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忘却の剣、彼方へ  作者: Zero3
第二章

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邂逅①

ゼーナは飛んでいた。


風の音すら置き去りにして、視界が回転する。

森の木々が、下に、横に、逆さに流れていく。

何かに吹き飛ばされ、森の木々より高い空へ放り出されていた。


「――ああぁあぁああ……!」


だが徐々に高度を落とし、今度は森へと突っ込もうとしている。

そして枝を折り、木の葉を巻き込みながら森の中へ突っ込んだ。

ゼーナは身体強化を咄嗟に発動させ、木々や枝の衝突を、ほとんど無効化した。

だが、減速しきれない。このままでは地面に激突する――はずだった。


ぼすっ――


ふいに、なにかに受け止められ、落下が止まった。


大きな衝撃もなく、そして柔らかい感触に包まれた。まるで大きく分厚い布に包まれたような、温かい物の中。


「……え?」


混乱の中で目を開けると、耳元で声がした。


「あら、何かと思ったら……人じゃない」


静かで、透き通るような声だった。

ゼーナは目を見開いた。


自分を抱きとめているのは目を閉じた一人の女性。

長く滑らかな白髪が風に揺れ、淡く光を帯びている。

衣服は黒を基調としたゆったりとした布地で、

赤と金の模様が細やかに走り、腰の帯で結ばれていた。

袖は大きく広がり、ゼーナを抱きとめている手は見えないが、その袖の中の腕が優しくゼーナを受け止めていた。


そして、その女性の足は地面に触れておらず、高い位置で静かに宙に浮いている。

まるで重力に縛られていないかのようだった。


(……浮いてる……なに?……でも……)


神秘的――思わずそう感じた。

だが、次の瞬間、息を呑む。


「んん?……この子……」


そういって女性が閉じていた目を開く。

その目は人間の目ではなかった。

眼球の白眼部分が漆のように黒く、その中心にある紅い瞳が、光を反射してかすかに揺らめいていた。

よく見ると額や頬に金色の紋様が浮かび上がり、うっすらと輝いている。


ゼーナは身を固くしながら、掠れる声を出した。


「あ、あの……あなたは――わぁっ」


女性は抱き抱えたゼーナの襟を指先でつまみ上げるように持ち替える。

そして、顔が目の前に来るよう持ってきて、不思議そうにゼーナの顔を覗き込む。

その視線はまるで“中”を覗くようで、心地のいいものではなかった。


そして、女性はふっと口元を緩め、ゼーナを見つめたまま話し始める。


「レノ、この子面白いわよ。私たちと“似てる”」


「……え?」


ゼーナは辺りを見回した。

だが、やはり誰もいない。

女性は気にする様子もなく、“レノ”と呼ぶ見えない人物と話を続けていく。


「この子、持ち帰って調べない?もしかしたら“(ゲート)”のヒントになるかもしれないわ」


軽やかで、どこか楽しげな声。

しかし、返事は聞こえない。

女性は少し眉を寄せ、目を瞑って言葉を返す。


「ダメって……そんな事、私たちが気にする必要なんてないじゃない」


ゼーナは状況が理解できず、混乱した。


(……なに、この人……?)


ゼーナはあまりに得体の知れない女性に恐怖し、腕を振りほどこうと体を強く引こうとした。


その時だった。


葉がざわめき、何かが突き抜けるように迫ってくる。


「――っ!」


視線を向けると、吹き飛ばされた時に一瞬だけ見えた巨体が現れた。

青黒い毛並み、金属のような甲殻、鼻先から立ちのぼる蒸気。


(……あれ……!多分私を吹き飛ばした……!)


ブルーボア、ゼーナを追ってきたもう一匹。

それがゼーナと、それをつまみ上げる女性へ向けて一直線に突進してくる。

まともに喰らえばまた吹き飛ばされそうなほどの勢い。


しかし、女性は微動だにしない。


「……うるさい」


静かな一言。

その紅い瞳がわずかに光を宿し、空いている片腕を振る。

振るう腕に合わせて、長い袖がバサリと音を立ててなびく。


ドズッ


砂袋を刺したかのような音と共に、赤黒い棘が幾つも突き出し、ブルーボアの胴体を貫いた。

そして、棘は宙に溶けるよう消えていき、ピクリとも反応しなくなったブルーボアだけが残った。


(……な、に……?)


ゼーナは呆然とその光景を見つめる。

何が起こったのか、理解が追いつかない。


女性はそんなゼーナを摘んだまま、静かに口を開いた。


「……さて。あなた、どこから来たの?」


紅い瞳が、じっとゼーナの瞳を見つめる。

ゼーナは女性の紅い瞳に射抜かれると、背筋が凍るような感覚に襲われた。


(……やばい……!)


反射的に身体強化を発動させ、全身に力を込める。

襟をつまむ指を振りほどこうと体をよじり、女性の身体を蹴り、腕を捻る。

しかし、どれだけ力を入れても離れない。


(え!なんで!?)


黒狼装備の襟首を摘まれている。

ただ“摘んでいるだけ”なのに、まるで鉄に挟まれているかのように微動だにしない。

指先一つで拘束されている。

この存在の“力”が、桁外れだと直感した。


黒狼装備を破って逃げることも出来ない。

リヴェリアお墨付きの機能が仇になり、身体強化によって同時に強化された服をゼーナ自身では破れなかった。


そんなゼーナの焦りを楽しむように、女性は微笑を浮かべた。


「そんなに怖がらなくてもいいのに。質問に答えたら、ちゃんと解放してあげるわ。……レノがうるさいもの」


穏やかで優しげな声音。

けれど、その奥には抗いようのない威圧が潜んでいた。

ゼーナは喉を鳴らし、抵抗が無駄だと悟る。


(……逃げられない)


仕方なく唇を開き、短く答えた。


「……ノクタリカから。そこから来た」


女性は目を細め、ゆるく首を傾げる。


「そういうことを聞いてるんじゃないの」


紅い瞳が、またゼーナを見据える。

その眼差しは、言葉よりも深く――まるで心を直接掴まれるようだった。


「もっと根本的なことよ。分かりやすく言えば……“どこから生まれてきた”のかを聞いてるの」


「……っ!」


ゼーナの心臓が跳ねた。

この女性は自分の産まれが特殊なことに気づいている。

それを、“見ただけで感じ取られた”。


(……この人……本当になんなの……)


恐怖が背を這い上がり、汗がじわりと滲む。

紅い瞳がまっすぐに自分を見つめてくる。その圧に耐えきれず、ゼーナはかすれた声を絞り出した。


「……分からない。どこから来たのかなんて、覚えてない。記憶が無いの」


嘘だ。

頭の奥底には、リヴェリアから託された“記憶”がある。

けれど、ゼーナはそれを話すわけにはいかなかった。

――リヴェリアとの約束。

自分が何者であるか、その核心だけは誰にも明かさないと決めていた。


女性はしばらくゼーナを見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。


「ふーん……そう」


興味を失ったようでもあり、何かを悟ったようでもある声音。

その目には――ゼーナの言葉が嘘であることなど、すべて見抜いているような光が宿っていた。


心を覗かれているような感覚に、ゼーナの喉がひりつく。


「……まぁ、いいわ」


女性はそう言うと、軽く指先を動かした。

次の瞬間、ゼーナの体がふわりと浮き、そして――


「――えっ!」


ぽいっと放り出された。

ゼーナは慌てて体勢を立て直し、地面を転がるようにして何とか着地した。


「な、なにを……っ」


顔を上げると、女性は先ほどと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべていた。


「話す気がないならもういいわ。あなたの“軌跡”を追えば、勝手にわかることだもの」


「……軌跡?」


聞き返したゼーナに、女性はゆるやかに視線を向けた。

紅い瞳が淡く光り、その中に幾重もの模様が揺らめいている様に見える。


「私には、普通の人には見えないものが見えるの。

あなたが歩いてきた道も――どこから来たのかも、ね」


――だから

――あなたはもう、用済み


世界そのものが凍りついたかのように、風が止まり、音が消える。


肌を焼くような圧が全身を包んだ。

それは“殺気”と呼ぶにはあまりに濃密で、まるで生きた意志がゼーナの体内に侵入してくるような、異様な感覚だった。


息が詰まる。喉が動かない。

体が鉛のように重く、指一本すら動かせない。

見えない何かに全身を縛られたように、ただその場で震えることしかできなかった。


(………………!)


胸の奥で警鐘のように心臓が暴れ、冷たい汗が頬を伝う。

足が崩れ、地面に尻もちをついた。

震える手が勝手に膝を掴む。

視界の先――紅い瞳を光らせた女性が、微笑を浮かべてゼーナを見下ろしていた。


その笑みは、慈悲のようでいて、絶対的な支配だった。


「や……めて……!」


声にならない声を漏らすゼーナを見下ろしながら、いきなり女性がビクッと肩を竦めた。


「何よ。ちょっと脅かしただけじゃない!」


唐突に、声の調子が変わる。

まるで誰かに言い返すように、苛立ちを含んだ声。


「……あっ、ちょっと……! わかったってば、もう、わかったから!」


そう言い合うような声が虚空に響き、女性の体がピタリと静止した。


瞳の光が消え、頭ががくりと垂れる。

腕がだらりと下がり、まるで糸の切れた人形のように動かなくなった。


だが、その体に異変が起き始めた。


光を帯びていた白髪が、淡い光を放ちながらゆっくりと短くなっていく。

風に揺れた髪が肩口で止まり、くせ毛のようにふわりと跳ねる。

その表情も、先ほどまでの冷たい美しさではなく、どこか柔らかい。


やがて、女性のまぶたがゆっくりと開いた。

そこに宿る瞳は、先程までとは違い普通の赤い瞳を持つ人間の物だった。


「……大丈夫?」


声も違う。先ほどまでの冷たい声ではなく、あたたかみのある声だった。


女性は目の前でへたり込むゼーナに小走りで近づき、

しゃがみ込んで手を差し伸べた。


「ごめんね……うちのゼロが怖がらせちゃったよね。

今度、絶対お詫びするから許してほしいな」


ゼーナの手を取って引き起こそうと手を指しだす。

もう、あの異常な圧も、恐ろしい気配も感じない。

それでもゼーナは反射的に後ずさりし、腰の剣を抜いて構えた。


「……近づかないで!」


女性は困ったように苦笑し、両手を軽く上げて見せた。


「えっと……怖がらせちゃったけど、ほんとに悪意はないの。私の中のゼロはちょっと、やんちゃというか……まあ、そういう性格で」


柔らかく笑うその顔は、先ほどまでの恐怖の塊と同じ人物だとは思えなかった。

ゼーナは混乱しながらも、油断せず構えを崩さない。


「……中って……どういうこと?」


「私はレノ。そして、さっきまで話してたのがゼロ。ひとつの体に二人いるんだ。……よく分からないよね」


ゼロ――もといレノは、少しだけ恥ずかしそうに笑ってみせた。

ゼーナはゆっくりと息を整えながら、剣を構えたままの姿勢を崩せずにいた。

つい先ほどまで自分を圧倒していた“ゼロ”と呼ばれた方の言葉が、頭の奥で何度も反芻される。


――私たちと“似てる”。


あの言葉の意味は、単なる外見や性格のことではない。

おそらくリヴェリアのことだろう。

――リヴェリアが“いた”事を見抜かれていた。

ゼーナの思考がそこまで至ったとき、柔らかな声が割り込む。


「あ、誰か来たみたい」


振り向くと、さっきまで落ち着いた表情をしていたレノが、焦ったように視線を周囲に向けていた。


「ちょっと訳ありでね、あんまり普通の人に見られたくないの。……黙っててくれたら、今度絶対お詫びしに行くから!じゃ、またね」


一方的に言い終えるや否や、レノは軽く地を蹴った。


ドンッ――


地面が小さく震え、次の瞬間にはその姿が掻き消えていた。

残ったのは、微かな風の揺らぎと、かすかに残る甘い香りだけ。


「……なんだったの……」


ゼーナは力が抜け、膝から崩れ落ちた。

剣を下ろし、肩で息をしながらその場に座り込む。

全身がまだ震えている。

恐怖と、理解の及ばない存在を前にした混乱が、じわじわと遅れて押し寄せてきた。


その時――


「――なんでお前がここにいんだ!ガキ!」


森の奥から荒々しい声が響く。

振り向くと、木々をかき分けながらリオンが駆け込んできた。

槍を構え、辺りを警戒しながら鋭い視線を向ける。


「さっきのはなんだ!」


「……わからない」


ゼーナはわずかに首を横に振った。

レノとゼロの力を思い出す。

あんな力を持った物に黙っててと言われ、それを軽々しく話すのは命を縮める行為かもしれないと、直感が告げていた。

だから、ゼーナは何も言わなかった。


「はぁ!?異常な気配はこの辺からしたんだぞ!それにあれだ!」


リオンが槍の先で指した先には、穴だらけのブルーボアの死体が転がっていた。

全身を貫かれたような傷口。


「お前、ほんとに何も見てねぇのか!」


怒気を含んだ声。

しかし、ゼーナは小さく首を横に振るだけだった。

その時、もうひとつの声が響く。


「ゼーナ! 無事か! ……って、リオン!? なんでお前がここに――」


木々の向こうからカイルが駆け込んできた。

土と血に汚れた服のまま、息を荒げてゼーナへと走り寄る。


リオンは苛立ったように槍を肩へ担ぎ直し、


「異常な気配を追ってきたらコイツがいたんだよ。何も知らねぇらしいがな」


と、ぶっきらぼうに言う。

カイルはリオンへ一瞥を送った後、ゼーナへ向き直る。


「何があった? ブルーボアはどうしたんだ」


「……わからない。気づいたら、もう……」


ゼーナは小さくそう答えるしかなかった。

カイルは短く息を吐き、彼女の肩に手を置いた。


「……とりあえず、無事ならそれでいい。……詳しい話は、戻ってから聞こう」


リオンはまだ疑いの目を向けていたが、

ゼーナの青ざめた顔を見て、渋々舌打ちをして槍を下ろした。


森には、再び静寂が戻る。

だがゼーナの心の中では、まだ“あの紅い瞳”が消えずに残っていた。


――――


三人はグリンボアとブルーボアの死体を荷台に積み込み、ノクタリカへ戻った。

本来の依頼は薬草採取とグリンボアの討伐のみだったが、追加で持ち帰ったブルーボア二頭に、ギルドの受付も目を丸くした。


「……ブルーボア二頭を銀級二人で倒したんですか……?」


驚きで声を裏返した受付嬢に、カイルは苦笑いしながら頬をかいた。


「ま、まぁ……なんとかなってな」


横でリオンは鼻を鳴らし、ゼーナは小さく会釈するだけだった。


森で感じた“異常な気配”についてもギルドへ報告した。質問もあったが、ゼーナは――あの紅い瞳を思い出しながら、短く答えた。


「……わかりません」


何も見ていない事にしたので、それ以上の追及はなかった。

森で出会った白髪の女性――“レノとゼロ”。

言葉、力、見た目。

どれも現実離れしていて、理解できない何かだった。


だが、黙っていればまたお詫びに来るとレノは言っていた。

それにゼロは“軌跡”を追うとも言っていた。


(軌跡が何なのか、よく分からなかったけど、もしかするとアストリアや私の事を調べるのかも知れない)


次会う時に何かを聞き出せるかもしれない。

だからゼーナは、誰にもそのことを話さなかった。


依頼の報酬が支払われたあと、カイルは疲れを隠すようにゼーナの頭を軽くぽんと叩いた。


「初依頼であれは……さすがに濃かったな。……ほら、今日は俺が奢る。なんか旨いもん食おう」


「えっ……いいの?」


「初依頼を無事に完了した祝いだよ。リオンも来るだろ?」


「行かねぇよ。……勝手にやってろ」


ぶっきらぼうに去っていくリオンの背を見送りながら、ゼーナとカイルは街の食堂へ向かった。

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