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忘却の剣、彼方へ  作者: Zero3
第二章

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初依頼①

ゼーナが銀級冒険者になって次の日の朝。

ギルドの掲示板を前に立ち尽くしていると、横からひょいと影が差し込んだ。


「どうしたんだ?」


穏やかな声音。振り向けば、カイルが腕を組んで笑っていた。

試験の後、カイルとリオンはギルドの医療師による治癒魔法を受け、その日のうちに全快していた。

そして、明日ゼーナの初依頼に同行するよう、ハロルドから直々に言い渡されていた。

そのため、この朝は三人揃ってギルドに顔を出していたのだ。


「依頼を選ぼうかなって……でも、字が読めなくて」


掲示板には無数の依頼書が並んでいる。薬草の採取、害獣の駆除、護衛依頼――。だが、文字の読めないゼーナにとっては、どれも同じ紙にしか見えない。


「あぁそういう事か。まぁ冒険者には字が読めないやつもそこそこいる。そういう人達は受付で自分に合った依頼を見繕って貰うのさ」


「なるほど……」


そう言われ、ゼーナは受付に目をやる。確かに、依頼書を持って並ぶ人以外にも、何も持たずに並び、話した後に書類を受け取る人もいた。


「よし、それじゃぁ今日は俺が選ぼう。ゼーナは……とりあえずこの薬草採取だな」


聞いただけでも難易度が低く、初心者向けの依頼なのが分かる。ゼーナはよく分からないので特に文句は無かった。


「最初だし、冒険者の仕事の流れを教えるよ。ついでに俺が簡単な討伐依頼を受けるからそれも見学しててくれ」


「見学だけでいいの?」


「あぁ、とりあえず今日は体験だと思ってくれ」


そう言われ、ゼーナは小さく頷いた。

カイルはそのまま振り返り、ギルドの奥に視線をやった。


「……おい、リオン!」


呼びかける声に、仏頂面の槍使いが現れる。


「……」


「素直について来てくれよ」


「黙ってろ、分かってんだよ」


カイルの言葉に、リオンは露骨に嫌そうな顔をしながらも肩をすくめ、槍を背にかついだ。


「なんで俺がこんなことを……クソ、面倒くせぇ」


ボヤきながらリオンは掲示板へと向かった。

掲示板に並ぶ依頼書へと一瞥をする。そこに自分の腕に見合う依頼はひとつもない事を確認すると、リオンは何も言わずに外へ出ていった。


「……腕は尊敬できるんだけどなぁ」


カイルが小さく肩をすくめ、ゼーナに視線を戻す。


「とりあえず受注しようか」


「うん」


二人は受付の列に並ぶ。少しだけ待ち、職員に依頼書を差し出すと、手続きが淡々と進められていく。薬草採取の内容や納品方法について簡単な説明を受けた後、依頼書に受注の印が押された。


そのまま職員の女性はゼーナの冒険者証を手に取り、ペンのような細い器具を取り出す。先端を冒険者証に軽く「トン」と当てると、表面から淡い光がふわりと広がった。


「おぉ……」


ゼーナは思わず目を瞬かせる。冒険者証が微かに光を放ち、やがてすぐに収まった。不思議そうな顔をしているゼーナを見て、職員の女性が微笑む。


「これは“受注の証”です。依頼を受けた回数、成功や失敗の数を冒険者証に記録する魔法ですよ。冒険者の実績は、すべてこれで管理されます」


「そう……なんだ」


ゼーナは小さく頷き、冒険者証を返してもらう。手にとった感触は変わらない。


「それと、この依頼の納品期限は“明日の十八時”までです。忘れないでくださいね」


職員の女性が穏やかに告げる。


ゼーナは頷きながら、頭の中で数を数えた。――今朝、カイルが時間について、時計の読み方や数え方を軽く教えてくれたのだ。


「それでは、気をつけて行ってらっしゃい」


職員の挨拶に軽く頭を下げ、三人はギルドを後にした。


扉を抜けて、石畳の通りへと足を踏み出す。昼前の街は活気にあふれ、行き交う人々や屋台の呼び声が耳を賑わせていた。


少し先を歩き、自然と距離を取っていたリオンの背に、カイルが声をかける。


「リオン。ついでに依頼を受けなくて良かったのか?」


歩みを緩めず、リオンは肩越しに吐き捨てるように答えた。


「俺が受けるような依頼は滅多にねぇんだよ」


その言葉にカイルは眉をひそめつつも、すぐに納得したように小さく頷いた。


冒険者には二つの大きな生き方がある。ギルドの依頼を主に受け、安定した報酬で生計を立てる者。そしてもう一方、自分の理想や興味を求めて自由に旅をし、旅の中で得たものを糧にする者だ。

リオンは後者だった。依頼を受けるときも、自分の興味を基準にする。


「だったら、どんな相手なら受けたんだ」


「……」


リオンはそれ以上何も言わなかった。会話をする気が内容だった。カイルもこれ以上話しかけると厄介な事になりそうなので会話を終わった。


ゼーナはと言うと、二人のやり取りをあまり気に留めていなかった。視線はまだ慣れない街の様子へと向き、屋台の香りや見慣れない建物に目を奪われては、きょろきょろと首を動かしていた。


街の外に出る前に三人は、まず馬車を手配する事にした。薬草はこの街、ノクタリカ北の森に群生しており、そこが目的地だ。


「俺の依頼も同じ目的地にした。グリンボアって豚みたいな魔物が討伐対象になってる。まとめて片付けよう」


カイルが依頼書を掲げて見せる。


「……わかった、頑張る」


ゼーナは短く返し、小さく胸を張って見せた。


門前の広場で馬車を手配し、荷台に揺られながら三人は森を目指す。

石畳から土道へと車輪が移ると、音が乾いた響きから鈍い音へと変わった。風は少しずつ湿り気を帯び、遠くには深緑の森が広がっている。


「初めての依頼だけど、肩の力抜いていい。採取依頼だし命の危険はほとんどないよ」


カイルの言葉に、ゼーナは小さく息を吐き、頷いた。

その隣でリオンは不機嫌そうに槍を背に立てかけ、黙ったまま目を瞑っている。

その表情は明らかに「つまらない」と言っていたが、誰もそれに突っ込むことはなかった。



その後、三人を乗せた馬車は、ひたすら北へ進んでいった。

車輪が軋む音と荷台の揺れに身を任せること、およそ一時間――やがて鬱蒼とした森の入り口へと辿り着いた。


馬車を降り、荷台から装備を整えると、森の湿った空気が肌にまとわりつく。

カイルは周囲を一瞥し、小さく眉を寄せる。


「……魔素が濃いな」


彼にとっては明らかに人の生活圏より濃度が高く、魔物が生息するであろう警戒すべき環境だった。


その言葉を聞いて、ゼーナは改めて悟る。――やはり、自分が最初にいた森こそが異常だったのだと。

目を覚ました時にさまよった、あの異形の森。

しかし、ゼーナから見ればあの森のように異常なほどの生命力が渦巻いてはいないし、魔素の濃さも比較すれば薄い。ここは外の世界では“普通の森”なのだろうと考えた。


(……依頼を果たすのが先)


ゼーナは小さく息を整え、懐から折りたたまれた一枚の紙を取り出した。ギルドで渡された依頼書の写しだ。


そこには薬草の絵と特徴が記されており、少し紫がかった葉の形や茎の濃い緑色を頼りに見分けるよう指示がある。


「まずは採取を始めようか。手伝うよ、俺のは後で良い」


カイルが笑みを浮かべ、ゼーナの横に並んだ。

ゼーナも小さく頷き、紙を見比べながら森へ入る。


「おい、リオン。お前も少しは……」


カイルが声をかけるが、リオンは返事もせず、槍を肩に担いだまま森の奥へと歩いていく。

その背に苛立ちを覚えつつも、カイルは声を張る。


「三時間後には一度戻ってこいよ!」


返事らしい返事もなく、彼の姿は木々の影に消えていった。

カイルは小さく肩をすくめ、再びゼーナの方へ向き直る。


「まぁ、放っとこう。俺たちは俺たちでやろう……って……」


視線を戻すと、ゼーナが今のやり取りを全く気にせず、真剣な表情で薬草を探していた。


「……ははっ、君は冒険者に向いてるよ」

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