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安楽椅子ニート 番外編13

「ああ。木崎さん、出張ご苦労様でした。」

「・・・クレイジービッチ。」

「え?」

「・・・向こうのアメリカ人だかカナダ人の偉い人、クレイジービッチって言ってたぞ。いくら英語の分からない俺でも聞き取れた。なんか、たぶん、日本語に成らない汚い英語で罵っていたんだろうなぁ。英語が分からなくて良かったよ。雰囲気でも凄かった。あれは凄かった。・・・生き地獄だった。」

「お疲れさまでした。今日は、もう帰った方が。」

「・・・そうさせてもらう。あ、そうだ、高井、熊の肉、食う?」

「熊?」

「熊以外もあるぞ?鹿。鹿の肉?猪もあるな。」

「え?木崎さん。それ、全部、肉なんですか?」

「ああ。野生の生き物の肉だ。おみやげで貰った。・・・お前も食え!遠慮すんな。なぁ?」

「分かりました。分かりました。木崎さん、とりあえず、荷物、降ろしてそれからにしましょう?お肉、頂戴しますから。」

「ああ。そうする。」

「コーヒーでいいですか?」

「コーヒー?・・・いや、いい。水で。水で。」

「そうですか?」

「ああ。ここに水はある。・・・水がある。」

「・・・当の瀬能さんは、一緒に帰ってきたんですか?」

「ああ。送ってきた。当分は家に閉じ籠もるだろう。訴訟の準備するとか言ってたから、もしかしたらまた一悶着あるんだろうなぁ。」

「・・・まだ、やるんですか?」

「お前、あの人、舐めてるだろ?あの人は、一度、噛みついたら、死んでも離さないぞ?例え、日本の大統領でも、」

「木崎さん、だいぶ、お疲れの様ですけど?」

「え?ああ。瀬能さんは相手が大統領でも戦うだろうなぁ。・・・まぁ、こっちに迷惑が掛からなきゃなんでもいいんだけど。」

「そこなんですよねぇ。」

「まさか外資の、世界のミネラルウォーター会社と戦争してるとは、思わないもんな。」

「ええ。」

「あれだよ?あいつら、政府と違って民間だから、好き勝手やってくるんだぜ?お前、本物の銃、見た事ある?」

「銃?・・・銃!」

「ボディガードって建前だよ?あれ、完全に武装集団だぞ?どうやって入国したんだよ?あれ!」

「流石に、国内に銃は持ち込めないんじゃ?」

「じゃあ、あれ、なに?モデルガン?モデルガンを装備したタフマッチョな連中が何十人も待機してたの?俺、映画で見た事あるよ?あれ、海兵隊って奴だろ?ネイビーシールズだろ?モデルガンなわけないじゃん!俺達じゃ分からないルートで不法所持してるんだよ、あれ!」

「ままま、木崎さん?不法所持は言い過ぎじゃないですか?いくら何でも法治国家ですから。そんなに、いかつい連中がいたんですか?」

「いたってもんじゃないよ!囲まれてたよ!・・・ほんと、俺、よく帰ってこれたと思ったよ!おまけに、何人も弁護士いたし。」

「弁護士も?」

「・・・世界の覇権を握る、民間会社だよ?経済的にも、軍事的にも、政治的にも、圧倒的だよ?あんなもんに手ぇ出して良い事なんかないんだよ!ああああ!嫌だ!・・・関わり合いたくない!」

「・・・木崎さん、お疲れさまでした。」

「お疲れだよ、ほんと。」

「それにしても、よく瀬能さんは、そんな得体の知れない土地を所有していましたね?トラブルの原因になるような?アルプスのド真ん中でしょう?縁もゆかりも無いでしょうに?」

「それがだなぁ・・・」

「縁もゆかりもあったんですか?」

「森の中で、爺さんを助けたんだと。」

「お爺さんを助けた?どんなおとぎ話ですか、それ?」

「ああ。熊に襲われてた爺さんを助けた縁で、爺さんの土地を貰ったらしい。・・・世界的に厄介な土地をな。」

「・・・そうだったんですか。・・・瀬能さん、熊、倒せるんですか?」

「爺さん、熊に襲われて、木の上に逃げたんだそうだ。でも、熊、木ぃ登れるだろ?絶体絶命の時に、瀬能さんに助けられたらしい。瀬能さん、大山倍達の流れを汲む流派の使い手らしくてな、熊と対峙して、熊の方が逃げたらしい。」

「・・・本当ですか?それ。」

「命を救われた恩に、余ってる土地をプレゼントしてもらったそうだ。・・・あとあと厄介になる土地をな。」

「そのお爺さん、何者なんです?」

「誰も手をつけない山ん中の、地主だそうだ。林業が盛んだった頃は少しは潤っていたんだろうが、斜陽になってから、荒れ放題。山って何もしてなくても、保安だけで金が飛んでいくんだ。金喰い虫だよ。そんなだから誰も見向きもしない、資産価値もろくにない山林だそうだ。」

「なんでそんな所を瀬能さんが歩いていたんですか?」

「修行だってよ?」

「修行・・・?」

「山に籠もって精神を落ち着かせたい時もあるんだって、よ?」

「・・・人んちの山でしょ?勝手に入ったら怒られるでしょ?」

「そこら辺は瀬能さんに聞いてくれ。」

「・・・いい加減だなぁ。」

「それで、その爺さんの命が助かったんだから、良かったんじゃねぇの?だいたい家に引き籠ってるのに、山に引き籠る必要ねぇよな?」

「まぁ、気分の問題もあるでしょうし。ねぇ?」

「そういう経緯で、アルプスの山ん中の一角を譲り受けたらしい。・・・とんでもねぇ人だよ、ほんとに、よぉ。」

「それが問題の土地だった訳ですね。」

「ああ、通称、レースカーテンフォレスト。」

「レースカーテンフォレスト・・・?」

「いつ何時でも靄がかかっている、霧が晴れない森。レースカーテンの様だと言われ、その名が付いた森だ。三十センチ、五十センチ前方も見えない程、霧が立ち込めているって話だ。

レースカーテンフォレストの最大の特徴は、霧が晴れない事じゃない。

アルプスの地下水脈が流れている事だ。その地下水脈の浅い所が、地上に顔を出し、万年の霧となって森を覆う。靄の正体が分かっちまえば大した事はないが、問題はそこじゃない。厄介なのは、アルプス地下水脈の一群が流れている事だ。」

「ええ。」

「水脈の一群が、外資系大手。世界シェアナンバーワンのミネラルウォーター会社が所有する、遊水池に流れる込む水脈だったんだ。

これの意味する所は、政治的、経済的、安全保障的に、摩擦が生じる、極めて繊細な土地だったって事。

瀬能さんが所有する土地が、よりによって、ミネラルウォーター会社の湧水への本筋だったんだ。

ミネラルウォーター会社が、水脈を所有していたら何の問題も起きなかった。なのに、瀬能さんが水脈を押さえたもんだから。

気が付けば、ミネラルウォーター会社の遊水池に水が湧かなくなっちゃった!

ねぇ?

どうしてこう、なっちゃったんだろうねぇ?」

「・・・いやぁ、僕、よく、分からないですぅ、けどぉ。」

「どうして瀬能さんは揉める事、すんのかな?・・・やめて欲しいんだけど?」

「アレですか?ほら、世界でよく問題になってる、過激な環境保護団体いるじゃないですか?あれの様な感じなんじゃないですか?」

「高井?お前、瀬能さんがそんな思想でやってると思うか?たぶん、きっと、違う。俺は思いつきだと思う。あと半分は冗談だな。」

「・・・冗談と思いつき?・・・最悪じゃないですか?」

「だから最悪なんだろ?あの人に、そんな玩具を持たせちゃったから最悪なんだよ!もうぉ。」

「どうにもならないですね、ま、どうにもならなかったから、こうなった訳でぇ。」

「お前、それ、言うなよ?」

「そもそもなんですけど。」

「そもそもなんだよ?」

「そもそも、どうして、僕達が知る、超大手、外資のミネラルウォーター会社が、日本人だって知らない、資産価値もない山の中の土地を所有していたんですか?僕はそれが疑問で疑問で。」

「ああ。それかぁ?高井、お前、水道代、気にした事あるか?いや、水が当たり前に飲めるの、気にした事あるか?」

「水ですか?・・・水道代に関しては、高い安い位は気にしてますけど。高くても安くても使うものだし、払うしかないと思ってます。代替手段がないですし。」

「あくまで瀬能さんの受け売りだけど、水、飲めなくなる可能性もあるんだってよ?」

「水が飲めなくなる?・・・そんな事ないでしょう?」

「高井、それほどバカな話じゃないんだよ。真面目な話だ。う~ん。まったく飲めなくなるって事はないだろうが、高い、高い、高い、高い金を払わなければ水が飲めなくなるかも知れないって話だ。まるでディストピアだ。お前、信じられるか?」

「いやいやいやいや。木崎さん。日本の水道事業は優秀ですよ?飲めなくなるなんて事ないでしょ?」

「お前、日本じゃ何処でも水が飲めると思ってるだろ?」

「ええ。はい。」

「上水道の普及率は約九十九パーセント、下水道の普及率は約八十一パーセント。・・・この数字で何か気が付く事あるか?」

「ええっと?普通に百パーセントじゃないんですね?」

「ああ百パーセントじゃない。公共インフラだからって百パーセントじゃないんだよ。しかもだ、下水道に関しては八十一パー。場所によっちゃ、垂れ流しだ。嘘じゃないぞ。

あ、お前、田舎のド田舎だったら垂れ流しだろう?とか思ってるだろ。違うんだな、これが。政令指定都市に準ずるの都市だって、狭間に紛れ込んだら、下水が通じていない所だってザラだぞ?ザラ。俺達が住んでる此処だって、駅から十五分も離れりゃ汲み取り式のボットンだって普通にあるしな。驚く事じゃない。」

「そうなんですね。」

「だから、反対に、バキュームカーを出させたりする費用もかかる。」

「・・・都市開発、都市整備を行き当たりばったりでやってると、取り残される地域は必ず出てきますからね。」

「下水なんか、風呂、台所なんかの生活排水から、糞便し尿の類の汚水、屋根、庭にたまる雨水。そういうのを綺麗に、衛生的に処理していかなかったら、たちまち飲める水が汚染されていくんだからな。下水処理は必須なんだ。」

「あ、はい。」

「上水道の普及率が九十九パーだからって、水が飲めるとは限らないんだぞ?お前、水が飲めるのに必要な物、言ってみ?」

「水?・・・水源ですか?ほら、テレビで、夏、かんばつでダムが渇水して、節水して下さいって宣伝してますよね。」

「そりゃ、お前、水、飲むんだから水が必要なのは当然だろうに?そういうクイズじゃないんだよ、そういう。インフラで考えてみろよ?インフラで。」

「インフラで?」

「答えは浄水場。」

「ちょっとは考える時間を下さいよ?」

「待つのが面倒臭くなっちゃってな。

浄水場ってのは、水を飲むのに重要な施設である事は間違いない。言い換えれば、ただの水を飲める水に変えてくれる魔法と言っていい。言っておくけど、生の水、ほとんど飲めないからな。消毒したり、濾して、濾して、濾して、不純物を取り除くから、人間が飲める水になるんだぞ?

日本の浄水技術は世界一だと誇って良い。四方が海で、平地が少なく、確保できる水源が乏しい、日本だからこそ、その浄水技術が特化し、俺達は特に何も考えなくても水が飲めている。ありがたい事だよ。

お前、アメリカも混ぜて先進国のうち、綺麗な水が、公共のインフラで飲める国なんて滅多にないからな。何処の国でも水戦争だよ、水戦争。水の取り合いだぞ?特に、飲める水は取り合いだよ?飲めない水、飲んで、体を壊して、死ぬ人間なんて珍しくないからな。日本に生まれた事に感謝しろよ?親に感謝しろよ、お前。」

「・・・ええ、とりあえず、親には感謝します。・・・日本に産んでくれて良かったって。・・・よく分かりませんけども。」

「そうしろ、そうしろ。俺が言いたいのは浄水場の存在意義が、とにかく大きいんだ。川の水でも何でも、生の水は、中に何が混ざっているか分からないからな?バクテリア、寄生虫、細菌、ウィルス。だいたい全部、入ってるから。それに、鉄とか泥とか、他の成分も水に溶け込んでいる訳よ。化学物質が入っていたら公害だよ?公害。喘息、アレルギー、四肢欠損、慢性疼痛、神経痛!そう、死ぬ病だよ?国家訴訟だよ。歴史的に見ても、日本はそういうのを経験して、今の水道事業が行われている訳だけどな。

世の中、綺麗な水なんて存在しないの。人間の力で飲める様にするの。だから、ありがたく頂戴しなきゃいけないの。」

「・・・この何気ない水がだんだん、貴重な水だと、思えてきました。」

「地球規模で考えても、水は貴重なんだけどな。」

「・・・ちきゅう?」

「そして一番、大切なのが、パイプだ。水道管。」

「重要とか、大切とか、必要とか、枕が多過ぎますよ!全部じゃないですか!全部!」

「高井、お前、ようやく水が飲めるありがたさに気づいたか?そうだよ、そう。水源も大事、浄水も大事、配管も大事、全部大事なの。全部揃っているから、蛇口を捻ればお水が出てくるの!これだけ、いたせりつくせりな国はナッシングだぜ?」

「まあ、そうなりますよね?公共でここまでやる国はないと思います。他国に目を向ければ、民間の水会社から飲める水を買っている人の方が多い印象ですしね。」

「今、我が国で、問題になっているのが、水道管の老朽化だ。これ、覚えておけよ?・・・水道管ってさ、消耗品なんだ。一度、繋げばずっと水が出るなんて思うなよ?古くなったり、壊れたり、詰まったりしたら交換だ。交換しなきゃその先全部、断水だ。水が出ない。

全国、最初に繋げて、埋めっぱなしの水道管ばっかりで、約六十パーセントが老朽化しているそうだ。全国だぞ?いつかは交換しないと使い物にならなくなる。その使い物にならなくなる日が今日かも知れないし、明日かもしれない。随時交換していければいいよ?だけどそう簡単な話じゃあない。行政は予算ってもんがある。予算は税金だ。湯水の如く、税金を使って水道管を交換する事は出来ない。ちょっとずつ、ちょっとずつ、古い奴から交換していくしかない!騙し騙しな。

高井、覚えておけ!日本の水道は、日本の水は、時限爆弾をかかえているんだ!

いつ、爆発してしまうか、分からない、薄い氷の上を歩いているんだよ、日本の国民は。

もし、その時限爆弾が破裂してしまったら?社会生活が崩壊するだろう。水インフラは即、停止。日常生活、経済活動、病院、発電所、考えられるあらゆる物が機能停止させられる。ただ水が飲めなくなるっていう話じゃないんだ。日本の社会が停止してしまうんだ。

すぐ復旧するなんて甘い考えは捨てた方がいい。さっきも言った通り六十パーが古い配管だ。直したって、直したって、またどこか詰まったり、破裂したり、水が漏れんだ。直しようがない。根本的に全部、新しいのを設置するしか方法がないんだ。

今日まで水が飲めたからと言って、明日から、水が飲める保証は何処にも無い。

おまけに、日本は地震大国。地震で、地面に埋まっている水道管がダメージを受けない訳がない。ダメージが蓄積されているのは確かだろうな。」

「木崎さん、怖い事、言わないで下さいよ?」

「もう見て見ぬふりは出来ない状況にあるんだ、日本の水は。知らないじゃ済まされない。それに、お前、年々、水道代金、高くなっているの、気が付かないのか?」

「・・・分かりません。」

「どうせ水道料金の明細書、見てないんだろ?」

「・・・はい。」

「水道管、直すのに金、使っているんだ。どんどん高くなるぞ?」

「ああ、水道料金が値上がりして、飲めなくなるって、こういう事だったんですね?」

「パイプ使ってるの、水道だけじゃないぜ?ガスもそう、電気もそう、配管は全て消耗品だ。埋めれば終わりじゃない。どんどんインフラ代が高騰してくるからな。ああ。そのうち、この国に住めなくなるかもな。税金、納めてるのに、住めなくなる。そんな日も遠くはなさそうだぞ。」

「僕達はいったい、どうしたらいいんですか?」

「俺に聞くなよ?俺、凡人なんだから。瀬能さんから聞いた話、しゃべってるだけだから。高井、お前、水源の話しただろ?」

「水源?・・・ダムの貯水量の話ですか?」

「その水源、あらかた外資に押さえられてるの知ってたか?・・・俺は知らなかった。」

「もしかして、水源もダメなんですか?」

「水源もダメだな。瀬能さんが揉めたレースカーテンフォレスト。そこだけじゃない。日本人が見向きもしない、山ん中の森を外資が買い漁ってるって話だ。

手が付けられない荒れ放題の資産価値の無い、そんな土地を、タダ同然で買い漁っている訳よ!そりゃそうだよな、資産価値が無いんだから、買ったって、誰も文句は言われないし、地主にとちゃっちゃ、買ってもらって大儲けだ。

だけどな、気が付いた時には、手遅れだったんだよ。」

「・・・手遅れ?」

「そうだ。水源をあらかた外資系に持っていかれちまった!

外資系の頭がいい所は、水インフラそのものに興味がある訳じゃなく、水源地のみを押さえてしまう事だ。水を飲みたきゃ、外資系企業に金を払って、水を買うしかないんだ!

日本に住んでいながら、外国の会社に金を払って、水を買わせていただくんだぞ?こんなバカな話あるか?」

「ないないない、ないです!」

「もう遅い。我が国の水瓶は、もうほとんど外資系のミネラルウォーター会社の所有地だ。どんどんペットボトルに入れられて、世界中に売りに出される。日本の軟水は注目されているからなぁ。残った排水を別けてもらって、水道代を払って、飲んでいるのが現状だ!」

「あの?え?は?・・・・理解が追いつかないです。え?」

「え?じゃないよ!」

「あの、そういうのって単純に止められないんですか!買われる前に分かるじゃないですか、外国の会社だって!」

「ああ。それな。別に外資系企業が日本の土地を買ったって、違法じゃないじゃん!たまたま、たまたまよ、水源地だったってだけの話で。な?」

「そんな話あります?水源あるの、分かるでしょ?」

「物分かりが悪いな、お前?もともと日本人が見向きもしない土地だったんだ。水源を大切に思っているんだったら、とっくに守ってるよ!外資系に水源を占拠されて、水が飲めなくなって、初めて気が付いたんだ。あの土地は、あの山の森は、社会生活を送る上で生命線だったんだ。もうこれからは、当たり前の様に水が飲める社会じゃなくなったのかも知れない。安全保障の首根っこを外資系企業に、押さえつけられているんだ。水っていう人質を取られているのも一緒。

今更、気づいて騒いだ所で、もう遅いんだよ。手遅れ。なす術がない。お手上げだ!」

「・・・・ははははっははは。もう笑うしかないですね。・・・はははっはははは。はぁ。」

「一人頭がおかしい奴がいただろ?アルプスの山ん中で、外資系相手に戦争してるのが。」

「・・・あ!」

「これ、写真。どこの過激派組織の秘密基地だよな?これ。もう要塞だよ。」

「鉄格子?金網?で、囲ってありますね。あの、特攻野郎Bチーム?エアーウルフ?で見た事あるような、ゲリラ基地っぽいような。」

「瀬能さん本人は、害獣除けのフェンスだって言い張っているが、どう見ても、要塞だ。ミネラルウォーター会社の傭兵部隊とやり合ったらしい。」

「・・・本当ですか?」

「ミラジョボ・ビッチもサンドラ・ブロックも真っ青だったって話だ。

レースカーテンフォレストの特性を活かした戦いをしたらしい。向こう五十センチ、前方も見えない視覚不良の大森林だ。瀬能さんの狩場だった、と。

隊長格以下はほぼ制圧したらしい。」

「・・・何度も聞いてすみませんが、本当なんですか?」

「相手さんも捕虜を取られたら、交渉しない訳にもいかないんだろう?俺はそこんとこ、詳しく知らないけど。捕虜の国際規定みたいのがあって、それに準じて、交渉したらしいけど。

最終的に瀬能さんは、温泉入浴剤を流すって脅迫したらしい。

自身が持っている地下水脈に温泉入浴剤を流すって、な。」

「温泉入浴剤って、風呂に入れるアレですか?お肌がツルツルする?」

「ああ。しかも、もう売っていない奴。自然環境を無視してた頃の奴。」

「そんなんで、交渉に乗ってくれたんですか?」

「高井、温泉入浴剤、なめてるだろ?あれ、なかなか消えないんだぞ?しかも昔の奴は硫黄の成分が入っているから、湯沸かし器、壊すくらいに強力だ。初期の初期、探偵ナイトスクープで温泉入浴剤を流して、川の水が、三日間、元に戻らなくて問題になった事があったくらいだ。今じゃ一発アウトだと思うけど。

相手は、世界的ミネラルウォーター会社。

ミネラルウォーターだよ?

不純物が入っていたら困る会社だ。取れる不純物ならいいよ?温泉入浴剤は、取れないよぉ!成分も色も臭いも。何もかもだ。

あの化学的に色を付けた、蛍光グリーンの水。あんなの垂れ流せられたら、浄水したってしきれるもんじゃない。

・・・浄水したっていいんだ、ただ、浄水し過ぎると、土地の水の意味がなくなってしまう。ただの浄水した水だからな。どこの水でもいいんだったら、土地の水を汲み上げる意味がなくなるだろ?

ミネラルウォーターっていうのは、独自の土地で取れた水だから価値があるんだよ?

それで、ついにミネラルウォーター会社が白旗を揚げたんだそうだ。・・・瀬能さんに敗北したんだ。」

「ああ。それで、クレイジー!ビッチ!と罵っていた、と。」

「土地の行政の人間は、既に外資系に買収された後だった。文字通りの買収だ。もうミネラルウォーター会社の言いなりよ。傀儡だ。もうミネラルウォーター村と化していた。ミネラルウォーター会社が地域の雇用を生み、他のサービスで更に土地が潤う。弁当、スナック、カラオケ、クリーニング、自動車、食堂、学校、挙げればキリがない。ミネラルウォーター会社様々だ。ちょっとやそっとの事じゃ、行政も見て見ぬふりだ。」

「・・・正義はないですね。」

「外資系ミネラルウォーター会社様のお庭で暴虐武人な、正体不明の女が現れる。しかも手に負えない。外資系企業の傭兵を次々に沈黙させていく。終いには水源に汚水を撒くと、喚き散らしたんだ。向こうにしてみたらお手上げだよ、お手上げ。それで、女の身元証明に俺達が呼ばれたんだ。

最初は、アルプスの観光に行けるって気楽に考えていたけど、全く歓迎されていないとすぐに気づいた。一歩、足を踏み入れた瞬間に感じたよ。敵意しか感じなかった。

俺が何したの?俺は何もしてないよ?地獄だったよ。地獄。ヤクザの人が仁義通せなくて指つめるって極妻かなんかで見たけど、あれの比じゃなかったね。俺は死んだと思ったよ。どうして俺はここに呼ばれたのか、どうして俺はここにいるのか、まったく分からなかったね。死っていうのは案外、身近だったって感じたね。殺されるとかそんなんじゃなくて、殺されるのは確定で、殺される手段が変わるだけで、死ぬのは確定だと思ったよ。それがさぁ

・・・それが、お前、生きて帰ってこられたよ。」

「・・・木崎さん、泣かなくても。」

「じゃあお前が行けばよかったじゃん!俺、行きたくなかったんだよ!あんな地獄だと知ってたら、俺は最初から行かなかったよ!」

「お言葉ですが木崎さん?俺が瀬能さんを連れて来るって勇んで出かけたのは、木崎さんでしたよ?」

「・・・知らなかったし、向こうも教えてくれなかったし。瀬能さんが化け物相手と戦争してるなんて思わないし。・・・物理的に。」

「まあ、ご無事で何よりでした。」

「あの人、何なんだろうなぁ?針の筵、いいや、針の山みたいな血の池地獄で、生き生きとしていたぞ?正気の沙汰じゃないぞ、あれ?世界最大大手のミネラルウォーター会社に、八対二で水を別けてやるって言ってた。最初は十対ゼロ。もちろん十が瀬能さんで、ミネラルウォーター会社がゼロだ。頭、おかしいだろ?どんな交渉だよ?交渉じゃないよ?そんなんで話し合いになる訳ないじゃん!生きて帰れる保証もない会議室で、そんなバカな事、言いだすんだぜ?あの人は、間違いなく頭のネジが飛んでやがる。」

「それが八対二まで瀬能さんが譲歩したんですか?」

「ああ。森林保護、水資源保護、売り上げの十五パーセントを地元地権者に還元するっていう条件でな。」

「売り上げの十五パーって?結構、強気な数字ですよ?フランチャイズ系の店舗で見られる数字ですが、売る方にしてみたら面白くない数字ですよ?」

「瀬能さん、最初は四十パー要求してた。」

「おおおお!」

「最終的に、折り合いがついたのが、水源の三十五パーセント譲渡。加えて、レースカーテンフォレストの森林保護、水資源保護および環境管理、売り上げの十五パーセントを地元地権者に還元。」

「・・・どうしてそんな交渉が出来るんですか?」

「・・・その約束を反故にしたら、瞬く間に、地下水脈に、何らかの、人間の身体に影響が出る物質が撒かれるらしい。どんな物質かは瀬能さんとミネラルウォーター会社の経営責任者しか知らない。本当の脅しだから、温泉入浴剤の類じゃ済まないだろうなぁ。だから向こうもそれで手打ちにしたんだ。」

「瀬能さん・・・まだ訴訟を起こすとか何とか言っていませんでしたっけ?」

「ああ。瀬能さんとこの別荘。本人は別荘って言ってるけど。そこでドンパチしただろ?その修繕費を請求するんだそうだ。自分で暴れておいて、だよ?」

「それは、欧米的な考えですよ?至極真っ当な。自分の家を、他人が壊したんだから、直す金をよこせっていうのは。そのミネラルウォーター会社が勝手に瀬能さんの家に上がり込んだんですから、不当なのは明らかです。・・・法律上は。」

「おみやげのお肉、瀬能さんちの要塞付近で取れるんだそうだ。野生の動物がぶらぶらしている所だぞ。ミネラルウォーター会社の人間にしたって、安易にゃあ近づけない。熊や猪に襲われるのも御免だろうからな。・・・動物の解体も瀬能さんがしたんだってさ。帰りに新幹線で教えてくれた。」

「・・・セガール?チャック・ノリス?」

「俺達が飲んでる、この水。源流を辿れば、山林に行きつく訳じゃん?郊外の主要都市の水源となっている川、その支流の一つがレースカーテンフォレストにかかっているんだ。俺達が知らないうちに、外資系のミネラルウォーター会社に占拠されてたが、頭のおかしい女が問題を起こしてくれた所為で、七十五パーセントを取り戻す事が出来たんだ。

でもな、俺は思うんだ。場合によっちゃ外資系企業の方が良かったんじゃないかって。

俺達が生きる為に必要な水。それを、いつの間にか、あの女に押さえられていた。何をしでかすか分からない女だ。

これまで気にしないで飲めていた水が、飲めなくなる事もあるかもな。

俺達が生きるも死ぬも、あの女の気まぐれ次第なんだ・・・。」

「・・・今日の所は、美味しいお肉を食べて、嫌な事は水に流しましょう。・・・水の泡にならないように。」

※本作品は全編会話劇です。ご了承下さい。

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