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分からない?ならもっと想像してくださいよ。
一言一句を頭に染み込ませて、時間をかけて言葉をたぐって、自分の経験と照合させて、肌に思い出させるんです。言葉をただの言葉のままにしておかないでくださいよ。
私がただ話しているのを聞くだけじゃ分からないですよ。
私は人を殺したんですよ、刑事さん。
春がありますよね。
冬が明けてきて、朝を迎えるたびに少しずつ暖かくなっていく。
日陰はまだ肌寒くて、建物が密集しているところだと冷気が服に入り込んでくる。陽が差してくるところを歩きたくなる。寝ぼけたような空に桜の薄い色づきがよく似合う。忙しくていつしか遠くなっている季節。
次に夏が来ます。
蒸し暑いなんて昔から言いますけど、最近は直射日光の方がきついですね。焼けるような暑さは、焚き火のそばにいるのと近い感じがします。動いていない時の方が耐えがたい気がします。深まる青空を背景にして沸き立った白雲が浮き出ていて、その下で汗が垂れていくんです。
嫌いになりそうな季節ですけど、その暑さに刻まれた思い出は意外と多かったりします。
その次は秋ですね。
暑さが少しずつ和らいで、時折涼しい風が吹くようになる。朝の寒さにもう一着羽織ってみたり、昼の日差しにそれを後悔したり。気づけば街路樹が色づいていて、足下には葉っぱが。夕日を見る時間が日に日に早くなって、電車やバスの車内をオレンジ色に染め上げるんです。
最後に冬が巡る。
染みこんでくる朝の寒さと白い息。フィルターが掛かったみたいに白くぼやけた空気に、陽の光が反射して輝くんです。厚着をすれば、余計に顔や手のひらの冷たさが強く感じられるようでした。
夜が早くなる季節でもあります。澄み渡った夜空では月がよく映えるんです。制服姿の男女が持つのは単語帳。カフェオレの甘ったるい熱さをポケットに握れば、今でも受験期の夜道を思い出せます。
春夏秋冬。四つの季節で一年が巡って、また頭から繰り返す。
その上に生きる人の感情など気にすること無く、早くなることも遅くなることもなく、戻ることも出来ず、そうやって時間は経っていくんですね。
そうやって私はこれまでの19年という月日を無駄にしてきたんでしょう。
凶器は、なんだったでしょう。
斧でしたかね、たぶん。横一線に振り抜いて、それで終わり。
なにが原因だったんでしょうかね。
まず一人称が良くなかったのかもしれません。
「僕」では子供すぎるし、「俺」では落ち着いていない気がする。かといって「私」では、何か変に気取っているような感じがして喉につっかえてしまった。定まらない一人称のせいで、結局いつからか会話や文の中では「自分」はふわふわとしたものになってしまいました。
よく分からないんですよね。
今から5年前の、中学3年のことでした。
卒業式を数日後に控えたその日、大量の配布物が一人一人に配られました。PTAのあれこれだとか、使わなくなった体操服のリサイクルとか寄付のお願いだとかの中にそれは混ざってましてね。担任は「最後の置き土産だよ」と言っていました。
担任から生徒それぞれに向けて一言ずつ書いてあるんです。「友達に勉強を教えて頑張ってくれていました!」「リーダーシップをとってクラスをよくまとめてくれていました!」みたいな感じです。自分にはどんな事を書いてくれたんだろう、なんて、名簿順になったその紙の上に目を滑らせたんです。委員をお願いされたりしてましたから。内心少し期待して。
なんて書いてあったと思います?
「掃除を頑張ってくれていました」
ッフ、と笑い声が聞こえましてね。「見て、○○のとこ。掃除って」女子が言ってるんです。ええ、私の名前です。教室に散乱したざわめきの中でそれだけがやけにはっきり聞こえました。
恥ずかしい、と思いましたよ。
何が?
笑われたことが?
書かれた内容が?
いいえ、期待した事が、です。
過去の担任との会話や出来事を、勝手に掘り返して、勝手に解釈して、そして、勝手に思い上がってしまった。自分勝手な思い違いが、僕に牙を剥いたんです。深く恥じて、反省して、そして心に決めました。期待しないように、思い上がらないように、勘違いしないように。
「最後の置き土産」、そうだというのならそれはこれ以上ないくらいに目的をよく果たしたのでしょう。
刑事さん、聞いてます?興味もってくれないんですね。僕のことならなんでも話すのに。
なにが原因だったんでしょう。
そう考えるたびに、無数の記憶が蘇ります。
失敗をした時に、通りすがりの女性に吐かれた「ダサい」の笑い声でしょうか。母親のスマホに見えた、息子を気にする検索欄でしょうか。コンビニで当たったフィギュアに向けて父が放った「気持ち悪い」の一言でしょうか。あまりにも眩しくなった友人の姿でしょうか。
いろいろと原因が浮かんで、でもそれが本当に悪いんでしょうか。
失敗を覚えて怖がって「めんどくさい」の一言で挑戦をやめたのはわたしです。他人の目を気にして、好きなものを好きだと言わなくなったのもわたしです。
例えば映画館で座席が蹴られたとき、注意もせずただ自分の体を縮ませたのは何故だったんでしょう。例えば狭い道で、向かいから来る集団を自分だけが避けているのは何故だったんでしょう。
それは優しさではないですよね。俺の弱さでしかなかった。
だから。
悪く無いんです、誰も。ただ俺が噛み合ってないんです。一つ一つの動作も、一字一句の言葉も、いやそこにいるだけでも、わたしは迷惑をかけていた。
……ええ、わたしは殺してなんかないです。
そんなこと俺に出来るはずがない。
あなたもです。あなたも刑事なんかじゃない。ここにいるのは、僕だけ。
分かってるんです、そんなことは。現実と妄想くらい。馬鹿な俺でもそんなことくらいは分かるんです。
分かってますよ。
いいです。もう見なくても。なにも無いですよ。
……暗いなあ…………ああ、くそ……なんでこんな……
一人で……
……嘘。
うそうそ、やっぱり、やっぱりうそです。お願いだから行かないでほしい。
誰もいないことくらい分かってる、でも、でもそれじゃあどうしたらいいんですか。
目を開けたら、首が取れたフィギュアが転がってるだけだったら。そんなのはもう、ほんとに。
ねえ、刑事さん
もうなにも分からないんですよ。
劣等感と焦燥感と訳の分からない攻撃性が、リアルタイムのSNSと政治報道と創作物の上で、ドーパミンと一緒にない交ぜになって、もう難しいことなんて頭に入んないんです。感傷だけがずっと続いて、馬鹿になってる。
ああでも、馬鹿だから出来ることもあるかもしれないとも思うんです。
ねえ刑事さん。
入学式や卒業式。寝ぼけたような空には桜の薄い色づきがよく似合うんです。暖かい風に、花びらが地面を擦り上げてる。
日差しに制服に汗が垂れる。熱い夏に刻まれた思い出も意外と多かったりするんです。
教室の和紙の束が巻き上がるんですよ。秋の夕日がオレンジ色に染め上げるんです。
隣り合わせで歩いた道。冬の冷たさが、ポケットのカフェオレの熱さが、あの夜空を思い出させるんです。もう通り過ぎてしまった日を思い出させるんです。
ねえ、刑事さん。
まだ、そこに、いますか?




