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忘却の剣、彼方へ  作者: Zero3
第二章

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冒険者達①

初依頼から、二週間ほどが過ぎた。


ゼーナは数日に一度のペースで依頼を受け、生活をしていた。

薬草や鉱石の採取、魔物ですらない弱い獣の討伐。

危険も少なく、手順さえ間違えなければ難しくない仕事だ。

冒険者になったばかりな上、初依頼で危険な目に遭ってしまったことや、ゼーナの見た目のせいなどもあり、ある程度以上の依頼はギルドから禁止されていた。


カイルはあれからも嫌そうな素振りを一度も見せず、必要なら喜んで手を貸してくれている。

対してリオンはあからさまに嫌そうで、何もしないまま見ているだけだったり、途中で姿を消し、報告の時だけ戻ってくることもあった。

そんなリオンの態度にカイルは何度か苛立ちを見せていたが、ゼーナとしては正直、どちらでもよかった。

手を貸してくれるなら助かるし、そうでなければ自分でやるだけだ。


そして、もうひとつの懸念点。

森での邂逅以来、レノ達は一度も姿を見せなかった。

あの異様な力を思い返すたびに背筋がひやりとしたものをゼーナは感じる。

二度と会わずに済むならそれはそれで良いとも思えた。


依頼を受けない日は、ノクタリカ中心街にある図書館やギルドの資料室に通うことにしていた。

時間の数え方、貨幣の価値、文字の読み書き、基本的な知識から少しずつ覚えていき、分からないことは後でカイルやギルド職員に聞いて学ぶ。


ゼーナが持っている知識は、どこか歪だった。

言葉の意味、道具の使い方や生活に必要な最低限の知識――そうしたものは、考えずとも自然に理解できる。

だが、知らないものも多い。


それはなぜか。

リヴェリアがゼーナの中から消えた際に見た記憶。

今、自分の身体の基となったのは、リヴェリアの娘――リシアの身体。

リシアはゼーナの見た目よりも、もっと幼く、10歳の少女だった。

戦い、国家や歴史に関する深い知識など、彼女にはなかった。

年相応の、ごく一般的な知識。


ゆえに、ゼーナが目覚めた時点で持っていた知識も、その程度だった。


だが、国が崩壊した後、森が形成されるほどの時間が経ったせいか、身体の構築が不完全だったせいか。

原因は分からないが、抜け落ちている知識も多い。

フォークなどの食器の使い方が分からなかったのがいい例だ。


そして、今日も足りない知識を補うため、ゼーナは朝から図書館へ足を運んでいた。

静まり返った書架の間で、彼女は分厚い本を両側に広げ、黙々とページをめくっていく。

読んでいるのは、子供向けに書かれた絵本や、街の学校で使われる教科書。さらに歴史や戦いに関する記録など、様々な本。片側に文字を読むための教本を開き、文字も学びながら読むため、進みは遅い。けれど、それでも必要なことだと割り切り、ひとつひとつの言葉を確かめながら読み進めていた。


そして、ゼーナはひときわ分厚い冊子を手に取り読み始める。

背表紙には“ゼルア歴史年表”と記されている。

本によると、この世界全体を“ゼルア”と呼び、世界の歴史が細かく記されている。


アストリアという名をどこかで見つけられるのではないか、そう思ってこの数日、図書館に足を運ぶたびにこの本を読み続けていた。

もっとも、文字を追うだけでも一苦労で、一冊をすべて理解するには時間がかかる。それでも、少しずつ、断片的に内容を掴めるようになってきていた。


この世界の歴史は、ある出来事から始まっている。

「五つの大陸にそれぞれ1柱づつ神が現れ、人類を創造した」ところからの歴史。

そこから数多の王国の興亡、各小国の繁栄や衰退、冒険者ギルドの成立などが続いていく。

だがアストリアついては、どこを読んでも一言も触れられていなかった。


不自然なのは、その「五つの大陸」と「それらを囲む海」に加えてもう一つ、大陸が存在していることだった。


魔領地の大陸。


地図の中心に描かれ、五つの大陸に囲まれているその大陸について、書かれているのはただ一言。

「未踏の地」。


歴史も、文化も、人の営みも、一切記されていない。

ただ、歴史の合間に多くの国が、軍の船団や調査隊を差し向けていたことは記されていた。

そして、その全てが、大陸を覆う暗い濃霧の中に消え二度と戻ることはなかった。


もうひとつ気になる情報があった。

ゼーナが今いる“自由領テラノヴァ”に存在する開かずの“魔門”。

その巨大な門と連なる城壁によって、大陸の一角は完全に閉ざされていた。

閉ざされた地の奥、荒海に面した断崖から魔領地の大陸へと渡る巨大な橋が架かっているという。

ゼーナが目を覚ましたアストリア跡地。

そこから外へ出たときとは逆の道を進んでいれば、たどり着くのは魔領地へ渡るその橋だ。


(……どういうこと……?アストリアは魔領地となにか関係があった……?)


だが、いくら調べてもアストリアに関する記述はどこにも見つからなかった。

ゼーナは実際にあの国が存在していたことを知っている。

星環門内部の廃墟と化した街や、リヴェリアの記憶がその証拠だ。

もし、本当にアストリアが人類の歴史に名を残していないのであれば、アストリアは、“神に人類が創造される前”に存在していた可能性も出てくる。

この“ゼルア歴史年表”だけではなく、何冊かの他の歴史本もそこから歴史が始まってる。


そして、アストリアから続く巨大な橋は、いったい何のために架けられたのか。

アストリアと関わりがあるのか、それとも別の何かを示しているのか。


調べれば調べるほど、答えには辿り着けなかった。

むしろ、謎ばかりが増えていくばかりだ。

だが、数日間の図書館通いの末に、ゼーナはひとつの目標を定めた。


再び、星環門を越える。

アストリア崩壊後の情報は必ずそこにある。


――


一通りの本を読み切り、立ち上がったゼーナは深く息を吐き、視線を窓の外へと向けた。

昼下がりの光が差し込み、書架の影を長く伸ばしている。


(今日はここまでかな……)


静かな吐息とともに立ち上がり、ゼーナは本を棚へ戻しに行く。

そして図書館の扉を押し開け、外の陽光の中へと歩み出ていった。

石畳の上に差し込む日差しが眩しく、風が頬を撫でる。

彼女は大きく息を吸い込み、胸の奥で新たに得た知識を確かめながら外の空気を受け止めた。


腹の奥が小さく鳴る。

ゼーナは歩き出し、街の大通りを抜けて冒険者に人気の食事処へと向かった。

そこは初依頼の帰り道、カイルが教えてくれた店で、以来、気に入って何度も通っている場所だ。


戸を開けると、香ばしい匂いと賑やかな声が一気に押し寄せてくる。

木造の広い店内には丸い卓が並び、昼時を過ぎてもなお多くの冒険者たちで席は埋まっていた。

大きなジョッキを片手に笑う者、皿を奪い合うようにして食べる者――その活気に、ゼーナの胸も少しだけ弾む。


席に腰を下ろし注文を済ますと、程なくして料理が運ばれてきた。


「嬢ちゃん!いつものお待たせ!!」


そう言いながら元気のいい女性店員がダンッと音を立てて大皿をおく。


「美味しそう……!」


ゼーナは呟く。

大皿に山盛りの肉と野菜の炒め物。

そしてその隣には、米を香辛料と共に炒め、色とりどりの具材が混ざり合った一品。

あつあつの熱気を纏ったままのそれは、立ちのぼる湯気と香りで、もう食欲を抑えきれなくなる。


ゼーナは匙を手に取り、一心不乱に口へ運んだ。

肉は噛めば肉汁が溢れ、野菜はしゃきしゃきとした歯ごたえを残している。

米は香ばしく、粒ごとに旨味が染み込んでいて、噛むほどに口の中いっぱいに豊かな風味が広がった。


「最近ほぼ毎日見てるが、その小さい体で本当によく食うよ……。落ち着いて食いなよ!」


「んぐ…ぁぐ……うん……!」


(美味しい……!やっぱり、町の食事はすごい……)


かつてアストリア跡地をさまよい、獣を狩って火で炙っただけの肉を食べていた日々。

あの野性的な食事と比べれば、この街の料理はまるで別世界のようだった。

ゼーナは夢中になって皿を平らげ、最後に残った一粒の米まで口に運んだ。


腹ごしらえを終えると、会計へ向かう。

以前なら戸惑っていたが、今は貨幣の価値ややり取りの仕方も学んでいる。

手際よく支払いを済ませ、深く礼を言って店を後にした。


ゼーナはそのまま足をギルドへと向ける。

図書館で知識を得た後、訓練場で鍛える。それが依頼のない日の、すっかり定着した自分のルーティンだった。


石畳を踏みしめながら、彼女は訓練場のあるギルドの建物を見据えて歩を進めていった。


――


そんな日常の中、ゼーナを遠巻きに見つめる影があった。


男の名は、ラクール・グレイアム。

ノクスによってゼーナの監視を命じられた男。

街の雑踏に紛れ、石畳を踏みしめる群衆の中に混じる。あるいは広場の噴水脇に腰を下ろし、ぼんやりと煙草を燻らせる。

誰も気に留めない仕草の裏で、彼の視線は常にゼーナを追っていた。

彼はノクスの手配によって冒険者としての偽りの身分を与えられ、それを巧みに利用し、ノクタリカ内外での監視を続けていた。


これまでの観察で、ゼーナという少女が保護されたのちに冒険者となり、カイル、リオンの二人と共に行動していることは掴んでいた。

だがラクールの注意は、ゼーナ本人よりも、むしろその傍らにいる男へと注がれていた。


――リオン・バルクス。


依頼で同行しながらも、少女に対して露骨な不満を隠そうともせず、依頼中に姿を消すことさえある金級冒険者。

監視中に見たその背は、誰が見ても苛立ちと倦怠を背負っているようにしか見えなかった。


「……利用できそうだ」


ラクールの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。

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