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忘却の剣、彼方へ  作者: Zero3
第二章

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試験②

ゼーナの全力を込めた斬撃が、闘技場の大地を裂くように走った。


「はああああっ!!」


その一閃は、爆風を伴って振り下ろされ、土と砂を巻き上げながらヴァルトのもとへ突き進む。地面は深々と抉れ、まるで軌跡を刻むように一直線に切り裂かれていく。


直撃。


凄まじい音と震動が、石造りの観客席にまで響き渡った。


「……っ!」


階段席の職員たちが思わず身を乗り出す。風圧に袖が揺れ、何人かは顔を腕で覆いながら、目を見張っていた。


ハロルドもまた、巻き上がる粉塵の向こうをじっと見据え、わずかに目を細める。


「思ったより凄ぇじゃねぇか……嬢ちゃん」


驚嘆と興味を含んだ表情で、口元に微かな笑みを浮かべる。


(……しかしまぁ、流石だな。今のも――)


そうハロルドが考えた次の瞬間。


「ふっ」


ヴァルトが、煙の中から姿を現した。


吹き荒れる粉塵を裂くように、棍棒が横薙ぎに振るわれる。風の流れが一掃され、煙の帳が払われると――そこに、当然のように、傷ひとつ負っていないヴァルトの姿があった。


重い六角棍棒を片手で肩に担ぎ、微動だにせず、まっすぐゼーナを見つめている。


「……試験終了だ」


その一言に、ゼーナの肩がわずかに震えた。荒い息を整えながらも、彼女は視線を逸らさずに立ち続ける。


「……最後の攻撃だけ見れば、金級以上。状況次第では、金剛級の一端に届くかもしれないな」


その言葉に、観客席の職員たちがざわめいた。だがヴァルトの口調は変わらず、冷静だった。


「……ただし、“最後の一撃だけ”だ。それも今のところ、一戦につき一度限りのようだしな」


一拍置き、少しだけ表情を引き締める。


「防御はまだまだだ。――現時点では、銀級下位ってところだな」


淡々とした評価は、否定でも侮辱でもなかった。ただ、事実を正確に伝える言葉だった。


ゼーナは静かに頷いた。


“銀級下位”――その言葉がどの程度の評価かは、ゼーナにはよく分からない。だが、少なくともこの場で“冒険者”として認められたことだけは理解できた。


それだけで、少し緊張が解け、彼女はそっと息を吐いた。


全力を尽くした末の評価であれば、ゼーナにとってはそれで十分だった。


ゼーナは、両手で握っていた大剣をゆっくりと地面に下ろした。息はまだ荒い。体の芯から魔力が抜け落ちていくような感覚に、思わず膝が震える。


(……戻れ)


意識を集中し、左手の甲へと意識を向ける。手袋を伝うように、大剣を覆っていたメタモライトがわずかに揺らぎ、銀色の光となって剣の形状を解いていく。滑らかに剥がれるように引き戻された金属は、そのままゼーナの手元へと吸い込まれるように戻っていった。


メタモライトの変形解除とともに、それに注ぎ込んでいた魔力が体内へと緩やかに還元されていく。完全な回復ではない。だが、魔力の枯渇による気絶を避けるには十分だった。


それもまた、この金属の大きな利点の一つだった。


「嬢ちゃん、階段席で観戦しながら休んでな」


ハロルドが手をひらひらと振って声をかける。


「次は……リオン、お前の番だ」


「ふん……待ちくたびれたぜ」


ゼーナが歩き出そうとした時、そっと腕を差し出してきたのはカイルだった。


「無理するな。手、貸すよ」


「……ありがとう」


ゼーナはためらいながらもその手を取った。ぐらつく足元を支えられ、二人は一緒に壁際の階段席へと向かう。カイルが軽く跳び乗り、ゼーナを引き上げるようにして座らせた。


「いや、本当に……すごかったよ」


ゼーナが座ったのを確認して、カイルはとなりに腰を下ろすと、感想を漏らした。


「君が、あそこまで戦えるなんて思わなかった。それに、あの最後の一撃……正直、俺程度じゃどうにもならない凄い技だ」


ゼーナは少し焦ったように視線を動かす。まだ息は整っていないが、それでもどこか照れたように、小さく「そうかな」とだけ呟いた。


その間にも、闘技場の中央では、リオンがゆっくりとヴァルトの前へと歩み出る。


「リオン、処罰という事なんでな。少々、痛い目を見てもらうぞ」


低く、静かな声。威圧ではないが、確かな力の差を感じさせるような響きがあった。


リオンは舌打ちをひとつ。


「チッ……。俺は納得いってねぇんだよ……」


声には苛立ちが滲む。だが、顔は伏せず、目だけが真っ直ぐにヴァルトを見据えていた。


「調査でのまともな戦闘は襲撃の時だけだったしよ、調査も途中で切り上げちまって。その上、あのクソ銀級のせいでこんな罰まで受けさせられて……散々イラついてんだ」


怒りを隠そうともしない言葉。しかし――彼の中では、別の思惑も存在していた。


(……ここでやれるところを見せてやれば、“罰”でも評価になる。ギルドの連中の見る目も変わる。ミスを取り返すどころかお釣りが来る……)


「だからよ――あんたには“無ぇ力”で、憂さ晴らしさせてもらうぜ」


口元に浮かぶ笑みは、挑発でも皮肉でもなかった。自信と意地の入り混じった、リオンなりの決意だった。


足を止め、槍を構える。その動きに、無駄はない。


そして――低く、短く言葉を放った。


魔刻術(エンブレア)雷装(イクザール)”」


その瞬間、リオンの身体を青白い雷が駆け巡る。髪が逆立ち、槍の刃先からは火花が弾けるように散った。魔刻術によって強化された肉体と武器。その姿に、階段席の職員たちが息を呑む。


「ほう……俺に無い力(魔刻術)か」


ヴァルトの唇がわずかに動いた。だがそれ以上の言葉はなく、ただ微動だにせず、リオンを見据えている。


闘気と雷光がぶつかり合う前の、静かな間――


ハロルドが一歩前へ出て、闘技場の空気を切るように宣言した。


「――両者、準備はいいな? 始め!」


その声を合図に、リオンが一瞬で姿を消した。


「……っ!」


ゼーナは目を見開く。さっきまでそこにいたはずのリオンの姿が、跡形もなく掻き消えていた。


残されたのは、地面に走る砂塵の軌跡だけ。


それが唯一、リオンの動きを示す痕跡だった。


(速い……!)


先程の自分の“バースト”による連撃を思い出す。だが、それとは桁が違った。爆発による瞬間加速よりも早く、止まることもない高速移動。


「……あれがリオンの魔刻術、“雷装イクザール”。雷の魔力を纏って、身体能力を極限まで引き上げてるんだ」


隣に座るカイルが、ゼーナに聞こえる声で静かに言う。


その間にもリオンは高速で動き続け、距離を保ちながら雷撃を槍先から連続で放つ。電撃は軌道を弧に描き、鋭く唸りを上げてヴァルトを狙った。


しかし。


(……効いてねぇな)


呟くように言ったリオンの声に、苛立ちが滲む。電撃は確かに命中しているはずだが、ヴァルトは微動だにしていない。まるで何もされていないかのように、皮膚一枚も焦げていない様子だった。


(チッ、まぁいい――)


リオンは戦術を切り替えた。雷撃が意味をなさないなら直接攻撃するまでだ。加速を保ったまま、雷撃で様子を見る。


どうやら、ヴァルトはこの速度に追いついていないらしい。視線が僅かに遅れて反応している――そのわずかな“遅れ”を見逃さなかった。


(いける……!)


正面から飛び込み、攻撃の直前で急旋回。視界の端でヴァルトの動きが一瞬硬直したのを確認し、そのまま背後に回り込む。


その瞬間だった。


バシッ!!


「……は?」


「……えっ?」


リオンだけでなく、観客席のゼーナ達も困惑の声を上げる。

耳元で何かが弾けるような音がした。次の瞬間、リオンの視界が強制的に回転をし始める。


「っぐ……!」


脇腹が、熱を持って引き千切られそうな衝撃に包まれていた。


ヴァルトの手が、リオンの身体を正確に捉え、鷲掴みにしていた。まるで最初からそこに来ると分かっていたかのように、背後に回った一瞬を見切っていた。


「……お前は、今回のことを“カイルのせい”だと言ったな」


低く、だが明瞭に言い放たれる。


「だがな――お前が他人を見下し、無駄な衝突を繰り返し、油断した結果でもあるんじゃないのか?」


リオンの身体を締め上げたまま、さらに言葉を続けた。


「実力が本物だというなら、最後まで気を抜かず、仲間と標的を見ていろ。それができていれば――あのミスはなかっただろう」


「……うる、せぇ……!」


リオンは必死に槍で拘束を振りほどこうとするが、身体はもう持ち上げられていた。


「この敗北と……これからのゼーナ達とのパーティ活動で、じっくり自分を見つめ直せ」


そう言い終えるや否や――


「お、おいっ!やめっ……」


ヴァルトはリオンの身体を、まるで投げ石のように振りかぶり――闘技場の外壁に投げつけた。


「がはっ……!」


激突音とともに、石壁にヒビが走る。リオンの槍が落ち、彼の体がずるりと滑り落ちる。


「俺がお前の速度について来れないと判断し、俺の動きに釣られたのも自惚れが強すぎるせいだ。それではせいぜい金級止まりだな」


「ク…ソ...!」


声にならない呻きと共に、リオンはそのまま動かなくなった。


階段席の職員たちは一様に息を呑み、しばし沈黙に包まれた。


ゼーナは何も言えず、ただ拳を握り締めていた。隣ではカイルが小さく「次は俺の番か……」と自嘲気味に呟く。


リオンが気を失うのを確認すると、ハロルドが手を挙げて職員の方へ声を飛ばした。


「おい、リオンを応急処置してやれ。そんで医務室へ運べ」


数名の職員が即座に立ち上がり、リオンのもとへと駆け寄る。手慣れた動きで体を担ぎ、ひとりが懐から取り出した魔法具を手に、光を掌に灯した。温かい緑色の光がリオンの胸元をゆるやかに包む。


(……魔法だ)


そのとき、ハロルドの声が闘技場に響いた。


「――次、カイル!」


名前を呼ばれたカイルは、小さく息を吐き、隣のゼーナへと視線を向ける。


「……今のを見た後だと、流石に怖いな。ま、やれるだけやってくる」


「……うん。気をつけて」


ゼーナは静かに頷き、見送る。カイルは軽く片手を上げてから、足場を蹴るようにして石壁を飛び降り、闘技場へと着地した。


砂埃を少しだけ巻き上げながら、彼はまっすぐにヴァルトの前へと歩いていく。


ヴァルトは腕を組んだまま、無言でそれを見ていたが、やがて低く口を開いた。


「リオンに問題があるのは確かだが。――お前も、その場にいた。お前にも責任はある。わかっているな?」


「……はい」


カイルは素直に頷いた。その表情には悔しさもあったが、それ以上に、覚悟がにじんでいた。


「俺の実力が足りないのは事実。そして、リオンの挑発に乗って油断した。それで、ゼーナに助けられる形になった。――だからせめて、この場を糧にして、次に活かそうと思っています」


その言葉に、ヴァルトの目がわずかに細められた。


「いいだろう。……来い」


短く告げたその瞬間、ハロルドの朗らかな声が闘技場に響く。


「よし、それじゃあ試合開始!」



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