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ただ、空に

作者: 九JACK

 回っている。回転している。循環している。

 私はプロペラ……正確には、垂直離着陸を可能にしている回転翼を見ながら、ぼんやりと思う。

 なぜ。

 なぜ、私はここにいるのだろう。なぜ、眼前には垂直離着陸型航空機があるのだろう。なぜ風は吹くのだろう。髪が靡くのだろう。涙は流れるのだろう——。

 とりとめのない思考。疑問でしかないことから、大して考えずとも答えのわかることまで、私の脳裏を通りすぎていく。

 パタタタタ、というような音が、鼓膜を引っ掻くように、風の中を揺蕩う。揺蕩うというとまるで綺麗であるかのようだが、ソレは寸分狂いもなく、騒音だ。

 薄暗い中をライトで照らしながら、それは下降してくる。左右についた回転翼が規則正しく空を切り、安定した垂直着陸を保たせる。

 来ないでほしい。私は切実に願った。けれど、願うだけでは、その願いを叶えられない。

 ぶおお、と馬鹿みたいに大きな音がして、私の髪がひらひらと空に舞う。ワンピースのスカートが、風を孕んで水母のように膨らむ。

 そんなスカートを押さえるフリをして、私は脚に結わい付けてあった小型の直方体を手にする。拳銃なんて扱えないし、そんなもの脚につけて普通に過ごせるのは、手慣れた人間だけだ。

 私は、例えば暗殺者や軍人のように手慣れてはいないが……普通というには、少し無理のある人間だっただろう。

 直方体のソレは、スイッチだ。

 着地寸前のタイミングで、私はソレを押下する。地面から吹き上がる炎。人体に明らかに害があるであろう煙たさを発しながら、いくつも炎が噴き出す。爆発を「花火みたい」と比喩するような雅さを挟む余地すらないほど、冷酷な殺意に満ち満ちた炎。

 航空機の機体底面が、巻き込まれる。エンジンに引火してくれたら、とてもいい。

 トトトトト、とよたつきながら、それでも平衡を保とう、もしくは取り戻そうとする航空機。哀れだった。

 人間だったら、気合いで踏ん張りが利くだろうけれど、アナタは無機物だもの。無理よ。不可能を可能に変えようだなんて気概も、無機物には生まれようがないわ。

 操縦しているのは人間でしょうけれど、燃料に爆破の炎が引火するのも時間の問題。彼にできるのはせいぜい、安全に機体から退避することくらいなもの。飛び降りると言ったって、もう地面は近いのだし、怪我の心配も少ない。

 私はじり、と航空機から距離を取る。そうしないと、巻き込まれてしまう。

 背を向けて、走った方がいい。そんな当たり前のことはわかっている。それでも私は目を逸らさなかった。

 ——飛行機が、昔から好きだった。指折り数える程度しか乗ったことがなかったけれど、旅客機から見下ろす雲海はとても綺麗で、窓際の席で熱心に眺めていた。

 翼を持たない人間が、空を飛ぶために考えた機巧。動きの精度を高める一つとして設けられた回転翼は、鳥の羽より素敵だと思う。だから、爆発に呑まれて、砕けて、壊れていくのは悲しい。

 私は人間が嫌いだった。飛行機を考えた部分においては偉大とは思うけれど、空を飛びたいなんて大それた夢だと思う。ただ飛びたいだけで終わるなら、それは素敵なだけの夢だった。どうして、会敵で攻撃するような兵器にしてしまったのか。

 空を飛ぶことに「移動手段」としての価値があるのがよくなかったのだろうか。移動手段としての「空を飛ぶ」ではなく、正月に飛ぶ凧のように、空に「浮かぶ」ことだけを望んでいれば、こんなことにはならなかったはずだ。

 私は、雲海を見たいだけだった。

 雲の向こうにある蒼穹(あお)を眺めてみたいだけだった。

 どうして、それだけで満足できなかったんだろう。空を飛ぶのは、素敵なことなのに。

 とうとう、燃料に引火したのだろう。航空機が爆発する。操縦席のあたりはまだ形を保っていたが、尾翼の方はバラバラと落ちていく。

 墜ちていく。

 あーあ、青空が見えなくなった。みんなみんな、真っ赤に染まって、沈んでいく。沈んでいく。


 ごめん、と呟くのも、馬鹿馬鹿しいほどに。

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