法使いの骸骨が再び詠唱を開始していた。


(近距離、中距離、遠距離……それぞれが役割を持って、私を追い詰めてる……)


息が詰まりそうだった。魔力は削られ、回避の余地も少なくなっている。けれど――このままでは終われない。


ゼーナは急いで後方へ退き、棚の陰に身を潜めた。少しでも魔力を回復させようと必死に呼吸を整える。


『ゼーナ。あいつら……“戦術”を覚えてる。突撃、牽制、魔法の火力支援。完全に連携してやがる』


「じゃあ、どうすれば……」


『崩すしかねぇ。あいつらの陣形を。剣士の隙を作って、弓と魔法のどちらかを先にやるしかねぇ。まずは遠距離の一体を集中して潰せ』


ゼーナは頷いた。次からの行動が、生死を決める。


『いいかよく聞け。これが作戦だ――』

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