8話:村にとっての教会
コリィと彼女の父親に、小麦色の丸い生き物を見せた。窺うようにして顔を出した…、といっても顔が何処かは分からないが、生き物は逃げ出すことなく腕に収まっていた。
それこそ村人からすれば得体の知れない生き物だが、連れて行っても大丈夫だろうか。エレアスによく懐いている様子であり、自分たちを助けてくれた存在だ。ここでお別れにはなりたくない。
「さっきあたし達を助けてくれた子ね!もちろん良いわよ!」
ダメ元で聞いてみたが、案外すんなりと受け入れられた。提案したのはエレアスだが、目も口も手もない、それどころか先程謎の黒い液体まで出した不可思議な存在だが、そんなあっさりと。
すると、近くに居た別の村人が生き物を覗き込んだ。少しだけびっくりしたのか、生き物はエレアスにしがみつくように身を引いた。覗き込んだ村人は、生き物の様子を見るなり、聞き慣れない言葉を発した。
「ほう、こりゃ初めて見るな…。[御使い様]みてぇなもんか?」
「[御使い様]?」
思わずそのまま聞き返す。
村人は、この不思議な生き物の正体を知っているのだろうか?キョトンとした顔を見せるエレアスに、その村人は言葉を続ける。
「ああ、教会の方々が連れている、そいつみたいな不思議な存在のことだ。」
「えっ、この子の仲間がいるんですか!?」
衝撃の情報に、エレアスは身を乗り出すように村人に尋ねた。同じような生き物を連れているということは、教会の人間にこの生き物を見せれば、この子の正体が分かるかもしれない。あるいは、一匹で彷徨っていたこの子の仲間が見つかるかもしれない。
「そいつと同じ見た目ではないが…、まあ、動物でも[魔物]でもねぇ、よく分からん生き物をそうやって呼んでるな。」
近くにいたコリィの父親が顎に手を当てながら言う。
その言葉に、エレアスは今朝遭遇した[魔物]の姿を思い出す。動物でないとすれば、[魔物]の可能性もあるが…、[魔物]と言えば、おぞましい見た目で知性はなく、人間を襲ってくるもののことだ。確かに、この子は今朝の[魔物]と違って、おぞましい見た目でもなければ、理性的に動いているように見える。
「そいつを見る限り、お前さんによく懐いているようだから、[魔物]ではないだろう。かと言って動物とは明らかに違う見た目だ。きっと[御使い様]なのだろう。」
[御使い様]。それがどういう存在なのか、教会の人間なら知っているだろうか。
これでまた一つ、教会に行く理由が出来た。この子について知るためにも、他の[御使い様]とやらをこの目で見る必要がある。この生き物がどういう存在なのか、今後この子をどうするべきなのか。
ふわっとするような、もちっとするような手触りを感じながら、エレアスは腕の中の生き物を見つめた。
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「いらっしゃい、ここが我が家よ。」
コリィに連れられて、村の大きな通り沿いにある工房の2階へと上がる。工房ではコリィの父親がガラス製品を作っているらしい。今日はもう店仕舞いのようで、コリィの父親も一緒に2階へと上がった。
「おかえりなさい。あら、今日はお客さんも一緒かしら?」
「あっ、お邪魔します。」
「ただいま!ねぇっ、聞いてよお母さん!!」
中にお邪魔すれば、お腹が空くような匂いと共に、現れたのはコリィの母親だった。母親に抱っこされている幼児はコリィの弟だろうか。
優しげな視線に、急いで挨拶をしようとしたが、それよりも先にコリィと彼女の父親が凄い勢いで今日の事件のことを語り始めた。
コリィが泥棒発見から村人を呼んで来るまでの話をし、彼女の父親は駆けつけた時にはこの少年が泥棒達を捕まえていたのだと話す。母親の方は慣れているのか、二人の勢いに押されることなく聞いている。
「まあまあまあ!それじゃあこの子がコリィのことを助けてくれたのね!!」
「それだけじゃない。村の恩人でもあるんだ。」
「私と同じくらいの歳なのに、エレアスは魔術も使えて凄いのよ!」
興奮冷めやらぬといった様子で語る二人。そんなに言われると流石に照れくさくなってしまき、落ち着かない。エレアスはずっと腕に抱いていた生き物をそわそわと抱え直した。
そうして話しながら、エレアス達は部屋の中へと招き入れられた。
「娘とこの村を助けてくれて感謝するわ。よければゆっくり寛いでいって。」
通された席に着くと、出来たての夕飯が運ばれてくる。勧められるがままにエレアスはご馳走になることになった。せっかくなので、と有難く頂く。
「まぁ、隣村の外れに住んでいるのね。」
「そうなんです。と言っても、普段はあまり村を出ないので、こっちの村には初めて来たんですが。」
食事の席は賑やかだった。
下の工房で作ったものなのか、夕飯に使われている食器はガラス製の物も多くあった。一つだけ、見たことの無い斬新な形のコップがあったので、思わずお洒落だと言うと、コリィが恥ずかしそうに自ら作ったものだと呟いた。それに両親が優しく笑い、コリィが工房の手伝いで、初めて作ったものだと明かされた。記念にと、父親がよくこのコップを使っているらしい。
一方で、まだ幼いコリィの弟がご飯をいっぱいこぼしながら食べているのを、全員で微笑ましく見守る。
食事もコリィ一家の絆も温かくて、久しぶりの”家族の食事”を思い出して、エレアスは目を細めた。
そうして暫くした後、エレアスの方を見たコリィがある事に気がつく。
「あれ、この子は食べないのかしら?」
エレアスの膝の上にいる生き物。目の前に並ぶ美味しそうな食事には無反応だ。やはり[魔晶石]を食べて生きているのだろうか。
「あら、この子ぬいぐるみじゃなかったのね?大人しいからてっきり…」
コリィの言葉に、生き物の方を見た彼女の母親が、驚きに目を丸くする。やはり初めて見る生き物だったのだろう、そもそも生き物だとも思わなかったようだ。
それに対し彼女の父親が、この生き物は[御使い様]のような存在であると、事件の後で教会のことを教えてくれた村人が言っていた言葉を説明してくれた。
そしてどうやら今の様子から、[御使い様]のような通常の動物などの生き物とは違う存在は、食べる必要がないのだろうと結論付けられたようだ。
先程大事な[魔晶石]を二個食べられたことはやはり黙っていた方がよいだろうか…。石を食べてはダメだと言ったら大人しくなったのでもう大丈夫だとは思うが、大事な[魔晶石]を食べてしまう可能性がある生き物と知れれば、あまりいい顔はされないだろう。ましてや、石泥棒の事件があった直後なのだ。石は教会に返すと決まった物であるし、この事には触れないでおいても良いだろう。
「この子のおかげで、私達は助かったのよ。」
「まあ、それならやっぱり[御使い様]かもしれないわね。有難いことだわ。」
コリィの母親も、[御使い様]については知っているようだ。やはり、[御使い様]という存在は、この村では一般的に知られているものなのだろう。
「そういえば、この村はみんな教会の信者なの?」
「みんなって訳じゃないけど、ほとんどそうね。教会から石を貰ってるし、何かあったら色々頼っているから。」
エレアスの唐突な問いに、コリィはなんでもない様子であっけらかんと答えた。この村のことを知らないとはいえ、結構失礼なことを聞いてしまったかと身構えたエレアスだったが、思っていたより軽い回答に目を見張る。それを他所に、コリィはさらに答えてくれる。
「この村はヒューマン種が多いけど、魔術を使える人間はいないわ。だから石がある程度は必要なの。」
確かにこの村の人間を見る限り、コリィ家族を含めてヒューマン種しか見なかったように思う。
この村は農村というより、物作りが盛んな村なのだろう。村の大通りには、このガラス工房と同じような小さい規模の工房が多数見受けられた。商店というより工房の集まりであるため、やはり職人が多く住んでいるのだろう。納品や販売は村の外から来た商人に卸している、と言ったところか。
物作りといえば、細かい作業が得意なヒューマン種の職人が多い。逆に農作業や運搬業など、力仕事に関してはウォリアーホーン種が得意としている。
そして、魔術に関してはウォリアーホーン種よりヒューマン種の方が扱える人間が多いイメージだ。かくいうエレアスもヒューマン種の家系だ。しかし、どうやらこの村は魔術が使える人間はいないようだ。だが、ある意味魔術が使えない人間が多いからこそ、物作りが発展したのだろうか。
そうなると、工房が多いこの村では、火を起こしたり水を綺麗にしたりするための[魔晶石]が重宝されるのだろう。村の倉庫や各家々にどれくらいの量の石があったのかは知らないが、泥棒達が狙うくらいだ、他の村より頻繁に使われていたのだろう。
そしてその貴重な石を無償で配る教会。たしかに、村人からすれば教会は生活になくてはならない存在であり、多くの人が教会の信者だという話も頷ける。
「でも、普通そういう物資の配給とかって国とか領主がやるんじゃないの?」
そう言うとコリィは少しだけ顔を曇らせた。
「国…はどうか知らないけど、領主はいるわ。でも、こんな貧しい田舎の小さな村、見向きもされない。」
声の重くなったコリィに被せるようにして、母親が続けて説明をしてくれる。
「だから教会がこの地域のお役所みたいなものなのよね。庶民の困り事は領主じゃなくて教会がなんとかしてくれるわ。」
その言葉に、エレアスはこの地域が抱える闇を目の当たりにした。
それと同時に、今までは教会の信者というと、得体の知れない何かを盲目的に信仰している怪しい人達……という認識でいたが、生きるために、生活のために、現実的な観点から教会の信者になる人々がいるということを知った。
その後もエレアスは、この地域のことや教会のことを聞きつつ、食事の時間を楽しんだ。
そして夜も更けていき、明日の出発のために今日は早めに休むことになった時だった。
「こっちの部屋を使って。もちもちちゃんも一緒でいいわ。」
「もちもちちゃん?」
「この子のこと!丸くてもちもちしてるでしょ?」
空き部屋に案内されると、先程まで大人しく抱っこされていた生き物が、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら1人用のベッドに向かっていった。
そういえば、なんとなく不思議な生き物とかこの子とかと呼んでいるが、正式な名前がある訳ではないと気づく。見た事のない生き物だから、種族名も不明だ。
教会でこの子の正体が分かれば、名前も分かるかもしれない。
それまでは、コリィが付けたこの名前も悪くはないかと、嬉しそうにベッドで跳ねている生き物を見やる。
「もちもちはベッドが気に入ったのかな?」
「そうみたいね。お気に召してくれたのなら良かったわ。」
ふかふかのベッドは寝心地が良さそうだ。温かみのある木製の家具にデスク。小さな部屋だが、居心地はとても良い。急に泊まらせてもらうことになったのに、こんなにいい部屋に泊まれるだなんて。
「そういえば、ここって誰かの部屋なの?使っちゃって大丈夫だった?」
「ああ、いいのよ。弟の部屋なんだけど、まだ小さいから一人で寝られなくてね。寝る時は両親の部屋を使ってるから大丈夫よ。」
「そっか。」
それなら遠慮なく泊まらせてもらおう。エレアスはあらためて礼を言うために、部屋に入る前にコリィへと向き直る。
「今日はありがとう、コリィ。」
「それはこっちの台詞よ!助けてくれてありがとう。」
そう言ったコリィはとても良い笑顔だった。




