表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却の剣、彼方へ  作者: Zero3
第一章
12/28

門番①

ゼーナは階段を登りきったところで、足を止めた。

目の前にあるのは、古びた扉だった。長い時間の中で削れ、錆びついてなお、どこか威厳を感じさせる。

扉の隙間からは、微かに外の風が吹き込んできていた。土と石と草の混ざった匂い――それは、地下では感じられなかった空気の香りだった。


『……ここから先が、星環門のある広場だ』


リヴェリアの声が、少しだけ低く、重たく響いた。


「ついに……門の前に出るんだね」


ゼーナが呟くと、声が返ってくる。


『ああ。けど、忘れるな。“外に出る”には、門番を何とかしないと行けない』


「……分かってる」


ここまで来るのに、彼女は幾つもの困難を越えてきた。魔物との戦い、飢えと傷、魔力の枯渇――そのすべてを耐え抜いて、この場所にたどり着いた。

けれど、本当の出口は――この扉の先。星環門を越えた、その向こうにある“この国の外”だ。


ゼーナは深く息を吸い、両手で扉を押した。


ギィ……という低く軋む音とともに、重たい扉がわずかに動く。少しずつ、差し込む光が強くなっていく。

眩しさに目を細めながら、彼女はその隙間を抜けるようにして、一歩、足を踏み出した。


まぶしい――けれど、それ以上に、目の前の光景に言葉を失った。


「……ここは……」


広場だった。

広大な石畳の地面が、目の前に広がっている。所々にひびが入り、そこから雑草が顔を出していた。けれど、空は開けていた。

頭上を覆っていた枝葉も、黒く濁った霧もない。ただ、まっすぐな“空”がそこにあった。


左右には、崩れかけた建物が整然と並んでいる。その骨組みや配置から、かつては計画的に造られた都市の一角だったことが分かる。

商業区だったのか、あるいは兵の詰所だったのか――今では判断が難しいほど、全てが風化していた。


『……形だけは、まだ残ってるんだな』


リヴェリアがぽつりと呟いた。


「ここ……リヴェリア、来たことあるの?」


『あるも何も、何十回も通った場所だ。ここは王都の南区画――星環門の前の広場だ。兵士の集結地点、商隊の出入り口、旅人が最初に踏み入れる場所。活気に満ちてたよ、昔はな……』


ゼーナは崩れかけた建物をひとつ見上げた。柱の一部にはまだ彫刻の名残があり、かろうじて往時の華やかさを感じさせた。

それだけで、胸の奥がきゅっと締めつけられるような気がした。


「こんなに……静かになっちゃうんだね。賑やかだったんだろうな」


『時が経てば、どんな街も風に消える。けど、それでもこうして跡が残ってるだけマシな方だ』


ゼーナはゆっくりと振り返った。

開いた扉の後ろ、広場の反対側には、緑に埋もれた森が広がっていた。――あの森。彼女が命がけで抜けてきた、濃い魔素に満ちた森。


「……遠くまで来たんだな」


思わず、そう口にしていた。

そして、視線を廃墟へと戻す。


(リヴェリアの国……アストリア……)


彼女が守り、そして――壊してしまった国。


ゼーナはその静寂の中を歩き出した。


そして、視線を前に向けた瞬間――その“存在”が目に飛び込んできた。


「……あれが……星環門……?」


言葉に出した瞬間、背筋が震えた。


前方にそびえ立っていたのは、“門”と呼ぶにはあまりにも巨大な構造物。あまりに大きくて、最初はそれが門だと気づけなかった。

空の高さまで届くような壁。左右に展開する巨大な扉。まるで山のようにそびえ、金属のような質感の装甲に光がわずかに反射している。


門には装飾が施されていた。円と線が幾重にも絡まり、まるで夜空を模したかのような紋様。

その全体が放つ重圧感に、ゼーナは自然と歩みを止めていた。


『……そうだ。あれが、星環門だ』


リヴェリアの声が、わずかに揺れた気がした。


『あれを越えれば、森の外。アストリアの外。お前の“旅”の、本当の始まりだ』


ゼーナは唇を引き結び、拳を握った。


(外に出る……私の足で……)


そう思って、一歩、また一歩と歩き出す。


門は何も言わず、ただそこに立っている。


そのまま近づこうとした、その時だった。


「っ……!」


突然、空気が震えた。


まるで雷が鳴る前のような、肌がざわつくような感覚。


そして――


ドンッ!!


重たい着地音。地面が揺れ、土煙が巻き上がる。


目の前の地面に、何かが“降ってきた”。


ゼーナはすぐに剣の柄に手をかけ、身構えた。


『来たぞ……』


土煙が晴れ、姿を現したのは――巨大な影。


身の丈が彼女の倍以上。全身を黒鉄の鎧で包んだような異形。武器は持っておらず、素手のままだ。

顔はなく、目に光もない。まるで無機物がそのまま動いているようだった。


『あれが、門番“ガーディアン”だ。アストリアを守るために作られた魔道人形――ここを出るための、最後の壁だ』


ゼーナは唾を飲み込んだ。


この戦いに勝てば、外に出られる。

けれど、負ければ――ここが、“終わり”になる。

要は今までと一緒だ。


彼女は深く、息を吸った。


「……来い」


剣を握りしめたまま、目の前の巨影を見上げる。


それは、正しく“壁”のようだった。


全身を黒鉄の装甲に覆われ、無言のままただ立つ存在。形こそ人に似てはいたが、どこか違う。目も口もない。声も発さず、ただ立っているだけで、空気が緊張に引き締められていくのが分かった。


ガーディアン――星環門を守る“門番”。


『油断するな、ゼーナ。そいつはただの鎧じゃねぇ』


リヴェリアの声が低く響いた直後、ガーディアンの“腕”が動いた。


変形。まさにその言葉通りだった。金属でできていたはずの腕が、ぐにゃりと曲がり、まるであのスライムのように動く。

そして――槍のように先端を尖らせた。


「来る!」


叫ぶより早く、ガーディアンが踏み込んできた。


一歩。


その一歩が、地面を叩きつける。地響きとともに空気が唸る。


二歩目と同時に、槍状に変化した腕が、一直線にゼーナを貫かんと突き出された。


「っ……!」


とっさに身を沈め、地面を滑るようにして避ける。だが次の瞬間、避けた側から空気が押し潰されるような感覚。


(――もう次が来てる!?)


振り返ったゼーナの目に映ったのは、再び変化したガーディアンの腕。今度は槌のように変形し、上段から叩き潰すように振り下ろされてきていた。


彼女はもう一本の剣を抜き、二振りの刃を交差して受け止める。


ガンッ!!


衝撃が骨にまで響く。腕が痺れる。


そのまま逸れた槌が地面を割る。


跳び退きながら息を整え、魔力を全身に巡らせる。身体強化。けれど、それでもなお、力負けしそうだった。


『ゼーナ、あいつは魔力で形を変えてくる。後手に回ると不利だ!こっちから攻めろ!』


「分かった……!」


ゼーナは双剣に魔力を流し込む。刃が淡く輝きを帯びる。


再び、彼女は踏み込んだ。正面からは無理だ。だから回り込む。側面から斬りつけ――ガーディアンはそれを、腕を盾のように変えて受け止める。


(流れるように……防御が変わる……!)


斬撃の衝撃を吸収するように流し、巻き込むような動きで反撃に転じる。鞭のような軌道を描くその腕が、すぐ間近に迫っていた。


ゼーナは反射的に後ろに跳ぶ。ギリギリ、回避。


けれど――見誤った。


鞭の先が、ゼーナの脇腹をかすめた。


「ぐっ……!」


鋭い痛み。息が漏れる。装備が衝撃を軽減してくれたが、完全には防ぎきれなかった。


着地と同時に再び剣を構える。魔力を再分配。もう少し、威力を高めなければ通じない。


「まだまだ……!」


ゼーナは一気に間合いを詰める。正面ではなく、斜め下。ガーディアンの足元に滑り込むようにして飛び込み、剣を突き上げる。


ガーディアンの脚が動く。回避ではなく、受け止めに来た。


刃が触れる瞬間、その脚は装甲を軟化させるように変化した。弾力を持ち、衝撃を吸収する構造。


(……効いてない!?)


ゼーナは即座に後退しようとするが、遅れた。


ガーディアンの腕が、刃のように長く伸びた――


ガキン!


ゼーナは咄嗟に両の剣を交差して受け止めた。


それでも、その衝撃で吹き飛ばされた。空中で回転しながら地面に叩きつけられる。


「ぐぅ……!」


視界がぐらつき、音が遠のく。肺に残っていた空気が一気に抜けた。


地面を転がって起き上がり、彼女は膝をついた。


『ゼーナ、大丈夫か!』


「……大丈夫……っ!」


ゼーナは膝を伸ばし、再び立ち上がる。剣を握り直し、ガーディアンを真っすぐに見据えた。


相手は、淡々とこちらを見下ろしている。


その顔には目も口もない。表情もなかった。けれど、確かに“敵意”がそこに宿っていた。


(形を変えられて、力も私より上、距離だって自由自在……強い……)


ゼーナは深く、息を吐いた。


だけど、負けるわけにはいかない。


ここで倒れたら、これまで歩いてきたすべてが無駄になる。


(怖い。でも、逃げたくない。あの門の向こうに、私は行くって決めたんだから……!)


「まだ、やれる……!」


ゼーナは、魔力を脚に集中させた。


次の攻撃――絶対に、通す。


「バースト!」


足元が爆ぜる。爆風が脚と背中を押し、視界が流れる。一瞬で間合いを詰め、右の剣を横薙ぎに振るった。


ガーディアンは即座に反応する。腕を盾のように変形させ、斬撃を受け止めた。


構わない――もう一発。


「バースト!」


再び爆ぜる。今度は逆方向から切りかかる。その刃も、金属の鞭のようにしなる腕に弾かれた。


けれど、それでも止まらない。何度も、何度も、連続で切り込む。魔力の消費は激しく、体中が軋んだ。それでも、ゼーナは止めなかった。


何度かの斬撃が装甲を裂き、金属の表面に傷を刻んでいく。ガーディアンの足取りがわずかに揺らいだ。


ゼーナはとどめを狙って跳躍する。空中から落下の勢いを乗せ、両の剣を構えて振り下ろした――その瞬間。


「……っ!」


地面が震えた。


ガーディアンが両腕を大地に叩きつける。瞬間、足元から衝撃が奔った。


(衝撃波……!?)


空間が歪んだように感じた。痛みはない。けれど、体勢が崩れ、動きが止まる。


ゼーナは、空中で無防備になってしまった。


(まずい――!)


思考するより先に、“それ”が迫ってきた。


ガーディアンの右腕が、螺旋状の槍へと変わっていた。唸るような音と共に迫ってくる。魔力が濃縮され、渦を巻くような圧力。見ただけで、ただならぬ威力を感じ取れた。


(……間に合わない!)


咄嗟に魔力を集中させ、後方への回避を試みる。


「バースト!」


辛うじて軌道を外す――だが。


「うああっ!」


直撃は避けた。だが、螺旋の一撃が放った余波――圧縮された風と魔力の衝撃がゼーナを包み込む。


ゼーナの身体が弾かれ、宙を舞った。


視界がめまぐるしく回る。空、地面、廃墟。


そのすべてが交錯する中で、ゼーナの身体は広場の外れにある廃墟の外壁へと叩きつけられた。


「ぐ、ぅ……っ!」


壁が悲鳴のように軋み、崩れた瓦礫と共に、彼女は地面に転がる。


魔力強化と装備がなければ、余波だけで粉々に砕かれていたかもしれない。


重い。身体が、自分のものじゃないみたいだった。それでも、ゼーナは歯を食いしばって顔を上げた。


ガーディアンは、確かに傷を負っている。さきほどの連撃で装甲にひびが入り、大きく欠けているような箇所さえあった。


だが――まだ、動いている。


螺旋状だった腕を、ゆっくりと元の形に戻しながら、無言のままゼーナを見据えていた。


その眼差しはないはずなのに、はっきりと“敵意”を感じる。


(まだ……やれる)


ゼーナは、剣を支えにして、ゆっくりと立ち上がった。

荒くなる呼吸を抑えながら、もう一度、柄を強く握り直す。


(でもこのままじゃ、倒しきれない……)


傷はつけられる。けれど、それだけ。倒すには至らない。

今のままでは、どれだけ斬っても決定打にならないのだ。


だったら――やるしかない。


「リヴェリア」


『……ああ』


「……これで終わらせる」


ゼーナは両手の剣を構え直す。今までとは違う、攻めの姿勢。

両腕を交差させ、防御を捨てた突撃の構えを取った。


その瞬間、全ての魔力を行使する。


まずは、身体強化。

筋肉、骨、血管――動かすすべてを、限界まで強化する。

次に武器。二本の剣へ、魔力を集中して流し込む。

刃がうっすらと赤く光り始めた。


最後に――バースト。


脚に、背に、推進力のための魔力を仕込む。

魔素が熱を帯び、視界がゆらめいた。


『ゼーナ……失敗すれば、死ぬぞ』


「それでも……やるしかない」


ここまで来た。

逃げ場なんてない。後戻りもできない。


ゼーナは地面を蹴った。


「これでっ!!」


爆ぜる足元。爆風が背を押し、彼女の身体が一直線に飛び出す。

空気が裂け、音が遅れる。

ガーディアンは反応し、盾のような巨大な腕を作り出す。

けれど、それでも――ゼーナは飛び込んだ。


剣を交差させ――


「はぁあああああっ!!」


全力を込めて、振り下ろす。


交差した双剣が、盾を斬る。

ガァンッ!!と金属が悲鳴を上げた。


ガーディアンの盾が、バツ印に断ち割られる。

中心から裂け、両側に吹き飛んだ破片が空を舞う。


ゼーナはそのまま、剣を滑らせるようにしてガーディアンの背後へと駆け抜けた。

斬撃が、その装甲を深く裂いていく。


音が止んだ。

着地の衝撃を殺しきれず、彼女はそのまま地面を転がる。

突っ伏したまま、首だけを捻って振り返った。


そこには――


ガーディアンの胸に、深々と二本の斬撃痕が刻まれていた。

鋼鉄の装甲を、赤く光る魔力の刃が深く抉っていた。


一瞬、ガーディアンは動かなかった。

ただその場に、無言で立っていた。


しかし次の瞬間――


ゴゴ……ゴッ……と、鈍い音を立てて膝をついた。

巨体が、ゆっくりと傾く。

地面に、その全身を預けるようにして倒れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ