都市②
「よし、それで。次に後ろの二人の話だな」
ハロルドが視線をカイルとリオンに向けながら、姿勢を正す。
ヴァルトが再び前を向いた。声の調子は変わらず低いままだが、どこか慎重な色が混じる。
「あぁ、そうだな」
ヴァルトは続けて、ゼーナを保護した翌日の出来事について報告した。
調査拠点の護衛として残していたカイルとリオンが、拠点近くに現れた魔物の群れを迎撃。連携して変異した大型個体に致命傷を与えるも、油断が生じ、その個体が拠点へ向かってしまったこと。
最終的には、拠点にいたゼーナがそれを迎撃し、一撃で斬り伏せて事なきを得た。彼女は無傷だったが、その場で気を失ってしまったこと。
ヴァルトが一通り説明をし終える。
「……ふむ」
ハロルドは椅子に体を預け直し、指を組み直した。
「本来なら、たまにある、少し気が緩んだって話だ。だが……」
「……あぁ」
ヴァルトは短く頷き、続ける。
「今回はギルドからの特殊任務であり、拠点にはギルド職員や療師――非戦闘員が複数いた。その目の前で、魔物が接近し、保護対象のゼーナが対処する形になった」
リオンの眉がわずかに寄り、カイルは黙って拳を握る。
「俺個人としては、大きく責め立てるつもりはない。だが、職員たちの間でも話が広まっている。二人のミスを有耶無耶にすれば、二人の信用と沽券にも関わる。だから連れてきた」
ハロルドは黙ってヴァルトの言葉を聞いていたが、やがて静かに息を吐き、ゆるく首を回す。
「……なるほどな。状況も経緯も理解した」
その言葉にヴァルトが微かに頷くと、ハロルドはふいに口元を吊り上げ、ニヤリと笑った。
「んじゃあ、いい案があるぜ」
その笑みの予感に、カイルとリオンが一瞬だけ背筋を伸ばす。
「お前ら二人――しばらくの間、嬢ちゃんのパーティについてやってもらう。新人の面倒を見る形だ。冒険者として慣れるまでの間な」
「……は?」
リオンが声を漏らし、顔をしかめた。
「待て待て、何だって俺がこんなガキのお守りを……」
「……」
カイルも唖然としたようにしていた。驚きと困惑が混ざった表情でゼーナを一瞬だけ見やる。
ゼーナ自身、いきなりこの二人と冒険者をやれと言われ、戸惑いながら様子を見ている。
ヴァルトは腕を組んだまま、ハロルドに低く問いかけた。
「……それで処罰になるのか?」
「他にもある」
ハロルドは涼しい顔のまま、両肘を椅子の肘掛けに乗せて、ゆったりと指を組んだ。
「嬢ちゃんには冒険者として活動を始める前に、実戦形式の試験を受けてもらう。嬢ちゃんは手加減抜きでやれよ」
その視線が、ヴァルトに向く。
「お前との一騎打ちだよ、ヴァルト。嬢ちゃんがどの程度やれるのか、“はっきり”確認する必要がある。もちろん、お前は手加減しろよ」
ハロルドの狙いが、ゼーナの技量だけでなく、その出自や正体を見極めるための場として設けていることを、ヴァルトは即座に察した。
「さらに、お前ら二人にも同じことをしてもらう。ヴァルトとの模擬戦で、お前らにはきっちり痛い目見てもらうさ。ミスの代償ってやつを、身体で覚えてもらう」
「……は、はあ!?」
リオンが声を上げた。だがハロルドは取り合わず、続けた。
「ゼーナの試験にはギルド職員も見に来させる。だからちょうどいい。調査隊のリーダーに叩きのめされる姿を見せりゃ、連中も“処分は済んだ”って納得するだろう。まさに一石二鳥ってやつだ」
ハロルドの笑みは楽しげで、どこか子供の悪戯のような色すら帯びている。
だが、その言葉に含まれる意図は明確だった。
今回の処罰は“周囲に示す”ためにあるものであり、そのためには分かりやすいアピールが必要だ。
試験をそのアピールに利用し、一度に済ませようというのがハロルドの狙いだ。
ヴァルトは小さく息を吐くと、無言で頷いた。
「よし、じゃあ予定は決まりだな。……で、俺も忙しい身だ、長居は無用ってことで、さっさと解散といこうか」
ハロルドが椅子から立ち上がり、軽く両手を叩く。
「試験は明日の朝ってことでどうだ? 今日のうちに体を休めて、明日はしっかり動けるようにしておけ」
その言葉に、カイルとリオンが軽く頷く。ゼーナも少し遅れて、「はい」と短く答えた。
「問題ない」
ヴァルトも低く応じ、予定はその場で決定された。
ハロルドが笑いながら手を振ると、場の空気が少しだけ緩んだ。
「よし、それじゃあ今日は解散。明日の八時、訓練場に来いよ」
ゼーナはその言葉に一瞬きょとんとし、わずかに首をかしげる。
“八時”――ゼーナは具体的にいつを指しているのか、見当がつかない。正確な時間を判別する方法がゼーナにはなかった。
その様子に気づいたヴァルトが、ふとカイルに声をかける。
「カイル。ゼーナを宿まで送ってやれ。ギルドの近くだ。明日の朝も迎えに行け」
「了解です」
カイルはすぐに返事をし、ゼーナの方を向いて穏やかにうなずいた。ゼーナは少し驚いたような顔をしたが、やがて小さく頷いた。
「書類はこれだ」
ハロルドが机の引き出しから数枚の紙を取り出し、カイルに手渡す。
「これを宿に渡せば、しばらくの間は無料で泊まれるようになる。まぁ、贅沢な部屋ってわけじゃねぇがな」
「……ありがとう」
ゼーナが頭を下げると、ハロルドは肩をすくめて笑った。
「俺は書類の整理がある。先に行ってろ」
ヴァルトのそれを合図に、カイルはゼーナと共に部屋を後にした。ゼーナは一度だけ部屋を振り返ったが、ヴァルトはすでにハロルドの方へ向き直り、次のやり取りを始めていた。
最後に残ったリオンは、何も言わず、無表情のまま無言で部屋を出ていった。その足取りには、苛立ちを隠す気配すらなかった。
ギルド本部の重厚な扉をくぐり抜けたゼーナとカイルの二人は、そのまま街の通りへと出た。
まだ日差しは高く、石畳に影を落とす人々の足取りも活気に満ちている。
ゼーナはそんな景色に、自然と目を奪われていた。
カイルはそれに気づきながらも、急かすことなく、ゼーナの少し後ろを歩いていた。
「……賑やかだね」
ようやくこぼれた言葉に、カイルは少し笑ってうなずいた。
「この辺りはギルドが近いからな。冒険者も多いし、遠征帰りの奴らで宿や店も繁盛してる」
「……うん」
ゼーナは小さく頷きながら返事をし、目の前の風景に視線を移した。
見慣れない建物や匂い、すれ違う人々の声――それらすべてがゼーナにとっては新鮮だった。
やがて、カイルが道の角を曲がり、木造の看板が揺れる建物の前で立ち止まる。
「ここだ」
ゼーナもその前で立ち止まり、見上げる。
建物は二階建てで、外壁は丁寧に磨かれた木板で組まれ、窓枠には白い布が風に揺れていた。軒先には花が植えられた小さな鉢が並び、入口には布製の暖簾がかかっている。どこか懐かしさを感じさせる温かな雰囲気が、建物全体に漂っていた。
「ここが……」
ゼーナの口から、思わず声が漏れた。
中に入ると、すぐ左手には食堂が広がっていた。丸太の柱に支えられた天井と、光の差し込む窓。木製のテーブルが数卓並び、その一つでは二人組の冒険者が大皿を囲みながら談笑していた。香ばしい匂いと焼き立ての食べ物の香りが漂い、ゼーナの腹が小さく鳴る。
カイルがそれに気づき、目を細めて言った。
「ちょうどいい。腹も空いてるだろ? ここは宿で食事も出る。時間もちょうど昼時だし、案内ついでに飯にしようか」
「……うん」
ゼーナは少し恥ずかしげにうなずいた。
カウンターにいた宿の女主人が、カイルの姿を見るなり笑顔で迎え入れる。
「はい、いらっしゃい。泊まりのお客かい?」
「ああ、ギルドからの紹介でこの子を。この書類に詳細が書いてる」
「あぁ、ギルドのお客ね!ギルドにはお世話になってるから歓迎するよ。うちでは一日二回、食事が出るからね。部屋は二階の一番奥、陽当たりがいいとこを用意しよう」
「ありがとう。それと、昼食をお願いしたい。俺の分は別で払う」
「はいよ。座って待っててね」
カイルが丁寧に頭を下げ、ゼーナは少しぎこちなく会釈を返した。
店内の食堂には数人の客が腰掛け、談笑しながら食事を取っていた。二人は窓際の席に座り、しばらくすると、あたたかいスープと香草を散らした蒸し肉、そして平たい麺にたっぷりとソースがかけられたパスタが運ばれてきた。
湯気が立ちのぼる皿を前に、ゼーナは目を輝かせる。美味しそうな匂いが食欲をそそる。けれど――
(……?)
目の前に置かれた銀色の細長い道具。ゼーナはそれを手に取ってみたものの、どう使えばいいのかがわからない。
パスタを刺そうとする。もちろん上手く刺さらない。持ち上げれても、上手く口に運べず、パスタは落ちてしまう。
その様子を見ていたカイルが、静かに笑った。
「慣れてないとそうなるか……こうやるんだ」
彼は手本を見せるように、フォークで麺をくるくると巻いてから口に運んでみせた。
「……あ、ありがとう」
ゼーナは真似をしてみるが、巻く動きはどこかぎこちない。それでも一口運んでみれば、思わず目を見開く。
「……おいしい」
小さな声だったが、心からの言葉だった。
「だろ?」
カイルは軽く笑い、食事を進める。
ゼーナも少しずつフォークの使い方に慣れていく。
食事の途中、カイルがふと手を止め、ゼーナの方を見た。
「……明日のことだけどさ、俺はヴァルトさんと戦えるってのは、すごく貴重な機会だと思ってる。まあ、罰の一環だけどな。どうせボコボコにされるなら、それなりの意味がある方がいい」
「……そう、なの?」
ゼーナがスープを飲みながら問い返すと、カイルは軽く笑った。
「ああ。俺みたいな銀級が、星級と模擬戦できる機会なんて滅多にない。きっと、いい勉強になる。痛みは、あとでどうにかなるしな」
その軽口に、ゼーナの口元がほんの少しだけ緩む。
「……そう、なんだ。私も頑張って見る」
短い返事だったが、今までよりもわずかに柔らかさがあった。カイルは気づいたように、にこりと笑った。
食事を終えると、カイルは席を立ち、ゼーナを部屋まで案内してくれた。
二階の廊下は陽の光が心地よく、廊下の窓からは街の屋根が並ぶ景色が見えた。案内された一番奥の部屋には、小さなベッドと机、窓辺には小鉢の花が置かれていた。
「何かあったら、受付に言えばいい。明日の朝は、俺が迎えに来るよ」
「……うん。ありがとう、カイル」
「おう、また」
軽く手を振って、カイルは去っていった。
扉が閉まり、一人になった部屋は静かだった。
ゼーナはしばらく窓辺に立ち、差し込む陽を浴びながら、深く呼吸した。
「……落ち着く、かも」
そのままベッドに腰を下ろし、ゼーナは瞑想の体勢に入った。明日の試験に向けて、魔力の回復と調整を行う必要がある。呼吸を整え、意識を内に沈めていく。
魔力の流れを感じながら、彼女は右手を見つめた。手袋に同化させた金属――メタモライトが、彼女の魔力に反応してわずかに光る。そこへ微細な魔力を送り、形を変えていく。色々な形を試しながら、ゼーナはその扱いに慣れるよう、静かに練習を重ねた。
細く。尖らせて。また平たく。繰り返し、繰り返し――
夜が近づくまで、ゼーナはその作業を続けていた。
そして、ようやく布団に身を預けると、小さく息をついて目を閉じた。
(……明日、か)
心の奥にかすかな緊張と、ほんの少しの期待を残したまま。
静かな夜が、ゆっくりと降りてきた。




