プロローグ
プロローグ
爆ぜる音が、空気を裂いた。
少女は疾駆する。魔力を脚に集中させ、爆風による瞬間の加速――。
背後を押す爆風に乗って、彼女は巨大な鎧の懐へ一気に踏み込む。
右手の剣を横に薙ぐ。
だが、巨大な鎧――外の世界への門番であるガーディアンは即座に反応した。腕が盾のように変形し、その一撃を受け止める。
構わない。
再び魔力が爆ぜる。少女は逆方向から切りかかる。
だがそれも、しなる鞭へと変化した金属の腕に弾かれた。
それでも止まらない。何度も、何度も、少女は剣を振るい続けた。
魔力は急速に減り、身体は軋み、痛みに満ちていく。
けれど、やめるつもりなどなかった。
やがて斬撃は敵の装甲を裂き、硬い表面に傷を刻んでいく。
わずかに、ガーディアンの動きが鈍った。
少女は跳んだ。
跳躍と落下の勢いを乗せ、両の剣を振り下ろす。
とどめの一撃――
だが、その瞬間だった。
「……っ!」
大地が揺れた。
ガーディアンの両腕が地面を叩く。
直後、足元から衝撃波が広がり、空間を歪ませる。
(衝撃波……!?)
痛みはそれほどない。けれど、重力が狂ったように感じた。
空中で体勢が崩れ――少女は無防備なまま宙にさらされる。
(まずい……!)
次の瞬間、“それ”が迫ってきた。
ガーディアンの右腕が、螺旋状の槍へと変形していた。
空気を唸らせる一撃。濃縮された魔力が渦巻き、ただの物理攻撃ではないことが一目でわかる。
(……間に合わない!)
少女は咄嗟に魔力を集中させ、加速と同じ要領の爆風でわずかに軌道を逸らす。
だが――
「うあっ!」
直撃は避けた。けれど、圧縮された風と魔力の余波が全身を襲う。
少女の身体は弾かれ、空を舞う。
視界がぐるぐると回転する。空、地面、廃墟。
それらすべてがぐしゃりと混ざり合った世界の中――
背中から、廃墟の壁に叩きつけられた。
「ぐ、ぅ……っ!」
軋む音。砕ける壁。瓦礫の下に転がる身体。
重い。手も、脚も、自分のものじゃないみたい。
けれど、少女は歯を食いしばって、顔を上げた。
ガーディアンは、確かに傷ついていた。
連撃で装甲にヒビが入り、欠けている箇所もある。
だが――それでもまだ、動いている。
螺旋の槍だった腕を、ゆっくりと元の形に戻しながら、無言のまま彼女を見据えていた。
その視線に、恐怖がなかったと言えば嘘になる。
けれど、少女の奥底にあるのは、それ以上の――決意。
(怖い。でも、逃げたくない。あの門の向こうに、私は行くって決めたんだから……!)
ここで倒れたら、これまで歩いてきたすべてが無駄になる。
『おい、“ゼーナ”まだ動けるか』
頭の奥から声が響き、少女――ゼーナに呼びかける。
「まだ……やれる……!」
歯を食いしばり、ゼーナは崩れた瓦礫の中からゆっくりと立ち上がろうとする。
その瞳にはまだ、光が宿っていた。
身体は痛みで軋んでいた。けれど、心は静かに、あの日を思い出していた。
目覚めたときのことを。名も記憶もなく、ただ生きたいと願った、始まりの日を。
――そして、物語は遡る。
ゼーナが目覚めた、あの森から。