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忘却の剣、彼方へ  作者: Zero3
第二章

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冒険者達②

リオン・バルクスは、朝の喧騒に包まれたギルドへと歩を進めていた。

依頼を探すため、正確には“まともな依頼”を探すためだ。


(……ガキのお守りなんざ、もううんざりだ)


心の中で毒づくと同時に、舌打ちがこぼれる。

弱い魔物の討伐や採取ばかり。冒険者の名に値しない退屈な依頼に付き合わされ、腕が鈍っていくのを肌で感じる。


今日こそは違う。

血が滾るような仕事、とまでは言わないがせめてマシな依頼を。そう思っていた矢先だった。


「……おい、そこのお前」


不意に路地の入口から声がかかる。

振り返ったリオンの視線の先には、一人の男が立っていた。


背は高く、しっかりとした体躯に冒険者然とした皮鎧を纏い、要所には金属板が打ち込まれている。装備自体はごく一般的なはずなのに、妙に様になって見える。リオンから見ても立ち姿に隙がなく、重心の置き方ひとつからして、実力者のそれだった。


リオンは思わず眉をひそめる。

その顔に見覚えはない。だが、ただの冒険者でないことだけは理解できた。


「……何だ?」


「お前にとって良い話がある。聞いていけ」


唐突な誘いに、リオンは露骨に怪訝な眉をひそめる。


「興味ねぇな」


だが男は一歩近づき、低く続けた。


「未熟な少女のお守りなど、うんざりしているんじゃないのか?」


リオンの足が、わずかに止まる。


「……何が言いたい」


「お前が本来の日常に戻れるような話だ」


挑発とも取れる声音に、リオンの目が細められる。

男は薄く笑い、顎で路地裏をしゃくった。


「ここじゃ人目がある。もう少し静かなところで話そう」


警戒は消えない。だが、現状にうんざりしていたのは事実だ。しばしの逡巡のあと、リオンはゆっくりと男について行った。

路地裏に入ると、男は声を潜めて口を開く。


「簡単な話だ。この計画が成功すれば……お前は自由になれる。それどころか、うまくいけば大手柄だ」


「大手柄だと……?」


「ああ。俺は帝国の人間だ。狙いは、あのゼーナとかいう少女だ。帝国の調査にとって重要な人物でな。直接連れ帰る必要がある」


その言葉に、リオンの眉が跳ね上がった。


「……帝国、だと?魔門調査を邪魔したてめぇらにもイラついてんだよ。今ここで叩きのめして、ギルドに突き出してやってもいいんだぞ」


男は眉一つ動かさず、薄く笑った。


「今ここで俺をギルドに突き出せば、お前はまたしばらくあの少女のお守りを続けることになる。そもそも、お前に俺は捕らえられん」


挑発めいた声音に、リオンの眉がぴくりと跳ねた。

手が、無意識に背の槍へと伸びる。


「……やってみるか?」


低く唸るような声。

一瞬にして、空気が張り詰めた。石畳の路地裏に、二人の殺気がぶつかり合い、火花が散るかのように緊張が走る。


だが、男は一歩も引かない。

むしろその眼差しは冷静さを湛え、口元には余裕の笑みすら浮かんでいた。


「まぁ、落ち着け」


手を広げ、諭すように声を落とす。


「お前の気持ちも分かる。ここ最近この辺は強力な魔物も出ず平和だった。そこにいきなり未知の地への門が開かれたんだ。お前の様な野心溢れる冒険者はさぞかし楽しみにしていたのだろう」


男は小さく鼻で笑い、肩をすくめた。


「だがそれは俺たち帝国調査隊のリーダー、ノクスが決めたことだ。俺たちは従っただけにすぎん」


「そんな言い訳で、俺が引き下がるとでも思うか?」


リオンの声はなおも刺々しく、槍にかけた手へ力がこもる。

対して男は涼やかに続けた。


「だが……俺はそのノクスが気に入らんのだ。本来俺が受けるべき栄誉を、ぽっと出のあいつが奪う。許せんのだ。だから――この計画で痛い目を見てもらう」


淡々と、まるで天気の話でもするかのように。

だがその瞳の奥には、別種の熱が潜んでいた。


「計画はこうだ。まず俺が内密に依頼を偽装し、お前らのパーティを誘き寄せる。そこで襲撃し、少女を連れ去る……その手伝いをしろ。単純だろう?」


リオンは鼻で笑った。


「はっ……それのどこが俺の得になる?俺は保護って名目で同行してるんだ。誘拐されたら、その時点で任務は失敗、大失態だろうが」


男はにやりと笑みを深める。


「そこからが肝心だ」


彼は懐から、小ぶりの装飾品を取り出して見せた。


「現場にこれを置いていく。ノクスの隊長章レプリカだ。ギルドの連中に顔を隠した男に襲われたが、何とかこれを奪い取ったと言い、少し調べれば――“ノクスが襲撃した”と思い込むだろう」


リオンの眉がわずかに動く。


「お前ら調査隊のリーダーは、ノクスと交戦して引き分けたんだろう?だったら、そのノクスから襲撃を受けたと聞けば“仕方ない”と納得する。少女がいないのであればお守りの任務も終わり、証拠を持ち帰ったお前を賞賛するだろう。」


男は楽しげに続けた。


「そして、ノクスは誘拐なんて強引な手を使った挙句失敗し、その上証拠を残すマヌケとして帝国から叱責される。少し間を置いて……あの少女を私が帝国に納めれば、栄誉を賜れるだろう」


一瞬の沈黙のあと、男は肩をすくめて言い切った。


「お互いに理のある取引だ。やらない手はあるまい。追加報酬で金を払ってもいいぞ」


リオンは短く息を吐き、目を細めた。


「……俺がこの話を了承したうえで、ギルドに全部ぶちまけたらどうするつもりだ?」


わずかに挑むような声音。だが男は眉ひとつ動かさない。


「構わんさ」


静かに返すその口調には、一切の迷いがなかった。


「もともと俺の任務は“監視”だ。ならばあの子供の警備が増えたところで、俺が直接接触しなければいいだけのことだ」


余裕を見せるように、唇の端を吊り上げる。


「お前が名前も知らない俺の顔を細部まで描けるなら、今ここで始末するしかないが……そんな風には見えん」


リオンは眉をひそめつつも、わずかに肩をすくめる。


「……考えておく」


それだけを答えると、背の槍から手を離した。男は満足げに頷き、声を落とす。


「いい返事だ」


男は懐から巻紙を取り出して見せ、指先で軽く弾く。


「近々、この“廃村に住み着いた小鬼討伐”の依頼をお前指名で出す。俺が偽名で出すものだ。それをお前らが受ければ――計画に同意したと見なす」


「……なるほどな」


「二週間後に出すつもりだ。返事を楽しみにしておくよ」


軽く片手を振ると、男――ラクール・グレイアムは路地を抜け、群衆の中へと紛れていった。

残されたリオンはしばらくその背を睨みつけ、深い吐息を漏らす。



謎の男と別れたあとも、リオンの思考は路地裏で交わした言葉に囚われていた。

計画に乗るべきか、それともギルドに伝えるべきか。

街の雑踏を抜け、昼下がりの陽光に照らされたギルドへ向かう足取りは自然と速くなる。

石畳を踏みしめるたびに、胸の奥で思考が渦を巻き、結論は出ないまま堂々巡りを続けていた。


そして、ギルドの正面玄関に差しかかったその時だった。


「あっ」


聞き慣れてしまった声に、リオンは舌打ちをした。案の定、ゼーナがこちらを見ていた。

振り返る気もなかったので、無視して歩みを進める。


「……ねぇ」


足が止まる。リオンは深い溜息を吐き、振り返った。


「……なんだよ」


「ちょうどよかった。魔刻術(エンブレア)を見せてほしくて……」


ゼーナにはリオンの感情がまるで伝わっていないようだった。

その鈍感さに一瞬言葉を失うが、リオンは鼻で笑ってあしらう。


「はぁ?なんで俺がお前に見せなきゃなんねぇんだ」


声は棘を帯び、吐き捨てるように響く。

だがゼーナは怯むことなく、まっすぐ見返した。


「……魔刻術がどんな力か、経験したいの」


その真剣さが、逆にリオンの苛立ちを強めた。


「断る」


即答。

ゼーナの瞳に一瞬の迷いが浮かび、次の言葉は困ったように吐き出された。


「そっか……」


ゼーナは独り言のように続けてつぶやく。

リオンはそれをスルーして玄関を抜けようとした。


「……どうしようかな……カイルに手合わせを頼もうかな。カイルのほうが武器の扱いは上手そうだし……」


その瞬間、脳裏で火花のようにプライドが爆ぜる。


「おい」


ゼーナの言葉を遮って言葉が出る。そのリオンの目は、怒気を孕んでいた。


「あの銀級の方が上だって?」


声は低く、しかし一言ごとに刃を突き立てるような鋭さがあった。

フラストレーションが溜まっていた上に、プライドを刺激され、痛い目に合わせてやりたくなった。

鈍感なゼーナにも流石に言葉を失い、小さく瞬きをする。


「いいぜ、見せてやるよ。俺の実力を」


返答を待つこともなく背を向ける。

足取りには迷いがなく、怒気と自尊心に突き動かされるまま訓練場へと向かっていく。


その背中にただならぬ気配を感じ、ゼーナは小さく息を呑んだ。

だがすぐに覚悟を決めるように、無言でその背を追う。


昼の喧騒を離れ、闘技場のしんとした空気が二人を包み込む。

観客席に誰もいない。静まり返った空間に、足音だけが響いた。


リオンは正面に立ち、槍を軽く地面に突き立てると、鋭い視線をゼーナへ向ける。

口元には笑みもなく、その眼差しには苛立ちの色が濃く滲んでいた。


「手加減はしてやる。だがな、今日は機嫌が悪いんだ。怪我しても文句は言うなよ」


吐き捨てるような声。

ゼーナは少しも怯まずに、静かに首を縦に振った。


「大丈夫。問題ない」


その返事が、リオンの神経を逆撫でする。このガキは、自分のことを舐めていると感じたからだ。


「……そうかよッ!」


怒声と同時に、リオンの体を青白い稲光が駆け抜けた。

髪が逆立ち、槍の刃先からは火花が散る。


魔刻術(エンブレア)――“雷装(イクザール)”ッ!」


雷光が迸り、闘技場が照らされる。次の瞬間、リオンは雷光を纏ったまま、ゼーナの背後へと回り込んだ。

そして、槍の穂先が突き出される。


「――ッ!」


ゼーナの身体が衝撃と稲妻に包まれ、まともに受け身も取れず、地面を転がりながら吹き飛ばされる。

闘技場に鈍い音が響いた。


もっとも、彼らが手にしているのは模擬戦用に作られた訓練用の武具であり、刃は潰され、殺傷能力はない。だが、そこに流れる魔力や雷撃の付随する衝撃までは無効化できない。直撃すれば十分に痛みを伴い、無防備に受ければ気絶すら免れなかった。


「……なんだよ、これで終わりか。つまんねぇな」


リオンが失望したかのように言う。

せっかく痛めつけて鬱憤を晴らしたかったのに、一撃で倒れてしまえば拍子抜けもいいところだった。

だが、砂埃の中から、ゼーナがゆっくりと身体を起こした。


「……まだ……できる」


その声に、リオンの眉がわずかに動いた。驚きと、苛立ちが入り混じったように。


「……へぇ。じゃあ、もう少しストレス解消に付き合ってもらうぜ」


再度、雷光を帯びた脚が地面を蹴る。視界から姿が掻き消えたかと思うと、今度は正面から槍が横薙ぎに振るわれる。


「くっ……!」


ゼーナは目では追えていない。だが反射的に両腕で剣を交差させ、防御の姿勢を取った。不完全ながらも、かろうじて攻撃を受け止める。


「防いでも無駄だぜ」


リオンの声が雷鳴と重なる。

槍を伝って青白い稲妻が迸り、ガードの上から雷撃が走る。ゼーナの身体が震え、息が詰まった。


「これが俺の雷装(イクザール)だ。防御なんざ関係ねぇ。防ぎようがねぇんだよ」


言葉通り、リオンの攻撃は一撃で終わらない。

雷光を帯びた槍が舞うように走り、苛烈な攻撃を高速で繰り返す。わざと威力を落とし、嬲るように。


ゼーナは必死に剣を構え、高速攻撃に耐え続ける。だが、リオンはふと眉をひそめた。


(……妙だ)


速度で圧倒しているはずだ。ゼーナの目ではリオンの動きを追えていない。

だが、それでも――防御を合わせようと“している”。


(気のせいか……)


リオンは気にせず、雷撃を伴った攻撃を叩き込み続けた。

幾度も槍が鳴り、雷が閃き、ゼーナの体力を削っていく。


そして――


「……っ」


ゼーナの視界が大きく揺らぎ、そのまま力が抜けた。

剣が手から滑り落ち、地面に倒れ込む。


「やっとか」


わざと弱めていたとは言え、これほどの打ち込みを受け続けてなお、今まで立ち続けていた。その異様な粘りに、違和感が胸に残る。

溜まっていたストレスも、大体は解消した。


「チッ……ガキにしちゃタフすぎだろ」


それだけを呟くと、槍を肩に担ぎ直し、闘技場を後にした。


ギルドの受付に立ち寄り、掲示板に足を止め、リオンは目についた依頼書を一枚乱暴に引き抜いた。内容もろくに確かめず、そのまま受付に突き出す。


「これを受ける」


淡々と告げ、事務員が受注の印を押すのを待つ。その手元を一瞥したあと、リオンは続けた。


「……ああ、それと。理由は知らないが闘技場にガキが倒れてる」


書類を受け取ると、振り返りもせず、石畳の廊下を無造作に歩き去っていった。


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