表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却の剣、彼方へ  作者: Zero3
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/32

都市②

「よし、それで。次に後ろの二人の話だな」


ハロルドが視線をカイルとリオンに向けながら、姿勢を正す。


ヴァルトが再び前を向いた。声の調子は変わらず低いままだが、どこか慎重な色が混じる。


「あぁ、そうだな」


ヴァルトは続けて、ゼーナを保護した翌日の出来事について報告した。


調査拠点の護衛として残していたカイルとリオンが、拠点近くに現れた魔物の群れを迎撃。連携して変異した大型個体に致命傷を与えるも、油断が生じ、その個体が拠点へ向かってしまったこと。


最終的には、拠点にいたゼーナがそれを迎撃し、一撃で斬り伏せて事なきを得た。彼女は無傷だったが、その場で気を失ってしまったこと。

ヴァルトが一通り説明をし終える。


「……ふむ」


ハロルドは椅子に体を預け直し、指を組み直した。


「本来なら、たまにある、少し気が緩んだって話だ。だが……」


「……あぁ」


ヴァルトは短く頷き、続ける。


「今回はギルドからの特殊任務であり、拠点にはギルド職員や療師――非戦闘員が複数いた。その目の前で、魔物が接近し、保護対象のゼーナが対処する形になった」


リオンの眉がわずかに寄り、カイルは黙って拳を握る。


「俺個人としては、大きく責め立てるつもりはない。だが、職員たちの間でも話が広まっている。二人のミスを有耶無耶にすれば、二人の信用と沽券にも関わる。だから連れてきた」


ハロルドは黙ってヴァルトの言葉を聞いていたが、やがて静かに息を吐き、ゆるく首を回す。


「……なるほどな。状況も経緯も理解した」


その言葉にヴァルトが微かに頷くと、ハロルドはふいに口元を吊り上げ、ニヤリと笑った。


「んじゃあ、いい案があるぜ」


その笑みの予感に、カイルとリオンが一瞬だけ背筋を伸ばす。


「お前ら二人――しばらくの間、嬢ちゃんのパーティについてやってもらう。新人の面倒を見る形だ。冒険者として慣れるまでの間な」


「……は?」


リオンが声を漏らし、顔をしかめた。


「待て待て、何だって俺がこんなガキのお守りを……」


「……」


カイルも唖然としたようにしていた。驚きと困惑が混ざった表情でゼーナを一瞬だけ見やる。


ゼーナ自身、いきなりこの二人と冒険者をやれと言われ、戸惑いながら様子を見ている。


ヴァルトは腕を組んだまま、ハロルドに低く問いかけた。


「……それで処罰になるのか?」


「他にもある」


ハロルドは涼しい顔のまま、両肘を椅子の肘掛けに乗せて、ゆったりと指を組んだ。


「嬢ちゃんには冒険者として活動を始める前に、実戦形式の試験を受けてもらう。嬢ちゃんは手加減抜きでやれよ」


その視線が、ヴァルトに向く。


「お前との一騎打ちだよ、ヴァルト。嬢ちゃんがどの程度やれるのか、“はっきり”確認する必要がある。もちろん、お前は手加減しろよ」


ハロルドの狙いが、ゼーナの技量だけでなく、その出自や正体を見極めるための場として設けていることを、ヴァルトは即座に察した。


「さらに、お前ら二人にも同じことをしてもらう。ヴァルトとの模擬戦で、お前らにはきっちり痛い目見てもらうさ。ミスの代償ってやつを、身体で覚えてもらう」


「……は、はあ!?」


リオンが声を上げた。だがハロルドは取り合わず、続けた。


「ゼーナの試験にはギルド職員も見に来させる。だからちょうどいい。調査隊のリーダーに叩きのめされる姿を見せりゃ、連中も“処分は済んだ”って納得するだろう。まさに一石二鳥ってやつだ」


ハロルドの笑みは楽しげで、どこか子供の悪戯のような色すら帯びている。


だが、その言葉に含まれる意図は明確だった。


今回の処罰は“周囲に示す”ためにあるものであり、そのためには分かりやすいアピールが必要だ。

試験をそのアピールに利用し、一度に済ませようというのがハロルドの狙いだ。


ヴァルトは小さく息を吐くと、無言で頷いた。


「よし、じゃあ予定は決まりだな。……で、俺も忙しい身だ、長居は無用ってことで、さっさと解散といこうか」


ハロルドが椅子から立ち上がり、軽く両手を叩く。


「試験は明日の朝ってことでどうだ? 今日のうちに体を休めて、明日はしっかり動けるようにしておけ」


その言葉に、カイルとリオンが軽く頷く。ゼーナも少し遅れて、「はい」と短く答えた。


「問題ない」


ヴァルトも低く応じ、予定はその場で決定された。


ハロルドが笑いながら手を振ると、場の空気が少しだけ緩んだ。


「よし、それじゃあ今日は解散。明日の八時、訓練場に来いよ」


ゼーナはその言葉に一瞬きょとんとし、わずかに首をかしげる。


“八時”――ゼーナは具体的にいつを指しているのか、見当がつかない。正確な時間を判別する方法がゼーナにはなかった。


その様子に気づいたヴァルトが、ふとカイルに声をかける。


「カイル。ゼーナを宿まで送ってやれ。ギルドの近くだ。明日の朝も迎えに行け」


「了解です」


カイルはすぐに返事をし、ゼーナの方を向いて穏やかにうなずいた。ゼーナは少し驚いたような顔をしたが、やがて小さく頷いた。


「書類はこれだ」


ハロルドが机の引き出しから数枚の紙を取り出し、カイルに手渡す。


「これを宿に渡せば、しばらくの間は無料で泊まれるようになる。まぁ、贅沢な部屋ってわけじゃねぇがな」


「……ありがとう」


ゼーナが頭を下げると、ハロルドは肩をすくめて笑った。


「俺は書類の整理がある。先に行ってろ」


ヴァルトのそれを合図に、カイルはゼーナと共に部屋を後にした。ゼーナは一度だけ部屋を振り返ったが、ヴァルトはすでにハロルドの方へ向き直り、次のやり取りを始めていた。


最後に残ったリオンは、何も言わず、無表情のまま無言で部屋を出ていった。その足取りには、苛立ちを隠す気配すらなかった。


ギルド本部の重厚な扉をくぐり抜けたゼーナとカイルの二人は、そのまま街の通りへと出た。


まだ日差しは高く、石畳に影を落とす人々の足取りも活気に満ちている。


ゼーナはそんな景色に、自然と目を奪われていた。

カイルはそれに気づきながらも、急かすことなく、ゼーナの少し後ろを歩いていた。


「……賑やかだね」


ようやくこぼれた言葉に、カイルは少し笑ってうなずいた。


「この辺りはギルドが近いからな。冒険者も多いし、遠征帰りの奴らで宿や店も繁盛してる」


「……うん」


ゼーナは小さく頷きながら返事をし、目の前の風景に視線を移した。

見慣れない建物や匂い、すれ違う人々の声――それらすべてがゼーナにとっては新鮮だった。


やがて、カイルが道の角を曲がり、木造の看板が揺れる建物の前で立ち止まる。


「ここだ」


ゼーナもその前で立ち止まり、見上げる。


建物は二階建てで、外壁は丁寧に磨かれた木板で組まれ、窓枠には白い布が風に揺れていた。軒先には花が植えられた小さな鉢が並び、入口には布製の暖簾がかかっている。どこか懐かしさを感じさせる温かな雰囲気が、建物全体に漂っていた。


「ここが……」


ゼーナの口から、思わず声が漏れた。


中に入ると、すぐ左手には食堂が広がっていた。丸太の柱に支えられた天井と、光の差し込む窓。木製のテーブルが数卓並び、その一つでは二人組の冒険者が大皿を囲みながら談笑していた。香ばしい匂いと焼き立ての食べ物の香りが漂い、ゼーナの腹が小さく鳴る。


カイルがそれに気づき、目を細めて言った。


「ちょうどいい。腹も空いてるだろ? ここは宿で食事も出る。時間もちょうど昼時だし、案内ついでに飯にしようか」


「……うん」


ゼーナは少し恥ずかしげにうなずいた。


カウンターにいた宿の女主人が、カイルの姿を見るなり笑顔で迎え入れる。


「はい、いらっしゃい。泊まりのお客かい?」


「ああ、ギルドからの紹介でこの子を。この書類に詳細が書いてる」


「あぁ、ギルドのお客ね!ギルドにはお世話になってるから歓迎するよ。うちでは一日二回、食事が出るからね。部屋は二階の一番奥、陽当たりがいいとこを用意しよう」


「ありがとう。それと、昼食をお願いしたい。俺の分は別で払う」


「はいよ。座って待っててね」


カイルが丁寧に頭を下げ、ゼーナは少しぎこちなく会釈を返した。


店内の食堂には数人の客が腰掛け、談笑しながら食事を取っていた。二人は窓際の席に座り、しばらくすると、あたたかいスープと香草を散らした蒸し肉、そして平たい麺にたっぷりとソースがかけられたパスタが運ばれてきた。


湯気が立ちのぼる皿を前に、ゼーナは目を輝かせる。美味しそうな匂いが食欲をそそる。けれど――


(……?)


目の前に置かれた銀色の細長い道具。ゼーナはそれを手に取ってみたものの、どう使えばいいのかがわからない。


パスタを刺そうとする。もちろん上手く刺さらない。持ち上げれても、上手く口に運べず、パスタは落ちてしまう。


その様子を見ていたカイルが、静かに笑った。


「慣れてないとそうなるか……こうやるんだ」


彼は手本を見せるように、フォークで麺をくるくると巻いてから口に運んでみせた。


「……あ、ありがとう」


ゼーナは真似をしてみるが、巻く動きはどこかぎこちない。それでも一口運んでみれば、思わず目を見開く。


「……おいしい」


小さな声だったが、心からの言葉だった。


「だろ?」


カイルは軽く笑い、食事を進める。


ゼーナも少しずつフォークの使い方に慣れていく。


食事の途中、カイルがふと手を止め、ゼーナの方を見た。


「……明日のことだけどさ、俺はヴァルトさんと戦えるってのは、すごく貴重な機会だと思ってる。まあ、罰の一環だけどな。どうせボコボコにされるなら、それなりの意味がある方がいい」


「……そう、なの?」


ゼーナがスープを飲みながら問い返すと、カイルは軽く笑った。


「ああ。俺みたいな銀級が、星級と模擬戦できる機会なんて滅多にない。きっと、いい勉強になる。痛みは、あとでどうにかなるしな」


その軽口に、ゼーナの口元がほんの少しだけ緩む。


「……そう、なんだ。私も頑張って見る」


短い返事だったが、今までよりもわずかに柔らかさがあった。カイルは気づいたように、にこりと笑った。


食事を終えると、カイルは席を立ち、ゼーナを部屋まで案内してくれた。


二階の廊下は陽の光が心地よく、廊下の窓からは街の屋根が並ぶ景色が見えた。案内された一番奥の部屋には、小さなベッドと机、窓辺には小鉢の花が置かれていた。


「何かあったら、受付に言えばいい。明日の朝は、俺が迎えに来るよ」


「……うん。ありがとう、カイル」


「おう、また」


軽く手を振って、カイルは去っていった。


扉が閉まり、一人になった部屋は静かだった。


ゼーナはしばらく窓辺に立ち、差し込む陽を浴びながら、深く呼吸した。


「……落ち着く、かも」


そのままベッドに腰を下ろし、ゼーナは瞑想の体勢に入った。明日の試験に向けて、魔力の回復と調整を行う必要がある。呼吸を整え、意識を内に沈めていく。


魔力の流れを感じながら、彼女は右手を見つめた。手袋に同化させた金属――メタモライトが、彼女の魔力に反応してわずかに光る。そこへ微細な魔力を送り、形を変えていく。色々な形を試しながら、ゼーナはその扱いに慣れるよう、静かに練習を重ねた。


細く。尖らせて。また平たく。繰り返し、繰り返し――


夜が近づくまで、ゼーナはその作業を続けていた。


そして、ようやく布団に身を預けると、小さく息をついて目を閉じた。


(……明日、か)


心の奥にかすかな緊張と、ほんの少しの期待を残したまま。


静かな夜が、ゆっくりと降りてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ