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忘却の剣、彼方へ  作者: Zero3
第二章

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試験③

ハロルドの宣言と共に、空気が張り詰めた。

それと同時にカイルが地を蹴った。


初動に迷いはない。剣を構え、一気に距離を詰めると、正面からヴァルトへと斬りかかった。


「はっ!」


踏み込みと同時に、低く切り上げるような一撃。鋭く、無駄のない剣筋だった。


対するヴァルトは、片腕を振るうだけでそれを弾いた。


「っ……!」


衝撃が走る。だがカイルはそのまま動きを止めず、反動を利用して一歩引き、そこから連撃へと繋げた。


振り下ろし、薙ぎ払い、刺突――連続する剣撃を、ヴァルトは最小限の動きでいなし、拳と手の甲だけで捌き続ける。


(……これは)


ヴァルトの眉がわずかに動いた。


ただの力押しではない。目の前の若者の剣は、明らかに“型”と“技”を持っていた。

打ち込むだけではない。ヴァルトの放つ拳を受け流し、次の動作に繋げる柔軟さがある。


動きの一つひとつに、実戦の経験と反復による洗練が滲んでいた。


(……なかなかだな。銀級にしては――いや、金級でもここまでやれる奴はそう多くない)


ヴァルトの目がわずかに細められる。

金級冒険者にもなると、多くは魔法や魔刻術といった“個の力”に頼り始める。

それらを戦術の軸にするのは当然だが、その代償として、剣術や体術といった基本が疎かになる者も少なくない。

――だが、カイルは違った。


彼の動きには、そうした派手さはない。だが、土台がしっかりしている。

受けた一撃を殺し、次へと繋げる間合いの調整。崩されても立て直す柔軟性。

これは、魔法や魔刻術が使えない故に、地道に鍛えてきた証だった。


ヴァルトは拳に力を込める。それに応じて、打撃が徐々に重くなっていく。


剣で弾かれた拳が、今度は鋭く刃を押し返し、次第に剣筋を崩していく。


(……ここだ!)


カイルはそれを見極め、大ぶりの拳が振るわれたその瞬間、ギリギリで受け流すと同時に、短く言葉を放った。


「――ウインド」


彼の剣の根元が淡く緑色に光り、次の瞬間、地面を擦るように風が巻き起こる。


「っ……!」


風が砂を巻き上げ、一帯が視界を奪われるほどの砂嵐に覆われた。大振りの隙と、生じた砂嵐に乗じてカイルは身を隠す。

ゼーナが目を細める中、カイルの姿は完全に見えなくなっていた。


「剣が光った……?」


「魔法か?」


周囲の職員たちがざわめく。


(……カイルも何か不思議な力を……?)


ゼーナは思わず目を凝らした。


だがその実、これはカイルが持つ“剣”によるものだった。

彼の剣には、風の魔法――《ウインド》が付与されており、使用者の魔力を代償としてその効果を発動できる仕組みになっている。

カイル自身には魔法を扱う才能がなく、魔力の総量も乏しい。

ゆえに《ウインド》は、彼にとってまさに“奥の手”だった。

無闇に使えばすぐに魔力が尽きる。

だからこそ、大振りの隙に合わせて確実な一手を打つ必要があった。


巻き上がる砂嵐が、闘技場の空気を撹乱する。


風と砂が渦巻き、視界は完全に閉ざされていた。だが、ヴァルトは動かない。ただ、その場に立ち、拳を下ろしたまま静かに構えている。


次の瞬間――


風を裂いて、何かが接近する。弾丸のように一直線に飛来するそれに、ヴァルトの拳が反応する。躊躇なく振るわれた拳が、風の塊を弾き飛ばした。


それと同時に、ヴァルトの背後から一閃のように現れた人影――それは、風弾を囮にした奇襲だった。


(決まれ……!)


カイルは真上からヴァルトの背中へ向けて強襲する。


だが。


「……甘いな」


ヴァルトが呟いた。


風弾を弾いた流れのまま、その拳を地面へと叩きつけた。


「っ――!?」


空気が爆ぜる。


拳の威力と弾かれた風弾の残滓がぶつかり合い、その反動が爆風として周囲を薙ぎ払った。


砂嵐が一瞬で霧散する。そして――空中のカイルの姿が、あらわになる。


「いい戦略だ。だが――決める時はもっと素早く仕留めろ」


ヴァルトの瞳が真っ直ぐに、空中のカイルを捉え、拳が振るわれる。


「くっ――!」


カイルが防御の体勢を取る間もなく、その拳が腹部に叩き込まれた。


「ぐっ……!」


空気が漏れるような音。そのまま、地面へと叩きつけられる。

衝撃で土が跳ね上がり、バウンドしながらカイルが転がる。

砂埃が落ち着くころには、彼は仰向けに倒れ、微かに痙攣する指を残して動かなくなっていた。


「勝負ありだな」


――――


カイルが意識を失ったまま担架で運ばれていったあと、闘技場には一時的な静寂が戻っていた。


職員たちは手際よく後片付けと整理に動き、ハロルドはその指揮を取りつつ、ゼーナの方へちらりと視線を向けた。


「嬢ちゃん、ちょっと時間くれるか?」


そう言って手招きすると、ゼーナは静かに頷いて立ち上がった。


歩きながらも体にはまだ疲労の余韻が残っていたが、ゆっくりと歩みを進め、建物の中――応接室へと通された。


昨日と同じ場所。けれど今度は、ゼーナ一人。そのせいか空気の重さが少しだけ違って感じられる。


ハロルドが座るよう促し、自らも椅子に腰を下ろす。そして、口を開いた。


「嬢ちゃん。これで正式に、あんたは“銀級冒険者”ってことで決まりだ」


「うん……ありがとう」


「これからは仲間としてよろしく頼む。そして、これが嬢ちゃんの冒険者証だ。嬢ちゃんが冒険者であることを証明するもんだから、無くさないよう大事に持っててくれ」


ハロルドは一枚の金属でできた銀色の札をゼーナに手渡す。表面には文字が書いてあり、少し重い。


「……あんたは記憶がねぇって事だ。だから、説明しておこう」


そう言って、ハロルドは机の上に肘をつきながら、少しだけ口調を改めた。


「冒険者には、段階的な階級がある。下から順に、銅、銀、金、金剛、そして一番上が“星”だ。ギルドからの依頼をこなすだけじゃなく、未踏地の調査とか、新たな発見を報告したり――とにかく、貢献度と実績が評価されて、階級が上がっていく」


ハロルドは一拍置いて、言葉を続けた。


「階級が上がれば、ギルドからの支援も増えるし、各国での待遇も変わってくる。立ち入りを禁止されている領域にも入れるようになる。つまり――冒険者としての活動範囲が広がっていく」


ゼーナは黙ってその話を聞いていた。新たに得た立場と、それがもたらす意味を、ゆっくりと頭の中で整える。


「しばらくはあの二人が先輩として色々教えてくれるはずだ。だが、依頼の受ける時は自分の冒険者証がいるから、それだけは忘れずにな」


あの二人とはカイルとリオンのことだ。そう言えばそうだったと、昨日この場でハロルドが言ったことをゼーナは思い出す。


「それと試験の話なんだが、あいつから聞きたいことがあるみたいでな」


言われるままに視線を移すと、扉の向こうからヴァルトが姿を現した。


彼はゆっくりとゼーナの正面まで歩み、ハロルドの隣に座る。


「お前に、ひとつだけ聞きたいことがある」


ゼーナはわずかに身を正し、真っ直ぐにその言葉を受け止める。


「……戦い方についてだ」


ヴァルトの瞳がじっとゼーナを射抜く。


「剣筋、技、構え――どれも未熟ではあるが、独学じゃない。間違いなく誰かに“教わった”技術だ」


ゼーナは思わず言葉を詰まらせた。


「身体が覚えてるにしては、不自然だ。それにあの目眩しや加速に使っていた技、あれは魔法でもなければ魔刻術でもない。そんな技は教わらない限り習得できないだろう」


ヴァルトの声は淡々としていたが、そこに込められているのは鋭い観察だった。


「つまり――記憶を失ってから、“誰かに教わった”戦い方だな?」


「……っ」


ゼーナは返す言葉を失った。


その推察は、ほとんど真実だった。武器を握ったのは、目覚めたあの森で生きるため。何もない身体に戦う術が染みついていったのは――リヴェリアの“声”によるものだった。


だが、それをどう説明すればいいか――ゼーナ自身にもまだ、答えはなかった。


ヴァルトは、沈黙の意味を読み取ったのか、それ以上追及はしなかった。


ゼーナはしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。


「……教えてくれた人が、いました」


その言葉に、ハロルドとヴァルトの視線が向けられる。


「記憶を失って……何も分からなかった私に、生きるための術を教えてくれた人……です」


彼女の声は静かで、どこか遠くを見ているようだった。


「あったばかりで……怒鳴りつけるような人だったけど。でも、その人は――私を、守ってくれた」


胸の奥にある想いが、言葉となって零れ出す。


「……そして、私を助けて……戦って……そのまま、いなくなって……」


ゼーナの指が、膝の上でぎゅっと握りしめられる。


「その人と、自分自身のことを知りたくて……旅をしてました。その途中で、……」


言葉にすることで、あの時の景色が脳裏に浮かぶ。温もりも、痛みも、すべてが今も胸の奥に残っていた。


「……冒険者のことも、世界のことも、何も知らなくて……。だから、自分の素性を話すのが怖くて、隠して……ました。……ごめんなさい」


最後の言葉はかすれていた。だが、そこに嘘は一片もなかった。


しばらくの沈黙のあと、ハロルドがそっと立ち上がる。そして、懐から一枚の布を取り出し、ゼーナの前に差し出した。


「辛いこと、思い出させちまって悪かったな。……ほら、使いな」


その言葉に、ゼーナはようやく自分が涙を流していたことに気付く。頬を伝う温かい滴が落ちて、膝を濡らす。

ハンカチを受け取り、そっと目元を押さえる。滲んだ涙が布に吸い込まれていく。

その様子を黙って見ていたヴァルトが、重い口を開いた。


「……悪かった。詮索するような真似をして」


短くも真摯なその言葉には、深い申し訳なさが滲んでいた。


「今日はもう帰って、ゆっくり休め」


そう告げると、彼は懐から小さな袋を取り出し、迷うような仕草のあと、ゼーナの前にそっと差し出す。


「食事代だ。……これで美味いもんでも食って、少しは……元気を出せ」


視線を伏せたままの声音は、気遣いと後悔が入り混じっていた。

ゼーナは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせ、それから小さく笑みを浮かべる。


「……うん」


そう言って、両手でしっかりと袋を受け取り、頭を下げた。

それを見たハロルドが、場の空気を和らげるように手を叩いた。


「……よし、この辺で切り上げるか。嬢ちゃん、ヴァルトの言う通り今日はもう帰んな。身体も休ませとけ」


「うん……今日はありがとう……ございました」


ゼーナは素直に頷き、立ち上がる。

二人に軽く会釈をしてから、静かに応接室を後にした。


扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。

室内に残ったのは、ハロルドとヴァルトの二人だけ。


「……なぁ、ヴァルト」


ハロルドが低い声で切り出した。


「あの涙……芝居だと思うか?」


ヴァルトはすぐに首を横に振る。


「いや……本物だと思いたいな。根拠はない。勘だ」


「ほぉ……あんたの勘か。それなら信じてもいいな」


ハロルドは椅子にもたれ、腕を組む。


「にしても、あの戦い方……俺は魔刻術か何かかと思ってたが、そうじゃねぇんだろ?」


ヴァルトの視線が鋭くなる。


「あれは――魔人の戦い方だ」


「……魔人、だと?」


ハロルドの眉がわずかに跳ね上がる。


「魔力を直接、肉体に作用させる技術だ。魔法でも、魔刻術でもない。俺も魔人との戦いで何度か見た。あいつのは拙いが……間違いなく、それに近い物だ」


「ゼーナは人間だろ? じゃあ……教えたのが魔人ってことか」


「ああ、その可能性が高い」


ヴァルトの声には確信があった。


「記憶がない故に……魔人のものだと認知していないのだろう」


ハロルドはしばし黙り込み、机を指でとんとんと叩いた。


「ギルドの長としては良くない考えなんだろうが……面白ぇ。色んな意味で、ますます目が離せなくなったな、あの嬢ちゃん」


ヴァルトは返事をせず、ただ静かに窓の外を見やった。


ギルドを後にしたゼーナは、差し出された袋を手に食事を取っていた。しかし、会計の際に貨幣価値が分からず、困り果てていたのはまた別のお話。

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